2001/12/11  痛みは私を救ってくれる



一睡もしていなかった。鬱だった。
でも私のこの思いを誰かに云いたかった。母親に云おうとしたけれど、 余りにも思い詰めていた所為か声が出なくなっていた。
もうお昼には働きたくないの。長期で働く事なんて出来ないの。気の許せる人が一人でも いないと怖くなって逃げたくなって仕方がないの。高校の時と一緒なの。
又私、同じ事になる。
そう云いたかった。
でも父親の事もあるし、芝居は止めたくないし、働かなければならない。そう思う自分もいた。
だから声が出なかったのかもしれない。母親は心配した。でも声は出ない。 嗚呼、これも学生の時と一緒じゃないか。私はいい子でいようとしていてだから真面目に お昼に仕事をしている自分でいようとしていて。だから母親には云えないのだ。 云いたくてもそんな駄目な人間になってはいけないと、そう思っているから声が出ないのだ。
しばらくして声が出た。でもそれは心とは全て裏腹な事ばかりだった。しかも全て罵声だった。
仕事休もうかと云った母親に行けと叫び、私も仕事に行くと叫んだ。煩いだとか気持ち悪い だとか兎に角口から出るのは罵声だった。
本当は行って欲しくなかった。仕事になんて行きたくなかった。
私の罵声を鵜呑みにした母親は仕事に行った。
私は一人取り残され、泣いた。声を上げて子供のように泣きじゃくった。
何時だって私は誰かに助けて欲しい。でもそれは誰にも云えない。いい子でいなくちゃならない。 そういう考えが小さな頃から私には植え付けられていた。小さな頃から私はいい子を演じていた。 母親は私に何時も云っていたから。しっかりしてる子。凄く明るい子。友達が沢山居る子。 本当はそんなんじゃちっともなかったのに。でも私はそんな子を演じてきたから。 小さく幼い物心付いた時から。だから今更云えない。口から出るのは全て逆の事だけ。 そういえば小さな頃からそうだった。本当に辛い時には弱音を吐けなかった。 母親を裏切れなかった。私は親の顔色まで伺い続けてきたのだ。
私は泣いた。頭が可笑しくなりそうだった。苦しかった。
泣いて、泣いて。

手の甲に、煙草の火を押し付けた。

白い焼け跡が、少しだけ私を落ち着かせた。

私は無性に自分を傷つけたくなる事がある。ピアスの穴を一つずつ自分で開けたりして、 今では右に3つ左に4つピアスの穴がある。手首を切った事もあった。
何を戒めようとしているのか、自分でも解らないけど。

コーヒーショップの仕事を辞めた。
一日中ベッドの中で泣いた。
抗鬱剤は飲んでるのに。どうしようもなく鬱だった。
早く一人暮らししよう。私の精神上健康でいられる生活は実家では出来ない。
やっと落ち着いた夜に母親に仕事を辞めた事を云った。それは父親には黙ってくれと 頼んだ。どうせ父親は昼には家に居ないから、云わなければ気付かない。 そして夜の仕事を又始める事を云った。金を貯めなきゃ一人暮らしは出来ないし それからの生活も出来ない。父親には夜に出掛けるのは全部芝居の稽古だと 云ってくれと頼んだ。こうやって嘘を付かなければいけないのは辛いけど、 私は父親が怖いから。余りに真っ直ぐで私の病気も暫く受け入れられなかった人。 それに夜の仕事なんて何処の親だっていい顔はしない。でも私にはこういう生活しか出来ない。
早く出ていこう。この家から。




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