ブリア・サヴァランかく語りき 6 僕は横たわって冷えた肩をごわごわする布団で包み直す。予想に反して眠りは流砂のように速やかに僕を飲み込んでいく。軽いパニック、この感じは知っている。せめて顔だけでも上げて何か掴もうと。 『賢ちゃん!』 ワームモンが僕の名前を呼んでいる。遼さんの前ではカッコ悪いからやめてって言ったのに。力強い手が僕を引き上げる。その手にすがって、砂が動かなくなる所まで這い出して、頭を振って砂を払い、僕は遼さんにお礼を言おうと顔を上げる。 『遼さ・・』 僕が掴んでいたのは遼さんのよりずっと大きくて、白くて綺麗な大人の手だった。 慌てて手を離し、腕に沿って視線を上げて行くと、真っ白な羽が視界一杯に広がる。遼さんじゃない、人間じゃない。これはデジモンだ。 『ありがとう、エンジェモン』 もちろん僕は知ってる。これは高石タケルのパートナーの進化した姿だ。 『賢ちゃあ〜ん!』 向こうからもつれそうな沢山の足でほとんど転がるようにワームモンが駈けて来る。懐かしいその姿に涙が出そうになる。 『僕は大丈夫だよ、エンジェモンに助けてもらったからね』 ワームモンを抱きとめて、胸に抱え上げる。こいつ、こんなに大きかったっけ? 『エンジェモン?』 訝しげに水色の目を眇るワームモンに少し苛々しながら僕は言う。 『仲間じゃないか、高石君のパートナーだよ、ワームモン。進化してるからわからないのか?』 『何言ってるの、賢ちゃん、ぼく達の仲間はブイモンとリョウじゃないか』 ワームモンは首を廻して、微かにはばたきながら佇んでいるエンジェモンに威嚇混じりに声をかけた。 『敵か味方かわからないけど、賢ちゃんを助けてくれてありがとう』 『ワームモン!失礼じゃないか』 エンジェモンはただ微笑んでいる。 『急ごう、賢ちゃん』 僕は訳がわからないままエンジェモンに頭を下げる。 目を上げると、白い羽根が何枚か舞っているだけで、エンジェモンの姿はない。 『キミ、だぁれ?』 高いトーンの声に視線をさまよわせると、小さな男の子がパタモンを抱えて立っているのが見えた。 『高石・・君?』 間違えようが無い、帽子の下の髪と目の色。でも。 『あれぇ、ねえ、その子キミのデジモンなの?』 僕より随分小さいと思ったけど、近付いてみると、そうでもない。 『キミも選ばれし子供なんだ!』 ぱっと顔じゅう笑顔になって、高石君が叫んだ。 『ねえ、デジバイス見せて!』 『うん』 僕は制服のポケットからデジバイスを取り出す。ほぼ正八角形のすっぽり手のひらに収まってしまう、小さな不思議な装置。 『ボクのと同じだね!』 二つのデジバイスを手に取って見比べて、小さな高石君は急に不審げに僕を見上げる。 『でも、選ばれし子供は八人なんだよ?キミはどうしてここにいるの?』 『え。僕は秋山遼さんって人と』 『知らないよ、そんな人』 僕は困惑して黙ってしまう。どうして僕はここにいるんだろう。答えは簡単、これは夢だ。でも、この高石君にとってここは本当のデジタルワールドかもしれない、僕の言動は彼等の冒険に何らかの影響を与えてしまうかもしれない。 『怪しいなあ』 小さい高石君はじろじろと上から下まで僕をねめつけた。 『キミ、お台場の子?何年生?八神ヒカリちゃんの友達?』 『違うよ、僕は・・田町から来たんだ』 ヒカリさんとは友達だといえばそうかもしれない。でも、この情報は彼を混乱させないだろうか、なんて言ったっけ、そうだ、タイムパラドックス。 『ボク達ゲンナイさんに呼ばれて来たんだけど』 パタモンを抱え直して高石君が続ける。 『案外キミなんじゃないの?新しい敵って』 二年生だったと言っていただろうか、小さくても高石君は高石君だと妙な所で感心する。 