天使も踏むをおそれるところ





15


「待ってよ、何か早合点してない?ボクは何もキミが・・さっきは悪かったよ、頭に血が昇っちゃって、だってキミが・・」

キミがボクを煽るから。思わせぶりな事ばかり、まるで今でも闇に追い掛けられてるような、救いを求めてるような、なのにボクの手は絶対に要らないって。

「早合点?」

一乗寺くんの口の端が持ち上がって、それでボクはまたカッとなっちゃいそうで、慌てて拳を握りしめる。ボクがしなきゃならない事は彼と個人的に争う事じゃなく、この現象を検討して、それで・・。

「第一、ここが悪い場所だって決まったわけじゃない、そうでしょ」

努めて冷静に、さっきみっともないとこ見せて今更だけど、それを言うなら全てが今更。それでも好印象を持ってほしいだなんてさ、ホントみっともない。

「君がそれを言うのか?」
「少しは話を聞いてよ、ボクならわかるかもって思ったからキミは」
「・・わかった」

一乗寺くんは灰色の海の方に顔を向けて立ち上がる。ボクは少し距離を置いて隣に移動した。

「ボクはキミが思う程、闇の力だとかに詳しくないんだけど・・」

冗談を言うな、と言わんばかりに黒い目がこっちに向けられる。

「ホントだよ、ずっと前にデビモンだとかヴァンデモンなんかと闘って、雰囲気だけはわかるかもしれないけど、そういうの、ヒカリちゃんの方が詳しいっていうか・・ヒカリちゃんなら、直感でわかると思うんだ」
「・・それで?」
「ボクはただ、勝手な想像するしかできない。それだって光子郎さんの方がずっとちゃんと・・」
「君に話すのはお門違いってわけか」
「そういうことになるね」

ボクがため息と共に断定すると、一乗寺くんは不服そうに言い募ってきた。

「だって君は僕がいつかまた・・」
「だからそれは」

言い掛かりなんだよ、違う、言い掛かりだったんだ。今現実にこうして灰色の海が目の前に広がって、空ろな目の一乗寺くんがそれを眺めてる。そんな事を想像したり、予想したりなんてしてなかった。また闇に捕われてしまうかもしれないって苦しんでいるだなんて、本当に胸が痛むよ。ウソじゃない。もしそれが起こってもキミを助けるのはボクじゃない。だからそんなこと、望んだりなんかしないし、例えボクが望んだとしても、それを現実にする力なんてボクにはないんだから。

「さっきはデジバイスを使ったんだよね?それはキミの意志なわけでしょ」

いつまでも黙ってるとこのまま彼が海の方へ歩いていってしまいそうで、少しでもこっちに意識を向けようと。一乗寺くんは頷いて目を細め、まるでそれが堪え難い拷問であるかのような顔でボクを注視している。

「まさか開くと思わなかった。いつもは・・」
「いつもは?PCなの?」
「・・空間が歪んで、周りの景色が薄れていくんだ。前に、デジタルワールドでそうだったように」
「えーと・・前って」
「去年、だよ」

そうだった、確かヒカリちゃんと京さんが得体の知れない空間に迷い込んだことがあったんだ。あの時、テイルモンとアクィラモンはジョグレス進化を果たして、ヒカリちゃんは大丈夫だって言ったんだ。だからボクはもう、ヒカリちゃんは大丈夫なんだろうって。だってあの時、ヒカリちゃんは・・。

「さっきも聞いたけど、そういう時、キミは誰かに呼ばれてるって感じる?もしくはどこかへ行かなきゃいけないって」

確かそういう事を言ってたと思う。ヒカリちゃんは自分でゲートを開けることができるんだ。ずっと小さな頃、PCからデジタマが出て来た事があったって。ボクたちが皆光が丘に住んでた頃。そのデジタマは進化して、違うデジモンもやってきて戦闘になった。その様子をボク達は目撃して、それがきっかけだったんだ。ボクたちが「選ばれた」のはそういう事だったんだ。後の選ばれし子供たちがボクたちの闘いを目撃して、ボクたちと同じように彼らにもデジバイスが与えられた。でもヒカリちゃんと太一さんだけは違ったんだ。そのヒカリちゃんがキャンプに来なかったっていうのはすっごい皮肉だよね。

「・・よくわからない」

相変わらず曖昧に言葉を濁して、一乗寺くんはポケットの中の手を動かした。D-3を触ってるんだろうな、ボクも良くやるよ。前はもっと小さくて、手の中にすっぽり収まったもんだけどさ。キミがこの形に変えたんでしょ?キミがデジタルワールドを作り替えた、光子郎さんがそう言ってたよね?ファイル島もサーバー大陸も無くなったデジタルワールド。デジモン達は平気そうにしてたけど、ボクはイヤだったんだ。ボクたちのデジタルワールドじゃなくなってたってのが。それもこれも、キミのせい。キミに責任があるわけじゃない、責めてもしょうがない、だけど。

「ねえ、ボクには話したくない?だったらそう言ってくれたら助かるんだけど」

語気を荒くしないためには冷たく言うしかなかった。もうこんなことから逃げちゃいたいよ、どうしてボクなのさ。大口開けてエサに食い付いた、それだけなんだよ。ボクにはどうしようもない、似たものどうし、ヒカリちゃんとでも相談すればいいじゃない、それで太一さんや大輔くんに助けてもらえばいいじゃない。

「そうじゃな・・」
「違うの?だってキミ肝心な事を全然話してくれないじゃない、訳のわからない事ばっかり言って誤摩化してさ」

一乗寺くんの少し怯えた様子が小気味良かった。追及すればかわす癖に、突き放されるのは怖いってわけ?キミが何かする度に、皆大騒ぎしたよね、それに慣れちゃってるってわけだ。









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