chapter 1
光子郎はパソコンルームの窓に寄りかかってグラウンドを見下ろしていた。
グラウンドではかつて光子郎も所属していたサッカークラブが練習をしている。
「ハア・・・・・・。」
あどけない表情に似合わぬ大人びた溜め息。
気がつくといつもグラウンドを眺めて、太一の面影を追っている。
もう1年近く前に卒業していってしまったのはわかっているのに。
「泉センパイv!」
元気いっぱいに声をかけてきたのは5年生の京だった。
「うわああっ!!!」
「えっ!!!!?センパイ?」
自分の世界にどっぷり浸りこんでいた所に、いきなり大きな声が割り込んできたものだから、
光子郎は過剰なまでに驚いて、バランスを崩して転んでしまった。
「いたた・・・・、ど・どうしました? ハハハ・・」
「あ、伊織が使ってるパソコンが、ソフトをインストールしている最中にフリーズしちゃって・・・。」
「わかりました、今行きます。」
らしくない失態をさらしたあとだったので、決まりの悪い光子郎は京の顔を見ずに行こうとした。
「あ、泉センパイ!」
「え、ま・まだ何か?」
「センパイって意外とお茶目なんですねv」
「///////////。」
光子郎は顔を真っ赤にして何も言えなくなってしまった。
「大丈夫ですか伊織君。」
その場をごまかすため、何事もなかったように伊織に向き直る光子郎の仕草を見て、京は笑いをこらえた。
PM4:45
途中まで帰り道が一緒の光子郎、京、伊織の3人は帰宅の途についていた。
「光子郎さん、さっきはどうもありがとうございました。 とっても助かりました。」
「いえ、ボクは当然のことをしただけで、そんな・・・」
伊織が敬語で深々と礼を言うので、光子郎は少し焦ってしまった。
今までは自分が敬語を使う立場だったので、逆の立場になると少々調子が狂う。
「・・・でもボクはお礼の言葉も言えないような人間にはなりたくないし、
それに、光子郎さんの迅速で的確な対応にすごく感動したんです。」
「・・あ、ええ・と・・・・・・・・・/////。」
ここまでストレートに自分の長所を褒められた経験があまりない光子郎は、思わず頬を赤くした。
「もう!伊織がヘンなこと言うから、泉センパイ引いちゃったじゃない!」
京が伊織の頭に軽いゲンコツを落とした。
「ボクは思ったことを言っただけで、光子郎さんを困らせようなんて全然思っていません!」
「ああ、ほら、けんかしないで。また困ったことがあったら、気軽にボクを使ってください。」
「はい!」
伊織が無邪気に笑って返事した。
自分を慕ってくれる後輩がいる。
光子郎はまんざらでもない気分だった。
少しだけど、頼りになるあの人に近づくことが出来たような気がしたから。
その頃、部活がいつもより早く終わった太一は、サッカー部の仲間といつもの道を帰っていた。
「ピロリロピロリロ! ピロリロピロリロ!」
お台場小学校付近に差し掛かったとき、急にデジヴァイスが反応した。
するとまもなく後ろの方から、懐かしい声が聞こえてきた。
それは紛れもなく2年半ほど前の冒険以来、お互いに足りない部分を補い合ってきた、あの少年のものであった。
「あ、ワリい!オレ用事思い出したから先に帰っててくれ。」
「え?太一?」
「ヒカリがまた熱出して、薬買わなきゃダメなんだ!」
「お、おう。 じゃ、また明日な・・。」
「じゃあな。」
適当に理由をつけて友達と別れると、太一は物陰に隠れて、光子郎が来るのを待った。
「・・・、待てよ?別に隠れることなんてないんじゃ・・・?」
頭をひねっているうちに、光子郎達が目の前まで来た。
太一は出て行って声をかけようとしたが、上げかけた手を戻した。
光子郎が後輩達と楽しそうに話していたからだ。
(光子郎・・・・・・。)
心にぽっかりと穴があいたような気分。
太一は軽く溜め息をついて、気付かれないように光子郎達の後をつけた。
「そういえば最近泉センパイいっつも窓から校庭を見てますよねえ?」
「えっっっっ!!! そ・そうですか!!!!?」
京のいきなりの一言に、光子郎は身体を硬くした。
「もしかして・・・・・。」
「も・もしかして・・・・?」
「恋ですか?」
「/////////////。」
とたんに光子郎の顔が紅潮する。
「Bingo!?」
「い・いえ! けっしてそういうわけでわ・・・・///////!」
「顔に書いてありますよ?」
意味ありげな笑顔で表情を覗き込まれた光子郎は、情けないくらいに萎縮してしまった。
「京さん、光子郎さんが困ってるじゃないですか!」
その正義感からか、さっきの言い争いの腹いせかは定かでないが、伊織が京に言われたことをそのまま返した。
「伊織君・・・。」
「自分がされて嫌なことは、他人にもしてはいけない、って中国の古い言い伝えがあるでしょう!」
「はいはい、わかりました!止めればいいんでしょう?まったく、頑固なんだから!」
伊織節が炸裂し、さすがの京もこれ以上詮索するのを止めた。
「ほっ・・・・・。」
光子郎は胸をなでおろした。
後ろをつけていた太一は、前から聞こえてくる会話に、全身の血液が逆流するような心地がした。
(こ・光子郎が・・・恋?・・・そんな・・・)
太一は顔をゆがめて胸をぐっと押さえた。
鈍い緑色の感情が身体中を駆け巡る。
明らかに嫉妬を感じている。
太一は光子郎の恋の相手、そして自分が嫉妬している相手が自分であるとは、
これっぽっちも思ってはいなかった。
光子郎、京、伊織はT字路までやってきた。
「それでは、ボクはこっちなので。」
光子郎が二人に挨拶すると、
「また明日!」
と2人の声が和音を作った。
しばらく歩くと、光子郎は後ろに気配を感じて振り返った。
「太一さん!」
光子郎の表情がぱぁっと明るくなる。
「よお、光子郎!」
太一は内心慌てていたが、何事もなかったかのように飄々と振舞う。
「お久しぶりです。」
「ああ、最近会ってなかったな。 ・・・・なあ、光子郎・・・。」
「はい。」
「これから、暇か?」
「ええ、特に予定はありませんが。 どうしたんです?」
光子郎が聞き返すと、太一は真剣な口調で言った。
「一緒に行きたい場所があるんだ。」
太一の力強い、それでいて何か特別な意志を感じさせる眼光に気圧されて、光子郎は首を縦に振る。
光子郎は胸騒ぎを感じていた。
いいことか悪いことかは分からないが、何か重大なことが起こる予感がする。
太一の拳は硬く握られている。
(言うなら今しか・・・! 光子郎の心がオレじゃない誰かに向いているなんて、絶対に耐えられない!!)
光子郎は無言で太一の後についていった。