K:レィリィ・アタック
「どうです?戦況は?」
「最悪ね。先手、先手を取られているわ。兵達も浮足立っちゃってるし・・・。」
 自らMGブレイカー「プレイア・オブ・ミラージュ」を携えて、ゲオルグが海岸の防衛線までやってくる。
 そこでじっと戦況を見つめていたアリノスは、ゲオルグの問いに困ったようにそう答えた。
「まったく・・・楽しいものをフィネンスから持ってきてくれるよ、アイロスは。でも、ファーレンは潰させない。あの街は私にとっても大切なところだもの・・・。クラウスと、サディスと、私の・・・。」
「えっ・・・?」
 ゲオルグはアリノスのつぶやきに疑問を持った。
「なぜクラウス(ファーレンの初代皇帝)の名前が彼女の口から出たのだ・・・?」
 だがそのことを彼女に聞く前に、大きな元気な、そして清涼なるきれいな声が背後から発せられた。
「お父さん!」
 彼の娘、レミィ=リジーナがゲオルグを見つけたのだ。
「レィリィ?」
「お父さん・・・どうしたの!?」
 なぜここに、という彼の次の言葉は、愛娘の瞳に浮かぶ涙の前にかき消された。
「どうして!?お父さんの腕がないよっ!」
 MGの襲撃によって失った腕。それを娘に見られたのは今回が初めてだった。
 衝撃を受け、泣きじゃくるレィリィの頭をを、ゲオルグは残った右腕でなでる。
「大丈夫だ、心配いらないよ。それよりどうしてここに?ジークは元気かい?」
 ジークとは、リヒター家の前に捨てられていた赤ん坊の名前である。今はゲオルグが養子として引き取り、育てている。
「うん。イレイシアが来てくれて・・・それでお父さんがいなくなったって知らせが来て・・・だから、だから無理言って、お願いしてきたの。」
「そうか・・・。でもここは危険だ。一刻も早くファーレンに戻りなさい。」
「ううん。あたしも一緒に戦うの。これ以上お父さんや他の人を傷つけたくないもの。歌うわ、あたし。」
「しかし・・・。」
 レィリィの力は、イレイシアから聞いて知っていた。彼女の歌は全てのミストを行動不能状態にさせることができるのだ。
 だが、自分の娘を戦争の兵器のように使うことに、ゲオルグは抵抗をもっていた。
「でもミストやMGが使えなくなったら、こっちの有利よね。だってこっちにはあなたや、ピウムのフォリント、フロス島のブレイクみたいにMGブレイカーズが何人もいるもの。」
 レィリィの能力を知った後のアリノスの言葉は、もっともだった。
「私にも彼女の歌を聞かせてもらいたいな。」
 その声にゲオルグは驚く。声の主、ミカエル皇太子がこんな最前線まで来ているとは・・・。
「さっすがミカエル様っ!話がわかるぅ。」
「こ、こら、ミカエル殿下に何という口を・・・。」
「気にするな。それより私は彼女を兵器としてではなく、アーティストとして歌を聞きたいと思っているのだ。いいだろうか?」
「は、はい。わかりました。すぐに用意を・・・。」

 やがて戦場に伝令が響きわたる。
−ミスト大隊に発令!ミスト大隊に発令!
 これより我が軍は「レィリィ・アタック」を発動する。付近に展開するミスト部隊は直ちに撤収せよ。
 もう一度繰り返す。
 ミスト大隊に発令・・・。−

「ちっ、せっかくいいところだったのによ!」
 アーウィンと剣を交えていたルーは、苦々しく剣を引く。
 去っていくルーをアーウィンは敢えて追わなかった。
「深追いは命に関わるからな。それよりファーレンめ、何を始めるつもりだ・・・?」

