もうすぐ、シドニーオリンピックにおける、サッカーのアジア最終予選が始まるよね。
前回のアジア予選の時は、僕、新城・輝明(しんじょう・てるあき)はまだ大学生で調度旅行の真っ最中だったんだけど、その内容よりも、旅先で見た対サウジアラビア戦の方が遙かに僕の思い出に強く残っていたりする。
それ程嬉しい事だった。
考えてみれば、あの頃のオリンピック代表程、すごいメンバーはなかったよなぁ。
城、中田、前園、川口といった黄金世代が集まっていた。だからこそオリンピックでブラジルに勝つという(もう二度と起きないという意味での)奇跡も起こせたのだろうと思う。
翻って、今年の戦力はどうだろう?
決して前回に比べても遜色はないと思う。実際史上最強との呼び声も高い。
いくら壮行試合とはいえ、宿敵の韓国相手に4−1で勝った実力は確かだと感じている。
ただ、なんか地味だなぁ・・・って印象を受けてしまう。メディアの露出が少ないからかな。
あ、でも、だからって弱いって言ってるわけじゃないよ。
だって僕はアジア予選に落ちるとは思っていないから。
ま、これから始まる試合について、あれこれ言うのはよそう。僕が話す事は1992年の頃の話なのだから。
僕が高校生だった頃のあの時は調度、広島アジア大会が始まろうとしている時だった。
そう、日本代表が優勝し、名実共に(僕は未だに韓国の方が上だと思ってるけど)アジアチャンピオンになったあの大会だ。
で、その頃の僕は、はっきり言ってひどく不機嫌だった。 一つはいよいよ水泳の授業が始まってしまったこと。
そしてもう一つは・・・。
それをこれから書こうと思う。
時は1992年、7月。神奈川県地区予選が始まろうとしていた。
神奈川県・・・ってのは意外と広い。そりゃ北海道なんかと比べちゃアレだけど、それでも全部の学校が一同に集まって試合なんかはできない(何てったって日本で一番学校の多い県なんだから。東京は二つに別れているしね)。
だから県内を8つの地域に分けて、それぞれの地域で予選を行うことになった。
つまり、横浜地区(二校)、川崎地区、横須賀地区、県北地区、県央地区、県南地区、県西地区の中のそれぞれの優勝校8校が次のステップ、県大会へと進めるんだ。
だからとりあえず地区大会を優勝しなくちゃいけない。僕たちの学校は県北地区ってところで、横浜なんかよりは激戦区ではないけれど、だからって手を抜くわけにはいけない。
何としても地区大会までにチームを強化しなければいけなかった。
その新戦力に女の子を加えよう、と最初に言いだしたのはもちろん、色情魔の桐生真人(きりゅう・まさと)だったのである。
「こっちだ、テル。」
真人はそんなことを言いながらも、勝手に体育館の方へ早足で歩いていく。僕は彼を見失わないようにするだけで精一杯で、その先に何があるのかは全くわからなかった。
ある日の昼休み、真人は僕に新戦力が見つかったと言ってきたのだ。
いつの間に?とは思うものの、彼のチェックの早さは僕もよく知っているのでそれほど驚きはしなかったけど。
でも、彼が見つけたってことは100%女の子なんだろう。
とりあえず見てみようってことで、僕たちは昼食の後、体育館へ向かったのだ。
体育館に入ると、既に何十人もの男子生徒が集まっていて、大きな歓声が聞こえてくる。
男子生徒の少ないこの学校で、これだけの人数が集まるのは珍しいことだ。
「ちっ、もうこんなに集まってる。やっぱ少し遅かったか・・・。」
舌打ちをする真人。だがそんな声は男どもの声にかき消される。
そして、それよりも大きく、透き通るような女の子の声が体育館に響く。どうやらマイクを使っているらしい。
「みんなっ、ありがとーっ!」
その声に反応するように「おおーっ」という声が沸き上がる。と、同時に音楽が鳴りはじめ、それに合わせて彼女の歌が聞こえてくる。どうやら自分で作詩作曲したらしく、僕はこの歌を聞いたことがなかった。
「彼女がおまえの見つけた女の子かい?」
僕はステージに上がって歌を歌っている少女と、真人を見比べる。
「ああ、そうだ。彼女の名前は未識愛沙(みしき・あさ)。高校一年、15歳だな。こうやって昼休みに体育館や校庭でゲリラ的にライブをやってるんだ。ま、学園のアイドル的存在だな。ちなみにスリーサイズは上から・・・。」
「ちょ、ちょっと待て、それってサッカーと全然関係ない情報ばっかじゃないか。」
