+  リコリス  +


「赤くない彼岸花もあるんだよ」

 葉も無く、ただ花だけがあった。白い花弁を持ったそれは形は見覚えがあるのに、いや、だからこそ色の違いに違和感を覚える。
 群生した原は、見慣れた赤が抜けている分だけ落ち着かなくて、それ故、心の中に受け入れがたい印象を残した。
 一面覆われた赤ならば。
 普段なら想像したくもないモノを連想させて吐き気を催すが、今はそちらの方が馴染み深いので、望ましくすら思える。
 赤く染めてやりたい。

 彼岸花は移植を好まない。できれば数年は植えっ放しにしたい。植えかえは葉が枯れた直後の七月がよく、根を傷めないように掘り上げ、分球後に、直ちに定植する。放っておいた方が、花つきが良いのだと言う。
 ならば、これだけの花を咲かせるまで一体何年かかったのだろうか。
 目の前に広がる何百、何千という花の数に、頭がくらくらした。
 誰が、どうしてこんな場所を作ったのだろう。そして、何故誰も刈り取ろうとしなかったのだろう。
 そんな疑問が、サスケの中で頭をもたげた。
 誰も喜ばない、何も与えない、無意味で無価値で。それは雑草でも同じだったが、ただ色が抜け落ちたというだけで、この白い花は酷く脳裏をちくちくと刺激する。
 白い彼岸花なんて、おかしいじゃないか。
 胃のあたりが苛々した。
 赤い、血を連想させるような。
 それでこそ、彼岸花という名に相応しいのに。
「赤くない彼岸花もあるんだよ」
 風にゆられる一群を見ながら、カカシが言った。
 そんなの、知らない。
 赤い彼岸花しか知らなかった。
 白い彼岸花なんて知らなかった。
 そんなもの、見た事なんてなかった。
 見たいとも思わなかった。
 何でこんな所に俺を連れて来たんだ。
「サスケは、白い彼岸花はキライ?」
 隣に立ったカカシには何も答えず、サスケは花に手をのばした。茎の途中で、ぷつりと手折る。
「あぁ、可哀想に」
 棒読みに近い言葉は、苦笑と共に吐かれた。それが珍しく心に落ちつく。
 可哀想に。
 ああ、そうかもしれない。
 少しだけ、手の内の花が愛しく思えた。
 赤く染めてやりたい。
 茎の断面が湿っていて、手が濡れた。まだ水分が行き来しているのがわかった。
「赤く染められないかな」
 昔、赤インクに白い花を差して赤い花にした事があった。同じように出来ないだろうか。ここに、赤インクは無いけれど。
 花を持つ手から、視線を少し下ろした。
 そのままぼうっとしていたら、サスケのその視線を遮るようにカカシが手首を取った。
「せっかく白いんだから、それを楽しむの」
 赤以外の彼岸花もある事を覚えときなさい。
 そう言ってカカシはサスケの手から白い花を取り上げ、地に根付いた一群の中に放り投げた。
 その軌跡を目で追いながら、サスケは白い彼岸花も存在する事を覚えた。


※シロバナマンジュシャゲ。
ショウキランとヒガンバナの交雑種。

※曼珠沙華の別名でよく知られたヒガンバナやナツズイセンを総称して、リコリスと呼ぶ。



end

2001/02/09初出

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