ブリア・サヴァランかく語りき エピローグ2 「休憩すっか」 荷物の所まで戻り、端のよれた絆創膏を僕の顔に手当たり次第派手に貼りつけて、本宮が寝転んでスポーツバッグを探る。 「面白れーのがあんだ」 「マンガ?」 「ハ〜ズレ」 じゃじゃ〜ん、と効果音つきで取り出したのは、どこかで見た事のあるカラフルな袋。 「本宮、これ・・」 「皆まで言うなっ!激マズなのはわかってる!」 叫ぶ程の事だろうか、本宮は起き上がり、あぐらの膝に袋を乗せ。 「ガッコで流行ってんだよ、こないだからさ。」 ビニールを破って、粉の袋を取り出す。 「・・は?」 「コレをな、練る間、願い事して一気食いすっと願いが叶うんだと」 「賢 !? おーい、賢てば」 名前を呼ばれて我に返る。見れば、本宮が例の代物の備え付けのスプーンを目の前で振り回していて。 「呆れたか?」 丸い大きな目に覗き込まれて僕は頭を何度か横に振る。 「そんでさ、女子がえれえ騒いでて」 照れ臭いのかしきりに頭を掻いて本宮が続ける。 「中学の方まで広がってんだぜ?京んちのコンビニでも、売り切れだと。うちのねーちゃんまでやり出してさ、コレはその、ねーちゃんが」 「いわゆる・・おまじないって奴?」 偶然だろうか、以前コレの話をした時は、本宮は学校で流行ってるなんて一言も。 「お前んトコ、流行ってっか?」 僕は頭を横に振る。流行ってる訳がない。何故なら・・僕の学校には「彼」はいないからだ。 「そっか、お台場だけかぁ。タケルなんかさー」 一瞬固まってしまったのに本宮は気付いたのだろうか、視線を上げて。 「賢?」 「なんでもない。これ、すごく不味いんだっけ」 何言ってるんだろう、僕は。食べた事ある癖に。 「そーなんだよな、そこが味音痴大王タケル様でさ」 「まさか、好物だとか?」 「信じらんねーだろ。アイツ、格好つけだからさ、内緒だなんつってたけどさ、ヤマトさんにバレたらオレが怒られるって」 本宮はいつから高石の保護者になったんだろう。 「どうして君が怒られるんだ?」 「えあ?うー。なんつーか、ホレ。ねーちゃんの事とかあったじゃねーか」 「お姉さん?」 「あ、賢は知らねーか」 あまり知りたく無い気もするので、追求は避けておいた方が無難だろう。 「ま、なんだかわかんねーけど、オレにはポンポン言うの、あの人は」 「それだけ信頼されてるって事じゃないのか?」 本宮はぶんぶん頭を振った。 「あーもータケルの事はどーだっていーんだって!やるぞ!」 自分から言い出した癖に。本宮は高石に少し複雑な感情を抱いてるみたいだ。本当は好きなんだろうに、ヒカリさんのことなんかがあって素直になれないんだろう。 そんな事を考えながらふと黙ってしまった本宮の方を見ると。何やら難しい顔をして、小さなトレイを見つめ、頬をもごもごさせている。 「大輔っ!」 へ、とこっちを向いた頬が不自然に膨らんで。 「もしかして、それ。君、まさか・・」 「へあ?」 「あっちに水道があったじゃないか!いい、僕が汲んで来る!」 トレイをひったくって立ち上がる。ゴク、と唾を飲み込む音、何怒ってんだあ?と至極呑気な声を背中に、飲用だか定かではない水を所定量トレイに入れて、持ち主に返す。 「サンキュ、賢。じゃ、やるか!」 何をそんなに張り切ってるんだろう、いよいよという段になって、賢、願い事、とほとんど叫ぶように。 「願い事?」 「さっき言ったじゃねえか、コレ練りながらって」 中腰の僕からは本宮の尖らせた口しか見えない。 