熱かった夏も終わり 秋が来た。 身を切るような木枯らし一号が吹いた頃、 かかしはレコーディングに追われていた PVの撮影や雑誌の取材も加えての ハードスケジュールで 正直体はまいっているようだ 彼の一日の流れはこんな感じだ pm2:00 起床 カフェオレを飲む 顔を洗ったら速攻サンプラーに向かう しばらくにらめっこ pm3:30 事務所と打ち合わせ 今日の飲み会の場所も決まる pm6:00 遅い昼食をとる もちろんデスクで。紙の4分の1程度仕上がる pm9:00 メンバーから電話がかかる pm9:30 友人から誘いの電話が5、6件かかる その間も音楽は鳴りっぱなし pm10:00 事務所に出勤 その後は朝まで仕事か飲み会・・・ 元々お酒は強い方で だけど毎日大量に酒たばこを飲む、 ご飯は少しばかり。 ブラウン管の中の彼は 目に見えて痩せやつれていた 私は あいかわらず大阪にいた。 ちょうど9月も終わり頃 地元で秋祭りが盛大に行われた 私は一緒にステージに立った あの友達と見に行った。 「見て!すげーよ」 彼はハルキ 私と同い年で クラブで知り合った 意気投合して帰りに寄ったカラオケで 別にたいして巧いわけじゃないのに 歌い方が好きだと言ってくれて それ以来の付き合いだ すごい感動屋で今も初めて見たわけでも ないのに神輿神楽にはしゃいでる でも私は心の中でため息をついている事を 申し訳なく思いながら観覧していた かかしには沢山の女友達がいるのを知っていた もちろん夜通し飲み明かしたり 語り合ったりしているだろう 遠く離れている私はむしろ 彼女達と何かある方が 気が楽だと思っていた 曲作りも架橋を向かえる頃 かかしはほとんど寝ずに仕事をしていた 夕方、2時間半かけて 彼の家へ向かった。 最寄の駅で降りると 懐かしい公園が目に入る 前を通り過ぎる 胸が熱くなるのが分かる ちっちゃな時計台は夜7時を指そうとしていた 鍵があいていたので チャイムは押さずに そのまま入った かかしは薄暗い部屋で あいかわらずデスクに向かっていた 机につっぷして私が入ってきたのも気付かない ただ鼻をズっズっとすする音がする 風邪を引いてるの? 部屋は結構乱雑に服が脱ぎ散らかされて アルコールの匂いと、 かすかに香水のような香りがした 何故だか胸がズキッとした 私はすぐ部屋を出て かかしの家から200m離れたコンビニへ行った 米は売ってるんだろうかと心配になったけど ちゃんと米も卵も売っていた コンビニのレジで時計が目に入った 7時20分・・ 再び部屋に入ると 今度は熟睡しているらしかった そっと近付いて顔をのぞく この人は疲れて寝てしまっても 口をだらしなく開けないんだと 感心した 本当にいつも隙がない 私はしーんと冷えた部屋を暖め おかゆを作って 洗い物を片付けるとそのまま 部屋を後にした 衣類に手をつけなかったのは・・ 何だか'証拠’を見つけそうで 恐かったから・・ 公園の前を通り過ぎる 強い風が私の背中を後押しするので 途端に切なくなった まだここを離れたくないんだと 秋風に教えられた。 時計台は8時に5分前 今なら8時発に間に合う。 駅が見えかけた時 遠くから声がした 何て素敵な声だろう 鼻声でもこれだけ綺麗・・ ハコで皆を沸かせる高い声 ラジオで喋る時のけだるい低い声 皆と話す時ふざけて出すキンキンした声 色々思い出したけど 今はたった一人を呼び止めるために 叫んでる 振り返ると公園の前の通りに かかしが立っていた 駅を行き交う人々は その声に一瞬反応したけど すぐに元の雑踏へと戻った 私は小走りになっていたかも 知れない 自分ではゆっくり、歩いたつもりだけど。 かかしも少しずつ距離を縮めてきた 近付くにつれ服のしわとか 長髪が結び目からほどけて 艶っぽくなっているとか 良く分かったけど でもやっぱり目はいつものように 嬉しそうに笑ってる かかしは鼻をすすって照れくさそうに 下を向いて笑った picture・・ 家までの帰り道、 ずっと手をつないだ 公園を通り過ぎる時は もう時計台を見なかった 部屋に着くと おかゆは冷めてしまっていたので 温め直した 多分10分程 近況を話し合ったと思う とにかくかかしは忙しいし この部屋を見るからに 生活がバラバラな事は確かだ かかしは煙草に火をつけて 2,3回吸うとすぐ消した 目の下のくぼみが くまになっている 寝ていないから無理もない。 某コンビニの 限定アイスが美味しいと言って やたらと勧めてきた 私は苦笑いした だって関西には売ってない種類だったから おかゆを食べ終わると かかしは ベッドに座った 枕側にもたれるようにして ちょうど一人分場所を空けているように 見えた そんな事は私だって分かる でも その時、時計を見た 8時34分 この数字は何の意味も持たない だけど携帯のバイブが 何度も鳴っていたし 机の上は書き残された紙が散らばり 目の前のかかしは病んでいる 風邪薬買ってね ちゃんとご飯食べてね それしか言えなかった。 究極に冷たい女のようだった 言い終わると じゃっ、と手をあげ 玄関で靴を履きだした かかしは駅まで送ると言った でも私は強引に断った また公園の前を一人で通り過ぎる 時計台は8時50分だろうか かすんで良く見えない 風のきつさのせいか 何なのか 目の前は潤んでネオンを溶かしている 予定とは1時間遅れの 9時発の列車に乗る いや本当は予定なんてしてない むしろ始発で帰りたいぐらい 一日中どころか年中居たっていい 私は情けない 愚かで 馬鹿で ・・ かかしの負担になっている 列車の中では誰にも この顔を見られたくなくて 終着までずっと目をつむった。 つづく トップ