ダブル・コントロール

Edition:0
「CLASSIC」
−クラシック−

ACT.0
 あれから、あの日からもう何年過ぎたのだろう?
 最近の日本サッカー界には、いろいろな話題がある。W杯出場に始まって、中田やカズの海外移籍、そしてその活躍。横浜フリューゲルスの消滅なんかもあった。
 そしてワールドユースにおける日本チームの準優勝……。
 今まで絵空事でしか思えなかったことが、実際に起きている。
 それにJリーグが影響しているということは疑いのない事実だろう。
 Jリーグの成功が、サッカーという球技をメジャーなものにし、人気スポーツにしたのだから。
 でも、僕“新城輝明(しんじょう・てるあき)”が高校生だった頃は、まだサッカーはマイナースポーツでしかなかった。
 なぜって、Jリーグは僕が高校を卒業した次の年に始まったのだから。
 しかしその高校生活最後の年は、僕にとって、いや高校スポーツ界においても、忘れられない年となったんだ。
 文部省の発案した教育改革案。
 その教育改革は、今までとは一線を画す凄まじいものだった。
 そう、それはまるで「革命」のような……。
 その頃の話をこれからしたいと思う。
 僕の高校生活最後の夏、1992年、6月の頃の話を……。


ACT.1
 放課後の重苦しい空が、僕の心を代弁していた。
 まだ雨は降ってはいないものの、どんよりとした雲が太陽を覆って、いつも程の明るさはない。
 帰宅部の人達はそんな空を気にして、何となく早足で帰っているように見えるけど、それでも体育会系の部活はもうみんなグラウンドに出て、準備運動をしている。
 そんな彼らを尻目に、僕は大きすぎるくらいに「県立城北高等学校」と掘られているコンクリート製の校門を出ていく。
 とはいえ、僕は帰宅部の人間ではない。れっきとした城北高校サッカー部の部員だ。
 まぁ、レギュラーの夢はとうの昔に諦めてはいるけれど……。
「おい、テル!ちょっと待てよ!」
 校舎の方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「何だ?真人、また練習サボるのか?」
 彼の名は“桐生真人(きりゅう・まさと)”。城北高校サッカー部のキャプテンで、10番を着けたゲームメーカーだ。今で言えば中田の様なポジションだろうか。
「いいのいいの。俺は天才だから練習なんてしなくたって。それに情報収集もキャプテンとしては当然のことだろ。」
 そう言って彼は屈託のない笑顔を見せる。結局はただサボりたいだけの口実に聞こえるが、しかしそうでも無い所が彼の凄い所だろう。
 彼のサッカーセンスは自分でも言っている通り「天才的」なものを持っていた。今の城北高校サッカー部が県北地区最強を誇っているのは彼の存在があるからと言っても過言ではないだろう。ただその代償として(?)、彼には治し難い悪癖があるのだが。
「……それに他の高校の女子生徒も見てみたいしな。」
 彼は何の躊躇も無くそう付け加えた。
 そうなのだ。つまり彼は女好きなのだ。彼には女性問題がいつもつきまとっている。少し前に、あるマンガのキャラクターの言動をふと思い出して、
「お前ひょっとして、ここ三年間の城北高校の女生徒全員を知っているんじゃないか?」
と聞いたことがある。
 答えは敢えて言わないが、実際僕の指さした女の子の学年と名前をちゃんと当てた時はちょっとびっくりした……と書いておこう。
 ま、確かに彼は背が高いし、サッカー部のキャプテンだし、まあ男の僕から見てもルックスはそこそこいいと思う。
 だからって彼ばかり女の子が集中するってのはちょっとなぁ……。
 ……話を戻そう。
 僕が帰宅部ではないってことはさっき書いた。そしてサッカー部だということも。けど、僕が練習に出ないのは真人のようにサボっている訳ではない。自分の仕事があるからだ。
 他校の情報収集。それが僕の仕事だ。
 もうすぐ地区大会が始まる。その前に、各高校の実力や新戦力の状態を調べる。敵を知り、己を知れば百戦危うべからず……って奴だ。特にここ最近は、学区外まで出て、横浜、川崎の方まで足を延ばしている。
 それに真人はついて行きたいと言っているのである。
「勝手にすれば……。」
 僕は普通に返事をしたつもりだったのだが、彼にはそう聞こえなかったらしい。
「何だ、ひどく不機嫌だな。まだあの事を気に掛けているのか?」
「……。」
 僕は何も言わなかった。気にしていないと言えば嘘になるからだ。
「もうあれから2ケ月も経ったんだ。いい加減慣れろよ。たかが……。」
「たかがだって!?」
 思わず僕の声に力が入る。
「そうだよ、たかがだよ。たかが女の子がレギュラーになっただけじゃんか。ま、俺は大歓迎だけどな……。」


