京都市内中心部にほど近い三条御幸町を『上がった』、つまり北に少し入った場所。って言うのが喫茶「まるめろ」の所在地。 猛士の支部じゃあないけれど、うちの事情をよく知って協力してくれてるマスターのお陰で、打ち合わせや待ち合わせによく使用される店だ。 上賀茂支部こと煮込み屋は人と待ち合わせるにはちっとばかり便利が悪いんだよな、駅からも遠いしさ。 仕事の合間の待ち合わせ程度なら専ら此処を使わせて貰ってる。 京阪の三条駅から大橋を渡って小橋も越えて、商店街のアーケードを抜けて西へ5分ばかり歩いて御幸町通を上がって少しすれば、なんでも大正時代に建てられたとか言う煉瓦造りのビルが現れる。 扉を開けてその侭地下への階段を降りれば美味しいコーヒーで評判の喫茶店にご到着ってわけだ。 …で、俺は入り口のドアを勢い良く開けすぎていつもマスターの美音子さんに叱られる訳だけど。 「庚君、いつも言っているけどもう少し静かにね」 「…すんませーん」 今日もまたにこやかな笑顔の美音子さんに叱られて(にしても怒ってても美人さんだよなー、と思うのもいつものことだ、うん)から、カウンター脇に立ってる少女人形に軽く挨拶。 向かうは定位置、一番奥のテーブル席。其処に待ち合わせの相手が居る。煙草の煙をゆっくりとくゆらせながら。 「時間ぴったしやな。ご苦労さん」 柔和な顔で笑う人が俺を見上げ、煙草を消してから軽く右手を上げる。こっちは笑顔で挨拶を返してから向かい側に座った。 「ほんっとご苦労だったっすよー、ま、丁度吉野行く用事あったからいいんですけど」 「ついでやなかったら流石に頼めへん。ありがとうな」 「いいってことですって。代わりに此処、おごってくれるんですよね」 「コーヒー一杯やったらな」 「ケーキ付けちゃだめっすか俺今ちょう腹減ってんすけど」 期待の眼差しで両手を胸の前で組み相手を見上げれば苦笑気味に頭を撫でられた。 「しゃあないな、ホットケーキやったらおごったるわ」 「やったぁ、逸平さん太っ腹!」 「やから、ええ加減その似合わんポーズはやめとき」 和泉逸平さんというこの人は、俺のお師匠の昔馴染みの友達で、昔は伝説の鬼だとかなんだとか言われてた人。100年廃れてたって言う幻の流派を蘇らせた立役者なのだ。 本人曰く、蔵に眠っていた武器の封印を解いて使えるようにしただけ、らしい。それもさらっと言うことじゃねーよな?! でもって今も伝説級のサポーター…って風には、実はあんまし見えねーんだけど。 兎に角、その逸平さんに頼まれてたものをテーブルの上に乗せた。大きなサイズの茶封筒、結構な厚みと勿論その分の重みがある。 「ってかこれ何なんですか、俺中身知らないんすよ。逸平さんが欲しいって言ってるから渡してくれーって言われただけで」 「知りたいか」 「そりゃ勿論」 「タイムマシンや」 「うっそでえー!」 思わず大声を出してしまった矢先、コーヒーとホットケーキがとんとん、と目の前に並べられた。 歓声を上げようとした瞬間、がつりと頭に強い衝撃。い、いってえええええッ!!! 両手で頭抱えながらテーブルに沈めば(あ、勿論コーヒーとホットケーキの置いてあるとこは避けた。食いもん粗末にするもんかこの俺が!)頭上でひそやかに笑う声。 「お店では、静かにね」 「………美音子さん、もうちょっと容赦って言葉覚えませんか………」 「ええ、庚君が静寂を楽しむ、って言葉の意味を理解してくれた時には」 ごゆっくり、と言い残し彼女は去ってゆく。向かい側からはくつくつという声、頭を上げれば肩を震わせる逸平さんの姿。 「笑うんだったらストレートに笑いませんかもう」 「遠慮しとく、美音子ちゃんのお盆直撃は俺も避けたい」 笑い続ける逸平さんによしよし、と頭をかき回される。 「逸平さん、それ、余計に痛い上に頭ぐしゃぐしゃになるからやめてください」 恨みがましく呟けば無言で頭をもう一度撫でて手が離れていった。…相手はまだ笑ってる。どんだけ笑う気か。 「冷めるぞ、早う食べ」 「それは言われるまでもなく」 此処のコーヒーとホットケーキは冷めても美味いって評判ではあるけど、やっぱり冷めないうちがベストってことに違いはない。 お言葉に甘えて手を合わせて頂くことにする。現金やなぁ、という声は聞こえないふり。 「んーで、話戻すけどタイムマシンて嘘でしょ」 熱々のホットケーキを頬張りつつ尋ねると、逸平さんは楽しそうに笑った。 「嘘やない。見てみるか?」 長い指が茶封筒の封を開ける。 ちゃんと糊付けされてるってのに、ペーパーナイフもなく器用に綺麗に開けるもんだ。 俺なら多分出来るかもだけど、みつるは駄目だろうなー。びりびりに破きそうだ。(あ、みつるってのは逸平さんの弟子で俺の友達…ってどうでもいっか) ともかく、中から現れたのは小豆色の表紙の、一冊の本。金色の文字で書かれたタイトルは、 「…卒業文集?」 「ああ。大和と芽と俺の通ってた中学のな」 「うっわちょう見てえ…」 一応小声で自己主張(さっきの今でお盆クラッシュはもう勘弁だからな!)。 あ、ちなみに大和ってのがうちのお師匠、鬼名はヤマブキって言う。 芽さんってのは猛士の一員、上賀茂支部常駐のメンテナンスと開発担当。 「将来の夢とか書いちゃってるあれですか」 「そういうこと。将来欲しいものはRock'n roll wisdom、なんて俺は書けへんけどな」 「あー、それどっちかつったらうちのお師匠が言いそうっすよ」 「似たようなことは書いてたぞ、『将来絶対ジェダイになる』とか」 「ジェダイかよ!スカイウォーカーっすかお師匠!」 すんなりとお師匠の顔が思い浮かんだ。 言いそうだ。ものっそい言いそうだ。しかも大真面目な顔で。うちのお師匠はそういう人間だ。 「彼奴やったらなりかねへんと思ったけどなぁ。五次元の空くらい容易く駆けて行きそうな」 「どういう意味すか、それ」 「普通に考えて不可能なことでもやりそうな奴や、昔からな」 そう言って笑う逸平さんの顔は凄く楽しそうだった。 「で、あの人はジェダイになる代わりに鬼になったんすねえ…」 ぺろりとホットケーキの欠片までも平らげてからそう呟く。 …そういうシフトで鬼になったのか、お師匠。あまりにもそれらし過ぎて笑えるぞお師匠。 「ま、人護る仕事ってことに変わりはあれへんな」 そう言って、逸平さんは楽しげに唇を弓なりに持ち上げた。 弦のお師匠の話をする、弦のお弟子と鈴のお師様。 弦の弟子こと庚少年は鈴の小娘・みつるちゃんと並んでお気に入りです。 |