授業中(4) 『好き……君が……君とのこれが……こんなの口では言えない。』 僕はもう、嬉し過ぎてどうにかなりそう。 恥ずかしそうに薄く、隠す様に小さな一乗寺君の文字が頭の中でふわふわ浮かび、嬉しさで朦朧となりながらも、僕は先を必死になって考えた。 と、その時、先生が感想文に取り組んでいる生徒達を監督する様に、席の間を歩き始めた。教室の真ん中の通路を後ろに近づいて来られたので、僕は溜まったメモ用紙を教科書の下に素早く隠した。自分も難しい顔を取り繕って、開いたノートに作文を書き込むふりをする。今は国語の授業中だった。でも書き終わらなかったらどうせ宿題になるんだから、夜、家でゆっくり片付ければいいだけの話なんだ。 感想文を考えるふりをしてシャーペンの端を噛み、先生のいる方向を気にしながらも、僕は頭の中で只ひたすら、一乗寺君と熱いキスと抱擁を続けていた。 ああ、どうしよう……。 できれはこのままいつまでも、こうしていられたらいいんだけど。でもそう言う訳にはいかない。今のこの状況では、言葉にしないと気持ちはもちろん、動きも表情も、何ひとつ相手に伝わらないのだから。早くしないと。早く続きを書かないと。 一番後ろまでぶらぶら歩いてきた先生はくるりと向きを変え、また前の教卓まで戻っていった。そして自分も、明日の授業計画を立てる様に、何かの書き物をし始めたので、僕はホっとして教科書の下からメモ用紙の束を引き出した。 続きを書こうと思いふと、前にもらった一乗寺君の文面の一部が目に入る。しっかり並んだ文字の列。 『そこをそんな風にされたら。僕だってもう。熱が上がり始めてる。』 はっと気が付くと同時に、若い体の奥底がずくんと疼いた。 うわ、やっぱり? うん。やっぱり、そうだよね? だって僕だってそうだもん。 僕たちは、はち切れんばかりに元気一杯の男の子だ。これは誤魔化しようがない。 そうだよ。君もそうなんでしょ? 僕は書いた、「僕は知りたい。君が一番感じる所、一番気持ちが良い所。どこをどうされるのが好きなのか。」でもね、僕だって同じ男だから、それは大方想像がつくんだ。どこが一番いいか位、言われなくても良く分かってる。だから……。 だから僕はやっちゃうよ。僕は君が好きだから。だからやる。やりたい。 そう。書くよ。 ぐっとシャーペンを握り締めると、利き腕が動き出した。 『僕の気持ちを受け取って欲しい。胸を摩っていた僕の片手がそろそろと下に下り、君の太腿の間で止まる。そこの膨らみをそっと包み、優しく撫でて、押さえ込む。熱く上がり始めている君のそこを。』 それを見た一乗寺君は、ぎょっとびっくり飛び上がり、そして消しゴムを机の横に落としてしまった。カタンと軽く椅子を引き、慌ててそれを拾い上げる。 どんな反応されるんだろうと、やっぱりちょっと気になった。 だってこの前は、首とか胸とか背中とか、体の色んな部分に触らせてはもらったものの、ここまではしなかったから。これはやはり、かなり大きなステップだ。 『高石!あの……誤解しないで欲しい。君には何をされたって。僕は嫌ではないけれど……でも……でも、そんな所は汚いよ。君は嫌じゃないのか?』 一乗寺君の動揺とは相反して、僕は不思議と冷静になっていた。 『嫌な訳ないよ。僕は君がいとおしくて堪らない。君の全てが好きで好きで堪らないんだ。君が気持ち良くなってくれるのなら、僕はそこにキスする事だってためらわない。だから、服の上から押さえていた僕の手を、君の下着の中に滑り込ませよう。可愛い君の分身を、この手で直に、強くしっかり握りしめたい。』 う……わあ……。 自分で書いておきながら、これはかなり凄いかも。自分だってもう痛い程に……。 僕は動悸が響く胸を押さえながら、それをそっと前に回した。 