「・・・・・くしゅんっ・・・・・・・・、ううう・・・、寒いっスよぉ・・・・」
男の子がひとり、雪の積もった屋根の上にポツンと座っていました。
寒いのも無理ありません。
男の子は何も服を来ていないのですから。
けれども街を行き交う人々は、そんなことをまったく気にしません。
なぜなら、この男の子は天使だから。
普通の人には天使の姿は見えないのです。
もしも見えていたら、大変なことになってしまいますものね。
クリスマスが近づき、街が活気付いてくる季節、
天使たちは神様のお告げで、不幸な人や、困っている人に福音を届けるために降りて来ます。
その天使の男の子の名前はズシといいました。
他の天使の真似をして人間界に下りて来ましたが、ズシには一つ悩みがありました。
ズシの背中には翼が生えていないのです。
運良く着地できたのは良かったけれど、お空を飛べないので、福音を届ける人を探すのが大変です。
ズシはぷるぷる震えながら屋根を降りて、雑踏を進んでいきました。
しばらく進むと、広場の真ん中に巨大なクリスマスツリーがありました。
「うわぁ〜、すごいっスー!!」
ズシは寒いのも忘れて、くりくりした大きな目を輝かせました。
色とりどりの電球がぴかぴかと点滅し、小さなステッキやサンタさんとトナカイの人形、
ガラスボール、ミニチュアのテディ・ベアなど、色々なものが華やかに飾られています。
そして、広場だけでなくて、街中の街路樹もぴかぴかとまぶしい光を放ち、
まるで大きな宝石箱の中に迷い込んだようです。
でもズシのお勤めは、困っている人や不幸な人に福音をお届けすること。
いつまでもこんな所で油を売っているわけにはいきません。
我に帰ったズシは、プルプル身体を震わせて、またとことこと歩き始めました。
「う〜ん、こんなにみんな楽しそうにしてるんじゃ、困ってる人なんていないっぽいっス・・・。」
「・・・・あっ・・・・・、トイレ行きたくなっちゃったっス・・・・・・・・・・。」
ズシはきょろきょろすると、細い路地に入っていきました。
誰にもズシの姿は見えないというのに、ちょっとお間抜けですね。
「ひゃぁ〜っ、オシッコが凍っちゃうなんて・・・・・・、寒すぎるっスよ〜!
なんか熱が出てきたっス・・・・・・。 早くかわいそうな人見つけて帰らなきゃ・・・・・。」
ズシはクスンと鼻をすすって、大通りに戻ろうとしました。
と、その時・・・・
「はぁ・・・・・・・・・・・」
大きな溜息が聞こえてきました。
振り返ると、寝癖のついた黒髪に真っ黒なコート、黒いマフラー、黒のスラックスに黒の革靴、という
黒ずくめの服装に眼鏡をかけた、いかにもうだつの上がらなそうな若い男の人が歩いていました。
困ってる人だ、と思ったズシは男の人の後をつけました。
「おや・・・・・?」
気配を感じた男の人が後ろを振り返りました。
男の人は右の人差し指で眼鏡を上げると、ズシの方に近づいてきました。
「・・・・・・そんな格好では寒いでしょう?」
その人はズシの前で中腰になりました。
「えっ・・・・・!? じ・自分が見えるっスか・・・・?」
「この寒い中そんな格好をしていたら、嫌でも目立ちますよ。」
「でも・・・・自分は・・・・・・っくしゅんっ!!」
男の人は優しい目になって、ズシに着ていたコートを肩にかけてあげました。
「・・・何もないけれど、私の部屋で少し暖まって行きなさい。」
「で・でも・・・・・・・・。」
ズシは困ってしまいました。
この人に幸せを届けてあげようとしてついてきたのに、
逆に親切にされるなんて天使として情けないからです。
「・・・・くしゅんっ!! ずず・・・」
「ほら、早く暖かくしないとお勤めができなくなりますよ。」
「・・・・・・・・・・・!!!」
その人はニコっと笑ってズシの手を引いて歩き始めました。
さて、ズシはある寂れた修道院でパンと温かいスープをご馳走になっていました。
「・・・よっぽどお腹が空いていたんでしょうね。」
「はふっ、はふっ・・・・、もぐもぐ・・・」
全て平らげたズシは安心して、暖炉の前で丸くなってスースーと寝息を立てました。
気がつくと、身体の上に毛布がかかっていました。
「目が覚めましたか?」
見れば、さっきの男の人が修道服姿で立っていました。
黒ずくめの目立たない服装をしていたのは、修道士だったからなのです。
「・・・・・・・・・・あ、」
ズシは目をぐしぐしこすってからその人の目を見ました。
その人はとても優しい目をしています。
「あ・・・・あの、何で自分が見えるっスか・・・・?」
「修道士だからじゃないでしょうか・・・・?」
「しゅーどーし?」
ズシは小首を傾げました。
すると男の人はクスっと笑って続けました。
「簡単に言うと、神様とお話するために修行をしている人のことです。」
「・・・・っ! 神様とお話できるっスか!?」
ズシは大きな目をまんまるにしました。
天使のズシだってまだ神様にお会いしたことがないからです。
「いえ、まだそこまでは・・・・・。 でもお化けとはお話できるようになりましたよ。」
その一言にズシは頬を膨らませてプリプリと怒りました。
「自分、お化けなんかじゃないっス!! 天使っスよ!」
「ええ、分かってますよ。 そうそう、申し遅れました。 私はウイングといいます。」
「・・・・・・ウイング・・・・!」
瞬間、ズシは目を見開きました。
それはズシが一番欲しかった物、”翼”という名前だったからです。
「変わった名前でしょう?
