夜のエーテル3−
柔かな唇、触れたと思う間もなく引き離される。見れば怒った顔して、高石は僕を睨みつけていた。 「駄目だよ。君も少しは言葉にしてくれなきゃ」 言葉は、あまりに曖昧で。言葉なんかじゃ、僕の気持ちを君に伝える事が出来ないというのに。言葉にしたところで、いったいどれだけ君に伝わるのか、それさえもわからない。君と僕を繋ぐのは言葉じゃない。それでも君が望むなら、僕はどんなに困難でもそれを探さなくてはならないだろう。いつだって僕は肝心な事は言えないできたから、君に思いを伝えなくては。 「君は……僕にとって大事な……人だ」 呼吸が苦しくなる。僕は青い瞳に溺れそうになる。喘ぐように喉元を反らして、僕はこんな陳腐な事が言いたいんじゃない、どうしたら思うことの本質を伝える事が出来る?ふいに、高石に強く抱きしめられて息が出来無いほど。肩口に埋められた高石の頭。吐息を感じ、震える。 「もう……いいよ。君が何を思っていても、こうしてボクの側に居てくれるなら。……だってボクは気が狂いそうなほど君の事が好きなんだ」 頭の中がじんと痺れる。痺れは徐々に裾野を下っていくように広がっていって、僕の中を一杯に満たす。こんなふうに、君が自在に言葉を駆使するようには僕は……。こみ上げてくる熱い塊は僕の喉を塞ぎ、もはや僕はまともな言葉を発する事が不可能となった。 「泣かないでよ」 高石の指が僕の頬を撫でる。濡れた指先。僕はただ頭を振るだけ。 「ねえ……ボクが泣かせたみたいじゃない」 しゃくりあげる合間に、僕は不明瞭なざらざらした言葉を返す。 「……君のせいだ」 |
夜のエーテル4−
駅の改札を抜けて少し歩けば、君の住むマンションはもう目の前。僕の頬を撫でる風は、もはや春を思わせる。萌えいづる緑は目にも鮮やか。眩しい日差しを一杯に受けて、僕の足は自然軽やかになる。視線の先に高石が待ってる。僕は考え事を纏める時間を稼ぐため、わざとゆっくり歩を進める。それでも30歩に少し足りないぐらい。目が合ってちょっとの間、視線を絡ませるともう言葉は無くたって。指の関節、二節分で高石と僕は繋がる。エレベータの中、再び絡み合った先の青い瞳が、心持ち揺れる。どんなに無関心を装ってはいても、それでばれる、君の逡巡。高石はついに肩を竦めてみせて。君からのキスは額、頬そして軽く唇に。エレベータが開いたら、僕達は我先に走り出す、どちらが先に玄関の扉にタッチ出来るか。慌しく鍵を回す音、転がるように中に入って。息が整うのを待つ、ほんの数分の間の静寂。ことによるとそれは数十秒だったかもしれない。僕は腕を回す、指で柔かな金髪を掻きまわして、額を露わにし、頬を滑らせる。そして、指は待ちかねたように唇に触れた。堅くて冷たい床の感触。 「ほんの数分だって待ちきれないんだから……」 「君に言われたくないな」 終わった後、いつものからかうような口調、本当は君だってそんなに強くない。たまにカマかけてくる事が有る、僕の心がここに無いんじゃないかって。それでもいいって君は言うけど、ほんとはそれはただの強がりなのかもしれない。そんなので本当にいいのかと問えば、高石はそれは妥協案なのだという。こうして僕は週のうちの何日かは高石の言葉を聞く。そして、僕の僅かばかりのバイト代はここまでの定期券に変わった。 「わかってると思ってた。僕が躓いてるのが何になのか、君は知ってると思ったから」 「言ってよ。ボクが必要だって。そしたらボクは……」 吐息とともに、唇が触れるほど近くで囁かれる。ね、言わなくたって君はわかってる筈だよ?柔かなキスで言葉は失われる。 |