横たえた彼の身体から、邪魔な服を取り去ろうと触れれば、軽く慄いて震える。服の隙間から覗く青白い肌を見て、ボクは妙に焦ってしまう。彼は、そんなボクの余裕の無さを、冷静に見つめてる。こんな大人しそうな顔してて、その実煽情的。彼に言わせたら、きっとそういった仕草のどれもが無意識の行動なんだろうけど。僅かな筋肉が薄く張り詰める細い体。下着に手を掛ける。力任せに引き下ろした。君の顔に身体に、一瞬走った緊張。 「今更なに隠そうとしてんのさ」 恥ずかしがらなくてもいいよ……なんて事は口に出したりしない。体の前で交差するその手を無造作にどける。やさしくなんてしない。他の誰かがいくらでもそうしてくれるだろうから。頼りなく投げ出された身体。無防備で痛々しい。白い肌、淡い翳り、これ以上ないほどの卑猥なコントラスト。胸の色づいた部分に触れて、摘んで押しつぶしてその感触に夢中になる。そして、脚の間で徐々に昂ってくるそれを、ボクは両手で包み込むように。包み込む両手に力を込めれば、苦しげな声が上がる。何かを伝えたいと思うなら、ちゃんと努力をしなくちゃ。きつめに擦り上げれば、君はかぶりを振って、強すぎる刺激から逃れようとするけど。 「気持ち良いんでしょ?」 言葉は無く、曖昧に首を振るだけ。それでもすぐに、手の中がぬるつく。ぬめりで滑って、いやらしい音が響いて、押さえつけた身体が細かく震えだしても。 「いいって言いなよ?もっと良くしてって……」 言葉にならないうめき声で、強情な君はボクを押しのけようとする。がくがくの腕にそんな力は入らなくて、そのうちにボクの胸に押し付けられるだけになる。君の手を取って、唇を寄せる。今は些細な刺激でさえ、君にとっての起爆剤になり得るって知りながら。予想通りすぐに手の中で熱く弾けてしまって、荒い息を吐きながら見上げる君の唖然とした表情を、ボクは楽しんでいる。 ********
「嫌なら逃げてしまえば良いのに」 冷ややかな声を、どこか遠くで聞く。嫌なら逃げれば……。それじゃ、嫌じゃないなら?嫌じゃないけど、こうしているのもなんだか辛い。四つんばいになって、さっきからずっと背中に圧し掛かられてる。力の入らない腕では、自分の身体を支えてるだけで精一杯なのに、その上僕は、普段ならそんな所触らないだろうって場所を弄られてる。突っ張ってる腕がぶるぶる震えていて、気を抜けばベッドのシーツに突っ伏してしまうだろう。さっきから、冷たくてぬるぬるしている指が僕の中を行き来していて、なんだかおかしい。異物感に我慢できずに、身体に妙な力が入ってしまう。そうすると、前に回されたもう片方の手によって、ゆるゆるとした刺激が与えられて、ああ、もう本当に何も考えられない。僕は、なんて格好してるんだろう。なんて声を出してるんだろう。こんな屈辱的な行為にさえ、腰が揺らめいてしまう。曖昧な快感だけじゃ物足りなくて、もっと強い刺激が欲しい。僕を戒めているその手に自身を擦り付けるように、腰を押し付ける。もっと強く、もっと激しく……。すると、後に感じる異物感が前にも増して強くなる。痛みさえ伴って、僕の身体は彼によって開かれる。痛みと異物感に、吐き気さえ覚える。それでも僕が逃げないのは、暗黒の種が巣食うこんな忌まわしい身体を、酷く痛めつけてしまいたいから。こんな形で罰せられることを予感していたわけではなかったけれど、周囲の人たちの、腫れ物に触るみたいな曖昧な態度にはうんざりしていたのも事実だった。冷ややかな視線、闇を憎む気持ちが隠し切れずにちらちらと覗いてしまうなら、いっそのこと僕を酷く罵ればいい。傷つけられてもいいのに……君になら。今まで僕がしてきた行為に見合うだけの、痛みと苦しみを与えて欲しい。口を開けばうめき声しか出てこないから、僕の望みは言葉にはならない。ただ、必死に歯を食いしばっているだけだった。それでも指が奥に届くたび、息が漏れてしまう。 「……ねえ……いいの?」 彼の問いかけに、何度も頷いた。相変わらず、意味のある言葉は出てきそうもない。 「あんまり気持ち良さそうじゃないんだけど」 痛みが強くなったせいで、すっかり萎えてしまった僕自身を、高石は強く掴んだ。一瞬、息が止まる。 