反抗期
ふと視線を感じたウイングが振り向いた。
瞬間、視線を外すタイミングを失ったズシが頬を赤く染めた。
「何ですか?」
「な・何でもないッスよ////////」
ズシはぶっきらぼうに言って、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
14歳になっていたズシは、いまだ200階クラスにいた。
思春期に差し掛かったあたりからなぜかウイングの笑顔が苦手になった。
ニコニコと優しく笑いかけられると、どこか気恥ずかしいような感じがして、少し苛付く。
あ〜あ、また言いそびれた・・・・・・。
ズシは小さく溜息をついた。
最近少し伸ばした髪が目にかかる。
うざったく感じて、腰に巻いていた帯をはちまき代わりに額に巻く。
・・・やっぱり坊主に戻そうかな・・・・・・・。 流行ってるみたいだし。
「ロードワークしてくるッス。」
「車に気をつけるんですよ。」
ウイングさんはニコニコと、あの笑顔を向ける。
「子供扱いするなッス。」
「いえいえ、あなたが車を撥ねてしまわないように、と言ってるんですよ。」
「へいへい、ご親切にありがとうッスよ! 生憎自分は師範代みたいに強化系じゃなくってね!」
ズシは語気を荒げ、乱暴にドアを蹴り開けて行ってしまった。
ウイングさんは別に咎める様子もなく、苦笑いをするだけだった。
・・・強がっちゃって、反抗期というやつですか。 ・・・・・・もうそんな歳になったんですね。
嬉しいような、寂しいような・・・・。
くそっ・・・・・!
まただ・・・・・。 何でこんなイライラするんだ?
また師範代に酷いこと言っちゃったよ・・・・・
大事な日だってのに・・・
しばらく走って頭冷やそ・・・。
ズシは走りながら自己嫌悪に陥って、思い切り自分の頬をつねった。
「テテっ・・・・・・!」
想像以上に痛くて、けっ躓いて盛大に転んでしまった。
・・・・・・鼻、打った!
あまりの痛さに思わず目から涙がこぼれた。
我慢してしばらく走っていたら、脚が地球を蹴るたびに鼻にジンジン痛みが来るので、
痛みが退くまでベンチで休むことにした。
何気なく空を見上げたら、近くから遠くの方へ橙のグラデーションが広がっていた。
さっきまでは白かったはずの雲も、今は下の方が茜色に染まっている。
天空闘技場も、ヨークシンのマンハッタンに匹敵する摩天楼もシルエットでしか見えない。
烏が2羽、翼を広げてオレンジの宇宙を横切ってゆく。
ズシは足を組んだ。
まだ素直だった頃は、よくウイングさんとバルコニーで昼寝したり、
夕方は一緒に散歩して、二人で夕焼けを眺めたりもした。
あの頃は、ゆっくりと時間が流れていた。
飛行機雲がお尻の方から消えてゆく。
しばらく記憶をたどってたら、いつの間にか痛みも消えたので、また走り始めた。
「ふぅ・・・、今日はこれぐらいだな・・・。」
何度も超高層ビルの階段を走って上り下りして身体を苛め抜いた後、屋上で寝そべった。
夜になっても何万ものネオンサインで明るいこの町では、北斗七星やオリオン座くらいしか見えない。
あまり面白くなかったので、ペットボトルのミネラルウォーターを一気飲みして、階段を下りた。
「お兄ちゃん!」
帰る途中、小さな男の子に声をかけられた。
「ん?」
「お兄ちゃん、もしかして、ズシ選手?」
「え、自分・・・じゃなかった、兄ちゃんのこと知ってるの?」
ズシは目を丸くした。
「あったりまえじゃん! ズシ選手はオレのヒーローなんだから。」
その5歳くらいの男の子は、興奮気味に目を輝かせた。
「ふ〜ん・・・・。」
不思議な気分だった。
かつてフロアマスターだったウイングさんに憧れて天空闘技場に挑戦した自分が、
いつの間にか子供たちの憧れになってしまったらしい。
「ねえねえ、サインちょうだい!」
「えっ、さ、サイン?」
どうしよう、サインなんか考えてない・・・・・。
「ん〜、何か書く物と紙がないとなあ・・・・」
何とかうまい言い訳を作ろうとするが・・・。
「うん、じゃあコレにサインして!」
努力も空しく、男の子はバッグからマジックと色紙を取り出した。
なんて用意がいいんだ・・・。
さて、困ったぞ・・・・。
ズシは少し考えてから、<Zooci>と筆記体で書いて、下に1本線を引いた。
「わ〜、ありがとう!!」
男の子はまた目を輝かせてペコっと頭を下げた。
ホッ、何とかそれらしく見えたみたいだな・・・・。
ズシは男の子の頭を撫でてから、部屋に帰っていった。
「やあ、お帰り。 夕飯、出来てますよ。」
「あ、・・・押忍。」
やっば〜!! 今日自分が夕飯作る日だった!