 総督府に作られた簡易ステージに、レィリィは立つ。右手にはミストセイバー「ムジカ・マキーナ」が握られている。その形状は杖、というよりスタンドマイクそのものである。この杖の能力によって彼女の良く通る声が、更に大きく拡声されるのだ。
 だが、この杖の能力はそれだけではない。レィリィが「ムジカ・マキーナ」を掲げると、光が溢れだし、彼女を包み込む。
 やがてその光が弾け、現れた人影はレィリィではなかった。美しい大人の女性である。
18〜19歳くらいだろうか?見栄えのするステージ衣装を纏い、多くの観客が見守る中、思い切りジャンプした。
「魔法のMGブレイカーズ、ミスティレィリィ!素敵に無敵だよっ!!」
 ムジカ・マキーナのもう一つの能力、それこの「変身能力」なのである。
 レィリィの声と同時に歓声が上がり、バックのミュージシャン達が前奏を奏ではじめる。彼女は自分のミストセイバーに口を近づけ、歌を歌いはじめる。
「歓喜の歌」というもので、全てのMG、ミストを行動不能にすることができるのである。
−喜びは 美しい神々の花火
 楽園の娘は 炎のように酔いしれて
 聖なる世界に足を踏み入れるよ−
 彼女の歌により、レィリィに近い機体から次々と機能を停止していく。
 飛行していたMG達も例外なく墜落していく。全ての敵を(そして味方でさえも)撃墜してしまう彼女の歌は、切り札と言って過言ではない。

「ヒカミ様、ファーレンからの音声攻撃です。MG隊が次々と墜落されています。我々の艦もこれ以上あの音声領域に近づけば、エンジン停止は必至・・・。」
「わかっている。すぐにオッドアイを出撃させるのだ。」
「了解・・・あっ、オッドアイ様は既に出撃したようです。」
「何だと!?オッドアイめ・・・また勝手に行動して・・・。だからいつまでたっても部下や艦を与えられないのだ。実力だけでは十黒天でも上位の力を持っているというのに・・・。」
 
 E.G.Oから飛び立った一体のMG「ライトニング・シューター」。そのMGの形状は少し変わったものだった。両腕に盾のように、巨大なスピーカーを装備しているのである。
 そのMGの着装者、慟黒天のオッドアイは、レィリィの音声領域に近づくと、自らのエレキギター型のミストブレイカー「ライトニング・ブリンガー」を取り出し、大声で叫んだ。
「てめーら!俺の歌を聞きやがれっ!!」
 と、同時にスピーカーから大音量の音楽が鳴り響く。
「な、なんだ!?この雑音はっ!」
 ファーレン側は初めて聞いたこのアップテンポのビートと、不思議な音色を奏でる楽器に驚いた。吟遊詩人の奏でる詩でもなければ、神殿で歌う賛美歌のようでもない。
 それはフィネンスではポピュラーな「ロック」と呼ばれるジャンルの曲だったのだ。
「いくぜっ!『グロリアス・アンセム(栄光の領歌)』!」
 −誰かの錆びたあのイノセンス 木漏れ日に揺れている
 生まれた街の片隅に 遠い日の忘れ物・・・。−
 彼の歌により、MG達が次々と動き始めた。
 彼の歌はMG、ミスト関係なく、能力を向上させることができるという、ある意味レィリィと対極の能力を持っているのだ。
 この二つの歌が重なり合うと・・・。
「バティック様、これって・・・。」
「ああ、互いの歌が打ち消しあって中和されちまってる・・・。ルータ、パリンクロンの準備を急いでくれ。奴らが動きはじめるぜ。」
「は、はいっ!」
 再び侵攻を開始するMGの大軍に、ピウム陣営も動きが慌ただしくなる。
「守ってくれよ、スミレ、シンデン・・・。」
 自分のミスト「御旗楯無」の中で、シュウスイは妻と子供の名前をつぶやく。彼の目の前のディスプレイには、旅立直前、絵師に書いてもらった家族の絵が貼ってあった。
「よし、レィリィ殿を守るぞ。歌っている彼女は丸腰も同然なのでござるから。」
 ブレイクはレィリィの元へ駆け寄る。
「ここは危ない、逃げましょう。」
 が、レィリィは首をふる。
「ううん、ここあたしが歌をやめてしまったら、相手の思うつぼだと思うの。 だってあたしの歌はMGブレイカーズのたくさんいるファーレンには有利に働くけど、あいつの歌はMGをたくさん持っていて、ブレイカーズの少ないアイロス軍にとって物凄く有利になるんだから。
 だから中和だけでもしないとね。」
「確かにそうかもね・・・。」
 リンが納得したようにポンと手を叩く。
「ならここ、ピウムの街で迎え撃ちましょう。住民は皆避難しているのでしょう?
 だったら思う存分暴れられるわ。
 ふふっ、あたしはこれがデビュー戦なのよね、これが。ホント、緊張のあまり卒倒しちゃいそうよ。」
「・・・リファならしないと思うな・・・。」
 全然やる気満々なリファの隣で、リーベライがぽつんとつっこむ。

