夢から覚めたボクはまた夢を ≪4≫








月曜日の朝ってのはひどく憂鬱で、それは普通の日より荷物が多かったりするなんてのも一つの要因なんではあるけど。いつにも増してその朝、足が進まないのは疑うことなく気持ちの問題。
同じ方向に進む子供達の流れに乗って、校門前までぼんやりしながら辿りついたものの、
思わずボクは回れ右をして家に帰りたくなった。
ボクを見つけて可愛く首を傾げ、手を振ってくる相手に、ボクは今朝ほど会いたくないと思った事はなかった。

 「おはよう、タケルくん、今朝はなんだか不機嫌ねえ?」

 「そう?そんなふうに見える?」

思いっきり作り笑顔で朝の挨拶を返して、それ以上踏み込ませない壁を作るのに、彼女には全てお見通し。
瞳を覗き込まれて、腕を取られる。不機嫌の理由話すまではこうして纏わり付かれるのを覚悟していたら、後ろから背中を強く叩かれた。

 「おっはよー!ヒカリちゃん。おっす、タケル!」

振りかえるまでもなくそれは大輔君で、腕組んで歩いてるボクらへの無言の圧力。さりげなくヒカリちゃんは組んでた腕を解いて何気ない風で大輔君と他愛ない話しを始める。
それに曖昧に頷いたりしながらボクはほっとすると同時に、心の奥底でどこかやましい気持ちに囚われる。
大輔君の目が見れない。いつしかボクは頭の中ぐるぐるしてる言葉について、繰り返し考えてる。
こんなんじゃ授業にも身が入らなくて、ほとんど一日中上の空でようやく、長くて退屈な一日が終わる。休み時間中もこっちちらちら見てたヒカリちゃんに捕まる前に、急いで教室を飛び出した。なのに、間の悪い事に廊下で大輔君に呼びとめられる。ヒカリちゃんよりある意味、余程悪いよ。

 「ごめん、今日はなんだかだるくて……。まっすぐ家に帰るよ」

ちょっとブルー入って、俯き加減でそう告げて、大輔君の返事も待たずに。
ボクは、あれからずっとボクを悩ませた言葉の意味を、もう一度深く考えてみたかった、一人で。
学校を背に歩き出したものの、まっすぐ家になんて帰る気もしなくて、ボクはぼんやり歩き出した。





********







ボクの下、君は強く睨みつけてきて、荒い息の下はっきりと告げられた言葉は。

 「君はきっと……、恐れているんだ、大人になりたいっていつも思ってて、でもその変化が実際自分の体にはっきり現れてきたら、動揺して持て余してる。だからこんな事」

驚いて僕は彼を見つめた。何を言い出すのかと思ったら……、次の言葉を待つ。
掴んだ腕を緩めると、一乗寺くんははゆっくりと上半身を起こして、ベッドの上で脚を抱えた。

 「誰だって戸惑ったり悩んだり……それでこんな。だから今日のことは……もう……」

ボクの醜い欲望を丸ごとぶつけられた後で、それでも尚且つまっすぐにボクを見つめて。
ボクの周りには今まで、こんな風に物事を正面から捉えて、そしてそれを真面目に考えるなんて習慣のある人間は居なかったんだと思う。語尾が消えて、でも一乗寺くんの言いたい事がわかってボクは鼻白んだ。

