賀茂別雷神社、通称上賀茂神社と呼ばれる社のほど近くに、看板のない店がある。
蔦の這う古びた煉瓦造りの小さな食堂。
扉の前にその日出せるメニューの記された黒板がそっけなく立ててあるのみ、名乗らないその店を、人は"煮込み屋"と呼ぶ。
供される料理の殆どが和洋を問わない世界各地の煮込み料理であるが為の安易な命名である。
果たして店の者たちは気に入っている。どんな名よりこの店には相応しい、と。
そして"煮込み屋"には知られざるもうひとつの顔がある。
"猛士"
吉野を本部とした、魔化魍と呼ばれる人ならざる化け物を狩る為の組織。その上賀茂支部としての顔である。
その心身を鍛え上げ、魔化魍を倒す為に身を変じ戦う者を、人は敬意と畏怖を込めて鬼と呼ぶ。
猛士の者は人々の生命と平穏を護る為、今日も何処かで戦っている。

煮込み屋の扉が開いて、ドアベルがからんからんと元気に鳴り響く。同時に現れた娘が中へと飛び込んでくる。
少女と呼ぶには大人びて、大人と呼ぶには稚さの残る風情。長い黒髪を横ポニーテールに纏めている。動きやすいラフなジーンズにキャミソールにカーディガンといった格好といい、百万遍辺りに数多居る大学生と然して変わり無い。
「たっだいまー!疲れたぁ…」
「発言が若くないぞ、みつる」
カウンタ内で皿を仕舞っていた若主人、一ノ瀬芽が片眉を上げぽつりと呟く。
「ああうう、でも疲れたのはほんとなんですよ、仕方ないじゃないですかぁ!しかも芽さんまたみつるって呼んだ!あたしの名前は」
「おかえりなさいミナヅキちゃん」
「はいっ、ただいま戻りました!」
絶妙のタイミングで口を挟んだのは煮込み屋の店主、一ノ瀬真砂。張りのある声を持つ年配の女性である。
ミナヅキと呼ばれた娘が満面の笑顔で頭を下げた。
19歳と歳若いながら彼女も猛士に所属する鬼の一人だ。鬼号を水津鬼、故にミナヅキ。
鬼号を頂いた鬼は本名ではなくそちらの名で呼ばれるのが慣わしである。
幼少時から皆に知られている者は先刻のように名で呼ばれてしまうことも多々なのだが。未だ半人前、との当て擦りも込めて。
「逸平ちゃんはどないしましたのん?」
「あー、お師様なら車置いて今」
「只今戻りました」
ドアベルの音も軽やかに、扉が開けばにこやかな長身の青年が現れる。和泉逸平。上賀茂支部所属のサポーターだ。
ミナヅキの師匠でもあり、現在は専ら彼女専属といったかたちで現場に出ている。
「お帰りやす。二人揃うて無事で何より」
「言うても変身して前線出るんはみつる一人なんですけどね」
破顔してみせる逸平の姿に、真砂がわざとらしく深々と溜息を吐いてみせた。
「…ほんまに、芽も逸平ちゃんも、あんたらふたりしてそんなやからミナヅキちゃんの鬼号がいつまでたっても定着しいひんのやないの」
「俺の責任ですか真砂さん」
「俺は関係ない」
「ひどーい!間違いなくお師様と芽さんの責任ですようー!」
「お前は尻馬に乗るんやない」
「みつるが未熟なのが悪い」
「うう…言い返せない自分の実力が憎い…」
「もう放っときなはれ。この子らミナヅキちゃんからこうて面白がってるだけなんやから。駄目な子ぉらやねえ」
堪えられない、といった調子で真砂がくすくすと笑い出す。
「俺は事実しか言ってませんよ伯母さん」
空とぼけた顔で芽が言えばミナヅキがへたりとカウンタの椅子に座り込み、それを見て大口開けてからからと逸平が笑った。

「で、どうやったの。大山崎の大百足は」
真砂がコーヒーカップをミナヅキと逸平、二人の前に置いてやると其々笑みと共に受け取った。ミナヅキの方は問いかけに思わず顔を顰めたが。
「んー…かなり倒しでありました…がんばった…」
ぺたん、とカウンタに突っ伏すミナヅキに逸平が小さく笑って背中をぽん、と叩いてやる。
「姫はまだましやったけど童子がちょっと梃子摺ったな」
「すーぐ土ん中潜ってわかんなくなっちゃうんですもん!あと本体、足いっぱいだし毒持ちだしもう」
「だから太鼓には分が悪いらしいんだ、あれは。剣か槍の相手でないと」
「真砂さんこれ、記録ディスクです。気温湿度もベースを拠点に細かく記録済みです」
逸平の手渡したディスクを、真砂は両手でしっかりと受け取った。
「おおきに、助かるわ。今からでも見ましょうか」
「…あぁ、それはいい。満天星の安定具合とか出力も確認できる」
「いやそれは勘弁してください?!後にしてください後に?!」
「お前、見られるん決定やねんから後やろうと先やろうと構えへんやろうに…」
「いやでも自分の目の前で見られるってそんな恥ずかしいのないですよ?!」
「だからお前は未熟者だと」
「それは認めますけど!?でもなんかやだよ?!」
「冗談やよ。後で皆で確認してから零ちゃんに頼んでデータベースに入れときますさかい。ほんま、ミナヅキちゃんはかいらしいまんまやねえ」
真砂がころころと笑い、ミナヅキが複雑そうな顔で唇を尖らせた。
芽がその唇を摘んで、振り払おうとミナヅキがじたばたと腕を振り回す。
「可愛らしいと言うより、半人前の子どもですよ」
「うーるーさぁーいーっ!――あ、でも芽さんが満天星につけてくれてたあれ助かった!浄音ブースター!」
芽の指からやっとのことで逃れたミナヅキが開口一番そう言った。
「当たり前だ。過去のデータから大百足の毒を吹き飛ばすように計算して設計してあるんだからな」
謙遜するでも誇るでもなく、当然の如く軽く鼻を鳴らす。
これがこの一之瀬芽と言う男の常だ。上賀茂支部常駐の開発兼装備メンテナンス担当の自負が為せる仕草である。
数多の名器の手入れをし、新たな名器を生み出すのが彼の仕事。ミナヅキの愛用の武器、音撃槍"満天星"を開発したのも彼だ。
…遊び心にも溢れているのだが。満天星の見目はきらきらした水晶硝子の鈴が沢山ついた矢鱈と豪華で可愛らしいものだったりする。
「でも大百足なんて三十年ぶりの魔化魍やよねえ、私も見たのん久しぶりやわ」
「最近また見慣れない感のある魔化魍が増えてきてる気ぃしますね。気ぃつけとかんと」
「何が出てもお前等が倒せば終いだろう。働け」
「酷ッ!」

結局雑談ばかりで実のある話にならず、他の常駐メンバーが顔を出すまできちんとした話ができなかった…と言うのは余談である。
…ちなみに、激戦地だと言うのにこの緩さで良いのかと問う者に真砂はにっこりと笑んで答える。
「普段少々緩んでる方がいざって時にきりきり働きますさかいねぇ、うちの子ぉらは」



この緩さが当方上賀茂基本方針です。
ちなみにそれぞれモデルは居たり居なかったり。





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