過労ですね、と
近所の総合病院で言われたのは
1月も半ば、大阪を3年ぶりの
大雪が見舞った日だった
どうりでよくふらついたり
コケたりすると思った

話すことは本当に少ないけど
気持ちはだいぶ落ち着いて
自分なりに充実した毎日を送っていた

再就職したのは小さな出版会社で
初めての仕事という事も手伝って
毎日午前まで入稿処理に追われていた
正直、かなり無理がきていた

雪の為、電車は全線ダメージを受けて
会社が私鉄では行けない場所なのもあって
体調不良を理由に休みを取った

実際、栄養不足と過労の診断で
放置したことを医者に怒られてしまった。
もともと自堕落な性格だし
一人暮らしときたら、管理もままならない


もう昼前だと言うのに
雪の道は溶ける気配もなく
まだちらちらと小雪が舞っている。
空はどんよりとした灰色だけど
私の足取りはそう重くなかった


帰り際、
雪に苦戦しながら
駅前のCDストアに寄った。
最寄の駅は環状線にあって
建物は結構大きいビルになっている。
3Fにあるこの店はすでに常連だ

通りすがりに電光掲示板を見ると、
まだ「運休 試運転未定」となっている。
半日は動かないようだった

エスカレーターで上がってゆくと
大きなポスターが目に飛び込んでくる
それも1枚ではなく
連なって沢山貼られている。
見慣れた、かかしとエンジの顔が
そこにあった

やっと完成したアルバムは
huvcoolの凄さを
余すところなく表現していた。
どこか「実験音楽」のような
hiphopという枠では抑え切れない
初めて聞く、
前人未踏の音楽感覚がそこにあった

どこへ行っても
同じ曲が流れて
TV雑誌ラジオ、
毎日のようにとりあげられている

ポスターの6つの瞳に
見つめられる


そういえば、数とは
一度しか話した事がない。

かなり大人びた、それでいて
子供心を持っていそうな瞳の
無精ヒゲを生やした金髪の男性

エンジとは仲が良いのだと思う
飲み会の時も二人連れ立っていた
かかしはどちらかと言うと
女性と居るようだし・・。
数は滅多に関西には顔出ししないので
会う機会はまずないだろう。
それでも他の二人にはない、
低音の渋声は震えがくるほどにカッコいい
そのMCを、
また生で聞きたいと思った

3Fに着くと
直結でCDストアの入り口だ

一歩入るとそこには
huvcoolのスチールが飾られていた
思わず胸が
ほろ苦い想いで満たされる。
でも、とても幸せだった
臆することなくその瞳を
じっと見つめられるからだけど。

アルバムを持ってレジに行くと
眼鏡をかけたおさげの
アルバイトが受け取った。
眼鏡を一度くいっと押しあげて
私の顔をじっと見ると
何事もなかったように
会計をし出した

無理もない
確認したくなる気持ちは。
これで3枚目なのだから

1枚あれば当然、
十分に音楽は楽しめるのだけど

だって
暗い部屋で灰皿をいっぱいにして
机につっぷしていた事
レコードが大音量なのに
ソファで熟睡していた事
詞のニュアンスが今いちで
その度にひらめきの材料探しに
夜中の高速飛ばした事
お酒が控えれない事
煙草の本数が増えている事
それでも音楽が好きでしょうがないこと
知っているのだから

そして
孤高のテクニックを持つエンジと
類まれなき音楽感性のかかしと
その二人の両極を
融合させるような実力派、数の
このデジタルの結晶の
光る板を
少しでも沢山触れていたい
聞いていたい
その声一つ一つが この世の楽園

また同じ用件でココを
おとずれるかも知れないと
一人思いながら店を後にする




「何?いいことあったんだ」
深夜過ぎ
背後からの
突然の言葉に驚いた。
見ると
レコードシートで肩を叩きながら、
目元を赤くした
ハルキが立っていた

 別に
・・と言っては見たけど
そんなに、楽しそうにしていただろうか
百戦錬磨(?)の
彼はやたらと鋭い

雪が降ろうと
この空間は別世界だ
週末なのもあって
いつものハコは
肌を露出した女の子や
酔って壁にもたれかかり
談笑する人でごったがえしていた

暗闇で青い照明があちこちする
ハルキはDJタイムの休憩に
酒を取りに来たらしい。
と言ってもすでに何杯か飲んでいる様子だ
カラーコンタクトで灰色の瞳が
時々完全に閉まったりして
立ったまま寝ている

いつもの事だけど
ちょっと回るのが早いと思い、
話しを逸らしたいのもあって
ミネラルウォータを買ってくると
ソファに座るよう促した。
(黙って言うことを聞くとも思えないけど)

すると予想通り、
自分の髪を掻き回して
ダダをこねだした

「初詣の時たこ焼き
    おごってやったのに!俺に隠し事か〜」

ものすごく安い挑発で
笑いがこぼれた




去年と今年を結ぶ
日線を一緒に過ごしたのは
ハルキだった

大晦日の夜は、静花と年越しそばを食べ、
深夜に出発した初詣は
ハルキとその彼女、
それからハルキの友達という
クラブでは毎週のように
顔をつきあわせている
常連のメンバーとだった

湾岸高速をランクルで
風を切って走る
後部座席で、揺れる体が気持いい
車内は超小バコと化して
大ボリュームの
ハルキが選曲したR&Bが流れる

車窓のネオンを見つめていた時
腰に、車とは違う振動を感じて
手を当てると、携帯のヴァイブが唸っている

ディスプレイを見て、一気に体温が上がった気がした。
息を大きく吸って、
冷静になってからボタンを押す


「・・・もし?」
繋いでみたものの
車内がうるさすぎてほとんど聞こえない。
片耳に手を当てて、もしもし、と応答してみる

「今年の・・」
今年の?
  何だろう。
「・・の第、一声!」

普段は気だるくて力まない
優しい声なのに
思いっきり叫んだらしい、
エンジの「音」が耳の奥まで響く
それから、少年みたいな笑い声が届く

こちらもおめでとうと叫んでみる
が、しばらく返答がない

「・・・・聞こえない、ご・・」
という感じで話にならない。
電話の向こうからも
音にならないヒビ割れた爆音が聞こえてくる
クラブでパーティ中かも知れない

合い間を見て掛けてくれたのだろうか


1週間前のことは
まだはっきり覚えていて、
まるで昨日まで
エンジが隣に居たかのようなリアルな感覚があった。
煙草と甘いムスクの
入り混じった香りが印象的だった


何だか細かい事は嫌いで
面倒臭がりで気分屋、というイメージがあるから
これは予想もしてなかった。
まさかこんな日に掛かってくるなんて
正直ものすごく嬉しかった

しかし
まともに会話にならず、
5分としないうちに電話を切った

その後、車内のニヤついた面々に
質問攻めにされたのは
言うまでもないが
「単なる友達」だと言うと、哀れみがちに肩を叩かれた







つづく
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