+  繋いだ手  +



 闇夜の強行軍で不意打ちを食らった。
 ここ数日、余裕のある戦闘ばかり重ねていたから、気が緩んでいたのだろう。歯噛みしたくなる程浮き足立ってしまった。
 それでも途中から気を取り直すと、多少の傷を負いながらもセリオ達は敵を撃退する事に成功した。
 ――が。
「一、二、三、四……あれ?」
 戦闘が終わってセリオが人数を数えてみた時、一行からは二人ばかり行方不明者が出ていたのである。


「……痛ッ」
「動かないで」
 無理に立ち上がろうとしたルックを、アシナが押し留めた。
「やっぱり、足痛めてるね……右足か。回復する手段はもう底をついているし……」
 手頃な大きさの石に腰掛けたルックの前で、アシナが考え込む。そんな思案顔を見上げながら、ルックはそっと溜め息をついた。
 着地した時の態勢が悪かったのだと思う。擦るのも憚られるほど、ズキズキとした痛みが止まない。
 ついと頭上を見上げれば、幾重にも重なった枝葉が見える。その向こうには、つい先程まで歩んでいた道があるはずだった。
 運が悪い、とはこの為にある言葉だろう。
 真暗闇での不意打ちで、真っ先に攻撃を受けたのは常に後方で控えていたルックだった。そして咄嗟に避けた先の地盤が緩んでいたのも、ルックだった。
 おまけに道中魔法を使いすぎて、テレポートして帰るほどの力も残っていない。
「……あんたまで付き合う必要は無かったのに」
「え、何か言った?」
 ぽつりと呟いた言葉にアシナが反応する。
 正直に言えば憤慨するだろうと予測できたから、ルックは首を横に振るだけで、それに応えた。
 むざむざ仲間を放り出すような事は、きっと考えもつかないだろう。
 崖から放り出されるルックに気づいたのは、アシナだけだった。咄嗟に伸ばされた手は確かに届きはしたものの、声を上げる間も無く二人して転げ落ちた。
 唯一幸いだったと言えるのは、幾重にも重なった枝葉が、落下の衝撃をやわらげてくれた事だろう。
 それにしても、大した慰めにはならないが。
「とにかく、いつまでもこんな所に留まっていても仕方ないし。何とかして人のいる場所まで出よう」
 一時凌ぎの応急処置を終えると、アシナはそう言って立ち上がった。
「あの山を越えた所に、小さいけれど交易所を構えた街がある。普通に考えれば、セリオたちもそこに辿り着くだろうな。そこで追いつければ良いのだけど……」
 アシナは語尾を濁らせ、頭上を見上げた。
 そこには先程ルックも見た木の葉の天井しかなかった。が、アシナが気にしたのはそれではなかった。
 それよりも遥かに高い位置にある灰色の雲、アシナはそれを枝葉の先に見透かしていた。
 どことなく湿気た空気が肌にざわつく。自分達を囲む樹木が、枝を受け皿のように空に広げているのが、ルックには心憎く、また心細かった。
 ――まるで雨を呼んでいるみたいだ。
 それは単なる錯覚でしかないとは、わかっていたけれども。
「それじゃ、行こうか」
 タイミングよく差し出された手に、何の躊躇もなく掴まってしまった事が気恥ずかしく思えた。
「雨、降らないと良いんだけど」
「……そんなの、言ってみた所で何も変わらないよ」
 ロッドを支えに、歩き出した。
 踏み出す度に右足に痛みが走る。まるで、脈打つように熱が生まれている事に、気づいた。
 ……こんな痛み、当たり前。
 言い聞かせるように自分に囁いて、それで我慢する。ロッドに掛かった手を、それに対抗させるように握り締めた。