J:激突
「ヒカミ様、ライオネスの修理は完了しました。すぐにでも第二光撃が可能ですが?」
 アグリアスが報告のためE.G.Oの艦橋に降りてくる。
「いや、主砲は撃たない。今、総督府を攻撃しても主要な人物は皆避難してしまっているだろうからな。
 このまま本艦はピウムに突入する。私もMG『アイリッシュ・コーギー』で出よう。」

 ヒカミはそう言い、格納庫へと足を運ぶ。もともとミストランナーである彼女は、やはり艦長としてよりも騎士として戦線に出ることを望んでいたらしかった。
「・・・ならば私はライオネスを艦から外し、私自身の考えで動きましょう。」
 アグアリスはそれだけをヒカミに伝え、彼女は自分のMGへと戻っていった。

「来たぞ!敵戦艦だ!MGブレイカーズは散開、逆にミスト部隊は戦力を集中させるぞ!」
 フォリントが次々と指示を出す。沖合ではもう、MGとミストの先発隊が激突していた。
「アーウィン!きさまぁっ!」
「ほう、その声はバティック。デルタはどうしたんだ?」
 アーウィンのMGとバティックの「パリンクロン」が初めて剣を交わす。
 が、アーウィンの余裕の表情が示す通り、バティックはこの深蒼のミストの扱いに苦戦していた。もともとカウンタースペルを得意とするテフェリーの機体らしく、このパリンクロンは相手の動き、攻撃を無効化し、ロック状態にさせるという、いわば「待ち」の戦法のミストなのだ。
 まず先制攻撃ありき、のバティックの性格とは合うはずもない。

 二人が戦っている間を縫って、ルーの「ヴィスペタル」とシュウスイの「御旗楯無」が敵戦艦に接近していく。彼らの後ろから、ファーレンのミスト隊もついてくる。
 が、E.G.Oに近づき過ぎたファーレン軍ミストの一体が、突然爆発する。
「なんだと!?ここはまだ敵のアウトレンジのはずだろ!」
 ルーが大声を上げ、回避運動に移る。
「いや、アウトレンジから攻撃できる武器は以前戦ったことがあるでござる。」
 シュウスイは五年前の戦いでアイロスが乗っていた「メジヴァ・マーログ」の武器を思い浮かべる。
 ファミリア(使い魔)と呼ばれる武器である。その性能向上型がハイ・ファミリアと呼ばれている。
 これはスピリット・リンクといわれる心の強さに反応する装置を使い、遠距離から武器や砲台を飛ばし、敵の至近距離から攻撃することができるのだ。
 ちなみにシュウスイのミスト「御旗楯無」はファーレン軍で唯一「右近」「左近」というハイ・ファミリアを使用できるミストである。
「いけ!右近、左近!」
 二つのファミリアが敵戦艦に向かって飛んで行く。

「なるほど、ファーレンにもオールレンジ攻撃を使う人間がいたか・・・。」
 アグリアスのMG「B.A.ライオネス=H」も腕を切り離し、遠隔地からでも操作できるMGなのだ。だがこれはフィネンスの技術「コンピューター」を使った「リモート・デバイス・システム」という装置で、アグリアスの脳波に反応して作動する。
 スピリット・リンクとは似て非なるものである。
 シュウスイとアグリアス、お互い距離は離れているものの、激しい接近戦が始まろうとしていた。