ACT.2
 今年四月から始まった男女雇用機会均等法の改正による、教育要綱の変更。これにより僕の高校生活は大幅に変わることとなった。
 まず、今では普通となった土曜日の休み。これが今年から導入された。あくまで実験的なので、隔週の休みだし、その分平日の授業時間が増えるし、月曜日の朝には決まって休日の土曜日をどう過ごしたかアンケートを書かされたりしたのだけれど、休みが増えることは単純に嬉しいからこれはこれでいい。
 問題はその他のことだ。
 まず出席番号の統一。今まで僕の過ごしてきた小学校、中学校、そして高校二年まで、出席番号は名前順に男女別に呼ばれていた。つまり先に男のあ行から最後までを呼んで、その後女のあ行から……という風に。
 それが今年度から男女混合であ行から呼ばれることになったんだ。出席番号1番が女の子なんてのは珍しくない。
 それに伴って、座席の変更もされた。今まで列づつに男、女と並んでいた席割りが、全く無くなったのだ。つまり男同士で集まったり、女の子に囲まれた席に男が座るといった事態も無くは無い。
 今思えばそんなことはどうでもいいことなんだけど、今までの「常識」になれ親しんでいた僕に、少なからぬ衝撃があったことは事実だ。
 そして授業の男女共通化。よく小学校の保健の授業で、女の子だけ体育館に呼ばれて……みたいな話を聞くけど(僕の小学校ではなかったが)、そんな感じで高校でも男子は技術科、女子は家庭科、と別れていた。
 それが、今年から男も家庭科をやるし、女も技術科をやることになったんだ。
 でも、これぐらいならまだ良かった。別に我慢できる範囲だったからだ。
 一番問題だったのは、そして今回の改革の目玉はこれだった。
「高校スポーツにおける女子選手の参加容認」
 よく運動神経抜群の女の子が、性別を隠して甲子園なんかを目指すマンガとかがあったけど、そんな苦労を根底から覆す程この改革は革命的だった。以後、おおっぴらに女の子が活躍する野球マンガやサッカーマンガが闊歩するようになったんだけど。
 それが僕たち城北高校サッカー部にどのような影響があったのか……。それはまた後で書こうとおもう。
 最後に(これは思い切り私事とも思えるのだが)、城北高校にやっとプールができたことも付け加えたいと思う。今までこの高校にはプールがなかったのだ。夏でも外で陸上競技、なんて当たり前だった。
 実は僕がこの高校を進路希望の最優先に上げた理由は、このことが大部分を占めていたのである。だって僕は泳げないから……。
 そんな訳で、僕は四月から既に憂鬱な一年間になることが決まっていたのである。来年始めはもう、大学受験だしね……。


ACT.3
 なんだかんだ言いつつも、結局真人はついてきた。今日は強豪犇く横浜地区へ。
「おおっ!さすが横浜、可愛い女の子がいっぱいいるねぇ。」
 既に当初の目的を忘れている真人を無視して、僕は港に近い一つの高校を訪れる。
 −私立横浜学園高校−
 真人に同意するわけではないが、やはり神奈川では一番の都会、横浜なだけあって、ここの高校の生徒は男女とも結構ハイセンスに見えた。私立だけあって、有名デザイナーが制服をデザインしているのも一因あるのだろう。
 でも僕たちはその制服に興味があるわけじゃあない。校門で誰かを待っている女の子に声を掛けようとする真人を無理やり引っ張って、裏のサッカーグラウンドへ向かう。
「いたいた、あいつがここのサッカー部のキャプテンでゴールキーパー“水野隆一(みずの・りゅういち)”、そして向こうがFW殺しとも言われているリベロ“平瀬晶(ひらせ・あきら)”。この二人が要注意人物だな。この横浜地区で彼らからゴールを奪える選手はいない。ま、横浜地区はこの横浜学園に決まりだな。」
「何かえらくハデな奴だな。」
 僕の説明を聞いているのかいないのかわからないが、彼の口から出た最初の言葉がそれだった。髪を薄く染めている真人に、そんなことを言われる筋合いは無いと思うが、彼の口からその言葉が出る程、水野は印象深い容姿をしていた。肩以上にのばした髪を茶髪にし、耳にはピアスも見える。よく学校が何も言わないな、とも思うが、彼の実力と功績を見て容認しているのだろう。たぶん。
 一人の部員が僕達を見つけた。
「真人、行こう。これ以上ここに居ると不審がられる。」
 ある程度練習風景を見た後で、僕達は帰路に着いた。もう少し遊んで行こうと言う真人に、ミーティングに間に合わないから、と何とかなだめ、練習終了ギリギリのタイミングで僕たちは学校へ戻ってこれた。休む間もなくミーティングである。