それ以前になぜコイツが彼女のスリーサイズを知っているのか疑問なのだが、とりあえず彼女にサッカーができるとは僕は思えなかった。
とりあえず背が低い。小柄な娘だ。150くらいしかないだろう。これでは空中戦にはだいぶ不利だ。更にかなり線が細くてか弱い印象を受ける。色白なのも一因だろう。
そんな質問に真人は一つ一つ答えていく。
「身長、身長っていうけどな、彼女の動きを見ればそんなこと関係ないと思うぜ。」
・・・確かに。ライブが始まってかれこれ30分は過ぎているのに、彼女は息切れることなく歌を歌い続け、ダンスもこなしている。並大抵の持久力ではないだろう。そしてあのジャンプ。体全体をバネにして弾けるその跳躍力はその身長を補って有り余るものだった。
「それに彼女の肌が白いのは生まれつきだしね。あと、これはミコトから聞いたことなんだけど、愛沙ちゃんとミコトの家は近かったらしくてね、小さいころはよく遊んだそうなんだ。ま、遊ぶっていってもミコトはあの通りだから、大概はもう一人の女の子と三人でサッカーをやって遊んでいたらしい。その頃から彼女はサッカーがうまくってね、それで覚えていたらしいんだ。」
「へえ、そんな話初めて聞いたな・・・。」
僕はその話よりも、ウチのサッカー部員の柊美琴(ひいらぎ・みこと)とそんな昔話までしているということの方が驚いた。一応チームワークの関係から、あまり部員の娘に手を出して欲しくはないけど・・・。
「あ、ライブが終わったぜ。早速スカウトだ。行こう。」
彼がこうと決めた後の、決断力と行動力は早い。美琴の話をしたら、愛沙は二つ返事で了承した。放課後の練習には参加するそうだ。
とりあえず一人のレギュラー候補をGETということだ。
・・・僕にとっては甚だ不本意ではあったのだが・・・。
早朝、一人の少年が山下公園の周りを走っていた。朝早いため、車通りは少ない。深夜までたむろっていた若者達も流石にこの時間まではいない。
だから今、この公園はひどく静かに思えていた。
目の前のマリンタワーがだんだん大きくなって視界に入らなくなってきた。もう見上げなければ頂上は見えないだろう。見る気もしないが。
「頑張っているな・・・。」
その言葉の先に、髪の長い少女が腕を組んで立っていた。じっと彼を見つめている所を見ると、彼が来るのを待っていたらしい。右ひざに巻かれたテーピングが痛々しい。
少年も彼女を知っているらしく、足を止めて近くのベンチに座る。
「僕は優理みたいに技術もセンスもないから、ただ走り回ることしかできないから・・・。」
少年は今までのことを回想する。なぜ僕はこんな時間、こんな所で走っているんだろうか?
彼はちらっと彼女を見る。
そうだ、彼女のためなんだ。彼女、美月優理(みつき・ゆうり)のための・・・。
彼、春日刹那(かすが・せつな)は今まで部活に入っていなかった。サッカー自体は好きであったが、勉強の方を優先していたためだ。
だから刹那はクラスでも、学園でもかなり上位の成績を修めていた。外見も眼鏡をかけているせいか、真面目な優等生風に見られていた。
少なくとも高校に入ってからの彼しか見ていない者達にとっては。
中学の頃の彼は違っていた。もともとサッカーが好きな刹那はよくサッカー部の奴らと放課後遊んでいた。それはレギュラー陣の技術ですら凌ぐ程であったから、何回も入部を勧められたのだが、勉強を理由に断っていたのである。
そんな彼を知っていたのが、前述の美月優理である。
彼女は中、高校とサッカー部のマネージャーをやっていた。でも、彼女にとってはマネージャーよりも試合に出ることを望んでいた。それは自他共に認めるサッカーセンスに裏付けされた自信だった。そんな彼女に千載一遇のチャンスがやってくる。4月からの法律変更である。
しかし・・・神は無慈悲であった。練習中に、彼女は膝を傷めてしまったのだ。医者には地区大会への参加は絶望と告げられたのである。
優理は泣いた。自分の血の滲むような努力でやっと手に入れたレギュラーの地位を、自分より劣る者に譲りたくはなかった。譲るにしても、自分と同等かそれ以上の実力を持つ者でしか・・・。
そういう意味では、彼女はプライドの高い人間といえるであろう。そんな彼女が選んだ人間こそ、刹那だった。
もともと頼みを断れない彼は結局引き受けてしまったのだ。女の涙に勝てる術はない。