 もう一人、激しい対空放火をかいくぐってルーが戦艦E.G.Oにとりつく。
「へぇ、あの対空放火を突破してきたのか。なら腕は確かなようだな。」
「てめぇ・・・。」
 ルーのミスト「ヴィスペタル」の前に立ちはだかる漆黒の影、ダース。その激しいプレッシャーに鳥肌が立つ。
「ミストブレイカーズ!?いや、違う。あいつにはそういう特異なモノを感じない。そんなものに頼らなくても、あいつは十分に強い!」
 ヴィスペタルは慎重に剣をかまえる。ダースもまた十字型の剣を取り出し、対峙した。

「くっ、僕等も行くよ!アバターっ!」
「待って、ヒューズ。前に人が!」
「なんだって!?」
 ヒューズの乗るセラ・アバターの前に、強化スーツを纏ったエンジェルが立っている。
「ごめんなさいね。あなたのそのダブルマジックランチャーを、あの戦艦に当てさせるわけはいかないの。ここでその砲身は折らせてもらうわ。」
「そんな・・・あなたが敵だったなんて・・・。エンジェルさん、あなたという人はーっ!!」
 剣を抜き、彼女に向かっていくヒューズを、引き止める腕があった。
「だめ!ブレイカーズに接近戦は危険な行為だよ!焦ってはダメなんだから。」
 その腕はミラのターヒールのものだった。
「キミのミストは遠距離からの支援射撃をメインとするミストなんだよ。接近戦は相手の思うつぼなんだから。
 いい、セラはボク達の希望。ボクが守ってあげる。」
 ヒューズを遮って、エンジェルとミラが剣を交える。
「キミは今のうちに戦艦へ向かって。」
「でもミラさん、なんで・・・。」
「キミは似てるんだよ。昔のボクに。ボクも五年前、ミストに両親を殺されて仇討ちのことばっか考えていたの。でもね、アイロスに惨敗してわかったの。たった一人の自分ってのは、何て弱い人間だろうか・・・って。」
「アイロス・・・。」
 彼女の言葉で、ヒューズはイーラに来た最大の目的を思い出す。
「わかった。こんな所でぐずぐずしていられないもんね。ごめんなさい、後を頼みます。」
 セラ・アバターが飛び立つのを見届けると、ミラは再びエンジェルに顔を向けた。
「さて、どうしてアイロス側についているのか聞かせてもらうよ、エンジェルさん!」

「どうしたMG隊!何でまだピウムを制圧できない!?」
 自らのMG「アイリッシュ・コーギー」の中で、ヒカミはいらついていた。
 今までは常駐のミスト隊を蹴散らし、そのまま都市に突入するだけでその街は降伏してきた。
 だが今回は違う。ミスト部隊の迎撃を突破したあとも、ピウムの街中で次々とMGが撃破されているのである。
「MGブレイカーズです!奴らが都市に降りた仲間達を全て破壊しています!」
 ヒカミにピウムに降りた兵士の一人からそんな通信が入った。が、それを最後に、その兵士も連絡を断っている。
 そうなのだ。都市を守る最後の砦、MGブレイカーズがMGの侵入を薄肌一枚で防いでいたのだ。
 リファのエネルギーフィールド、ゲオルグのホーリー・サークルがピウムの街を被弾から守っていたし、そのフィールドバリアーを突き破ってくるMGは、リーベライの弓に狙い撃ちされ、それでも都市に降り立ったMGには容赦なくブレイクのMGブレイカー「星霜の杖」とリンの「イラスティック・ストリング(伸縮自在のひも)」が襲いかかる。
 ブレイカーズに対する懸念はいつも持っていたヒカミであったが、今まで一回も遭遇していなかったことから、今回の戦いにおいて、ブレイカーズへの対策はほぼ準備されていなかった(あるとしたらオッドアイの歌だけであっただろう)。
「なんてことだ・・・ここまでブレイカーズがピウムに集中して配備されてあったとは・・・。確かにブレイカーズは団結すればするほど力を発揮する・・・。」
 ヒカミは自軍をここまで突入させたことを後悔していた。もう少し早めにMGブレイカーズの脅威を意識していたら、一旦退却し、砲艦射撃なり、ブレイカーズ・ブレイカーズなりを用意して、万全の用意で戦いに挑んだはずだ。
 既にE.G.Oがピウム上空まで到達してしまった以上、撤退は侵攻以上の危険が伴う。もしファーレン軍に撤退の意思を感じ取られてしまったら、向こうの士気を上げ、こちらの士気を下げかねない。更に退路を断たれてしまうことは、こちらの全滅を覚悟しなければいけないのである。
 そこまで考えたとき、突如ピウムの南に位置する傭兵都市「ダーファン」から通信が入る。
「よう、ヒカミ。なにそんなにヒステリックになってるんだ?かわいい顔が台無しだぜ。」
「タケミカヅチ・・・先輩・・・。」
 その通信は、ダーファンに駐留している巨大戦艦「阿羅耶識」(あらやしき)艦長「タケミカヅチ・カムイ」だった。ヒカミは十黒天の一人であった「蒼黒天・ライナス・コントラルド」がリオと共にイーラに戻ったため、その補充要員として加わった最も新しい十黒天である。だから、他の十黒天全てが彼女の先輩にあたる。
「いいか、今ダーファンにはアイロス様が来ていて、お前の戦いを見ている。 無様な姿は見せるなよ。」
「そんな・・・アイロス様が私の戦いを見ていらっしゃる・・・。」
 ヒカミに悲痛な覚悟が芽生えてくる。
「わかりました。この命に代えても、ピウムは落としてみせます。」

