案の定、ズシは大家さんに追い出された。
「そんな、この部屋を追い出されたら自分行く所がなくなっちゃうっス!」
「うっさいわね! 大体こんなにめちゃくちゃにしてくれて、そんなのを置いておくバカがどこにいるってんだい!!」
「で・でも、こんなにしたのは自分じゃないっスよ!」
「ああ? 類は友を呼ぶっていって、そういう輩と付き合ってるアンタも結局共犯よ!」
意地悪な大家のおばさんは目を三角にしてズシを怒鳴りつける。
「ひどいっス・・・。」
「サルみたいなツラして泣いてんじゃないよ!
あたしゃ子供ってのが大っ嫌いなんだよ!! さっさと出て行っておしまい!!!」
大家さんはズシの首根っ子を捕まえてドアの外に放り出した。
「ひっく・・・、おうちがなくなっちゃったっス・・・・・。」
ズシは袖で目をこすって、トボトボ歩き始めた。
途中でまた吐き気がしてうずくまると、どこからともなく美しいフルートの調べが聞こえてきた。
すーっと身体が楽になってキョロキョロすると、音楽の教師兼生活指導のセンリツ先生が立っていた。
「ズシくんだったわよね。 全部聞かせてもらったわ。」
「センリツ先生・・・。」
その頃、ゾルディックさんのお宅では・・・。
「はい、お母さま。」
カルトとキルアの母、キキョウさんが台所でお料理をしていた。
「そうよ、とっても上手よ。 それにしても、急にお料理を習いたいなんて一体何があったの、カルトちゃん?」
「そんなこと言えませんわ、お母様・・・//////。」
着物の袖で赤くなった顔を隠す。
「今度ママにも紹介しなさいね。楽しみにしてるわ。」
半分ロボットのキキョウさんはキュインキュイン音をさせながらカルトの髪を手で梳いた。
「きゃっ、どうして分かりましたの////////?
でもこれであの方にお弁当を作って差し上げることができますワvv」
「材料にトリカブトを使ってなければの話だけどな。」
いつの間にかキルアが出来上がった肉野菜炒めをつまみ食いしていた。
「とりあえず、ウイング先生とミトさんとゴンくんにも直接会って聞いてみないと始まらないわ・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「こっちからウイング先生とミトさんの声がするわ。 行きましょう。」
センリツ先生は地獄耳を頼りに、ズシの手をひいて声のする方向に向かって歩き始めた。
「あ・・・、こっちは・・・・・・ゴンさんの家の方っス。」
「そういえば・・・。 この前宴会があったときこっちの方に来た気がするわ。
でもおかしいわねえ、さっきの様子だとウイング先生とミトさん、喧嘩していたはずなのに・・・・。」
センリツ先生は、ズシの体調が悪くなったのを聞き取った時点で急いで駆けつけてきたので、
肝心な部分を透聴する余裕がなかったのだった。
「ズシ君、何があったか覚えてるかしら?」
「・・・・我慢できなくなってトイレにいる間に、なぜかヒソカが紛れ込んで、
いなかったはずのゴンさんが気絶しながらおもらししたら、ウイング先生とミトさんが変身して、
お部屋がめちゃくちゃになって、飛ばされて壁にぶつかって、気付いたら大家さんに追い出されたっス・・・・。」
「・・・・・・あ、ありがとう・・・・(全くわからないわ・・・・(汗))。」
あれだけの阿鼻叫喚騒ぎの後で、頭の中が整理できないズシにはこれが精一杯の証言だった。
仕方ないのでセンリツ先生は携帯電話を取り出して、パクノダ先生にメールを打った。
MITO'Sの扉をくぐると、ウイング先生とミトさんがカウンターを挟んで興奮気味に言い合っていた。
けれど、それはさっきのズシを巻き込んでの大喧嘩とは違い、二人は時折笑顔を交えている。
ズシの胸が痛む。
何故なのか自分ではまったく分からないのに、物凄く嫌な気持ちがして思わず目を反らした。
ミトさんも、ウイング先生も、ズシの目から見れば、優しくて自分のことを大切にしてくれる掛け替えのない人。
その二人が良い関係でいるのはズシにとっても嬉しいことのはずなのに・・・・。
「ズシ君、また具合が?」
虚ろな目をして震えているズシを心配そうな視線を向けるセンリツ先生。
さて、ウイング先生とミトさんはというと、
どのようにコスプレしたらより効果的であったとか、どのような念を身につければもっとそのキャラになりきれるか、
などかなりマニアックな議論を交わしていた。
第一印象の最悪だった二人が、共通の趣味の発見とともに変に波長が合いだし、
お互いに惹かれ始めているのは誰の目にも明らかだった。
「ちょっとお話中のところ悪いんだけど・・・・。」
センリツ先生がミトさんとウイング先生の会話に割って入る。
「何でしょう?」
「お聞きしたいことがあるの。 さっきズシ君のお部屋で起こったことを知りたいんだけれど・・・。」
5分後・・・・
「ダメだわ・・・・・・、全然分からない・・・・。 ズシ君、悪いけれど、パクノダ先生が来るまで待ってくれる?」
「・・・・・・オス・・・。」
テーブルに突っ伏していたズシが力なく返事した。