「いいから…は…早くっ!」 僕の願いは聞き届けられて、今までとは比べようも無い激しい痛みが全身を貫いた。痛いのに、ぬるつく何かのおかげだろう、徐々に僕の中が熱い質感で一杯になる。すぐに奥まで満たされて、高石は僕の上でそのまましばらく動かなくなった。肌が重なった部分から自分以外の温もりと、心臓の鼓動を感じる。そして僕は、心が通じ合い、誰かと一体感を感じていた頃を、懐かしく思い出していた。空虚な僕を一杯に満たしてくれる、あの幸福な記憶。ゆっくり息を吐いて、僕は無意識の内に、二つの鼓動のリズムを合わせていた。規則正しく僕の背中に伝わってくるそのリズムは、何故だか僕を酷く安心させた。身体の中の異物感は次第に薄れて、僕は重なり合ったリズムを身体で感じる事に専念していた。 ********
ボクはしばらくの間、唖然となっていた。誰かと繋がるって事がどういう事なのか、ようやくはっきりと分かった。ただ身体を繋げて快感を分かち合って……それで終わるんじゃない。肌の温もり、相手の息遣い。それに表情。一乗寺くんは、苦しそうに歯を食いしばって、それでもボクを受け入れている。そんな全ての事が渾然一体になって、一瞬でボクを高みに押し上げる。形容しがたい満足感に、心が一杯に満たされる。ボクが彼に抱いていた思いは、今まであまりに漠然としたものだったけれど、こうしてみると何もかもが説明がつく。時たま、君が僅かに放つ闇の残り香。近づきたいのにままならず、ボクは遠巻きに眺めているだけ。それでも、引き寄せられずにいられなかった。いつかこうなる事を、ボクは心のどこかで願っていたのだろう。彼の身体は、女の子のようにふんわりと柔らかいわけでもないのに、触れているだけでこんなにも欲情してしまう。背中から抱きこむと、皮膚の下の細い骨を感じた。痛みのせいで強張った身体。それはさっきの彼の言葉とは裏腹に、ボクを拒んでいるようにも思える。ボクは彼の中に全てを収めてしまってからも、馴染むまではとしばらくそのままで、強張ってる身体を抱きかかえていた。君の呼吸に合わせて、君の中もさざめく。荒い息がだんだんとゆっくりになっていって、そうすると君の身体から余分な力が抜けた。肌を重ね合わせたまま、僅かに腰を引き、打ちつけてみた。すると溜息のような吐息が漏れる。それに気をよくして、ボクはゆっくりと小刻みに律動を開始する。熱くて狭い体内、何かが絡みつくような感触。一乗寺くんの腰に手を回してぐっと引き寄せると、そのまま上半身はシーツに崩れるように沈んだ。腰を掴んで、更に抜き差しを始めたら、目も眩むような強烈な快感に、全身に震えが走った。気を緩めたらあっという間に終わりが来てしまうだろう。慌てて萎えていた彼を掌で包み込んで、ボクの動きにあわせて擦り上げると、僅かに声が漏れた。さっきみたいな痛みを堪えてるような、辛そうな声ではなく。……少しは気持ちいいのかもしれない。更に上下に擦り上げると、後ろがぎゅうっと締まってボクは息が止まりそうになる。そのまま刺激を与えながら、彼の中が熱くうねる不思議な感触を享受した。それも長くは続かなかった。君はぶるぶると震えて、ボクの手の中には白濁した液体が溢れ、指の隙間から零れた。と同時に、痛いくらいに締め付けられて、今度こそ本当に意識が飛びそうになる。薄れていく感覚を必死に手繰り寄せて、気が付けば何もかもが終わってしまっていた。そして、自分が何をすべきだったかだなんて、どこか忘却の彼方。ボクの手は震えていて、ようやく今になって事の重大さに気付いたのには、我ながら笑ってしまった。 だるい身体、シーツの上で身体を投げ出したまま、海の上を渡ってきた風の匂いを嗅いだ。一乗寺くんは目を覚まさない。ボクは胸の上で、彼の頭を抱えている。さらさらと真っ直ぐな黒い髪がくすぐったいけれど、起こしてしまうのがもったいなくて、ボクは保健室のベッドでそのまままどろんでいた。目を覚ました彼がなんと言うのかが、すごく怖かった。胸の上に感じる幸せな重みは、じきに失われるだろう。それでもボクは、いつまでもこのままでいたい。それが叶わないならせめて、この部屋の中そこかしこに、夕闇が迫ってくるまで。 |