「どうしたんだ、急に進化なんか・・何かあったのか?」
電気を消した天井の低いベッドの中、進化したぼくと賢ちゃんが一緒だと全くと言って良い程身動きがとれない。寝ぼけ眼で囁く、そんな必要なんてないのにぼくに体を寄せて。
「何かあったのは賢ちゃんだろ?」
答えの代わりに、花の香りがする柔らかな髪がぼくに押し付けられる。真っ暗なせいか、賢ちゃんはぼくの爪で引き降ろされるパジャマのゴムを押さえようともしない。でもボクの目には、人間には見えない光のおかげで賢ちゃんには見えないものが見えるんだ。
少し色付いて立ち上がりかけているそこを長く伸ばした口吻でそっと包み込んであげると、賢ちゃんのむき出しの脚がゆるく跳ねる。
「駄目だ、ワーム・・スティング、モン・・」
まだ慣れないその呼称を口にする時の賢ちゃんの誇らし気な様子に、ぼくの胸が高鳴る。
「パパやママに聞こえちゃうよ、賢ちゃん?」
ぼくの声にからかうような響きを聞き取って、賢ちゃんは喉の奥でバカ、と呟いた。
花と蜜蜂
ぼくは爪で薄い皮膚を傷つけないように気をつけながら、賢ちゃんの脚を割り開いて、体をその狭くて暖かい空間に滑り込ませる。このあまり器用に動いてくれない大きな手の爪と、賢ちゃんを暖めてあげたいのに、逆に体温を奪うばかりの硬い成熟期の体を少し恨めしく感じるけど、大好きなひとを抱き締めていられるこの瞬間の為なら、ぼくは死んだっていいと思っているのだから。口吻の中で震えて蜜を分泌している小さな入り口を、細く尖らせた舌で擽るようにすると、賢ちゃんの上半身が弓なりに反って、綺麗な髪がゆれる。
「それ、やだっ・・」
触角を引っ張られて頭を上げると、頬を上気させた賢ちゃんが迫力もなにもない顔で、こっちを睨みつけている。
「どうしたの?」
喋る為に口吻を抜き取ると、濡れた音が響いて、賢ちゃんは身を捩ってぼくの腕の中から抜け出てしまった。
「だって」
「賢ちゃん、さっき、泣いていたよ」
「え?」
頬を手で辿って、今気が付いたみたいに。
「また怖い夢をみた?」
「違うよ、これは。さっきスティングモンが」
小さな声が途中で飲み込まれる。賢ちゃんの手がぼくの爪から庇おうと胸にあてられる。
「賢ちゃん、ぼくだけには嘘をつくな」
「嘘なんか」
賢ちゃんの指が、ぼくの爪に触れる。促される儘に軽く引っ掻くと、柔らかい唇がぼくの硬い顔をなぞっていく。その感触が嬉しくて、そして人間同志がするようなキスが出来ないのが悲しくて、ぼくはまた賢ちゃんを組み伏せる。賢ちゃんはいつもイヤだとか駄目だとか言うけど、賢ちゃんが望まない進化をぼくがする筈はないんだ。
賢ちゃんは怖いものの名前を決して言わないけれど、こんな月もない真っ暗な夜には決まって不安定になる。そしてぼくは再生して新しく得た力で進化する。
不器用な爪の動きに焦れるように、自分で触れて動かそうとする手をぼくに回させて、賢ちゃんにはぼくがいるんだよって教えて上げたくて。成長期だった時の沢山あった脚の名残を脇腹から伸ばして、柔らかい蔓のように青白い両の腿に巻き付ける。
「ぼくにはどんな事だって話して」
新しい細目の触手を待ちかねているであろう場所へ、二重三重に。賢ちゃんはがくがく頷きながらぼくに回した手に力を込める。
「だって、スティングモン。僕には君だけしか」
残りの言葉は押し殺した悲鳴に変わって、ぼくはまた新しい触手を伸ばして賢ちゃんの口元に当てがう。
「声が出ちゃうんだね。噛んでいいから」