「くぅ・・・やはりまだ実験段階のMGでは、S級ミスト相手では荷が重いか・・・。」
 ライオネスのリモートコントロールされた腕が、シュウスイの右近、左近に撃墜されたとき、アグリアスはそう悟った。
「だけどまだこのMGは本来の能力の三分の一も出していない。いつか必ずこの借りは返すからっ!」
 彼女はそのセリフを残して、この戦線から離脱していった。
 今回は機体の性能も着装者の熟練度も、全てにおいてシュウスイの方が上だったのだ。

 しかし、シュウスイが目を向けたもう一方の戦いでは、全く逆のことが起きていた。
「ぐぁっ、おのれ・・・。」
「いいか、これが実戦経験の差って奴だ。」
 ダースの巨大手裏剣の刃先が、倒されたルーのミストの喉元に突き刺さる。
 戦闘において抜群のセンスを誇るルーであったが、五年前の修羅場をくぐり抜けてきたダースが相手では、ちょっと相手が悪かったようだった。
「・・・に、してもよ。あんたは何で本気を出さない?あんたのミストの能力は、こんなもんじゃないだろ?」
 ダースの質問に、ルーは怒ったように反応する。
「てめぇが本気を出していないからだ!」
「本気?」
「そうでござるな。」
 アグリアスを退けたシュウスイが、ルーの助太刀に入る。
 右近の攻撃をかわし、一旦ダースはルーから離れ、距離を開けた。
「何を言っている。俺はいつも本気だぜ。」
「そうでござろうか?少なくても五年前、あのアライアンスを粉砕した頃のパワーは全く感じられないでござるが。」
「こいつが・・・あのアライアンスを・・・。」
 ルーは五年前、まだ十歳の少女であったが、あの太陽をも覆い尽くす巨大隕石「アライアンス」の影ははっきりと覚えている。あの隕石を破壊した人間の一人が目の前にいる。
 そして自分と戦っている・・・。
 あらためてルーは、自分が伝説の勇者達の中にいることを実感した。
「やれやれ・・・だから昔を知っている奴とは会いたくなかったんだ。」
「なぜファーレンに、イーラに仇為すのでござるか?」
「さあな。リンネと別れちまったから、その腹いせにあいつの実家を滅ぼしたくなった・・・ってのはどうだ?」
 彼はそれだけ言うと、彼らから逃げるように離れていった。
「まてっ!逃げるつもりかっ!?」
「もう大勢は見えてきた。これ以上ピウムの戦いにはつきあってられないさ。」
 ダースは素早く戦艦を降りると、素早く仲間のMGにつかまり、彼女達から見えなくなる。
「大勢が・・・見えただと?」
「ああ、見えてきたでござるな。」

