FLY AWAY    1








日が暮れてくるに従って、人並みはどんどん増えていって。僕はぼんやりと人の列を見ていた。浴衣を着て楽しそうなカップル、それもその筈、今日は華火大会なんだ。本宮が僕を誘って、前の晩から泊まり掛けで。途中までは一緒だったのに。予想以上の人混みに、なんとか前を進む本宮の背中を見失わないように人を掻き分けて。突然見知らぬ人が強くぶつかってきたせいで、僕はよろけてしまい、つい注意が逸れた。見回してももうどこにも本宮の姿は無かった。

「嘘だろう?」

思わず呟き、この辺りの地理に疎い僕は、顔から血の気が引いていくのを感じた。





Dターミナルをパタンと閉じて、適当にその辺に座り。本宮は気付いてくれるかな?あの雑踏の中。見るとは無しに通りすぎる人を見ていて、声を掛けられている事に、すぐには気付かなかった。僕を見下ろして、妙に慣れ慣れしい口調で。髪を白っぽく染めた見知らぬ二人組。少し酔ってでもいるのか大きな勘違いを。

「あの…僕、男なんですけど?」

二人はひどく驚いて大げさな身振り、周りの人がこっちを見ている。

「嘘ついてんじゃねーの」

なんとか誤解を解こうと立ち上がり掛けたところに。その男の手が伸ばされてきて、それが何を意味するのか?一瞬の隙に強い力で胸をつかまれた。とっさに手を払い、睨みつける。でも言葉が出てこない。二人組はといえば何がおかしいのか、体を折り曲げて笑いころげている。聞くに耐えないような言葉、しまいにはお互いを罵り始める。その騒ぎに周りの人が遠巻きに集まって来て、居たたまれなくなった僕は、その場を走って後にした。はぐれた時はその場を離れないのが鉄則、だけどとてもじゃないけど。今すぐ家に帰りたい、人の流れに逆らって駅へと小走りに。なんで僕はこんな所に居るんだろう。





駅は降りて来る人でごった返していて。その中に入って行けなくて、あきらめて僕は駅の前のマンションの中庭、はしっこに腰降ろす。駅からの人の流れもあと幾らかすれば途切れる筈。駅の前で誘導してるのは駅員さんじゃなく、マルエツとファミマの店員さんで、声を限りに呼び込みしている。さっきつかまれた胸が痛い。きっと薄暗かったから、あいつら酔っていたから。悪ふざけがエスカレートしてあんな事を。そう思おうとしてもずきずき疼く痛みがあまりにリアル過ぎて。誰にも気付かれませんように。僕は下を向いて、嗚咽をこらえるのに必死になって。





段々と暮れなずんでくる空。辺りはすっかり暗くなって、僕の座ってる場所の近くにもカップルが陣取って。抱えた膝に顔埋めて、一人がこんなに心細いなんて。なるべく小さくなって脚を引き寄せて。



「あれ、こんなところで何してんの?」

聞き覚えのある声、顔をあげると高石が立っていた。

「何って、何も」

自分でもなんてまぬけな答えなんだろうって思う。

「一人?な訳ないか。大輔くんと待ち合わせ?」

黙って首を横に振る。高石がいぶかしげな目で僕を見て。

「ひどい顔してるよ?なんかあった?」

その言い方にちょっと引っかかる。

「ひどい顔って随分な言い方……」

手で顔を撫でて高石を睨み上げる。

「だってほんとに死にそうな顔してるんだもん」

「……」

僕はため息吐いていきさつを簡単に。酔っぱらいに絡まれた事は伏せておく。

「大輔くんからメール来た?」

僕は黙って首を振る。じゃあさって僕の手を引っ張るもんだから、訳がわからない僕は。

「はぐれた場所の辺り行ってみようよ。今ごろ必死に探してるんじゃない?」

「だって高石、どこか行く途中だったんじゃ?」

「今日は母さん帰って来れないからって、これ夕食」

そう言って手に捧げ持ったレジ袋を掲げてみせる。
促されるまま立ち上がって、服の埃を叩いて。人の流れに乗って、元居た場所へ。その間高石が僕の手を引いて、僕が遅れを取ると、つないだ手に力が入って僕らの距離は付かず離れず。ああ、さっき本宮ともこうしていれば、はぐれずにすんだんだ。

「高石、ちょっと待ってメールが!」

人気を避け、Dターミナルを開いて。

「浜辺の方に行っちゃったみたいだ」

そっちに向かうと打って、高石に向きなおる。

「本宮浜辺に居るから。その……よかったら」

このまま三人で一緒に花火見ないか?お母さん、今日居ないんだろ?実を言うと一人で行けるか不安だし。しばらく何も言わず、高石は僕を見ている。あれ?高石、人混み苦手だったとか?