「あ、えーと・・・・」
「その前に、シャワー浴びた方がいいですね。」
「・・・・・うん。」
ウイングさんのニコニコ顔に、謝るタイミングを逸してしまった。
・・・・・・。
ズシはシャワーを浴びながら、また自己嫌悪。
くそ〜、あんな顔されたら照れ臭いじゃんか////////!
身体を拭いてから、着替えを用意するのを忘れたのに気付いて、
ズシは腰にタオルを巻いて、ソファで本を読んでるウイングさんのところに行く。
「師範代、自分の着替え、どこかわかるッスか?」
「ああ、ズシの服は今洗いに出してるから・・・・、今日は私の服で我慢してくれますか?」
「へ〜い。」
本に栞をはさんで、ウイングさんはタンスからYシャツと黒のズボンを取りに行った。
・・・ずいぶん逞しい身体つきになってきましたね。
真面目に鍛錬している証拠だ。
「はい、どうぞ。」
「・・・・押忍。 師範代って、一体何着同じの持ってるんスか?」
「ん〜、これでも一つ一つ微妙に違うんですよ。」
素直にありがとうが言えなくて憎まれ口を叩いてしまったのに、ウイングさんは間延びした返事で。
袖を通したら、ズボンもシャツもズシにちょうどいい丈で。
「何だ、ぴったりじゃないですか。」
「そのうち師範代より大きくなるッスよ。 いま、夜になると膝とか脚とか痛いから。」
「・・・・・・・・・」
ウイングさんは軽く苦笑いするだけだった。
「あっちの方だって、もう師範代よりでかいッス。」
得意そうなその顔は悪ガキそのもの。
軽い敗北感にさいなまれながらも、ズシの悪戯っぽい表情が妙に愛しく思えた。
「そんなことより、冷めないうちに食べましょう。」
「・・・・押忍。」
「・・・ズシ、」
「んー?」
「さっき言おうとしてたの、何ですか?」
「さっきって・・・?」
「ロードワークに行く前だけど・・・」
「あ・・・、あれッスか////////?」
ズシは思わず頬を染めた。
「・・・・・・あの・・、今日って、よく考えたら・・・」
ウイングさんから視線を外す。
「・・・師範代に弟子入りした日、だったからさ・・・・」
「・・・・・そういえば今ごろの季節でしたね。 まだ幼稚園を卒園したばかりで、天使みたいに可愛かったんですよねv」
「/////////。 そんなのはどうだっていいッス!」
ウイングさんが目を細めると、ズシ照れ隠しに大声を出して、玄関の方に行ってしまった。
へそを曲げでもしたのかと見ていたら、1分も立たないうちに戻ってきた。
後ろに何かを隠しているようだ。
「・・・師範代にはお世話になったから、・・・プレゼント、買ってきたッス//////////。」
照れ臭くてウイングさんの顔を直視できない。
「はい!」
ズシはウイングさんにプレゼントの包みを渡すと、逃げるように寝室に入って行った。
抱きしめられたりなんかしたら、鼓動が速くなってるのを聞かれて、カッコ悪い。
それに、目の前で中に入れた手紙なんか読まれては、恥ずかしすぎて卒倒する。
ズシが頭から布団に潜り込んだ時、
ウイングさんは幸せな笑顔を浮かべて、手紙をそっとアルバムにしまった。
あとがき
無性に意味のないお話を書きたくなって、二人の未来を想像して、
取り囲む風景とか、間とかそういう取り留めのないものを綴ってみました。
おかげで本当に何の意味もないお話になってしまいました。
14歳ってことで、今まで「〜っス」とか、「オス!」って表記してたのを
「〜ッス」、「押忍!」としました。
こっちの方がぶっきらぼうな感じがするかな、と思ったので・・・