その日の放課後、刹那はいつものように横浜学園サッカー部の専用グラウンドへ向かう。今日は最終レギュラーメンバーの決定のため、紅白戦があるのだ。
刹那はキャプテンの水野隆一(みずの・りゅういち)とリベロの平瀬晶(ひらせ・あきら)とは別のチームとなった。二人が敵にまわったことで、勝利は見えなくなっていたが、それでも何とかなるかも、という希望は残っていた。
それが、同じチームにいるFW、アイロス・シュナイダーであった。
ドイツからの留学生であり、向こうでは横須賀中央のシェスター・レオンと得点王争いもしたことがある。
しかし、熱血的なシェスターに比べ、アイロスはクールな人間であるから、二人は昔から仲が悪かったらしい。
つまりそれ程の実力を持っているということだ。彼にラストパスが繋がれば何とかなる。そう刹那は考えていた。
紅白戦開始のホイッスルが鳴る。敵陣に攻め込んだ刹那は、アイロスに絶妙のスルーパスを送る。 ボールは三人のDFの間を抜けてアイロスの元へ。
「させるかぁぁっ!」
晶がワンツーマンでアイロスをぴったりとマークしている。
「フッ・・・。」
だがアイロスは強引に、ノートラップでシュートを放つ。
弾丸の様なシュートがゴールネットに炸裂した。
GKの水野は動けなかった。いや、動かなかったのか・・・。
「なぜ取らない?」
「さすがに地区大会前に、お前のシュートを食らって怪我したくないからな。」
水野はしれっとそう答えた。アイロスは無言で彼に背を向け、元のポジションへ戻っていく。既に彼の顔からはやる気が失せていたのが、刹那にもわかった。
結局試合は水野達のチームの圧勝で終わった。
得点源のアイロスが何もしなければ、それは当たり前であろう。
その日の放課後の練習は、女の子達の口喧嘩から始まった。
・・・頭が痛いよ・・・まったく・・・。
「あんたねぇ、勝手に部室に入ってこないでよっ!」
本間瑞希(ほんま・みずき)がかなり怪気炎を上げている。その矛先は髪の長い少女二人組。ただ、一人の猫っ毛気味の女の子は必死弁明しているけど、もう一人の娘はぽわっとして瑞希の怒鳴り声を聞いているのかいないのかわからない風だった。それが瑞希の怒りを更に増幅させているらしかった。
「と、とりあえず止めようぜ、真人。」
「えぇー、女の子同士の喧嘩なんてそんなに見れるもんじゃないぜ。もう少し見ていよう。」
そんな真人を引っ張って、僕は瑞希と二人の少女を止めに入った。もちろん、自分でも卑屈と思うくらいに穏便に三人の間に入る。どっかの華撃団の隊長よろしく、とばっちりを食らうのはまっぴらだったからだ。
二人の少女は新聞部の部員らしく、猫っ毛の女の子が千海可南(ちうな・かなん)、ボケボケな娘が藤城琴音(ふじしろ・ことね)と名のった。
琴音の方が先輩らしく、可南の方がしきりに「琴音先輩。」と呼んでいる。
「あのっ・・・私達はちょっとサッカー部の取材に来ただけなんです。決してお邪魔はしませんから・・・。」
可南は何とかここを穏便に済まそうと必死だった。だけど、そんな努力を無駄にしているのは琴音の取材目的なのだ。
「わかっているのよ!サッカー部にわ代々から続く七不思議があることを!」
「はぁ〜!?」
僕は言葉を疑った。そんな話、一度も聞いたこと無いぞ。だいたいその情報源ってのはどこなんだ?彼女は「ある有力な筋からの情報」らしいが・・・。
後で聞いた事だが、琴音は新聞部の記事の中でもかなりオカルト的な所を担当しているらしく、「信憑性はかなりあるが、真実性が全く無い。」という評価(どういう評価だ?)を得ている記事を書いている。「ムー」みたいなものだろうか?
対して可南は普通のスポーツ記事担当らしく、これから始まる地区大会に合わせて、サッカー部の新戦力についての特集をするためらしかった。
中学では女子サッカー部の主将をやっていたそうで、これならいい記事を書いてくれそうに思う。
不幸だったのは、琴音とバッティングしてしまったことだろう。
何とかここは二人に折れてもらい、彼女達はグラウンドから離れていった。
「・・・でもさ、琴音ちゃんって言ったっけ?あの子まだあそこの柱の影からじっと僕たちのこと観察してるんだけど・・・。」
僕は気になって真人に言った。
「いいだろ?女の子に見られるってのは。」
真人は全く気にしていない。でもさ、ああいうのは普通ストーカーと言わないか?