「願い、か」 スプーンを構えた本宮の傍らに腰を下ろす。 「願い事って口に出したら叶わないんじゃないのか?」 「あ、そっか。じゃ、オレが今から練るから、その間に心ん中で唱えろ!」 言うが早いか一心不乱にすごい勢いで。願い事を、と急に言われても、世界人類が平和でありますように、位しか思いつかない。 「おし、出来た!」 この前とは違うピンク色の塊がスプーンに粘り着いていて、見ているだけでぶわぶわした食感が口の中に蘇るようで。 「済んだか、願い事」 「あ・・ああ」 出来れば勘弁して欲しい、さっき走り回った後だし、例え美味しい物だとしても甘い物は遠慮したい気分なんだけど。 「おし、んじゃーイタダキまっす!」 「え?」 ぶよぶよと盛り上がったピンクの物体を掲げて、本宮が悲愴とも言える表情で宣言する。 「それ、僕が食べるんじゃないのか?」 「あ?食いたいか?」 僕は頭髪が頬を打つ位頭を振る。 「・・てかさ」 トッピングと称する色とりどりの粉をつつき回しながら本宮が言った。 「お前の願いはオレが叶える!なんてな」 「それは困る!」 細い短い棒を取り上げようとした僕の手は空を切り。 「遠慮すんなって!」 「遠慮なんかじゃない!」 本宮より僕の方が腕は長い筈だ、なのに届かないなんて。座高の差、の訳はないか。 「あのな、賢、これはすっげ〜マズイんだぞ?オレよーちえんの時に姉貴に騙されてからこっち・・」 「だったら尚更、そんなもの!」 もう少しで届く、それもだが、粘度の高いピンクの塊が今にも本宮の針山のような頭に落下しそうで気が気でない。 「いただきまーす!」 頭上後方から聞こえた声に二人同時に顔を上げる。 「あー!おめ、タケル!何しやがんだ!」 「大丈夫、大輔くんの願いはボクが叶えてあげるから」 あ、でも君、不満も悩みもないんだっけ、と高石はピンクの塊を口に入れた。 「ああああ〜!」 「うん、梅アラレ味だね」 口をもごもごさせながら呟く高石に、本宮がタックルをかける。 「うわ、危ないよ、大輔くん!」 「本宮、口に棒状の物を入れてる時は・・」 僕と高石の声が重なる。 「何してんだよ、こんなトコで!」 「何って。ボールの散歩だけど」 頭上に掲げられた高石の両手には、バスケットボール。 「何だぁ?コレ」 ひったくった視線の先には。 「カワイイでしょ」 「タケル・・お前、バカ?」 「バカって何さ〜」 だって同じような色じゃない?と渡されたボールには、黒マジックで左右対称に描かれたギザギザの模様。 「高石、これは?」 「見りゃわかんだろ、アイツの耳だよ」 「・・なるほど」 そう言われてみればそう見えなくもない、オレンジ色だと言われればそうかもしれない、まるい空を飛ぶ高石の分身。 「・・いいな」 思わず声に出してしまった僕を、本宮が思い切り情けない顔で振り返って。 「賢、お前まで・・」 「あ、そうじゃなくて」 僕はしどろもどろに説明する。 「ペガスモンには『天駆ける希望』というキャッチフレーズがあったろ?ワームモンには何もなかったから」 「何だよ、そりゃ。」 「じゃ、大輔くんは、チャッカマンか懐中電灯の青いのにVの字を書けばいいよ」 「あのなあ!」 本宮が腕を振り回す。 「ブイモンはペットじゃねえ!ブイモンはオレの・・」 言葉が見つからないのか、急に洟が垂れてきたのか。本宮は激しく鼻の下を擦る。 「ボクだってパタモンをペットだなんて思ってないよ。メールでキミの顔をボールに描いたよって言ったら喜んでたしでさ」 「メール!?」 