雨の降る場所





6






「日が落ちたら冷えてきたな」

草むらに潜んだまま、大輔くんは言うともなしに呟いた。一乗寺くんが人差し指を唇に当てて、その声を制する。一乗寺くん の視線の先には、ガラクタの積まれた小さな小山が見える。目を凝らすと、小山のように見えたのは実は小屋で、その中から は何人かの子供の声が聞こえるのだった。

「駄目だ……。見張りが立ってる」

体を反転させ草むらの陰から半分這うように離れて、ようやく一乗寺くんは緊張を解いた。ボクは無言のまま、大輔くんと顔 を見合わせた。そしてそのまま後を追うように、草むらから離れて一乗寺くんの傍らまで這い進む。

「あん中にワームモンいるのか?」

大輔くんが問いかけると、一乗寺くんが頷く。道すがら、大まかな説明は聞いたけれど、うまく事情を飲み込めないのは大輔 くん同様、ボクもだった。放心したように木の根元に蹲ってた一乗寺くんが重い口を開いて、突然デジタルワールドに呼ばれ てしまった理由を話してくれたのは、ほんの30分ほど前。そのままここまで直行してきた。辺りはすっかりと薄闇。なんと 、あの小屋の中にワームモンは拉致されているらしい。

「なあ、ブイモンとパタモンの力を借りて救出……ってわけにゃいかないか?話し合って済むヤツラじゃないなら」
「駄目だ。まだほんとに小さい子もいるんだ」
「ンな事いったってなあ!」
「しっ!大輔くんっ」

ボクたち3人は、そのまま普通に喋っても大丈夫なくらいの場所まで這って行く事になった。なんでこんなことになったのか といえば。




ようやく見つけた一乗寺くんは、放心状態だった。膝の上に赤い果実を抱えて、ぼうっとした目でボクを見つめた。その間ほ んの数秒だった筈なのに、ものすごく長い間のように思えた。ボクは駆け寄ることが出来ないまま、大輔くんを呼んだ。大輔 くんは躊躇無く駆け寄り、一乗寺くんの両肩を掴んで揺さぶって、それでようやく一乗寺くんの顔に生気が戻ったのだった。 そしてそのときの一乗寺くんが呟いた一言に、不覚にもボクはかなり動揺してしまった。

『君たちの事をずっと考えていたから、幻が見えたのかと思った』

そう言ったんだ。そのときの、無防備な一乗寺くんの様子ときたら!大輔くんは、一乗寺くんの頭をくしゃくしゃに撫で回し て半分怒ったような微妙な表情をした。それから、何の準備もしないままデジタルワールドに引き込まれてしまった一乗寺く んに、ボク達は持ってる食料を分けてあげた。それを引け目に思うのか、一乗寺くんはあまり食べてはくれなかったけれど。 そしていま一度、事の詳細を聞くために、ボクたちは居住まいを正した。




小屋に篭城する子供たち。光子朗さんが言ってた、居なくなった子供たちの行方はこれで分かったけれど。暫く前から、ワー ムモン管轄の森の奥深くに数名の子供たちが集まりだして、自ら小屋を作りそこで生活しているらしいこと。突然呼ばれた一 乗寺くんは、ワームモンの訴えを聞いてその場所に駆けつけていた。ずっとここに居続けることは出来ないと説得したものの 、聞く耳を持たない彼らに一方的に拒絶され、そればかりか、ワームモンはその子供たちに捉えられてしまった。そこまで聞 いたもののどうしたら良いものか思いもよらず、ボク達は頭を抱えた。ワームモンが掴まっているせいで、憂鬱そうな表情の 一乗寺くん。ブイモンとパタモンが励ますように声を掛けると、笑顔を返すけれど。

「3人で説得に行く?」
「それっきゃないよな。つーか、ゲンナイさん何やってんだよ」
「どこにも居ないんだよ。居ない人は当てに出来ない」



再び草むらに潜んだボクたち3人は、一瞬顔を見合わせた。痺れを切らしたかのように大輔くんが声を出した。

「おーい、お前ら!ワームモンを開放しろ!」

返事の変わりに石が飛んできた。慌てて飛びのいてバランスを崩した大輔くんが後に転んだ。転んだままで、大輔くんは叫ん だ。

「こんのー!野蛮人め!」
「いきなり投石なんて、卑怯だよ。一時撤退する?」
「いや、僕がやろう」

一乗寺くんが一歩前へ出た。再び石が飛んでくる。ボク達はなんて理不尽な戦いを強いられているんだろう?それでも相手が 同じ子供なら、力に訴えかけることは心情的に不可能な気もする。

「ワームモンは僕の大事なパートナーなんだ。そろそろ自由してくれないかな?」

小屋の中からひそひそと話し声が聞こえてきた。暫く後に、ひときわ大声で返事が返される。

「おれたちに構うな、2度と干渉してくるな。このままおれたちの存在を無視してくれ。それを約束できたら、こいつを離し てやってもいい!」
「それは出来ない。君たちだって帰らなきゃ駄目だ。僕たちと一緒に帰ろう!」

間髪居れずに一乗寺くんが答える。静寂が支配する夜の森。このままじゃ埒が明かないよって、ボクは一乗寺くんに言おうと した。見上げたその先の表情は、暗くてボクには良く見えてなかった。

「君たちのお父さんもお母さんも、きっと心配してるよ。だから……」

一乗寺くんの言ったことは、ただの上っ面だけの説得なんかじゃない。ボクも大輔くんもそれは知ってる。だから子供たちが その言葉を聞いて、少しは心動かしてくれるんじゃないかと思ったんだ。なのに。妙なうめき声のような。次第に大きくなっ ていって、それはまるで咆哮のように聞こえて、ボク達は思わず顔を見合わせた。










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