他の部員達もちょっと気味悪がっているし。
そんな中で、もちろん必死に練習している人間もいる。
「美琴先輩、もう一回お願いします!」
美琴とワンツーマンでボールの奪い合いをしている少年がいる。ただ、少年は汗だくでボールを奪おうとしているのに、美琴は未だ涼しい顔でリフティングをしている。もちろん一度もボールは奪われていない。
「ハァ・・・なして僕は先輩からボール奪えへんですか?」
「うーん、もっと重心を低くして・・・スピードでもってバーッと・・・。」
美琴も感覚的なものを説明するのは難しいらしい。それでも少年は必死に聞いて、どこからともなく取り出したノートにメモしている。
この少年、名前は小野幸広(おの・ゆきひろ)というんだけど、今年四月に入学した新入部員の一人だ。
中学時代は神戸の方に住んでいて、バスケットボールをやっていたらしい。
しかし、あの災害が幸広の運命を変えてしまった。
そう、阪神淡路大震災である。
調度自宅にいた彼は、割れた窓ガラスの破片を両腕に浴びてしまったのだ。そのため、彼は両腕を激しく動かす運動ができなくなった。つまり、もうバスケットはできなくなってしまったのだ。
今でも彼の両腕には、痛々しい傷痕が残っている。
でも彼の前向きな所と練習熱心な所は僕も見習うべきだろう。
幸広はその境遇に悲観するどころか、「手が使えなければ足がある」といわんばかりに、サッカーを始めたのだから。
「彼はいいね。技術は粗削りだが、バスケットをやっていただけあって反射神経とジャンプ力は並外れている。」
「あ、監督。」
僕の後ろで蒼山監督が腕を組んで微笑んでいた 蒼山明人(あおやま・あきひと)監督は僕たちのチームのコーチもやってる人で、普段は数学の教師だ。
いつも温和で笑顔を絶やさない。眼鏡もかけているので、何かサッカーとは縁のないような感じだけど、真人の才能を見い出し、城北高校を県北地区最強に育て上げたのはこの人の手腕があったからだ。
「どうです?レギュラー・メンバーは決まりました?」
僕は何気なく聞いてみた。
「まだだよ。まだ試してみたい事もあるし、新戦力の能力も未知数だしね。」
監督はそう言って美琴の方を見る。そこではやっと幸広に放してもらった美琴が、幼なじみの愛沙とボールを蹴りあっていた。
「あ、あれって梅ちゃんじゃない?おーい、梅ちゃーんっ!」
ちょっとよそ見をした愛沙は、その視界の中にセミロングの美少女を見つける。その美少女は冷たすぎる程クールな瞳で、二人のボール遊びを見ていた。
彼女の名前は越野梅(こしの・うめ)。もちろん僕が最初から彼女の名前を知っているわけじゃない。真人に教えてもらったものだ。
すごく大人っぽくて綺麗な娘・・・というのが僕の第一印象だ。後で一年生だと知って驚いたが、彼女はそれ程16歳には見えない容姿と落ち着きさを持ち合わせていた。
ただその容姿のせいか、彼女には近寄り難い雰囲気も持ち合わせている。その冷静さも、周りの男からはとてもきつい性格と思われているし、プライドも高そうに見える。
ひとはそれを「高嶺の花」という。
「いいねぇ、彼女・・・。」
後で真人から彼女についてこんなことを聞いた。
「彼女、あれだけ美人じゃん、やっぱいっぱい男どもが言い寄って来るらしいんだ。でもそんな奴らに全く興味を持たないらしい。男嫌いなんだよ。梅ちゃんは。」
「ふーん・・・だから?」
確かに、彼女の男嫌いは有名らしい。反面、女子とは仲が良くて、友達もいっぱいいる。女の子からも男とは違った意味で評判のいい娘だ。
「墮としがいがあるじゃないか。そんな彼女に、男の素晴らしさを教えてあげたいとは思わないか?」
もちろん僕が全力で彼を止めたのは言うまでもない。
・・・話を戻そう。
「ねぇ、梅ちゃんも一緒にサッカーやろうよ。昔みたいにさ。」
愛沙は彼女の元へ走っていく。人見知りをしない彼女は、ある意味梅と正反対の性格をしているといっていいだろう。
でも愛沙と梅、そして美琴は大の親友なのだ。
小さいころ、美琴と愛沙ともう一人でサッカーをしていたと前に書いたと思う。
そのもう一人が梅なのである。
美琴もボールを持って、愛沙の後に続く。
「美琴・・・。」
梅はぽつりと彼女を呼んだ。
「少し相談があるのだが・・・。私を・・・私をサッカー部のマネージャーとして雇ってくれないか?」
「え?」
意外な提案に愛沙は怪訝な表情を見せる。
「サッカーやろうよ。マネージャーなんかじゃなくて・・・。」