これでも洗礼を受けた時に神様のお託で司祭様にいただいた名前なんですよ。」
今から数えて10年前、天上界でズシは天使の子供として生まれました。
けれど、どういうわけかズシには翼が生えていませんでした。
他の天使の子供達は真っ白な翼を羽ばたかせて空を飛んでいるのに、
自分だけそれができなくて、みじめな思いをしていたのです。
何で自分には翼がないのだろう・・・・
神様、何で翼をお与え下さらなかったのですか・・・・
あなたに忠誠を誓ったはずのに・・・・
こんなにいつもお祈りしているのに・・・・
あなたは僕を見捨てなさるのですか・・・・
どうか僕に翼を、大きくて真っ白な翼を・・・・
翼のなかったズシは、他の天使の子供たちに仲間はずれにされて、
いつも独り神殿の前にひざまずいて、涙を流しながらお祈りしていました。
気がつくとズシは涙を浮かべていました。
「ああっ、どうしたというのです!?」
ウイングと名乗ったその人は、泣き出してしまったズシの顔をオロオロと覗きました。
ズシは今、自分の使命をはっきりと感じとったのです。
”翼”という名前を持つこの人に福音を届けるために、神様から命をいただいた・・・・、と。
ズシは起き上がると、ウイングさんの腕にぎゅっとしがみつきました。
「・・ひっく・・・・、ずっと待ってたっス・・・。」
「・・・何のことです・・・・・・・・?」
「・・・・自分は・・・・・・あなたを祝福するために・・・・ううぅっ、神様が・・・・ぐすっ・・・
ずっと・・・、会えるのを・・・・・・・待ってたっスよ・・・・・ひっく・・」
ズシは声をあげて泣き始めました。
その時です。
ズシの身体が金色に光ったのです。
「・・・・・・あなたは一体・・・!?」
ウイングさんは目を見張りました。
ズシは鼻をすすり、腕で涙を拭いて、右の手のひらを広げました。
すると眩い光とともに、黄金のステッキがあらわれました。
「・・・・・・!」
ウイングさんは、自分は今奇跡を目の当たりにしている、と感じて息を呑みます。
「今から望みをかなえてあげるっス!
domine Deus, dona illi gloriam et amorem !」
ズシはステッキを一振りすると、天上界で一生懸命覚えてきた難しい呪文を唱えました。
ところが、呪文はがらんとした修道院の中をこだまするだけで、何かが起こるようには見えません。
「あれ・・・・、呪文間違えたのかな? ええと・・・・、えいっ!
domine Deus, dona illi gloriam et amorem !!!
あれっ? ドーミネ・デーウス、ドナ・イッリ・グローリアム・エット・アモーレムっ!! えいっ!!!」
何度か繰り返しても同じでした。
だんだんむきになってきたズシは、ステッキをぶんぶんと力いっぱい振り回して、
何度も大声で呪文を叫びました。
「どーみねでーうすどないっりぐろーりゃめったもーれっ!! えいっ! えいっっ!!!」
ウイングさんはそんなズシの様子に苦笑いしています。
やがて疲れ果てたズシは、コテンっと床の上に倒れてしまいました。
「おかしいっス・・・! ぜはぁっ・・・こんなこと絶対に・・・・・!!」
ズシの体を包んでいた金色の光もとっくに消えてしまっています。
「・・・・ククク・・・、フフフフッ・・・!!」
「な・何がおかしいっスか!!」
ウイングさんが笑うのを聞いて、ズシはほっぺをぷっくりと膨らませました。
「・・・・どうやら少しおっちょこちょいな天使様がやってきてしまったようですねvv」
「どういう意味っスか!!」
「私の望みはもう満たされているんですよvvv」
「・・・・・・・?」
ズシは小首をかしげます。
ウイングさんは照れくさそうに頭をかいて、ズシの身体を起こしてあげました。
そして、ゆっくりとズシの唇に顔を近づけ、ついばむようなキスをしました。
「・・・・・・・・////////!!」
「まだ分かりませんか? 私が望んでいたのは、神の愛。
ずっと神様の愛を信じて、この修道院で独り修行を積んでいたのです。
そして今、神様がこんなにも愛らしい天使を私に授けてくださった・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・」
ウイングさんはズシの小さな身体を抱き寄せました。
「そして、何故神様が私に”翼”という名を授けてくださったのか・・・・。
それはきっと、私を探し当てるための手がかりをあなたにお示しになったのでしょう。」
神殿の前に独りひざまずいていた惨めな日々を思い出して、ズシはまた大粒の涙を流しました。
翼をもつ人間と、翼をもたない天使が出会い、
二人は初めて満たされたのです。
「・・・・・・これからもずっと、私を祝福してくれますか?」
「・・・オス。」
「・・・・・・私を愛してくれますか?」
ズシはほっぺをを真っ赤にして、コクンとうなずきました。
そして、二人は宿り木の下で、どちらからともなく目を伏せ、そっと唇を重ね合いました。
Happy Merry Christmas...
あなたにとって良いクリスマスでありますように・・・
まーす
2002 December