 「なかった事にしようっていうの?」

君は頭を横に振る。髪がさらさらと揺れて、ボクはそれに見とれてしまう。

 「高石は……もっと自分の気持ちに耳を傾けるべきだ」

ボクの気持ち?じっと見つめてると、裸の君は頼りなげに細かく震えてて。
いいのに……泣いてしまっても。もっとも、こんな仕打ちをするボクの前でなんて弱みを見せるみたいで、プライドの高い一乗寺くんがするわけはないよね。でももう、部屋の中こんな暗いんだから、君の泣き顔なんてどうせ見えないのにさ。
ボクは君に何を求めてるんだろう。自分でも良く分らないよ。ただ君と居ると自分の醜さを曝け出しててもいいような気がして。無理して笑ってオトナぶらないでありのままで居ても。ただのボクのままで居られるような。
それで許されるような。
もちろんそれはボクの一方的な思いの押付けで、君はほんとこんな事になって災難もいいところ。
わかっててもボクは君の手を握って引っ張り、抱きしめる。
君はもう抵抗もせずに、黙ってボクの腕の中。気持ちのいい重み。さらさらの髪に顔を埋める。
心のどこかに甘い痺れるような感覚が這い上がってきて、もうボクは考える事を止めた。
指で君の体、触れるか触れないかの距離で。びくんて反応するのがおかしくていつまでも。きれぎれの言葉が苦しげな息の下から。

 「僕を殺したいほど憎んでる?それとも……」

ははって思わず声が漏れちゃって、君の顔色が変わる。
ほんとに殺したいなんて思ってたら、きっとボクはこんなまどろっこしい事はしないよ。一瞬で君を抹殺する。ボクの視界に入ってきてうっとおしいったらない、その憂いを帯びた横顔。
それが今じゃこんな、ボクだけを映す瞳、大きく見開かれて指の動きを追う。

 「僕がして来たことは取り返しのつかないもので、こんな事されて……傷つけられて当然なんだ。不本意だけど、もしこれが罪を償う唯一の方法なのだとしたら、僕は甘んじて受けようと……」

 「わかってんじゃない。なら、もう余計な事は言わないで、さ」

 「こんな事でも、無視されるよりか、どれほど……僕は……」

そして、ボクの腕をぎゅっと掴む。きつく閉じられた瞼がかすかに震え、そんなとこに君の決意の程が伺えて、なんだか慌ててボクは唇を塞いだ。口付けたまま、立ちあがりかけてるそこに触れたらそれだけで、一乗寺くんは切なげな声を上げて達してしまった。君のお腹の上、散らばる痕跡、輪を描くようにぬるぬると指でなぞって。……涙が。声を出さず、君は泣いていた。
……そして、君が居なくなった後のベッドの上で、ボクは君の残したシーツの皺をいつまでもなぞって、でもいくら考えても分らなかった。あのあと君は何を言いたかったのか。



 

*********







今もずっと考えてる。けれど明確な答えを得られないまま、ふらふらと歩いて公園の前まで来てしまった事を知る。ここで一乗寺くんを待ってたのは、ついさっきの事のような。つい姿を探してしまって、居る筈はないよね、独り乾いた笑い。ブランコへ近付いて行って随分低く感じるそれの一つに腰掛ける。ゆっくり揺らしながら君の事を考える。胸の奥、一番深いところ、じゅんって切なさがこみ上げてきて、何なんだか。
ボクは……彼を愛してなんかいない。ただ無茶苦茶に掻き回して、取り澄ましたその顔を歪めさせたくて。白い肌に醜い跡つけて、みっともない姿を曝け出させてやりたかった。持て余してる気持ち、考えれば考えるほど。もう二度と顔合わさないというなら、どんなにか救われるのに。俯くボクの前に立つ白い制服、影が長く伸びててもうこんな時間だったんだ。ボクはわざとゆっくり顔を上げた。いつもより血の気の失せた白い顔、目の回りだけやけに赤くて。

 「何考えてるのさ、君って案外馬鹿じゃないの?」

ボクの言葉に一瞬怯んで、でも唇きつく噛み締めて、ただ黙って突っ立ってて。
夕暮れの公園でボクは、君のにそっとキスをした。これから起こる事を思うと体が震えて。堪らなく。

 「ねえ、ボクと一緒に。……向こう側さえも飛び越えようよ」

答えはなくて、ただボクの袖を掴む手に力が入るのを感じて、どこか妙な浮遊感。
ボクは今なら空も飛べる。きっと。












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