夜の海は青くない







ボク達はいつも三人でいる。
いつからかそれが基本のようになっていた。
彼と君とボクは、それぞれがまったく違う性格であるにもかかわらず、何故かいつも一緒に居る。
そうする事が、息をするのと同様に当たり前のように。
彼は破天荒な性格で、いつもあとの二人を振り回す。
でも君もボクも、彼のそんな所に惹かれている。
そして君は、いつも思慮深い。
過去の出来事のある側面が、その後の君の生き方を決定付けてしまった。
そしてボクはといえば、物事を冷静な視点で捉えるという癖をいつからか身につけている。
意志とは裏腹に、いかなる時でも一歩引いて。
だから、彼のがむしゃらなところが、ボクの中の何かを刺激する。
一見均衡の取れてるように見えるボク達の関係は、本当はかなり危うい。
君は、彼の予想出来ない行動力や、前向きな生き方に、自分で思うより強く惹き付けられている。
ボクは、何故かそんな君の苦悩も丸ごと引っ括めて大好きだ。
というのは、困った事に君はボクの理想そのものなんだ。




君の望みは、きっと叶わないだろう。
……それを知ってるから、ボクはこうして平静を保っていられるんだ。
そうでなければ、君の視線が彼の姿を追うたび、呼びかける声に籠められた君の思いに気付くたび、ボクは気が狂いそうになっていただろう。
ボクはそんな醜い嫉妬の気持ちを隠して、友人の一人というスタンスを獲得した。

「ボク達は大輔くんが大好きなんだよねえ」

ボクがさらりと口に出来るようには、君はその思いを表に出さない。
困ったように微笑むだけだ。
そうして言葉に出来ない分、ボクは君の思いの真摯さに触れるような気がした。
人に何かを伝えたい……って思うほど、言葉は空回りする。
本当にボクが言いたかったのは、君が好きだという事なのに。
触れあいたい、君に近づきたい。
以前より君とボクとの距離は縮まったかのように見えるけど……。
本当の意味では、前と比べて少しも変化はない。






向かい合って、他愛ないお喋り。
君と過ごす長い午後。
窓の外を通り過ぎる人並みに、君の視線が釘付けになるのをボクは気付いてしまう。
居るはずもない彼の姿を探して。
そしてボクは咎められる恐れもないから、まじまじとその横顔を観察する。
何かに集中している君はとても綺麗。
たとえ頭の中すべて、大輔くんの事だらけでも、ボクは君が好きだな。
あんまりじっと見つめていたから、君はしまいには視線に気付いた。

「なに?なんか付いてる?」
「ううん、別に」
「……そう」

ほんの少しだけ外に気持ちを残しながらも、君は微笑んでボクの癖を許してくれる。
事あるごとに綺麗な髪が羨ましいって言い続けていたから、こうして見惚れているのを変に思われなくなってきていた。

「こんな日に遠征試合なんて、大輔くんもご苦労さま……だよねぇ」
「ははっ、そうだよな。今日はさすがにメール来ないよ」

テーブルの上に置かれたディーターミナルを、見るともなしに見る。
夏の日差しは相変わらず、ガラス越しのボク達を照らしていて、テーブルの上のジュースの氷はすっかり溶けていた。

「この後、ボクんち来る?」
「う〜ん……」

君は、手の中ですっかり温くなったジュースのカップを弄ぶ。
何でだか、胸が苦しくなる一瞬。

「じゃあ……君の家に行くから、例のCD聴かせて?」
「ええっ?!」
「だって僕だけ聴いてないんだ。いいじゃないか、少しくらい」

少し咎めるような口調、真っ直ぐ見据えられちゃって、鼓動が瞬間高鳴る。
慌てて立ち上がって出口に向かうボクに、君が追いすがってくる。
隣に並んで歩き出す。

「あんなの聴いたって楽しくないよ」
「だってヤマトさん渾身の新曲だって……」
「誰から聞いたの、それ。……じゃあボクのコーラス部分は飛ばすからね?!」
「駄ぁ〜目!」

って……君がそういう顔するなんて。
ほら、ボクはもう言葉が続けられない。
君が笑って右手を差し出して、人前でなんて握り返せるわけないから慌てるボクを見てまた笑う。
それでボクは、前より少しだけ君の近くに行けたような気がして、こういうのも悪くないな……なんて思う。
今までは3人が当たり前だったのに、その場に居ない大輔くんの話題を持ち出すまでもなく、ボク等はこうして会うようになった。
はっきり目に見えなくても、物事は変わっていく。
いつまでも癒されない傷もなく、時の経過とともに何もかも柔らかく穏やかに変化していく。
そして、差し出された手をいつか掴まえて、君を驚かせる日をボクは夢見ている。






end

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