「いや・・・サッカーはまだ・・・。」
「・・・いいよ。」
美琴はあっさりと了解した。
「先生に聞いてみないとホントのところわからないけど、たぶん大丈夫じゃないかな。」
そして、彼女は笑顔でこう続けた。
「だから少し遊ぼ。サッカーはダメでも、ボール遊びならいいでしょ?」
「う・・・。」
美琴の笑顔には逆らえない迫力がある。
結局彼女は美琴達とサッカーボールを蹴りはじめたのである。
「いいねぇ、彼女・・・。」
蒼山監督が真人と同じ言葉を発したので、僕はちょっとドキっとした。調度その頃「高校教師」っていうドラマがはやってたから、そんな事を思ったのかもしれない。とりあえず教え子に手を出すのはいけない。
「あ、違う違う、そんな意味じゃないさ。」
僕の寒い目を見て、監督はそう訂正した。
「彼女には、天性のストライカーの素質がある
。あの動きを見てごらん。」
そううながされて見た梅の姿に、僕は目を瞠った。
それはいつものクールで毅然とした姿ではなかった。
必死で美琴からボールを奪おうと食いついている。泥だらけになってもボールを追いかけている姿は、いつもの彼女とは正反対の、はつらつとした魅力を映し出していた。更にその顔には笑顔さえ見えるのである。
「何だかんだ言っても彼女はサッカーが好きなのさ。あのボールに対する執着心と持久力、ウチのチームのダイナモになる可能性がある。読売クラブ(ヴェルディ川崎)の北澤みたいにね。」
そんな三人の姿を見ていた僕達の目の前で、そして彼女達の頭上に、大量のバラの花びらが降り注ぐ。それはもう、シャレにならん程に。
・・・誰が掃除すると思っているんだ?
そして大音響のBGMが鳴り響き、派手な服装をした男が現れる。もちろん、普通より少し高い所に立ってポーズを決めていた。
僕は頭を抱える。そいつを知ってるだけに、あぁまたか、という思いが強かった。
その派手な男は、三人の少女の前まで歩み寄り、右手の人指し指を彼女達の胸に向ける。
「バキューン!」
・・・どうやら銃を撃つ仕種らしい(・・・って説明するのも馬鹿らしいが)。
「君たちのハートはいただきさ。イェーイ、ベイベ。」
とても寒い風が彼と彼女達の間に吹き荒れる。
こ、これはなんとかしなければ場が持たない・・・。
僕は彼の元へ走っていく。
「おいピエール、いいかげんサッカー部の女の子を口説くのはやめろ。」
「今の、口説いていたの?」
「・・・たぶん・・・。」
梅の質問に、愛沙が困ったように答える。
・・・蓮光院ピエール(れんこういん・−)。それがこの派手な男の名前だ。名前から判る通り、フランス系アメリカ人を母に持つハーフで、ずっとアメリカで暮らしていたそうだけど、日本の文化(女性?)に興味を持ち、単身来日したそうだ。 ハーフなだけあって背が高い。金髪だし、顔も日本人離れしたハンサムである。キアヌ・リーブス似・・・といったら褒めすぎかもしれない。
ただ、似合わない立て巻きロールをしているので(本人曰く、バレエをやっているからだそうだが)、かなり怪しい人物に見られがちだ。
・・・いや、実際怪しいのだが・・・。
「オーッ!お嬢さん方、サッカーなんてドロ臭いスポーツなどやめて、僕とピンポンでもしませんデスか?いや、ジャパンだしスモーの方がいいかもしれませんデスね。マワシはエキゾチックデース!」
最後の方の言葉は、たぶん彼女達には聞こえていないだろう。なぜって、僕が、しゃべっている最中のピエールの両腕を掴んで、サッカーグラウンドから引っ張り出していたから。ズルズルと。
ピエールは真人と同等のナンパ師で、暇を見つけては(というか、毎日が暇なんだろうな)サッカー部を含めたいろいろな部の女子を口説きに回っているのだ。
・・・成功したためしはいまだ聞いていないが。「では、僕は忙しいのでサラバデース!」
「ああっ!?」
周りに迷惑がかからないように、柱に縛りつけとこうと思ってた僕の目の前で、ピエールが高くジャンプした。
「嘘だろ・・・おい・・・。」
彼はそのまま校舎の二階のベランダにしがみつく。そこからベランダに上り、僕の前から逃げていったのである。
信じられない程のジャンプ力と滞空時間だ。やっぱり彼といい、真人といい、飛び抜けた才能を持った人間は、性格に難があるんだなぁ。と実感した瞬間だった。
神様は平等だなぁ・・・。
「ふざけるなっ!」
湘南大相模サッカー部の部室で、北原祐司(きたはら・ゆうじ)は怒声を上げた。
