今日は2月14日。
いわゆるバレンタインデーである。
ウイングさんは朝からずっとそわそわして、どこか落ち着かない。
「師範代、なにかあったんスか?」
「いえいえ、別に何もありませんよ。」
ウイングさんが笑顔で返すと、ズシは首をかしげた。
(とてもそうは見えないっスけど・・・・。)
「それなら、修行の邪魔になるから、変なオーラ出すの止めてもらえないっスか?」
「そうですね。いっそのこと、今日の行はこれでおしまいにしようか。」
「冗談もいい加減にするっス! まだ始めて30分も経ってないっスよ!?」
ズシは刺すような視線でウイングさんを射貫いた。
「殺意を持って練を行うのは禁止したはずです。」
「邪なオーラを発するのも同じなんじゃないスか?」
棘のある言葉に、ウイングさんの額に血管が浮き出たかと思うと、お仕置きだといわんばかりにズシを捕まえる。
「そ・れ・よ・り、今日は何の日・・・ぐふぅっ!!」
最近要領が良くなったズシは、ウイングさんの腹に肘鉄を入れて、軽々と拘束から抜け出した。
「逆切れしながら話題をそらすなっス! それに、どんなに期待したって師範代にチョコレートはないっスよ!」
「そ・そんな・・・・・・うわ〜ん!」
ウイングさんはショックのあまり、いい年こいてその場に泣き崩れた。
ズシは舌打ちすると、ウインドブレーカーを着て、ロードワークに出ていった。
さて、どうしてズシはこんなにピリピリしているのだろうか?
答えはいたって簡単。
なぜなら、ウイングさんより早起きしたズシは、
いつものように合鍵でウイングさんの部屋のドアを開けようとすると、
ビスケからのチョコレートが新聞受けにはさまっていたからだ。
もちろん、ズシはウイングさんの師範代のことなど知るはずもなく、
ビスケ=ウイングさんの恋人だと思い込んでいるのである。
確かに、師範代がもうそろそろ婚期を逃しそうなのもわかってるっスけど、
いっつも自分にべたべたくっついて、時にはうざったく思えるような師範代が、
自分に見向きもしなくなるのは、何かくやしいような、寂しいような気がするっス。
うそは嫌いだから、ハッキリさせておくっスけど、嫌なものは嫌っス!
師範代も師範代っス。
本命の人がいるのに、自分からもチョコレートを貰おうなんて、図々しいにも程があるっスよ!
それに、よく考えたら、自分は男だから、師範代にチョコレートを上げる必要はまったくないはずっス。
3時間ぐらいランニングと筋トレをこなして、ズシは闘技場に戻った。
シャワーを浴びて自分の部屋である1108号室に戻ると、
テーブルの上に、昨日張り切って作ったチョコレートとクッキーが置きっぱなしになっているのを見つけて、
ズシは少し切ない気分になってしまう。
贈る当てがなくなってしまったとはいえ、自分で食べる気にもなれず、そのまま冷蔵庫にしまった。
大きく息を吐くと、何故か涙が浮かんでくる。
もうそろそろ夕食の時間で、いつもはウイングさんと一緒に食べるのだが、
とてもじゃないが、そんな気分ではないし、何より食欲がない。
ズシは必然的に、ベッドに入った。
「ズシ、私が君に教えてあげられるのは今日までです。」
「ど・どうしたんスか、急に・・・。」
「今までどうしようもない師範代で悪かったね・・・。」
「師範代?」
「ズシにはまだ言っていなかったけれど、私は遠いところに行かなければならなくなったのです。」
「そんな・・・・!自分が最上階に行くまで、ずっと自分のそばにいて教えてくれるって、約束したじゃないっスか!