「ヤバイな・・・。俺らの母艦に、ファーレンのミストが取りつきはじめている。こっちの艦が墜落ちる前に早いとこ本部の総督府をおさえないとな・・・。」
「させるかよ!てめえの前には俺がいるんだ。」
 アーウィンの思案に、バティックが割り込んでくる。
「バティック様、ボクも助太刀いたします!」
 ライツァ商会の通信係として、バティックに同行していたティエラ・スペクターが、ミスト「スプリンター」を着装してアーウィンのMGに挑む。
 が、ティエラのマジックグレイヴ(魔力薙刀)をアーウィンはあっさりかわす。
「・・・何だ?お前の女か?」
「何でそうなるんだ!?あいつはただの部下だよ。・・・しかしティエラ、何でお前がミストに乗ってるんだ?第一そのミスト『スプリンター』はアーテイが未搭載・・・というかアーテイの存在しないS級ミストだったはずだろ?だから誰にも動かすことができなかったんだ。
 なのに何でお前が動かせる?」
 もともとアーテイはミスト制御の中枢を担うOSのようなものだ。それがないミストなど存在しないはずなのだが・・・。
「わからないです・・・。ただバティック様のお役に立ちたいと思っていたら、このミストが何か話しかけてきてくれたような感じがして・・・いつの間にかここに・・・。」
「わかった。お前がミストを動かせることはよくわかったから、今は自分の身体を守ることに専念しろ。
 決着は、俺がつける。」
「ほう、慣れないミストで苦戦していたのに・・・やせ我慢か?」
「残念だが・・・俺が決着をつけるのはアーウィン、お前じゃない。」
 バティックのミスト「パリンクロン」が変形を開始する。
 彼の眼差しは一つ。敵戦艦「E.G.O」の動力部。
「パリンクロンには、こういう使い方のあるんだぁ!」
 パリンクロンは分離合体ミストであるため、わざとバティックはパリンクロンの下半身のパーツを戦艦に向かって飛ばしたのだ。
 もちろんそれに気づかないアーウィンではない。彼の行動を阻止しようとしたのだが、MGが意に反して動こうとしない。
「このミストはカウンターミストなんだよ。相手の動きを封じ込めるミスト。お前には今、『からみつく鉄線』という結界が張られている。少しの間おとなしくしているんだな。」
「ちっ・・・。」
 アーウィンは軽く舌打ちをすると、ティエラのグレイヴが襲いかかる前にMGを捨て、戦場に消えていった。
「さすが傭兵。引き際をわかっている。」
 そしてバティックのミストから放たれた下半身のパーツは、見事E.G.Oの後部ブースターへと炸裂する。そのショックによって下半身に搭載されているマナ・エンジンが爆発。一気にマナ・バーンを起こす。膨大なマナの全てが一瞬のうちに火の属性を持つマナへと変換されたのだ。
 激しい大音響と共に、大爆発が起きる。火の手は戦艦内部を走り回り、やがて火薬庫へと到達する。
 再びの爆発に耐えられず、E.G.Oは黒煙を上げながら、ゆっくりと船体を傾かせ、墜落ちていった・・・。

