アレゴリーの海





「全然。謝ることじゃないよ。ボクが色々教えてあげるからさあ。」
うん、お願いするよ、なんて、社交辞令だとしても。そうだね、手始めに。

「一乗寺さぁ、こういう所の売店って、すっご〜く高いって知ってた?」
「その位は知ってるさ。」
「じゃ、それに対する備えは何かしてきた?」

う、と言葉に詰まってる。悪いけどからかい甲斐があるっていうか。

「母に・・多めに小遣いを・・」
「甘いよ、一乗寺くん!それじゃ根本的な解決にはならないね!」

ビシッ、なんて指差したりして。ボクもホント、ノりやすい。


「・・聞こうじゃないか、その根本的な解決とやらを。」

あはは、目が据わってるよ。ちょっとカイザー返りしてる?ホント、意地っ張りっていうか負けず嫌いっていうか。

「簡単な話だよ。携帯用食料として、友人を一人用意しておく。」
「・・友人って。」
「そう。君のことだよ、一乗寺くん!」

どこかで見た悪役の如く、両手広げて。

「頂きま〜す!」

長椅子の上を狙って引き倒して、ボクは一乗寺の上に覆い被さる。

「た、高石っ!」
「備えあれば憂いなしってね。」

かぷ、て齧る真似、柔らかな髪とその下の、冷房のせいかな、ひんやりした。

「そ・・そんなのっ!実用的じゃない、解決になってないじゃないか!」

まさか本当に食べられると思ってる?じたばたもがいて一乗寺が怒鳴る。魚はボク達なんかにはてんで無関心でぐるぐる回ってる。ボクは一乗寺の頭の辺りを探って、自分のデイパックを取り出して。

「コンビニおにぎりだけどさ、食べる?」

ガサガサいってるビニールの袋を一乗寺の顔にのっけてやる。

「本当は駄目なんだけど、ね。」



呆気に取られている一乗寺。この表情、コレクションに加えよう。ボクはいつも探している、僕達だけの特別な絆を。体を触れ合わせる事、大輔くんとならヘイキなの?ジョグレスパートナーだったから?ボクだとイヤ?あんなことがあったから?本当にここが海の底ならいいのに。君の恐れる灰色なんかどこにもなくて安全で安心で暖かい。


「・・高石でもそんな事するんだ。」
「うん、背に腹は代えられないからね。」

一乗寺が座り直すのを待って、おにぎりを渡す。

「・・意外だ。高石って。真面目そうだし。前に本宮が。それで僕は・・つい。」

そんな事、って何を指すんだろう、ちょっとしたルール違反?ちょっとした、どうにもならない好意の流出?これもルール違反なのかな、君にとって。

「大輔くん、また何をやらかしたの?」

ボクもおにぎりを取り出す。深さが違うだけの同じ巨大水槽。最深部で長く足を止める人は少ない。ここに来るまでだってけっこういたし、お菓子だのジュースだの。

「大した事じゃないよ。図書館で・・お菓子を。」
真面目にため息まで吐いて。
「注意したら、みんなやってる事じゃねえか、って。それでちょっと言い争いになって。」
一乗寺は言いにくそうに続ける。
「意外、かな、高石もそういうの平気だなんて。」
「ボクは大輔くん程堂々とはやらないけどね。」

一乗寺の手からお握りを取って、包装を剥がして海苔を巻いて、またビニールに包んで渡す。

「ま、全部ボクのせいって事で。お腹空いてるのはボクだしね。食べようよ。」
「う・・うん。ありがとう。」

律儀に礼を言って、もそもそと。

「どういたしまして。」

食事が団欒だなんて誰が言い出した事なんだろう、それっきりボク達は黙ってしまって。さっさと食べ終えてペットボトル片手に一乗寺を観察する。餌付が上手くいってるか確認してるみたいだ、なんて我ながら。

「貧乏臭いけど。海の底でピクニック、なんてさ?」
「・・あはは。」

気まずいって程でもないんだけど。飲み下すのに苦労してる一乗寺にボクはペットボトルを渡す。お願いだから、紙コップか何か、なんて言い出さないで、っていうささやかな願いはどうやら聞き届けられた様子で。・・せこい。ボクってせこい。

「高石、あの。」
「何っ?」

あんまり打てば響くって感じなのも何かなあって思うんだけどさ。

「お腹・・動けないぐらい空いてたんだろ?・・その、よかったら。」

恥ずかしそうに差し出された半分残ったお握りは、包装フィルムに包み直されていた。

「ごめん、折角もらった・・」
「ありがとう!助かったよ!」

引ったくるみたいに、本当の欠食児童みたいに。

「一乗寺って、やさしいよね!」

もがもが頬張って、飲み下す。アンパンマンなんか知らなくたって、一乗寺はこんなに優しい。誰に対しても、ってのはこの際目をつぶって。ここは海の底で、ボク達は二人きりだから。





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