僕と本宮が同時に声を上げる。 「昨日、光子郎さんから連絡があって・・」 「な・・てめー、タケル、なんでそれを早く言わねーんだよっ!」 本宮が立ち上がる。 「だって。内密にって話だも・・大輔くん?」 「賢!お前も来い!」 返事をする間もなく腕を引っ張られ。 「待てよ本宮、話を聞いてから・・」 「どーせ聞いたってわかんねーよ!」 高石の方を見ると、いいから、という風に手を振って言った。 「ご利益あったね、ねるねるねるね」 「でも、あれは君が・・」 「思いは叶うんだよ?」 そんなもの、何にもならないと言ったのは、確か。 「何ごちゃごちゃ言ってんだ、行くぞ!」 「高石はどうするんだ?」 「ボクはせっかくだから、ちょっとフリースローの練習してくよ」 「タケル、お前も来いよ!」 高石は笑ってまたひらひらと手を振った。 「今日は全部入る気がするんだ」 「でも・・」 「賢!」 「ほら、呼んでるよ」 高石は片手を上げると、ぶらぶらと枠だけのバスケットのゴールに向かって歩いて行った。本宮に手を引かれて僕は歩き出す。ガゴーン、と派手な音に振り返ると、高石がリバウンドを取った所で、間髪置かずに第二投。今度は枠にも触れずに綺麗な放物線を描いて。さっきの子達が高石の周りに集まって来る。シンジ君がボールを指差して何か言っている。 「高石!」 僕は大声で彼の名を呼んだ。明るい色の頭が振り返る。 「ありがとう、その・・」 何にだろう、ねるねるねるね?そうじゃなく。 「今度、3ON3しようね!」 「待ってろ、ブイモ〜ン!」 本宮が僕の手を引いたまま走り出す。 「メールって・・」 「前からなんかそんな話あったんだけどな、さすがだよな、光子郎さん、てか」 川原から歩道への階段を一気に飛び越して。 「ガッコー中で練ったもんな!」 赤いウィンドブレーカーが翻る。 「まさか」 「んだよ、賢、信じろ!」 いつもの本宮論法、なのだけれど。因果は巡る?思いは叶う?それじゃ泉さんに失礼だ。 「3on3だって出来るぞ!」 「え?」 「お前とオレと京対タケルとワームモンとアルマジモンだ!」 「伊織君は?」 「京のがでかいじゃねえか!」 カーブを曲がる、街が見える。 僕達は簡単にバラバラになってしまう、些細な食い違い、当たり前の事をずっと恐れてきた。仲間だなんてどんなものか知らなかったから。でも、同じ位簡単に心をひとつにできるんだ。今はまだ日が浅く脆い絆、共通項が非日常の異世界だなんて。 「本宮!」 外れそうな手を握り直す。バラバラになりそうになったら、手を伸ばせばいいんだ、その手に触れるのが何であれ。僕はどんなものを食べてきた?何を与えられて、今まで。 「ラストスパート、行っくぜえ〜!」 強く握り返される手、与えられる物、返す物が何であれ、僕達は消化し、時には吐き戻しながら、なんとかやってきた。関節が軋むスピード、耐えきれなくてもつれる脚。 「わ!」 みっともなく蹴躓いて、笑ってしまう。 「いいから、先に行けよ!」 訝しげな顔、差し出す手を僕は頭を振って辞退する。 「僕は大丈夫、絶対追い付くから。本宮はそのまま行けよ」 短い躊躇の後、赤いウィンドブレーカーが遠ざかる。立ち上がって、ひどい有様のズボンを叩いて。 「歩いたって間に合うよな、ワームモン」 空を振り仰ぐ、どんな世界にだって繋がる最小の粒子を胸一杯に吸い込んで。後ろから名前を呼ぶ声、僕は聞こえない振りで足音の到着に備えてスタートダッシュを切る為、爪先に力を込める。 〜終/ |