「落ちつけ、祐司。冷静に考えるんです。彼女の実力はよくわかっているはずでしょう?つまり戦力増強に繋がるのです。これは監督も了承している。」
切れ長の目をじっと祐司に注ぎ、天河優一(てんかわ・ゆういち)はゆっくりとそう言葉を発する。
「ま、別に俺はどうでもいいけど・・・。」
堀部慎吾(ほりべ・しんご)が興味無さそうにぽつりとつぶやく。
三人が三人、違う考えを持っていた。話が平行線をたどるのは当然のことだろう。
今、この部室にいるのはこの三人だけである。他の部員達は外で基礎運動をやっている。もうすぐボール練習に移り変わることだろう。
三人もそろそろ練習に参加しなければいけない。貴重な練習時間を削ってまで、三人が議論しなければいけないこととは・・・。
一人の少女のことだった。
「俺は認めないからな。神崎鳴海(かんざき・なるみ)のレギュラー入りなんて・・・。」
「いい加減にしろ。女性だからという偏見で彼女を認めないというのであれば、それはお前がそれまでのレベルだったということだ。
お前はFWというポジションが、自分にとって不動だと思っているようだが、それは違う。
ゲームメイクに関しては、お前より鳴海の方が優れている。さらに彼女はシュートも撃てるんだ。あくまでお前が嫌だというのなら、お前を外して鳴海を入れる事だってありえるのだからな。」
「くっ・・・。」
「よし、決まりだな。さ、練習に行こうか。」
祐司が黙ったのを見て、慎吾がボールを持って部室を出ていく。追って、優一も続く。
一人になった祐司は、それでもじっと部室の中で立ち尽くしていた。
・・・別に彼女の実力を、自分は認めていないわけではなかった。ボールを持った時のスピードとコントロールは自分よりも上だろう。
ただ、この部員が何十人もいるこの学校で、更に他の学校だったら十分レギュラーになれる実力を持った同級生や先輩がたくさんいる中で、まだ入ったばっかの一年(しかも女の子)がレギュラーに抜擢されたことは、理屈はわかっていても、心情的には納得がいかないものであった。
自分が血の滲むような練習を積み重ね、必死で掴み取ったレギュラーの地位を、彼女は簡単に手に入れてしまった。方法は簡単。監督への直談判である。
彼女は自分を使ってくれと、監督にアピールしたのである。もちろん余程の実力が無ければできないことだが、そんな大胆なことは自分には出来ないことだった。そんな天真爛漫さが、彼は羨ましかったのである。
で、その議論の張本人は・・・。
「やった!2点目ゲット!!」
鳴海のカーブのかかったシュートが、ゴールネットの左端に突き刺さる。
彼女のシュートを防げるのは慎吾ぐらいしかいないし、彼女のドリブルを止められるのも、優一と祐司くらいだろう。
よって三人のいないこのミニゲームは、鳴海の独壇場と化していた。
「調子に乗るな、鳴海。ワンマンプレーはチームの場を乱すぞ。」
優一達が練習に参加するため、グラウンドに入ってきた。
「はーい。」
鳴海は素直に返事をすると、トコトコと優一の元へやってくる。
「優一キャプテン、もうすぐ地区大会が始まりますよね。それで、城北高校の試合を見に行きたいんですっ。ダメですか?」
「だからそういう自分勝手な考えは・・・。」
「いいじゃん、優一。俺も見に行きたいと思っていたんだ。俺も一緒に行けば文句ないだろ。特に城北の桐生のゲームメイクは、彼女にとってもいい勉強になると思うんだ。お前だってあいつを意識していない訳ないだろ?」
慎吾が鳴海に助け船を出す。
「・・・勝手にしろ。」
「ありがとうございます、慎吾先輩。これでまぁちゃんに会えるぅ。」
鳴海は慎吾にぺこりとお辞儀をする。
「まぁちゃん?」
「はい、幼なじみなんです。」
「幼なじみかぁ・・・。」
慎吾はふと何かを思い浮かべるように、空を見上げた。
「そういえば、梅も城北だったな。どうしているだろうか・・・。」
いよいよ長い戦いのスタート地点、県北地区予選の始まりである。
みんな程よい緊張感を漂わせて、準備運動をしている。
ここ、相模原市の市営サッカー場が、僕たちの最初の舞台になるのだ。
一回戦の相手は「築見高校」。万年一回戦落ちのチームだ。最初の相手が僕たちだと知って、戦意もかなり喪失している。
新しい布陣の実験をするには最良の相手であろう。
「みんな頑張れよ。一点入れられたら代わってあげるから。」
真人が他人事のような応援をみんなに送る。
そう、真人は今回の試合に出ていない。