「・・・・・本当に大丈夫?」
「・・・・・・・・・・・・」
「ごめんあそばせ、会議があって・・・。」
しばらくしてパクノダ先生が駆けつけた。
「とりあえず、ズシ君とウイング先生、ミトさんの心を読めばいいのね?」
「ええ、そうよ。」
「ズシ君、ちょっといいかしら?」
「・・・・・オス。」
パクノダ先生は、浮かない表情をしているズシの隣に座り、坊主頭の上に手をおいた。
「・・・・・・・・・・・・・・!?」
「何? 何かわかったの?」
「・・・・いいえ、何が何だかさっぱりよ・・・。」
「そう・・・・。」
センリツ先生は少し納得のいかない様子で頷いた。
パクノダ先生はズシの心から一つ、とんでもない事実を知ってしまったが、センリツ先生には話せなかった。
センリツ先生はパクノダ先生の心音にある種の違和感を感じていたので、何か腑に落ちない気がした。
そしてそれは、ズシ自身まだ自覚していないことだった。
(・・・・私には言えない・・・・・・・・。 ズシ君があの人に対して、そんな感情を抱いていたなんて・・・・・。)
(パクノダ先生、何か重大なことを隠しているわ。 心音がそうメロディを奏でているもの・・・・・。)
「あ・・・、今度はウイング先生とミトさんの心を読んでくるわ・・・・。」
「な・何なの!? これって、まるで悪夢だわ・・・・・。」
二人の心を読んだパクノダ先生は思わず叫んでしまった。
「今度は何が分かったの!?」
「ええ、緊急会議の時に大体のことはお話するわ・・・・・・。 ズシ君もいっしょに来てくれる?」
「オス・・・・」
頭痛がしてきたパクノダ先生は、額に手を当てて大きく息を吐くと、
センリツ先生とズシを乗ってきた車に乗せて学校に向かった。
会議室。
「・・・・そして、部屋が破壊されてズシ君が大家さんに追い出されてしまったというわけなのです。」
一通り話し終えたパクノダ先生は、額の汗を拭ってパイプ椅子に座った。
「ふむ、大体の話はわかった。 しかし、生徒ではなく教師に生活指導をすることになろうとは、
恐ろしい世の中になったもんじゃ・・・・。」
緑茶をすすって大きな溜息のネテロ校長。
「ビスケ先生、責任を取ってウイング先生の後任はお願いできますかな?
もとはと言えば、お主がもっとしっかりと部下のウイング先生を教育しておけば
こんな事態は起こらなかったはずじゃからのう・・・・・・。」
「はい・・・・・・・。(ムキ〜〜〜〜っ、あのひよっこめ!! あいつのせいで教務主任降ろされたっていうの!?)」
「えっ・・・・・・・・!? ウイング先生、いなくなっちゃうっスか・・・・・・・・・・・・・?」
ズシは思わずネテロ校長の発言を聞き返してしまった。
「うむ、それは当たり前のことじゃろう。 大体、あやつに酷い目にあわされたのはお主じゃろう?」
「それは・・・・・・・・。」
胸が締め付けられるようだった。
確かに酷い目にはあったけれど、
ウイング先生は自分のことを親身になって面倒を見ようとしてくれた、かけがえのない人。
「またそんな目に会うのはもうこりごりじゃろう?」
ズシは昨日の晩のことを思い出していた。
ドアを開けたらウイング先生が立っていてびっくりしたこと。
作って持ってきてくれたシチューの美味しかったこと。
口のまわりに付いたシチューを優しく拭き取ってくれたこと。
お風呂場で石鹸を踏んづけてしりもちをついたこと。
おでこにキスされたこと。
身体を包んでくれた腕の暖かかったこと。
せっかく見つけた安心できるものを、こうもあっけなく取り上げられるのか?
涙がこみ上げてきた。
「でも・・・・、でも・・・自分は・・・・・・・・」
両頬に幾筋もの涙がつたう。
「・・・・え・・・・と、それより、問題はズシ君の住む部屋を手配するのが先決です。」
ズシの深層心理を知っているパクノダ先生はズシを気遣った。
(・・・・・・・・この心音・・・、ズシ君のものだったの・・・?
とても切ないメロディだったから、隣のパクノダ先生のだと思ってたのに・・・・・・・・!!)
「・・・・・ウイングせんせえ・・・・・・・・・・・・」
ズシが蚊の泣くような声でつぶやいた。
(・・・・・・・そんな、よりにもよってウイング先生のことを・・・?
ああっ、何て不毛なメロディなの・・・・!?
ダメよ・・・! 他人の心に深入りするなんて・・・。 でも、これじゃズシ君、かわいそう・・・・)
「そうじゃな・・・・。 じゃが、あいにく生徒寮には空きが無い・・・。
それほどたやすく他の部屋が見つかるわけでもなし・・・・・・・。」
すすり泣きはじめてしまったズシ、思わぬ事実にショックのセンリツ先生とパクノダ先生、
怒り心頭のビスケ先生と、ズシの住居問題に頭を悩ますネテロ校長。
会議室はマイナスのエネルギーに支配されているかのように重い空気だった。
ズシの中にウイング先生への特別な感情が芽生え始めました。
しかし、男の子だと判明してしまったカルトくん、どうしよう・・・。
女装であざむいてズシをゲットするという方向でお許しを・・・。(←いい加減やな〜・・・)