愛憎



はっきり言って、あまり気に入らない娘だった。
別に非があるわけではない。むしろ是だらけだ。
それが気に入らない。
誰にでも優しすぎる。
一年や二年はまだ分かるが、俺たち五年や六年の先輩にも、事務員の小松田さんや出茂さんにまで
それは変わらない。
まあ、たまに冗談できつい事を言ったりもするが、そこには負の感情は匂わない。
そして、無防備すぎる。
この男の巣とも言っていいところで暮らしているというのに。
こいつは男供を手玉にとって喜んでいるのではないかと思うと、吐き気がした。
だから女ってのは怖い生き物なんだ。





雷蔵と一緒に木下先生の所へプリントを運んでいた。
廊下の角を曲がると、中庭に四年の制服を着た生徒、田村三木ヱ門と、が立っているのが見えた。
ちゃん、三木ヱ門君」
雷蔵が二人に声をかけた。
「あ、雷蔵先輩」
「雷蔵さん」
「2人とも、何してるの?」
「三木に火器のことでちょっと聞きたいことがあったんです」
三木ヱ門が影で残念そうな溜息をつくのを、三郎は見逃さなかった。
「そうなんだ」
「おふたりとも、それ、職員室にですか?」
が三郎と雷蔵の手に持たれたプリントを指して言った。
「よければ、私ついでに持って行きましょうか?」
「えっ、いいよいいよ!大変だろ?」
「そのくらい大丈夫ですよ。ほら、持って行きますから」
ごめんね、と苦笑しながら雷蔵がにプリントを渡した。
三郎は持ったままで、を見据えた。
「仕事熱心なことだな」
と、雷蔵が渡したプリントの上に自分のものも乱暴に置いた。
よくわからないといった顔で、は職員室へと向かっていった。


ちゃん、頑張るよね。食堂と事務の手伝いや、先生の授業の準備とかの手伝いも
してるんだろ」
長屋の雷蔵の部屋で、本を読んでいると雷蔵が言った。
俺はごろりと寝返りを打って、ふうん、と愛想のない相槌を打った。
「くの一より付き合いやすいからってけっこう評判いいし」
「本人の方も御満悦だろうよ」
しおりをせずに本を乱暴に閉じた。
部屋の隅に本を放り投げて、俺は部屋を後にした。


くそ、いらいらする。



自室の障子を乱暴に開けて、中に入った。
「鉢屋、お前、もーちょっと静かにできないのか」
本を読んでいたらしい同室の今川が言った。
それを無視して外に出る用意をする。
「おい、どこ行くつもりだよ」
「遊郭」
「バッ…、おまえ、ここんとこ毎日じゃねえか!」
「溜まってんだよ」
「今日の見回り、だぞ。小松田さんのときにしとけ」
ぴく、と動きが止まった。
「おまえも皆のアイドル様の信奉者って訳か」
「は?」
「あいつが来て以来、みんなして。そうやってちやほやされて、いい気になってんだよ、あいつはきっと!」
ばん!と床を思い切り叩いた。
「鉢屋、ちょっと、落ち着け」
「男に囲まれてにこにこして、いつまでそうやっているつもりだってんだ!」
「おい」
「大体、無防備すぎるんだよ、襲ってくれって言ってるようなもんじゃねえか!」
「…鉢屋。お前のこと気にいらねえか?」
「ああ、あいつが男といるのを見るたび腹が立ってくるよ!!」
「そりゃ嫉妬だよ、鉢屋」

……………嫉妬?

「なんだって?」
やっと叫び散らすのを止めた三郎に、今川は溜息をついた。
「お前がさっき言ってた事を要約すると、つまり『が誰にでも親しいから男供が
に好意を抱いてるんじゃないかと考えて、 そのうえ無防備なものだからいつ襲われるのかと心配。
極めつけに自分以外の男と いるのを見たら腹が立つ』。に惚れてますって言ってるようなもんだろうが」
俺が、

惚れてるだって?
呆然としている三郎を見て、今川は大笑いしだした。
「まっさか天才鉢屋三郎様が自分の情熱にも気付けないとはな!
いやあ意外意外!はははは!あー、まあそういうことだから、
もう遊郭に行くのはやめときな。に嫌われても
しらねえぞ。じゃ、あとは好きにしな。俺は図書室に行っててやるからな〜」




三郎は時間が経ってもその場に立ち尽くしたままだった。










某日← →葛藤




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