『ゲンナイさんなら僕も会ったよ』 『ウソ!?』 『ウソじゃないよ、ピッコロモンと一緒に・・』 『ほ〜ら、やっぱりウソだ!』 小さな高石君が僕を睨み付ける。憎悪の炎が青い目にぱっと燃え上がって、拳を握り締め、今にも飛び掛かって来そうに。 『ピッコロモンは去年死んだんだよ!』 『ウソじゃない、ちゃんと』 『ウソツキ!』 『タケユ、この子悪い子じゃないよ、このデジモンだって』 パタモンが僕とワームモンを交互に見て口を挟んだ。 『パタモンは黙っててよ』 『なんだよ、ボクにはわかゆんだから!』 『だってボク達まだゲンナイさんに会えてないじゃないか』 パートナーとケンカしてる場合じゃないだろうに。 『きっと僕が人違いしてるのかもしれない。えーと、僕の方の世界はゲンナイさんで遼さんの方がピッコロモンだから』 『キミの方の世界?』 『ミレニアモンのせいで世界が分裂しちゃって・・』 『知らないよ、ミレニアモンなんて』 小さい高石君の眉が上がる。 『それってイソウのずれってやつかなぁ。』 『いろんな世界があるって光子郎もいってたよね。タケユ』 『そっかぁ、キミ、違う世界の選ばれし子供なんだ!その世界じゃ、ピッコロモンは生きてるんだね!』 高石君は急に笑顔になって、急いで言い添えた。 『ゴメンね、新しい子が選ばれちゃったらボク達もういらないのかなって。それで今日呼ばれたのかなって』 『そんなことあるわけないじゃない、タケユは〜』 『だってさぁ』 困ったように笑って、小さな高石君はパタモンを地面に下ろして、僕に手を差し出した。 『ボクもがんばるからさぁ、キミもがんばってね』 『うん、がんばるよ』 僕はその手を握る。 『賢ちゃん、早く行こうよ』 ワームモンの焦れた声。 『僕、もう行かなくちゃ。会えてよかったよ』 ぎゅっと握った手のひらの中心に軽い痺れ。小さな高石君が僕を見上げる。 『そうだ、何かの役に立つかと思って持って来たんだけど』 デイパックを降ろして、カラフルな袋を取り出す。 『ねるねるねるね。おいしくないけどね。あげるよ』 『ありがとう』 受け取って、印刷された説明を読む。Aの粉をBの粉に混ぜて、キャップ一杯の水を・・。 『おいしくないんだよ、ホント』 『そうなんだ』 『なんで持って来たのか自分でもわかんないよ』 『きっと何かの役に立つよ』 僕はおそらく食べ物なんだろうそれをポケットに入れた。軽い割に大きなパッケージで、ほとんど半分がはみ出してしまう。 『きっとすごく焦ってたんだ、手当たり次第に突っ込んだんだね』 『思いの強さが力になるんだ、きっとすごく役に立つよ』 『思いの強さ?』 高石君が不思議そうに僕を見る。 『だってここは』 デジタルワールドなんだろう? 『わあっ!』 前方に渦巻く砂嵐。足元の砂が舞い上がる。 『高石君、捕まるんだ!』 差し出した手は空を斬る。 『賢ちゃん、今わかってる事があの頃わかっていたら、なんて思う?』 『ワームモン、こんな時に何言って・・』 砂を避けて顔を覆う。 『あの子は大丈夫だよ、だってあの子は』 砂の混ざった風の刺すような痛み、これのどこが夢だと。 必死で手を伸ばして、小さな高石君の手を掴もうと。彼はこれからする事がある。こんなところで。 『思いの強さなんて何にもならないんだ』 小さい高石君の声がする。 『トイレットペーパーじゃ、レオモンを助けられなかったよ』 ワームモンが腕の中に登ってくる。大きな水色の目。 『もう行こう、賢ちゃん。昔の事はいいんだよ。どんどん前に行かなくちゃ、でないと飲み込まれてしまうんだよ、こんな風に』 本当にこいつ、こんなに大きかったっけ、腕の中の重みは堪え難い程となり。 |