今夜のギンジロー号は人が普段五人生活していると思えない程にしんと静まり返っている。
普段ならそんなことは到底有り得ない、なんたって賑やかなお子様がふたり居る。（たまに釣られて一緒になって騒いでしまうことは否めない、が彼奴等に比べれば随分とマシな筈だ、俺は。）
が、そのふたりは今いない。連れ立って何処かへ出かけて行った。レイトショウの映画を見るのだとかなんとか。
公開されたばかりのアクションものの娯楽大作で、軍平も行こうぜとか行こうよ軍平ーとかふたりがかりで誘われたが、俺はいいと断った。
少しばかり興味があったのも事実だが、三人連れ立って出かけてしまうと連ひとりが残って片付けをする羽目になってしまう。
そして連はアクションものはあまり好きではないらしい。俺はいいっスから楽しんでおいで、とふたりに言う姿が見られた。…オカン過ぎる。
ちなみに早輝は今頃部屋で熟睡中だろう。昼間に美羽と出かけたショッピングが相当楽しかったらしく、帰ってきてああだったこうだったとひとしきり喋っていたのだが、夕飯を食ったら生あくびを繰り返していた。
そんな理由で普段なら後片付けを手伝うこともある早輝もいない。
連は俺と範人が来る前は三人分の家事を殆どひとりでこなしていたらしい。
走輔はやればきっちりこなせるくせにやらないし、早輝は気が向いたら手伝うのだが裏返せば気が向かなければ手伝わない。
彼奴等は、と怒りかけた俺を制したのが連だった。
自分が好きでやっていることだから、と。
だが三人と五人ではかかる手間が違う。出来るところで手伝うからと言えばそれならと喜ばれ以来言葉通りに手伝っている。
例えば、洗濯物を干したり、今のように洗い物を片付けたりとか。
台所で皿を洗うのは連、それを片端から拭いて片付けるのが俺。何故だかこのポジションはいつも変わらない。
ただ黙々と連が洗って水切りかごに置いてゆく食器を拭いて片付ける。
水をある程度切ってから、水滴ひとつ残らないように、きっちりと。
"軍平の拭き方は丁寧っスね、それも警察学校で習ったんスか？"
最初の頃にそんな風に聞かれたのも今となれば懐かしい。
洗っている間は基本的に静かだ。
たまにぽつり、ぽつりと落とすような短い言葉を交わすのみ。これを先に拭いて、とかこっちはまだ油が落ちてない、とかそんなような。
続く沈黙が苦になるかと言えば全くそうではなくて、お互いの呼吸の音すらも聞こえそうなこの静けさが、なんだかあたたかく感じるから不思議だ。
普段の賑やかさの反動のような。
五月蝿いのには慣れたし、一切なくなるとなれば寂しい気もするのだが、ほんの僅かな時間ならば悪くないと思う。
「軍平は冬っぽいっスね」
連が唐突にこんなことを言い出すのは自分が皿を洗い終えたからだ。紺のエプロンを外しながら笑う。
人に対する気遣いは人一倍な癖に妙なところでマイペースな奴なのだ。こいつは。そして走輔に負けず劣らず唐突だ。
「…黒だからか」
ガラスコップの水滴を拭いつつ、思わず眉を上げつつ答えると連が唇をきゅっと持ち上げた。
「そんな風に答えるのは此処だと軍平くらいっスよ」
「そりゃあな」
五行説に通じてる人間が此処に他に居るとは思えない。大翔あたりなら即答するんだろうが。
「ちなみに冬って言っても、ブリザードとかそういうんじゃ全然なくて、寧ろ全然逆なんスよ。夜に一面雪が積もってる原っぱで空を見上げたらしん、としてる感じとかそういう」
「…なんだそれ」
「わかりにくいっスか？褒めてるんスよ」
あとかまくらの中でじっとしてるとほっこりするような感じ、とか言い出す。にこにこしながら。
「何時もの事ながらお前は唐突だよな」
「自覚はあるっス。でも軍平はいつも聞いてくれるっスよね」
「…お前のそんな話に付き合えるの、俺くらいだろ。此処じゃあ」
「あはは」
「で。その論理で言うとお前は春か」
「ああ、よく言われるっス、春の陽だまりとか」
「それも否定はしないけどな。今現在に限って言えば陽だまりじゃないだろう、お前」
「そうっスね、確かに。じゃあ、何っぽいと思うっスか？今の俺は」
問われ、暫し考える。浮かぶイメージを心の中で言葉に変える。ぴったりとはまるものが見つかって少し笑う。
「春の少しばかり肌寒い夜空、街灯のないような所から見上げた感じの。遠くに星だけ霞んで見えるような」
拭き終えた最後のガラスコップを棚に仕舞い終えると連が破顔したのが目の端にかかった。
柄にもないことを言ったか、と前言を撤回しようとしたところで連がことん、と急須をテーブルに置いた。
「…お茶、淹れよっか」
「…ああ、頼む」
青い人と黒い人は地味に仲良しだと信じて疑わないわたしが通りますよー！
夜の底といえば白くなるものですが。（川端）
連さんとこんな妙な会話が出来ちゃうのは軍さんくらいだろうと思うわたしは軍さんに夢をみすぎですか。そうですか。
だがわたしは謝らn(ry
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