 吐く息が熱くなる事を、止められなかった。そこまでする余裕が無くなりつつあった。
 山奥の、道無き道を辿るのは難しい。まだ木々がそれほど密集していないから良いものの、太い幹を避け、木の根、大岩など足を取る地形に注意を払っていると、いつのまにかどちらから来たのかさえ、危うくなる。進むべき方向を確かめる事さえ、多く気を配らなくてはならなかった。……気疲れする。
 せめて、道に出たかった。
 月も星も、光源となるものは全て厚い雨雲に隠されている。視界がきかない事、甚だしい。ルックが灯した小さな魔法の光だけが、頼りだった。
「……悪かったね」
 何の会話も無く歩くのが辛くなって、ルックは口を開いた。
 木々のざわめき、野生動物の遠吠え、そしてルックとアシナ二人分の吐息。それ以外聞こえない静寂が、落ち着かなくて嫌だった。
「何の事?」
「別に。あんたに心当たりが無いんなら、今のは僕の独り言だよ」
 ひとまず沈黙が破られてルックは安心した。
 一度開いた口は、それがどんな内容であれ勝手に話す事が出来た。こういう時には都合が良い。
 再び口を開こうとした時、アシナが次に踏み出す足場を確かめてからルックに向き直った。
「……ルックって」
「何」
「ずるい」
 ぽつ、と地面を濡らす音を聞いた。それは余りにも小さな音だったが、ちょうどアシナの言葉が途切れた瞬間に、ルックに届いた。
「………」
「人に付け入らせる隙を無くそうとするのは、ルックの悪い癖だよ」
 ぱたぱたと、木の葉の表面で雨音が響き始めた。
 ――早く先へ進んでくれれば良いのに。
 揺らぎもせず自分を見つめてくる瞳から目を離せないまま、ルックは歯噛みした。
 アシナの瞳には、畏怖させるような影は無い。ただ凪のように落ち着いて――あまりにも落ち着き過ぎていて、吸い込まれそうなだけだ。
「全てを自分独りで終わらせようとしないで。もう少し、話をしよう?」
 目元を、少し緩ませた。
 たったそれだけで、ルックは息を継げるようになった。
 ――心臓に悪い。
 咄嗟に目を逸らして、見えないように何度も深呼吸した。
「いきなり、くだけた話をしようって言う訳じゃないよ。何でも良いから、ゆっくり話そう? 最初はそれで良いから。だから、」
 だから、少しくらい僕の入る余地も作ってくれると嬉しいな。
 ルックがゆるゆると振り返ると、アシナは一度軽く頷いて先へ進み出した。
 無言のまま、ルックもその後に続いた。

 周囲を覆う樹木の本数が、少しずつまばらになってきた。それと同時に空を隠していた木の葉の屋根も薄くなってきた。
 今ではその合間から雨雲が、そこから落ちてくる雫と共に見え隠れした。しとしとと、ほとんど音も無く霧雨が続く。濡れた衣服から、体温が奪われていた。
 上り勾配が過ぎ、足下もしっかりしてきた頃だった。
「……何を謝ろうとしていたの」
 先程の会話の続きだとわかった。
 ルックが答えあぐねていると、
「言いたくないなら良いよ、だいたい想像つくからね」
 アシナは、さも当然のようにそう言った。
 いささか癇に障る。
 けれど、「別に」と答えようとして、止めた。
「……ただ謝りたくなっただけだよ。誰に、何を、なんて考えてない」
「それじゃ、そう言う事にしておこう」
 ルックの無愛想な言葉にそう答えると、アシナは空いた方のルックの手を取った。
 お互い雨に熱を奪われ手は冷たかったが、その存在が安心感をもたらす。
「何、この手」
「さあ? ただ繋ぎたくなっただけだよ。どういう目的か、理由か、なんて考えてない」
 ぎゅっと少し強く握った。
 感覚など、ほとんど残っていなかったが、楽しくなって、嬉しくなって二人してくすくす笑い合った。
 霧雨の中、淡い小さな光に照らされて、可笑しなくらい笑い声が続いた。
「あ」
 その笑いを破って、アシナが先を指差す。
「どうしたの」
 少し歩いて、ルックにもアシナの言いたい事がわかった。
 きちんとした公道ではないが、明らかに踏み固められたとわかる道があった。
「獣道なんかじゃあないね。人の通った跡がある」
 その道に歩み出て、アシナは周囲を見回す。道に張り出した枝の先が、すっぱりと切り取られていた。
「もう少しだ、行こう。もうすぐ皆と合流できる」
 元気付けるように、アシナが声をかける。繋いだ手を引いて、ルックを先導する。
 その手に、ルックは咄嗟に逆らってしまった。歩む足が、止まる。
「ルック?」
「……大丈夫、行こう」
 振り向いたアシナに、ルックはぎこちなく首を振った。
 やや躊躇いながら、アシナは再び前方を見る。今度は、ルックの歩む速度に合わせて歩き始めた。
 そんなアシナの横顔を、ルックはぼんやりと見つめた。
 ――そんなに、嬉しそうにしないで。
 頭の中で響いた声に、ルックは手を引かれながら俯いた。
 思い返せば、二人だけでこうして歩くのは久しぶりだった。解放軍の頃はともかく、同盟軍に入ってからは、どんな時も他のメンバーが共にいた。
 そして、この道の導く所、その先へ出れば再びそうなるのだ。

 ――繋いだこの手を離さないで。
 それがどんな理由だって良いから。

 道幅が広がっていく。遠くに明かりが見え始めた。
「あと少しだ」
 繋いだ手が、一際強く握られる。
 その力強さを痛みと感じながらルックは。

 ――辿り着いた時、僕は……あんたに何て言うんだろう?
 感謝の言葉?
 それとも、それとも……?

 当ても無い自問を繰り返し続けた。



end
2000/12/18初出 ・ 2001/10/13改稿

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