そういえば。 食堂で天丼(500円也)を食べていた氷川誠警部補はふと考えた。 天ぷらの"ぷら"って、なんなんだろう。 考え出したら箸が止まる。 眉寄せ箸をくわえてうーんと低い声でうなる制服警官しかも警部補。はっきり言って見目のいいものではないがまあそのへんはおいといて。(いや氷川は長身の美形だからそんな姿も可愛くて良いわーなんて騒ぐお嬢さんお姉さん諸氏は勿論いらっしゃるだろうけどそれはこの際除外) 「何考えこんでんですか氷川さん」 遠巻きにして見ていた衆人環視にも気付かずうなりつづけていた氷川に声をかけたのは同じG3OP勤務の尾室隆弘巡査。唐突に考え込み妙な行動取る氷川にも慣れっこらしく何事もないように氷川の向かいに陣取ってカツカレー(400円也)を食べ始めながら一応尋ねた。 氷川は世界最大の謎を抱えたような真剣な顔を上げると、意を決したように口を開いた。 「尾室さん、天ぷらの"ぷら"ってなんのことだか知ってますか」 「は?」 カレーをすくおうとしていたスプーンを思わずぽろりと取り落とす尾室。対していたって真剣な表情の氷川。 いつもいつも妙なこと考え込みだしたら止まらない人だとは思っていたけど。心の中でやれやれと溜息吐く尾室。君は全面的に正しい。 「てんぷらのぷら、ですか」 それでも一応真剣に話を聞くあたりなんていいやつなんだ尾室隆弘。 「はい。天は天ってそれだけで単語で聞くからいいんですけど、ぷらって単語は聞いたことがないので一体どういうものなのだろうと」 それでもってそのぷらってものがあるなら見てみたいんですよねえ、等とぶつぶつ呟く氷川。 しつこく繰り返すが、警部補。この歳で警部補だから一応、エリート。大丈夫か日本の警察。 尾室が本気で憂慮しかけた矢先。 「なに氷川君この世の終わりみたいな顔しちゃって。まぁたあの馬鹿男に何か言われたの?」 中華定食(750円也)をトレイに載せて現れたのは小沢澄子警部。だんっとトレイを尾室の横の席に置いて席に着くその姿は紛うことなく男前だ。 「いーい氷川君、あの馬鹿男の言うことなんか無視よ無視!聞いてたって百害あって一利無し!」 「そこまで言いますか小沢さん」 「黙りなさい尾室君」 言うが早いか箸でカツカレーからひょいっとカツを横取りする小沢。 「あーっ!小沢さんそれ俺のカツ!」 「いいじゃないひとつくらい!」 「俺の…いちばんおっきいカツ…」 「あああああっもうわかったわよあたしのカニシュウマイ一個あげるからほら泣くな!」 「そっちの唐揚げの方がいいです」 「やぁよ唐揚げはあたしが食べたいの!」 言いつつ唐揚げを口にほうりこみ咀嚼する小沢。いいですけどね、あ、これ美味しいや、などと言いながら小沢に貰ったカニシュウマイを食べる尾室。すっかり女王と僕が板に付いている。 「あの、北條さんは全然関係なくて」 馬鹿男という単語だけで北條透の名前が出てくるっていうのもある意味失礼な話だけどもそれはそれでまあおいといて。 「じゃ何」 「あの、実は」 至極真剣な表情で小沢の目を真っ直ぐ見つめ、氷川は先ほどの疑問を口にした。 小沢はしばし目を見開き…というか目を点にし絶句して、深々と溜息をついた。 「氷川君」 「はい」 身を乗り出した氷川に改めてもう一度溜息をつく小沢。 「辞書を引きなさい」 「はいっ、資料室行ってきます!」 そう言うが早いか氷川は立ち上がり食べ終わった食器を持ってどたばたと駆けていった。 「氷川君…素直でいい子で可愛いんだけどねぇ」 言いながら遠い目をしつつそれでも食べ続ける小沢。 そういう問題じゃないだろう、小沢澄子。 尾室は諦めたようにカツカレーを黙々と口に運んだ。 資料室へとばたばた走っていると、自動販売機コーナーのベンチにひとり座っている人の姿が目の端に映って、氷川は慌てて足を止めた。 しゃっきりと背筋を伸ばしながらカップのジュースを飲んでいるのは捜査一課の北條透警部補その人だ。 「北條さん!」 氷川が声をかけ側に駆け寄ると、北條はいかにも嫌ぁな顔をしてみせる。まるで"飲み物が不味くなる"とでもいうような。あ、実際に思ってるのかも。 「北條さん、あの、お聞きしたいことが」 「私にですか。アンノウン関連のことならば私よりも捜査一課の他の方に」 「いえそうではなくて」 「では何ですか」 氷川は至極真剣な表情で、北條の顔に自分の顔をずいっと寄せた。自然後じさる北條。そらそーだ怖いよな当たり前の行動だ。 「あのですね。北條さんは、天ぷらのぷらってなんだかご存じですか?」 「…………は?」 すっとんきょうな声を出す北條。無理もない。 「そういうことは小沢さんにでもお聞きすればいいでしょう」 「小沢さんは辞書を引きなさいと」 きっと知らなかったんですよね、と氷川。君それ女王様もとい小沢警部の前で言わない方がいいですよと北條は心の中で呟いた。 「私も小沢さんの意見に賛成です。辞書をお引きなさい」 「なぁんだ。北條さんも知らないんですか?」 かちん。 言うまでもないことだけども北條はプライドが高い。当然刺激されれば怒ります勿論ええ。 「知っていますよそのくらいのこと!」 「本当ですか?」 「本当ですよ!いいでしょう。特別に教えて差しあげます」 そう言って北條はこほん、とひとつ咳払い。目をきらきらさせて北條の言葉を待つ氷川。 「"天麩羅"というのはそれひとつで単語なんです、麩羅なんていうものはありません」 「え?」 「氷川さん。「天麩羅」というのはもともとは外来語です。ポルトガル語なんですよ」 「え、でも日本語の字がちゃんと」 「漢字は当て字です。"天"と"麩羅"にわけて考えるべきものではありません」 「そうなんですか!?」 へぇそうだったんだ、と本気で感心する氷川。頭を抱える北條。 「学生時代国語とか歴史の時間に勉強しませんでしたか?」 「すみません覚えてないです」 「まぁいいですけどね貴方の記憶力に期待なぞ元々してはいませんし」 「ああでもないんだ"ぷら"…残念だなぁ、たべてみたかったのになぁぷら」 心の底から心底残念そうに肩を落とす氷川。 この人は一体その"麩羅"とかいうのはどんなものだと考えていたんだろうか。考えれば考えるだけ脱力してしまう北條透であった。 私の中でのアギト警視庁組基本スタンス。 かなりお笑い。大分とお笑い。でも本編には適わない気がひしひしと。 |