ACT.4
「……以上が横浜学園の戦力です。現時点での。他にどんな奴が出てくるかは、これから地区大会を見ていればわかってくると思います。次に県南地区ですけど……。」
 みんなが集まる部室で、僕は今までの報告をする。
「湘南大相模でしょうね。もちろん。」
 −湘南大相模−
 去年の全国大会出場校で、文句なしに優勝候補である。
 私立の財力を生かして、全国から有望な選手を毎年入学させている。
 もちろん人材も豊富だ。
“天河優一(てんかわ・ゆういち)”、多分県内で一番のゲームメーカーだと思う。更にキャプテンでもあり、皆からの信頼も厚い。しかも美形で、雑誌とかの取材も多い。
 彼と対等に争えるゲームメーカーは、お世辞抜きで真人ぐらいなものだろう。ま、性格という点では真人は相手にもならないが。
 そして“北原祐司(きたはら・ゆうじ)”と“堀部慎吾(ほりべ・しんご)”。前者は圧倒的な攻撃力を持ったFW。後者は安定した防御力を見せるGKだ。
 特に堀部は横学の水野比べて地味な印象を受ける。が、水野が前に出る攻撃的キーパーであるのに対して、堀部はあくまで防御的。どちらがいいかはわからないけど、とにかく同レベルのキーパーであることは確かだ。
「要注意なのは横須賀中央でしょうね。ここは最近、ドイツからの留学生が入りましたから……。」
「ええっ!?ドイツの?」
 そこまで話した所で、一人の少女がそんな声を上げた。
“柊美琴(ひいらぎ・みこと)”の声だ。そういえば彼女はサッカーではドイツが好きって言っていたっけ……。リトバルスキーがJR古河(JEF市原)に入団するって聞いた時にも一人はしゃいでいたし。
「ええ、ドイツのサッカークラブで活躍していた結構有名な奴らしいです。確か“シェスター・レオン”……って言っていたかな?FWでかなり気性の激しい人物らしい。」
「ふぅん、いいなぁ……ドイツかぁ……。」
「でもさ、横須賀中央って確か凄いストライカーがいなかったっけ?紺野何とかって……。」
 一人感動の世界に入っている美琴の隣で、“本間瑞希(ほんま・みずき)”が話を挟む。
「ああ、“紺野雅彦(こんの・まさひこ)”だね。突破力抜群のFWで、キャプテンの。」
 前、偵察に行った時の彼の顔が思い浮かぶ。長身でがっちりとした奴だった。その荒々しい突破は、ラクビーやアメフトをやった方があっているんじゃないかと思うくらい激しい。
「そうそう、これでもっと攻撃力が上がったらかなりやっかいな敵になるよね。」
「だから要注意って言ってるじゃないか。」
「うるさいなぁ、ただの確認じゃないかぁ。あんただって情報係なら、打開策ぐらい考えなさいよ。」
 瑞希はそう言って口を尖らす。
 僕はどうも瑞希とは馬が合わないらしく、いつも口喧嘩ばかりしている。
 瑞希は親の転勤か何の理由で、美琴の家に居候している女の子だ。普段ぽわぁっとしている美琴とは対称的なハキハキとした気の強い性格だ。更に口も悪い。
 中学校時代は陸上部のエースだったが、高校では美琴の後を追ってサッカー部のマネージャーをやっていた。最近まで……。
 彼女はいつも一緒にいる僕と真人を「ホモ」とか「どっちが受けなの?」とか言っているが、そういう意味なら瑞希と美琴だって「ユリ」な関係と思われても反論できないと思うぞ。役割は瑞希の方がタチだろうと思うが(真人は「意外にネコかもしれない。」とは言っているが)。
 ……話を戻そう……。


