人体星月夜





「賢ちゃんは本当はやさしい子なんだよ」

後味悪く終わった捕り物の後は、せっかくの夏休みもなんだか味気ないまま。残ったのは、光子郎さん特製のチューニングのままのノートパソコン。普通に戻そうにも、ボクにはそんな知識は皆無ときてるから壊しちゃうのが怖くて結局そのままにしてある。

ボクにできるのは起動と再起動、それからクリックとダブルクリック。それだけでも充分なんだ、この・・なんというか・・行為には。

「あの子は本当は優しい子なんです」

本当は、てことはさ、普段は優しいの反対だったんだよね、優しいの反対は何だっけ。冷たい?ひどい?ふたつ合わせて冷酷?天才少年と騒がれた彼、文武両道完璧に見えた彼。誰もが羨む優秀な少年。その彼が「本当は優しい」だなんて、一体どんな不満があったんだろう?人が冷酷になるのには理由なんて必要ないのかもしれない、生まれついての怪物なんてヤツだっていくらでもいる。テッド=バンディのIQはいくつだった?リアルワールドで怪物になるのはリスクが高い。デジタルワールドでならいくら暴君になろうと、誰もとがめはしない。

「そこなんだよね」

声に出して言ってみる。もちろん応えなんかない。ディスプレイに反射しないよう、明かりを消して、エアコンの効いた自分の部屋。パタモンはとっくに夢の中だ。起きてられちゃ、困るっていうのもある。光子郎さんがボクの新しいノートパソコンにかけて、解くのを忘れた魔法。

「・・何してるのさ、キミは」

スリープしてるのとほとんど変わらない暗い画面には、星の光を反射して銀色に輝くデジタルワールドの砂漠が広がる。

あれから何が起こったんだっけ?現実世界へ帰れって、待ってる人のところへ帰れって、大輔くんに言われてから。彼の家族はまだ、彼がここへ来るのを許してるんだろうか?

砂漠に跪いて、まるで墓でも暴いているかのように、何時間も何時間も。あり得ない、あれだけ大騒ぎして、まだこんなことを許すなんて。

デジタルワールドの星はここのより大きい。何個もあるように見える月は、ゆっくりとあらゆる方角から昇る。

憔悴しきった顔に涙の跡。ねえ、キミは誰なの?今頃厳重に見張られてるんじゃないの?優しそうな両親の元で、もしかしたら病院のベッドかもしれない。パソコンのゲームなんて開いてられる状況なの?キミが何も知らず、ただの世界征服シュミレーションだと思ってたゲーム。ボクらの知る限り、それってかなりあり得ない状況なんだけどね、一体デジタルワールドは何のためにキミを・・キミだって選ばれし子どもだよね、ちゃんとパートナーデジモンも居て、自分でゲートを開いたんだよね、いくら天才だからって・・それともあり得るのかな、パソコンの知識に長けていればできることなのかな、ボクたちは沢山闘ってツライ思いもして、それでも「異分子だから」って追い出されたりしちゃったんだけどさ。

手許にあるD-3を何度も探って握りしめる。「デジモンたちの王」たるキミが知らないわけはないよね、あの町のこと。あれだけ無慈悲にデジモンたちを扱ったのは、彼らが死を迎えたらどうなるか、知ってたからだよね?

PCルームでなくたって、ボクたちはゲートを開くことができる。今、ボクがそれをしないのは、何を恐れてのことなんだろう。

失敗に終わったボクの大立ち回り。笑っちゃうよね、ボクはあれが至極正しいことだと思ってた。なのに、思い出すのは、人間の肉と骨がどんなに扱い難く軋んで、それがどんなに・・。

今そこへ行って、砂まみれの髪をなでてやって、大丈夫だよって。キミのパートナーはきっとキミを待ってる。積み木で作ったみたいなパステルカラーの町。ちょっとぶっきらぼうだけど、子どもが大好きなデジモンがキミのパートナーの面倒を見てくれてるんだよって。もしキミが、何も知らず、いや、知ってるからこそ闇の塔を建て、そこを壊してなければ。

夜毎立ち上げる画面は相変わらず、光子郎さんの設定通りにその場所を映してる。苦しみはまだ終わっていない。あの世界はまだ子どもたちを必要としてる。

                                        END

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