「何ということだ・・・。」
 ここにきて、ヒカミは悲痛な伝令をしなければいけなかった。
「全軍に告ぐ。我々は一旦南にあるダーファンまで撤退する。
 私がしんがりをつとめる。何としても敵の包囲網を突破し、ダーファンへとたどり着くのだ!今、かの地にはアイロス様がいらっしゃっておる。いいか、必ず生きてダーファンで再会しよう・・・。」
「なにっ!アイロスだって!?奴はどこにいるんだ?」
 ヒカミの通信を聞いていたヒューズが、彼女の前方に現れる。
「フンッ、ファーレンの人間などに話す事はないっ!」
 アイリッシュ・コーギーはMGライフルを構えるが、なぜか弾丸が発射されない。
「ヒューズ、なに馬鹿正直に正面から突っ込んでいくのよ!?」
 アリノス・ファナルキアがミスト「ブリンク・スピリット(瞬く妖精)」から、呆れたような声を出す。
「今、エネルギー・ストームという結界を張ったわ。この結界の中だけ、全てのミスト・MGは肉弾戦によってしかダメージを与えられなくなったから・・・。」
「そんな・・・じゃ、ダブル・マジックランチャーが使えないじゃないですか!」
「あなたの相手はあの士官機でしょ?一体のMGにランチャーなんて使えるわけないじゃない。ただでさえ大きな隙と反動が出来るのに、的があれだけ小さければかわされるに決まっているわ。」
「だったら!」
 セラ・アバターは再び真正面からアイリッシュ・コーギーに掴みかかっていく。
「ばかめ、動きが丸見えだ。」
 ヒカミは冷静に剣をセラ・アバターの胸元に突き刺す。が、剣は紙一重でコックピットとマナ・エンジンの直撃を避けた。アバターの動きは止まらず、両腕がアイリッシュ・コーギーをしっかりと捕まえている。
「何をする気だ?こんなに密着していては、そちらも攻撃できないはず・・・。」
「何も、ミストだけが攻撃の手段ではないさ。」
 ヒューズはコックピットを開ける。
「こんな小さな子供がこのセラのミストを・・・?はっ!その銃は!!」
 ヒカミの表情が一瞬にして凍りつく。ヒューズはアイリッシュのコックピットに向けて、ドワーフの銃「街消滅し」を構えていたのである。
 ドワーフの銃・・・。フィネンスで400年以上も前に作られた武器で、現在の技術でも再現不能なオーパーツである。どうやらエネルギー充填の所で、イーラの技術(魔法)が使われているらしく、マナ理論を知らないフィネンスの技師達は、400年経つまでこの武器の謎を解けないでいた。
 そしてこの銃は、唯一MGに対抗できる武器として、レジスタンスの間で重宝されたのである。イーラにおけるMGブレイカーのフィネンス版といった武器なのだ。
「おちろぉぉぉっっっ!」
「ああっ!」
 ヒューズの銃から閃光が放たれ、アイリッシュのコックピットを貫いた。がくりとそのMGは機能を停止し、ゆっくりと墜落していったのである。
 敵司令官の死亡。これによってピウム攻防戦は決着がついたのであったのだが・・・。

 巨大戦艦「E.G.O」は、爆煙を上げながらピウムの海岸線に降下してくる。
 フィネンスのミスト達も追撃を加えようと何十機ものミストが戦艦に取りついている。
「ああっ、お願いっ!あの艦橋には私の赤ちゃんが閉じ込められているの!」
「なんだって!?」
 エンジェルの悲痛な叫びに、ミラは驚く。
「そんな、急いで助け出さなきゃ・・・あっ!!」
 そこからミラは声が出なかった。続けざまに聞こえるエンジェルの絶叫。
 今、彼女達の目の前で、E.G.Oの艦橋が火を吹いたのである。ファーレンのミストの一機が、止めにミストガンを艦橋に放ったのだ。
「あああ・・・。」
 エンジェルの形相が徐々に変化していく。その瞳は、怒りと悲しみと憎しみとで、赤く燃え上がる。
「いけないわ!エンジェル。このままでは・・・。」
 同じく天使であるクローネが、エンジェルの元へ駆け寄る。
「もう手遅れだ・・・。」
 そんなクローネに、リラは冷たく言い放つ。
 エンジェルの純白の翼が、見る見るうちに黒く染まっていく。
「あいつは激しい憎悪によって、墮天使へと墮ちていったのだ。もはや誰もあの者の暴走はを止められないだろう・・・。」
 エンジェルはクローネの腕を振りほどき、漆黒の翼を広げ、天に舞う。
「私は許さない・・・。ファーレンを・・・この世界を・・・。」
 その言葉を残し、エンジェルはミラの視界から消えていった。
「なんてこと・・・。こんなの、ヒューズに何て説明したらいいのよ。ボク達はまた戦わなくてはいけないんだね・・・。」