「あの……せ、先生……」 突然一乗寺君がガタリと席を立ち、僕の心臓は死ぬほどドッキリ飛び上がった。先生か怪訝そうな表情で、四角い顔をこちらに向けた。 「ん? なんだ、一乗寺?」 「すみません……ちょっと気分が……体が熱くて、目眩がするんです。」 本当に立ち眩みした様に、一乗寺君は両手をぱっと机に付き、倒れそうな体を支えた。 「そうか? そういえば顔が赤いな。じゃあ保健室で熱を測ってもらいなさい。誰か一緒に……」 耳に入るや否や、僕は弾かれたように席を立ち上がった。 「先生!僕が付き添います。保健係りですから。」 同時に溜まったメモの束を、全部素早くポケットに突っ込んだ。これを残しておく訳にはいかない。 「じゃあ高石、一乗寺を保健室まで連れて行ってあげなさい。」 「はい。」 顔の筋肉が緩むのを必死で押さえながら、僕はなるたけ深刻な表情で、一乗寺君に手を差し伸べた。 「大丈夫?」 ふらつく頭を片手で押さえ、一乗寺君は僕に腕を預けてきた。 「ああ……ありがとう。」 僕は一乗寺君の腕を取って肩に背負い、腰に手を回して支えると、後ろを振り向くクラスメートの視線を軽くかわしながら、頼りない身体をドアの方に誘導した。廊下に出てから後ろ手で、教室のドアを静かに閉める。顔を上げると、授業中の廊下にはもちろん誰の人影も無く、細長い空間がどこまでもシンと静まり返っていた。保健室の方向にゆっくり足を進めながら、僕は腰に回した腕に力を込めて、一乗寺君を引き寄せた。 「ねえ、もしかして……企んだ?」 一乗寺君の頭が、僕の肩にふわりと落ちる。 「君のせいだ……。本当に目眩がするんだよ。」 凭れかかってきた頭に、僕はそっと口づけた。 「一乗寺だって凄かったじゃない? 僕ドキドキしちゃったなあ。」 「高石、マジで小説家になれるよ。」 ゆっくり前に進めていた僕の足が、そこでぴたりと止まっていた。 「でもね、フィクション書いてた訳じゃないから。」 語調がやや強かったのかもしれない。一乗寺君は頭を持ち上げ、見開いた目を僕に向けた。深く綺麗なスミレ色の瞳の中には、ボクの馬鹿みたいに真剣な表情が小さく映っていた。 「全部マジだよ。本心からの言葉だからね。」 一乗寺君の可愛い頬に、ぱっと大きく赤みが差し、視線が恥ずかしげに下に落ちる。 「そんな……僕だって……」 小声で呟きながら、火照った顔を隠すように黒い頭が再び僕の肩の上に埋まった。喉元で囁かれた噛み締めるような独り言に、耳の奥が擽られた。 「敵わないな……君には……」 ふと横を見ると、僕たちは理科実験室の入り口前に立っていた。開けっ放しのドアの中には、まだ椅子が机の上に乗せられたまんまの、誰もいない教室が見える。一時間目から使用するクラスもいないのか、部屋のカーテンは閉め切られたまま、先生の影もない。僕は向きを変えると力任せに、一乗寺君を実験室の中に連れ込んだ。 「た、高石っ……」 驚く一乗寺君に、しっと人差し指を当ててみせる。音を立てないように気をつけながら、理科実験室の扉をそろそろと注意深く引いて閉めた。薄暗い部屋の中でほっと胸を撫で下ろすと、恋人に向き直る。 ああ、もしかして僕、又切れちゃった? でももう後戻りはできないんだから、開き直ると改めて目の前の綺麗な顔をじっと見据えた。 不本意にも、胸が高鳴る。 「じゃあさ……責任取らせてよ。」 続きしよう、って言った方が分かり易かったのかもしれないけど。 薄闇の中で一乗寺君の瞳がゆらりと揺れ、とたんに体が倒れるように僕にドスンとぶつかってきた。背中に回された腕がぎゅっと強くしがみつく。 「……うん……」 首筋にハアと当たった一乗寺君の吐息は、とても熱く湿っていた。 一時間目が終わるまであと5分。 どこまでできるか分からないけど。終業ベルが鳴り渡るまで。 (完) |