柔らかい唇に包まれ暖かくぬめる舌に迎えられて、ぼくは恍惚となって、一気に幼年期まで戻ってしまいそうになる。少し手荒に触手を動かして、小さな歯が食い込むように、ぼくが正気を保っていられるように。今のこの姿でなければ賢ちゃんを守ってあげられないから。まるで苦痛に耐えているような表情、見たかった筈の笑顔よりぼくを駆り立てて、もっと苦しがらせてやりたいだなんて。夢の中でさえも罪の意識から逃れられずにいる賢ちゃんに、こんなやり方で一時でも考えるのをやめさせようと。それは詭弁だ、わかっている。濡れた触手を引き抜いて、気持ちいいかどうかなんて言わせるために、わざと動きを止める。霧を吹いたように全身を覆う汗の甘い匂い。ゆっくりと触手を這わせて声の上がる所を入念に。
「スティン・・グモン、もう・・」
「うん、何?賢ちゃん」
お腹につきそうに勢いづいてるのを優しく引き戻して、ゆるゆると扱いてあげる。ぼくは賢ちゃんに必要とされる事をずっと望んでいて、そうなったらもう何もいらないなんて。でも今はもっと大それた事を望んでいる。もっともっとって言って欲しい。もっとぼくを必要として欲しいんだ。
「も・・でちゃうからっ」
びくびく動く太ももを抱え直して、口吻の先から少しだけ舌を出す。濡れて光る浅い窪みの中を往復させて、ぼくの中に、濃い蜜のように溜まっていく切羽詰まった甘い声を味わう。
「いいよ、賢ちゃん」
ぼくなんかの許可を求めるまでもなく、賢ちゃんは当てがわれた触手を噛み締めて、その痛みが人間のような機能を持たないぼくにとっての快楽となる。わざと音を立てて蜜を啜りあげ、僅かに軋む滑らかな皮膚に塗り込めるようにすると、賢ちゃんの体が何度も跳ねて、力の抜けた脚が宙を蹴る。その脚を胸につくまで折り曲げて、固く窄まった襞に覆われた所まで舌を降ろして、かき回す。
「いや・・だ」
まだ触手をくわえたままのくぐもった抗議の声。口吻いっぱいの蜜を差し入れると、押し返すような動きと共に賢ちゃんの全身が緊張する。
「イヤなの?もうお仕舞い?」
彷遥とした瞳がぼくを探してる。背中がぞくぞくする感じ、ぼくは自分の大それた望みが形を持ってしまった事を知っている。
「駄目だっ・・やめろ、スティングモン」
手足をばたつかせて、本気でイヤがってる賢ちゃんを押さえ付けて、押しつけた触手にもう噛み付いてくれない事に苛立って、ぼくはくぐもった声を上げる賢ちゃんの口の中に触手を押し込む。
「おとなしくしてないと痛い思いをするぞ?」
賢ちゃんの動きが止まる。ぼくが賢ちゃんにひどい事なんてする訳ないのに。爪の先を腿の内側に滑らせて、脈を打ってる所を探す。ぷつんと食い込ませて、小さな赤い玉が盛り上がってくる前に、賢ちゃんをもっと良くしてあげる為に。
「何・・」
痛いと思う間もなく、それは効き目を表して、賢ちゃんの体から力が抜ける。心の痛みもこんな風に無くなってしまえばいいのにね、震える脚の内側の皮膚を何度も撫でさすって。充分に濡らして、柔らかく、痛みがなくても傷なんかが残らないように、そうやって何度か触手を出し入れすると、賢ちゃんがまた甘い吐息を零し始めて、ぼくはほっとする。切なげにひそめられた眉の下、固く閉じた目蓋がひくひく動いて、時折何か言葉にならない声を上げて、少しずつ体の内側を曝して、賢ちゃんはぼくに縋りつく。賢ちゃんの傍にいられるだけで幸福なのに、もっと必要とされたいと、ぼくはぬるぬる滑る入り口から、太い触手を差し入れる。
「やだっ・・」
「だって賢ちゃん、こうしないと」
奥へ奥へと、柔らかい人間の体のもっとも柔らかい内側へ。ひくひくする粘膜を押し広げて、か細い悲鳴が上がる所まで。