NEXT Prologue

「なんだって!?ヒューズが勝手に飛び出していっただと?まったく・・・。」
 バティックは呆れたような声を出す。
「どうやらダーファンにアイロスがいるという敵の通信を聞いたようなんです。」
 ティエラは困ったようにみんなにそう伝える。
「ボク、追いかけて連れ戻してきます。危なっかしくて気になるんです。何か・・・昔のボクを見ているみたいで・・・。」
 ミラがそう言って、再びミストを起動させる。
「待って、きみだけが行くのは危険です。みんなで作戦を立てなければ・・・。」
「でも、MGの天敵であるブレイカーズの人達も一緒になると、どうしても機動力は落ちちゃうよ。今は一刻も早くダーファンに向かうことが大事だと思うんだ。」
「それは・・・。」
 ブレイクがそこから話を続けようとした途端、一人の青年が彼らの集まりに入って来た。
「私にも少し手助けをさせてくれないか。」
「ミ、ミカエル様!」

 戦闘は終結していた。十黒天の一人、ヒカミ・ステルスが戦死したことによって、指揮系統は混乱。残りのMGはバラバラに撤退していった。
 今、ピウムはファーレン軍によって復興と補修、そして要塞化の作業の真っ最中なのだ。その中に今、彼らはいた。
「今、港に一隻の戦艦が着水している。我々ファーレンが技術の粋を集めて造船した飛行戦艦、ウェザーライト級二番艦『アニムン・サクシス』!これを君達義勇軍に提供しよう。」
「ウェザーライト級二番艦・・・?」
「そう。だから普通の航海には支障がないが、飛行するとなると膨大なマナとその制御ができる人間が必要となる。確か以前のウェザーライト号にはセシア・フェリアムという高名な魔術師が操縦していたと思うが・・・。」
 膨大なマナとその制御ができる人間・・・とミカエルが言った所で、全員の目が一人の少女、リファに注がれた。
「ははぁん・・・なるほど。」
 リファは冷たい口調でミカエルに話しかける。
「つまり、あたしたちは実験台ってわけね。そうよね、こんな戦艦を飛ばすためだけに、そちらの大事な宮廷魔術師を戦場に駆り出すわけにはいかないもんねぇ。」
「ちょ、ちょっとリファぁ・・・皇太子様なんだからもう少し言葉づかいを・・・。」
 リーベライの声を無視して、彼女は話を続ける。
「いいわ。あなたの思惑に乗ってあげる。」
「ありがとう。君達にはファーレン軍第十三独立部隊『レイ・フィールド』として行動してもらう。」
「聞こえはいいけど、ただの囮部隊よね。」
「リファ・・・。」
「そして艦長は・・・ゲオルグ、君に頼みたいと思う。」
「私・・・ですか?」
 突然の任命に、彼は一瞬戸惑う。
「ああ。この中では一番の年上であるし、戦略家としての頭脳も兼ね備えている。この強力で個性的な彼らを束ねていけるのは、君しかいないと思っている。」
「はっ。謹んでお受け致します。」
「じゃ、艦長さん。早速出撃の命令をしてね。」
 アリノスの言葉に、ゲオルグは頷く。
「よし、アニムン・サクシス、ダーファンに向かって出撃!」
 周りから「おおーっ!」という声が上がる。
「追って我々ファーレン艦隊も合流する。合流したのち、我々のダーファン奪回作戦『メイルシュトローム作戦』を発動させる。」
「メイルシュトローム作戦・・・?」
「後でその作戦概要を送る。今はあのセラのミストに乗った少年を守るために動いてほしい。」
「はい、了解いたしました。」

「なるほど・・・乗り心地は悪くないわ。」
 飛行戦艦「アニムン・サクシス」の操縦席で、リファは薄笑いを浮かべる。
 ピウムの空に、最新鋭戦艦は浮上した。
 目指すは傭兵都市・・・そしてアイロスとタケミカヅチが待っている・・・。

−自治都市ダーファン−


To be continued・・・.


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