「いいよ、行こう」

高石が笑うと、そこに花が咲いたみたいだ。当たり前のように手が差しだされて、僕はその手を握り返した。道路を横切ろうとして、人の隙間から、目の前に広がる夜の海が見えた。少し怖い。つないだ手に少し力を込めた。前を行く高石が振り返って僕を見る。強く握り返されて、僕は安堵する。何だか僕の不安を見透すかされてるようで恥ずかしい。いつもだったらこんな風に高石と二人きり、きっと間が保たなかっただろうけど。
なんだか距離がほんの少し縮まったようで、嬉しくて胸がどきどきする。人いきれ、日が落ちたのに暑さが和らぐ事は無く。少し小走りに浜辺に向かう途中、木々の生い茂った所まで来て、とうとうこれ以上は前に進めなくなる程に人の波。少しずつ掻き分けつつ、前へと。そうしてる内、微かに眩暈を感じて、高石に呼びかけようとしても、まともに声が出ない事に驚く。手を引っ張ると高石が立ち止まり、僕はその場にしゃがみこんだ。

「やっぱり体調良くないんじゃない?平気?」

平気って答えたいのに。顔を上げる事すらままならない。
頭の中が霞んで、目を開けるとグラグラするからぎゅっと目をつぶった。高石が僕を引きずるように移動させてくれて、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「寄り掛かっていいからね」

高石の声が上から聞こえて、僕は高石に抱えられ支えられてる事を知る。しばらくそうして安静にしていると、眩暈が収まってきて、僕はゆっくりと目を開けた。そして僕らがなんて恥ずかしい格好をしているかを知った。海の方が見えないせいで人影もまばらな木陰の奥。高石は後ろから僕を抱き抱えて座り、僕らはお互いの体に腕を回していた。

「もう平気だからっ!」

慌てて体を離して、立ち上がろうとすると、高石の手が僕を引き留めた。

「無理しないの。これ以上人の中を掻き分けて行くのは諦めよう」

大輔くんにそんなにまでして会いたいって気持ちわかるけどさなんて、高石は小さく呟く。その言い方に軽い悪意を感じて、僕は大人しくそのまま。そうだ、本宮に知らせなくちゃ。きっと待ちくたびれてる。Dターミナルを取りだして本宮に宛ててメールを。高石の手が、すっと僕を遮る。

「大輔くんに、もう帰るって送りなよ」

僕は驚いて高石を見つめた。

「な?」

意味が良くわからなくて動きを止めた僕の手から、高石はDターミナルを取り上げ。手早く打ち込んで送信、パチンと閉めて僕の手の中に押しつける。

「…その…本宮に嘘を?」

やましい?それとも僕と一緒は嫌?抱きしめられて耳の側で囁かれる言葉。突然の急転直下、何でこんな事に?さっきまで距離が縮まって嬉しいなんて感じてたのに。高石の体温がダイレクトに。僕は戸惑いを隠しきれない。

「こんな風にしたいってずっと……」

高石が僕の肩に額を付けてぼんやりとつぶやく。僕は頭に、かあっと血が昇ってくるのを感じた。心臓の鼓動がうるさいくらいで、こうしてじっとしてると叫び出したくなる衝動が。背中に回った高石の手、そこから熱が伝わってきて僕は苦しくなった。押し退けて立ち上がる事も出来るのに。ふいに浜辺の方から歓声が上がって、同時に花火が空気を切り裂いて空に昇って行く音。大きく弾けて辺りが明るくなる。

「始まったみたいだね」

高石が興味なさそうな小さな声を出す。

「うん、びっくりした」

次々と上がる花火の光源で照らされて、僕を見る高石の顔がはっきり見てとれた。一瞬大きく心臓が跳ねた。何故か、逃げられないと僕は思った。ひどく真剣で、どこか怖い。まっすぐに僕を見つめる瞳。見ていられなくなって目を逸らすと、回りこむように顔が近づいて。気がつけば唇が触れ合っていた。慌てて体を離すと、尚も追いかけてくる高石に再びキスされた。頭をつかまれて、今度は逃げられない。暖かく柔らかい舌が僕の神経を麻痺させてしまう。体の中から力が抜けてく感覚。高石が僕を抱く腕に力を込めた。碌な抵抗さえ出来ず、僕は初めての見知らぬ快感に酔いしれた。しばらくして離れた唇、自由になったものの、思い通りにならない僕の体。






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