「あんたねぇ、少しはウォームアップぐらいしときなさいよ。ゴールキーパーは不慣れなんだから、何点入れられるかわからないんだよ。」
人一倍派手なユニフォームを着た瑞希が、不機嫌そうに(いつもだけど)真人にはっぱをかける。
何か彼女ってばいつもプンプンしてるよな。
「大丈夫、大丈夫。愛する天才ゴールキーパーのポンちゃんなら、パーフェクトで決めてくれるさ。そうだろ?」
「・・・はいはい、やってみるわ。」
半分諦め顔で彼女はグローブをはめる。
今回の実験的なポジションのひとつがこれだった。
本間瑞希のゴールキーパーへのコンバート。
彼女のスピードと反射神経を考慮してのコン
バートだが、初めての試合ということで一つの賭けとも言えた。
「でもね、みんなこんな配置初めてなんだから、いつでも出れる心構えだけはしといてね。」
瑞希はそれでも一応クギをさす。
関係ないけど、瑞希は真人とそんなに仲は良くない。美琴がよく真人と話しているから、それにつきあうくらいのことはするのだけれど。
かといって、僕に対してみたいに、絡んできたり、馬鹿にしたりするようなこともない。
完全に興味の対象外といった感じだ。もし僕が真人みたいな言動をしていたら、パンチやキックの一発二発食らってもおかしくないところだ。
真人にしても、彼女は興味外らしい。
確かに口や手癖や足癖は悪いけど、しゃべらなければ外見はそこそこだろう。それでも真人の食指が動かないのは、
「もう彼女には好きな人がいるんだよ。俺がかなわないくらいのね。」
ということらしい。
かなわないかどうかはともかく、「彼氏のいる女の子には手を出さない。」というのが真人のポリシーらしい。狙うのは大体フリーの女の子だし。
ちょっと話がずれてしまったので、少し戻そう。
今回の実験的配置は瑞希だけじゃあない。
去年とはほぼ全く変わってしまったと言っても過言ではないんだ。
まずFWからいってみよう。
ツートップの一角に小野幸広が大抜擢された。
身長はそれほどないものの、ジャンプ力と反射神経がポストプレイヤーとして認められたのだろう。
ただ、それより何より彼の練習に対する真摯な行動、たゆまぬ努力が、監督の心を動かしたんじゃないだろうか。これだけはセンスだけでは補えないものだしね。
才能だけあって練習嫌いの真人とは対極にいる人間だ。
次にMF。
今回の試合に真人はスタメンから抜けている。
それだけでも大きな変更だが、真人の代わりにゲームメイクをする人間に選ばれたのが、柊美琴だ。攻撃的MFというポジションを、そしてチーム全体を動かす任務を、女の子がするようになるのだ。
これはウチのチームが、女の子中心のチームになったことを物語っている。
それはDFをみてもわかる。
瑞希の抜けた左サイドバックの穴を埋めるのは難しいが、それでもセンターバックのポジションに未織愛沙が任命されている。
ただ、彼女はDFというよりも、守備的MF(ボランチ)的立場といえるだろう。
本人は攻撃的MFをやりたかったらしいが、流石に真人や美琴を外してまで彼女にゲームメイクをさせるのは、賭けの範囲を超えている。
その代わり、ディフェンスラインの指揮は、ほぼ彼女に任せてはいる。
そしてGKの瑞希。
つまり重要なポジションのほとんどを、女の子が握っているのである。
・・・かなり情けない・・・。
「いいのかよ?こんな布陣で・・・?」
僕は隣にいたはずの真人にそう呼びかけたのだが、返事はない。
振り返って見ると、彼は既に取材に来ていた新聞部の琴音と可南を見つけ、楽しそうに話していた。こういう所でも、女の子を素早く見つける眼力は大したものだと思う。
でも、可南はわかるが、何で琴音までいるんだ?まさかこのグラウンドまで、何かに呪われているわけでもないだろうが・・・。
呆れて見ている僕の後ろで、男女の話し声が聞こえる。
何気なくその声の主を辿ったとき、僕は慄然とした。
堀部慎吾だ。湘南の正GKがここに来たというのは他でもない、僕たちの試合を偵察に来たということなのだろう。
そして、その隣にいる少女に僕は興味を持った。どこかで会ったことがあるような気がしたからだ。 それは向こうも同じだったようだ。
「あっ、テルくんお久しぶりっ!懐かしいなぁ・・・。」
彼女が笑顔で手を振る。
僕が彼女が誰か考えているうちに、二人は真人のいる方へと歩いていく。
「まぁちゃん、遊びに来たよっ!」
「・・・何だ、鳴海じゃないか。ずいぶん可愛くなったもんだ。あ、昔から可愛かったかな?
」 鳴海!?そうか、あの女の子だったのか!