「やだっ・・そこ、しないで!・・おしっこでちゃうからっ」
「大丈夫だよ、ほら」
おしっこがこんなにぬるぬるしてる筈ないから、と、震えてる性器をまた弄ってあげる。
「・・っ・・意地悪だ、スティングモン」
吐息は鼻声になって、ぼくは聞きたかった一言を聞けないまま、硬い殻のような体が内側からめりめりと押し上げられるような感覚に我を忘れそうになる。簡単に壊してしまえそうな細くて小さな体にゆっくり押し入ると、動く事ができない賢ちゃんは、内部の震えで応えてくれる。人間のような機能を持たないぼくのにわか造りの器官が、純粋で強力な歓喜に膨れ上がっていく。賢ちゃんを内側から裂いてしまうんじゃないかと心配になって、ぼくは爪で賢ちゃんの額に貼りついた髪を掬いながら、小声で好きだよと繰り返す。賢ちゃんの唇が開いてぼくの名を形作る。滑らかなお腹が震える。ぼくの暗い硬い緑の体と賢ちゃんの柔らかな白い体が交わる場所からぐちゅぐちゅと泡のように沸き上がる体液。大きなうめき声が上がって、ぼくは慌てて賢ちゃんの首筋に爪を突き立てる。驚いたように見上げてくる目に、ごめんね、と。この時間は誰にも奪われたくないから。ぼくしか知らない大好きな声をもっと聞いていたいのはやまやまなんだけれど。賢ちゃんの口が薄く開いて、何か言おうとするように、それから絶叫の形に顔が歪む。ここではあまり身動きを取れないものだから、力の抜けた驚く程軽い体を抱え上げ、ぼくの上に乗せて支える。角度が変わったことで、いっそうぼくを締め付け、追い出そうとあるいは取り込もうとする体内で自分を伸び縮みさせて、もっと奥へと、賢ちゃんが仰け反って叫んで泣いて全部を忘れてしまえる場所を探して、かき回す。汗の玉を飛び散らせ、激しく頭を振って、懇願するように腕を上げようと、その腕を掴んで引き寄せて体全部を使って抱き締める。見つめてくる綺麗な、白目との境が滲んだような瞳に応えて細い触手を絡めて絞り上げると、賢ちゃんの柔らかい内側がぼくの硬い体を包み込んで痙攣して、賢ちゃん自身の苦しみや悲しみを吐き出すかのように、吐息と共に白い蜜がゆっくりと溢れ出る。優しい動作にはそぐわない大きな爪で額に貼りついた髪を除け、ぐったりともたれかかってくる汗ばんだ体を受けとめて、ぼくは未だ燻っている自分を弛緩してゆく賢ちゃんの中に感じながらしばらくじっとしていた。
「賢ちゃん?」
予想通り返事はなくて、ぼくに残された時間はあと僅かしかないから。ぼく達の間に起こった事を、退化したぼくは忘れてしまうから。ゆっくりと賢ちゃんの体を引き上げて、何か呟くように動く唇に触れる。賢ちゃんの望んだ安らかな眠りが訪れて、それは一時の事かもしれないけれど。
「賢ちゃん、好きだよ」
目が覚めた時にびっくりしないように、べたべたする体を舐めて枕に巻いてあったタオルで拭いて、不器用な手と触手でパジャマを着せかける。幼年期になってしまえば、文字通り手も足も出ないのだから、これでも何もできないよりマシだろう。きっと明日は体が動かなくて、少し辛い思いをするかもしれないけど、その分はぼくが頑張るから。意識が薄れてゆく。もうこの姿のぼくを賢ちゃんは求めていない。でも、いつだってキミの思いは叶うんだよ。上掛けを掴んでいた手が縮んで、ぼくは転がるように賢ちゃんの傍らに横たわる。賢ちゃんのほっぺについてるのはなみだかな、おしゃぶりをくっつけてなかないでって。これはちゅうなんだよ、そう、ともだちのしるしなんだ。だいすきなけんちゃん。おやすみ、あしたもあさってもそのつぎも、ずっとぼくがけんちゃんをまもるからね。