「信じらんねぇ」

暗がりから一転、
浮かびあがった姿は
第一声そう呟いた

真っ黒なふわふわの
ダウンジャケットを着た
少し雪焼けしたような褐色肌の
銀色の短い髪をした かかしだった

私は
10時間くらいに感じられる
長い間、
その顔を
ただ見つめていた

かかしは
廊下をゆっくり
こちらへ歩きながら
一度上を向いて蛍光灯を眺めた。
それから再び
こちらを向き直した時には
二人の距離は2mとなかった

私に向かって見下ろされる
視線、瞳は
栗色っぽい薄い色合いなのに
くっきりとした輪郭で
彼の表情は固く、
それは刺すように強い視線で
ずっと目を合わせていることができなかった。
目の下のくぼみには
いつものように影が宿っていて

私を見ている

もう二度と会えない、
もう会わないと思っていた


それだけに
近くにいることが
とても恐かった




突然、笑い声がした

かかしを見ると
口元を軽く歪ませて笑いを堪えているようだった。
その視線は私の胸の下辺りにあった


よく考えると
白いワンピースは
胸元から下が
茶色いシミに濡れたままだ。
どう考えても普通の格好ではない

思わず手、どころか
腕全体を使って隠した

彼が
なぜここに来たのか
その表情からは何も読み取れない。
ただ、昔のような笑顔は変わっていなくて。
それから羞恥に満ちた私に
追い討ちをかけるように
噴き出して声高く笑いだした

少し意地悪な所も、変わってなかった



「ごめん、大丈夫
  俺しか見てないし」

そう言うと
また笑いを堪えながら私の頭に手をかざした


硬直気味の体は
とっさの反射神経で
その手を避けようと後ずさった
わけがわからない

かかしの指先が
髪に触れかけると
ついに私の体は限界点を超えたらしく
眩暈を起こした


後ろに
倒れかけた瞬間
頭上にあったかかしの手は
強く私の腕をつかんだ

左足のミュールを
スリップさせて
辛うじて斜めに立っている
私の腕先から、
かかしの指、手のひら
血液の道すじまで
すべてが伝わってきた

熱い。
こんなに
鼓動が早まって
紅潮している私より
この手は、半端ないくらい熱を帯びている


あわてて体勢を立て直して
かかしの顔を見上げると
まるで拒否するように
即座に手は離された


なぜか
あっという間に
瞳いっぱいに涙がたまって
それはいともたやすく
頬に流れ出てしまった。
手に触れた瞬間
今までのすべての感情が
流れ出してしまった。
この2カ月間、
誰にも見せなかったせいかも知れない。
かかしは
泣いて声も出ない私の頭を
今度はしっかりぐちゃぐちゃに
かきまぜた


そんなに恐い? 俺の事 

頭にあった手が
今度は額をつっつく。

こうゆうフレンドリーな所は
嫌いじゃない
でも、かかしは
きっと誰にだってする。
そう思うと胸が痛くなる。
昔の感情が戻ってくると
たまらなく自分が嫌になる
そうだ、きっとこの繰り返し・・

そう思うことで
いつだって自分に逃げ道を作ってきた
かかしという
とても大きな存在を追うことの
負担から逃げる道を




picture・・・



かかしは唐突に
流れ星の話をしだした。
私同様、初めて見たらしい
「信じられない」と言っていたのは
流れ星のことだったのだろう。
でも信じられないのはこっちの方だ。
流れ星の衝撃がすっかり薄れてしまった

それにしても
熊にしか見えない
ダウンジャケット、
特注なのだろうか?
アメリカンサイズかも知れない。
かかしは長身だし、丈はぴったりだけど
ボリュームとしてはとても大きく見える。
かかしは得意げな顔をして
ジャケットのファスナーを下げた

すると何と胸元から
見覚えのある薄手のショートコートが出てきた
これを入れるために着たんだろうか

10月の公園で私が
かかしに着せかけたウォータムコートだった

これを届けるために
わざわざ来てくれた?

かかしは曖昧にあ〜、と返事したけど
その後、急に顔つきを変えて
「違う違う、仕事で 大阪は仕事で!」
と訂正した


そんなに否定しなくても
勘違いしないから
大丈夫
それより、
仕事だってこと知っています・・
そう言いたかったけど
胸にしまっておいた




こうして
目の前にしてみると
2カ月間はとても長くて、
私とかかしの1年間は、
白紙に戻ってしまったように
距離はとても遠く感じられた

こんなに近くにいるのに
うまく話せない自分がはがゆい
でも
触れられなくても
伝わらなくても
私はいい

もしこんな風に友達として
付き合っていけるなら、
かかしがそれを望んでくれるとしたら
私は嬉しかった。
会えないよりはずっといいと思った。


上がってきて
ものの30分もたたない間に
かかしは帰った


強い力でひっぱられたおかげで
腕には赤い跡が残っていた。
彼の体温は
きっと9度、
もしかしたら
40度近くあると思った。

焼けつくように熱かったのに
いつものような笑顔で、
自信に満ちた顔つきだった。

あの高熱で、かかしは頑張っているんだ
私は何の役にも立ってあげられない
誰か、いま相手がいるのなら
その人が良い彼女でありますように。
少なくとも私みたいなのは駄目、だから

と遅いとは思ったけど
流れ星に祈ってみた。

夜空は
ちょうど色を薄めていたけど
さっきより雲が厚く張り出してきていた
すっかり冬の空だ


それから2回、
TVでhuvcoolを目にした

でも見たくなくて
すぐ消してしまった









つづく
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