ACT.5
 ミーティングが終わった帰り道、僕は頭を抱えていた。瑞希の言った「打開策」が何もないからである。彼女にしてみれば何の気も無い一言だったかもしれないが、僕にとっては結構深刻な一言だった。
 今の戦力なら県北地区予選は楽に突破できるだろう。だが、問題は県大会である。
 悔しいけれど、神奈川予選で通用できる選手は今のところ真人くらいしかいない。
 後は今年の新入生の未知なる才能の発掘か、2、3年生でメキメキと力を上げた選手を見つけるしかない。
「後は……女の子だな。この豊富な人材を見逃す手はない。美琴やポンちゃんなんかかなりいいと思うぜ。あ、戦力として……ってことだぜ。いや、もちろんルックスも可愛いと思っているが。」
 一緒に帰っている真人が、悩んでいる僕にそうアドバイスする。ちなみに「ポンちゃん」ってのは瑞希のこと。本間だからポンちゃんってわけだ。
 それは僕も考えていた。でも、ある意味頑に考えたくなかったとも言えるんだ。

 この城北高校は、なぜかできた頃から女子生徒が多かった。できた頃っていっても、まだ十年くらいしか経っていない新設校だけど。
 何でも、神奈川県が計画した「県内100校計画」という神奈川県内に100校の学校を創るという計画(そのまんま)の中の一校がこの高校らしい。
 だから各地区には最近できた、似たような校舎がいっぱい建っている。生徒が少なくなってきたら、ちょっと改装しただけでそのまま老人ホームに使えるよう設計されている所まで同じだ(エレベーターなんかもすぐつけられるようになっているらしい)。
 ただでさえ学校の多い神奈川の県予選を、更に激戦区にしている原因なのだが、女の子には(そしてその親には)古ぼけた汚い校舎より、きれいな校舎の方がいいから、結果的に女の子の受験者が多くなったんじゃないかな、と僕は思っている。
 だから、ただでさえ男の方が多い日本社会で、女の子が多いこの高校は一種異様だった。(そういえば「この高校は女子が多くて嬉しいですね。」とかなり自分に正直な挨拶をした教育実習生もいたなぁ。)
 周りの高校は男子だけのクラス(男クラ)が1、2クラスは存在しているのに、うちの学校は女子クラス(女クラ)が1、2クラスあったりするのだ。
 僕のクラスも、全40人中30人が女子になっている。
 だからって男にとっては嬉しい状態か?というと、そうでもない(真人は喜んでいるが)。
 はっきりいって女子が強いのである。だいたいのことは女子主導で話が進んでいく。10人しかいない男子生徒たちは教室の端っこで集まるしかなくなる。かなり弱い立場である(その分結束力は強くなるが)。
 それはスポーツ競技についても言えて、何かにつけ女子の方が良い成績を上げている。
 特に剣道は、女子が全国大会ベスト4まで勝ち進んだこともあって、男子はかなり肩身が狭かったりする。
 そういう意味で、まだ才能を持った女の子がいるかも知れないと、真人は考えているのである。

 確かにドイツの、そしてリトバルスキーの大ファンでもある美琴のボールキープ力は半端じゃない。足に吸いつくようなドリブルと、相手を置き去りにするクライフターンは、彼女の当たりの弱さとシュート力の無さを考慮に入れても他の男子選手の上をいっていた。
 瑞希だって、防御に多少不安が残るものの、足の速さを生かしたダッシュ力とオーバーラップは誰も追いつけるものはおらず、左サイドバックの地位を不動のものにしている。
 でも、何か悔しかった。男より女の方がサッカーが巧いなんて、何かプライドが傷つくじゃないか。
 チームが弱いからって、女の子に頼るなんてことは余りしたくないんだ。
 もちろん自分一人の勝手な思い込みではあるのだけれど……。

「おいテル!ヤバいぞ、遂に雨が降ってきちまいやがった。」
 そんな気持ちを知ってか知らずか、真人がそう叫んで走り出した。
 確かにポツポツと雨が地面と僕たちを濡らしはじめる。この梅雨が終わったとき、僕たち最後の夏が始まるのだ。
 そしてそれが、僕にとって忘れられない、最も熱い夏になったんだ……。

To be NEXT STAGE!

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