暗闇で踊る












「手っ取り早く罪の意識を取り払って見る?」

およそそんな重要な事を口にする風でもなく、まるで挨拶でもするように高石岳はそう言って僕に微笑む。
僕はこの人が苦手だ。
だってこうして笑っててもひやりとした妙な空気が彼の回りに纏わりついてて。
一瞬目が合ったけど、咄嗟に僕は目を逸らしてしまった。
それでも彼が言った一言が心に引っ掛かり。

「ど、どうやって?どうしたら僕は今までやってきた事を償えるの?」

努めて冷静に言葉を出そうとするけれど、上ずってしまって情けない事この上なく。
にこりとわらったままで僕に手招き。
どうしてこうも同い年の相手にこうまで怯えてしまうんだろう。
震える足を一歩前へ進めるたびに、体がばらばらになりそうな不安感。
目の前までなんとか辿りついて、次の言葉を待つ間、自分に出来る精一杯の謝罪を。
うな垂れて、思いつく限りの言葉で。

「そんなの意味ないよ」

即座に言葉は遮られて。俯いてたせいで、彼の表情は窺い知れないけれど、言葉には僅かに笑みを含んでいた。それにつられるように顔を上げて……一瞬の後に後悔した。怖いくらいまっすぐに僕を見つめる目は少しも笑ってはいなくて。

「ご、ごめんなさ…い」

縺れた言葉を喉のおくから搾り出したものの、自分でも嫌になるくらいそれは震えていて。
ふいに目の前に手が差し出されたのを見つめてしまう。
その手が僕の髪を何度か梳いて、そして頬に添えられる。動けない僕は黙ってされるがまま。怖いけど目が離せない。この場から逃げ出したいのに足が動かない。

「君ってさ、なんかあれに似てる、ほら日本人形」

口を開こうとして、でも声は出ない。

「髪も目も黒くて。肌がきめこまかくて、手のひらに吸いつくみたい」

そう言いながら高石は僕の顎を撫でて、思わず体がビクンと竦んでしまう。
それなのに僕に投げかけられた言葉はどこか甘く毒を含んでいて、心の奥底を痺れさせる。




もっとその声で。



僕を蔑んで。




どこか大人びている彼の手はその持ち主同様、少しの迷いも見せずに僕の唇の形を辿る。
僕の思考は歪んで捩れて、ぐるぐる螺旋を描いてそして……胸の奥で暗い何かが呼び起こされる。

「なんて顔してるの?いつも感情を押し殺そうとしてる一乗寺君らしくないよ」

だってそれは、君が。
声を出そうと口を開いても、漏れてくるのは微かに息の漏れる音。
ここから逃げ出す気力も声もなにもかも。
無防備な自分を曝け出している事にさえ、僕はどこか奇妙な昂ぶりを憶えてしまって。
そんな自分に呆れてしまう。

「君には同じ空気を感じるね」

だから?
君がこれからしようとしてる事の正当性。
君の望む事。
僕の贖罪。
いくらもっともらしい理由をつけたところで、どれもがただのいい訳。



柔らかい感触が唇をかすめて、息が止まる。

「誰にも喋っちゃ、駄目だよ?」



だってこんなに甘く痺れて、心蕩けさす事。
背徳の香りが僕等を包んで、僕はその余韻に酔ってしまい、暫く身動きできないほどに。







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