｢秋也はどっちかっていうとコスモスだよなぁ｣
｢……は、｣
いつもと変わらず無為にギターを鳴らした消灯前。
ひび割れたピックのすきまに爪の先を突っ込んだら
爪のほうに傷ができてしまう自分にため息をついたその瞬間。
首をそらして見上げると不自然にひじをついた姿勢で紙束をめくる指先と目が合った。
｢あぁ、それまだ見てたの｣
昼休み典子サンに手渡された紙束。
最近女の子の間で流行ってるネット占い、ってヤツだ。
『なんかね、笑えちゃったから。ノブさんのぶんもあるよ？』
占いとかって実際オレもノブもあんまり興味のあるものでもなかったけれど。
それでもまぁ媒体が典子サンだったから？ノブは結構嬉しそうだった。
｢わぁ、アリガト！｣なんて急き込んだみたいに言って午後の間ノートの陰でずっと眺めてたっけ。
オレがこう言うのもナンだけど、ノブの恋はわかりやすくてすごく可笑しい。
｢で、なんなの？｣
｢うん、秋也は花にたとえたらコスモスだよなぁって｣
｢コスモスぅ？｣
｢……ヘンかな｣
照れたみたいなノブの笑い顔がそういえばオレはすごくすきで、
数えきれないほど繰り返された瞬間はあまさずこの胸に閉じ込めて眠れぬよるに指折ったりする。
いつか乾いたこのココロが全部その笑い顔で満たされれば、なんてバカげたことをおもいながら。
｢それってさぁ、こないだ国語の時間なんか言ってなかったっけ？｣
｢割烹着を着た年若い女房の好さ、でしょ？(笑)｣
｢そう、それ！ ……わかって言ってる？｣
｢……さぁ？｣
また笑う。
日常はこんなふうにごくありきたりにあたりまえに過ぎながらすべてを安息の方向へと麻痺させる。
それがどれほど残酷な現実か。
安寧に墜ちた愚かな人類に知る術などない。その術を求めることすら赦されない。
現在への報復は曖昧で柔らかな概形を垣間見せながらひどく容易に世界を侵す。
それを知るのはきっと刹那の恋をしたときだ。

ぼくがはじめて恋をしたあのひとはおもいかえす笑い顔がそのたび痛い。
目を閉じれば洗いざらしの綿のシャツにひとつ、
ちいさなしみみたいにそれは不必要なまでココロを揺らしてここに残る。
消えぬおもいを笑って話すことでこの発展途上の感情野にかかる負荷はどれほどのものなのか、
それすらまだぼくにはわからない。
あのひとこそが不器用で未発達のココロが錯覚した代替だったんだろうか。
それともいつだって傍にいるノブが喪失を埋める無意識の手段として選択されたんだろうか。
どちらにしてもどっちつかずの振幅は想像もしなかった収束へと向かった。
あまりに無力なオレ。望むものはまだただひとつだって手にしてはいないのに。
喪失によって無作為に取り払われる自由の領域。
手にしたはずのひとつひとつは無残なまで伸びやかであろうとするココロを阻害する。

知ってる？
コスモスは秩序と調和の現れとしての宇宙を意味する花。
可憐なその姿の陰に隠された豊かな生命力をオレに見たってそう言うの？
際限なく広がる宇宙どころかこんなにちいさなオレさえまだバラバラに壊れたままなのに。

どうやらオレには絶対的に曖昧なこの感情をぶつける相手が必要で、
……そう、きっと誰かに必要としてほしいんだ。
求める声にはなにひとつだって応えられないこんなにもちいさなオレを。
不確かな季節を手探りで進む誰かの存在が。
オレがオレであるために、それでもきっとこれは最大級のワガママでしかないんだろう。
歩き出せぬ澱みの中で、知らず流れた夕べの距離ばかりがそっと輪を広げすれ違う。
かすかに触れた暴風域でかなしいほど単純に、それはまるで甘い勘違いのリズムみたいに。

許容の境界線上でたぶんオレは永遠みたいに長い秘密できみを見続ける。
「たいしたことじゃないよ、」
揺れる木々から落ちる雫はそのたび光の粒に変わりこの日々を映し出すんだろう。
それは常にこの肩に降り注いで僕を濡らすけれど、その姿はよるにまぎれて誰にも見えない。

「で、ノブはなんだったのさ？」
「オレ？ オレはねぇ、……」
流れる日々はごく稀に身勝手にすべてを揺らしてまるできみみたいに笑い出す。
誰にも教えないちいさなため息はその隙間に紛らせて、だからこそ変わらずオレも笑ってられるんだ。
いつの日かときに倒れるこの身の傍らで差し出されたきみの優しいその手を取るその瞬間まで。

"reach out"