それに自分まだ隠も円も教えてもらってないっス!!」
「・・・・・・そう言われると辛いですが、君の才能を持ってすれば、きっと大丈夫です。」
「・・・・・・・・どうして・・・・・、どうしてっスか・・・。」
「・・・それは、君が大人になったら自然と分かることです。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「泣くんじゃありませんよ。私の知っているズシはもっと強い子だ。」
「・・・・・・し・・はんだ・・・・い・・」
「遠くから、ずっと応援しています。 それでは・・・・。」
「師範代・・・・・・・・・・。」
ハッと気がつくと、ズシの顔は涙でグショグショになっていた。
「・・・夢っスか・・。」
ふと時計に目をやると、23:45を刺している。
ズシはベッドから下りると、トイレに立った。
手を洗って洗面所から出ると、玄関のドアの前に、チョコレートらしき包みがひとつ落ちていた。
なんだろうと思ってそれを手に取ると、ウイングさんからのバレンタインチョコレートだった。
ようやく止まった涙が、また勢いよくあふれてきた。
「師範代・・・。」
包みを開けると、中には手作りのチョコレートとメモ用紙の切れ端が入っていた。
『何て言ったら許してもらえるか分からないけれど、
私は悪い師範代だったね・・・。
何でこんな簡単なことに気がつかなかったのか・・・。
ズシだって男の子なんだから、チョコレートが欲しいのは当たり前なんですよね。
何があっても、いつまでたっても、ズシを大事に思う心は変わりません。
ウイングより』
「・・・師範代・・・・・、何か勘違いしてるっス。 でも・・・・・すごい嬉しいっス・・・・・・!」
見事なまでに的が外れた文章だったが、それでもズシは、最後の一行に感激した。
「チョコレート、自分も渡しに行かなきゃ・・・!」
時計を確認すると、23:50。
ズシが全速力で急げば、ギリギリ今日中に間に合う。
冷蔵庫からチョコレートとクッキーを取り出すと、ズシはパジャマのまま部屋を飛び出した。
「はぁ、はぁ!早く渡さなきゃ、明日になっちゃうっス。」
街頭の時計は23:56を刺している。
ズシはさらにスピードを上げた。
23:59、ウイングさんの部屋のチャイムが鳴る。
コタツでうとうとしていたウイングさんは、憂鬱そうに起き上がって、のろのろした動作でドアを開いた。
「師範代!!」
何とか間に合ったズシが、ものすごい剣幕でウイングさんに押し寄せた。
「チョコレートとクッキー持ってきたっス!!受け取って欲しいっス!」
寝ぼけていたウイングさんは、ことを理解できず、一瞬たじろいだが、
チョコレートを渡しに来たのだとわかると、思わずズシの身体をぎゅっと抱き締めた。
「ズシ!!」
ズシはウイングさんの胸に顔を埋めると、泣き始めた。
「えぐっ・・・・・ごめんなさい・・・・・ひっく・・」
「良いんですよ、きにしなくても・・・・。」
「本当は・・・・・ひくっ・・昨日・・チョコレートと・・・ひぐっ・・・クッキー作ってた・・・・・ス・・・。」
ウイングさんは腕の中のズシの頭をそっと撫でる。
「・・・・師範代に他の恋人がいても・・・・・ひっく・・お婿さんに行っても・・・ずっと師範代が大好きっスから・・・。」
「何だって?・・・、もう一回言ってくれますか・・・・?」
拍子抜けなウイングさんの反応のせいで、ズシの涙が止まる。
「だから、・・・師範代が誰かと結婚しても、自分はずっと師範代が好きだって言ったんスよ?」
「結婚・・・・・・? 一体何のことですか?」
「とぼけてもわかるっス。 今朝、師範代に女の人からのチョコレートが届いてるの見ちゃったっス。」
それを聞いたとたん、全てを理解したウイングさんは、ニヤニヤし始めた。
「そうだったのか・・・。ズシは何かとんでもない勘違いをしているようだけど、
あのチョコレートの贈り主のビスケット=クルーガーさんは、私の師範代です。」
「えっ・・・・・、何スか・・・・それ・・・。」
「だから、ビスケさんは私の師範代なんですよ。」
「・・・・・・・・・・//////////////////。」
ウイングさんの腕の中のズシは、口から炎でも噴かん勢いで、顔を真っ赤にした。
「あわわわ・・・・、師範代放すっス/////////!」
「ダメです(ニヤリ)。」
ズシは暴れだすが、羞恥のため、まったく力が入らない。
「そうかそうか、ズシはいっちょ前にやきもちを焼いていたんですねvv。」
「////////////! 師範代だって、師範代の師範代に憧れてたりするんじゃないっスか!!?」
「憧れというよりは・・・、むしろ恐怖心を抱いていますが。 それにあの人はたしか今年で57歳でしたね。」
「うぐっ・・・・・・、///////////」
ズシの小さな身体から、モウモウと湯気が立ち昇る。
「かわいいですねえvvv。 ズシは。」
「ひッ////////!!!」
ウイングさんはズシの柔らかな頬にキスをひとつ落とした。
「今夜はもう遅いし、この部屋で一緒に寝ましょう。」
「い・いいいいや、師範代も迷惑だろうし、じ・じじ自分の部屋に帰るっス///////。」
「ダメです。 私を疑った罰です。 ひとつ何でもわたしの言うことを聞きなさいvv。」
じたばたするズシを、ウイングさんはがっちりと抱え込んでいる。
「大丈夫ですvv。 手取り足取り、優しく教えてあげますから・・・・・vvv。」
「な・何のことっスか/////////!!!!!」
ウイングさんとズシの長い夜は、今始まったばかりだ。
<おしまい>
<あとがき>
なんて恥ずいものを書いてしまったのでしょうか。
ここまで読んでくださった方、大変ありがとうございました。
コメントも思いつかないので、このまま書き逃げるっス!!