小学三年の頃まで、僕たちの近所に神崎鳴海という女の子が住んでいた。
確か、親の転勤か何かでアメリカの方に引っ越したらしいが、それまで、僕と真人と三人でよくサッカーで遊んだ覚えがある。
丁度「キャプテン翼」が始まった時期でもあり、小学校でもサッカーが人気のスポーツになりはじめた頃だ。
ただ、真人と一緒にサッカーをやっていたせいか、サッカーのテクニックは抜群にうまかった。時々、真人が彼女にあっさりとボールを奪われたこともあった。
その彼女が湘南の選手と一緒に来た。
ということは、彼女も選手の一人だということなのだろう。それは想像にし難くない。
しかし、その頃の女の子まで覚えているとは・・・。真人の女性に関する記憶メモリに、限界というものはないのだろう。
その分、他の常識的な知識の分まで容量は食われているようだが。
「キャプテン、そろそろ試合が始まります。ベンチに戻って下さい。」
懐かしそうに鳴海と話している真人に、美琴がそう言って話を挟む。
「あ、悪い悪い。じゃあな、鳴海。」
鳴海と別れる真人。そんな二人を、美琴はキッと睨むような瞳で見つめていた。普段温和な彼女が見せることのない表情なので、僕は今でも印象に残っている。
そして同じく、この湘南からの偵察者を、じっと見つめる瞳があった。
「あいつ・・・慎吾・・・!?。」
マネージャーとして皆の荷物を運んでいた梅が、ふと慎吾を見つけて足を止める。
「あれ、知っているんだ?そう、彼が湘南の正GKだよ。」
つい先日入部したばっかの梅ちゃんが彼を知っていたので、僕はちょっと意外そうにそう答えた。「ねえ、正GKってことはだな、このまま勝っていけばあいつと戦えるという事なのだな?」
「ああ、まぁ、地区予選を勝っていけたらね・・・。」
「そうか・・・。」
そう言ったまま、彼女は黙り込んでしまった。
僕はこの時点で、まだ梅と慎吾の間に何があったのか、僕は知らなかった。
だから、彼女がいきなり監督に「自分を試合に出してくれ。」と直訴したときはかなり驚いてしまった。
もちろん監督にとっては願ってもないことだったから、彼女をFWにすることに何の異論もなかったようだ。
「いよいよ始まるな。」
僕はベンチで真人の隣に座り、一緒に試合開始のホイッスルを聞いた。
幸広のボールタッチで始まった前半は、真人の代わりにキャプテンマークを着けた美琴が単身ドリブルで乗り込んでいくという隊形になった。
「なっ!?柊はボール持ちすぎなんじゃないか?」
いくらドリブルが得意といっても、ワンマンプレーではすぐに潰されるのがオチだ。
まさか初めてのゲームメイクとキャプテンという責任の重さで、周りが見えない・・・なんてことは無いと思うが・・・。
「いや、良く見ろテル。ミコトちゃんはちゃんと考えているようだぜ。」
真人がそういって指を指す。
彼女は強引とも思える突破で三人を抜き去る。
しかし続けざまに二人のDFが美琴の前と後ろから彼女を止めに来た。
彼女は一瞬突破するふりを見せるが、ノールックで前方にパスを出す。しかしそこには誰もいない。パスミスなのだろうか?ボールはてんてんとゴールラインを割る・・・ことはなかった。
「美琴のパスは無駄にしないっ!」
梅がぎりぎり追いついていたのである。
彼女のボールに対する執着心はものすごいものがある。もし美琴が、梅が追いつくことを予想してあんな所にパスを出したのだとしたら(もちろん小さい頃からサッカーで一緒に遊んでいたのだから、わかってやっていたのだと思うが)、僕は彼女に対する認識を改めないといけないだろう。彼女はゲームメイクもできるのだ。
梅はそのままゴール前にセンタリングを上げる
。 もちろんFWの幸広にはマークが何人かついていると思ったが、美琴によってディフェンスラインが崩されたため、全くのノーマークになっていたのである。
「これを決めな、男やあらへん!」
幸広のヘディングが、築見高校のゴールに突き刺さる。鮮やかな先制点だった。
「そうか!柊はリトバルスキーを真似したんだ!」
「どういう意味だ?」
僕が突然叫んだので、真人が訝しげにこっちを向く。
「彼女、リトバルスキーのファンだってのは知っているよな?リトバルスキーがドイツの1FCケルン時代に、有名なエピソードがあるんだ。
彼は一回ドリブルで抜いた相手が戻ってくるのを待っていて、もう一回抜き直したっていう話がある。彼はそうやって何人もの相手選手を自分に集中させ、他の選手をフリーにさせたんだ。いわゆる囮って奴だね。それを美琴はやっているんだよ。針の穴を通すようなスルーパスを得意とする真人とは、正反対のゲームメーカーだな。」
僕がそう話している後ろの観客席でも、彼女についての話題が始まっていた。
「驚いたな、城北にこんな女の子がいたなんて・・・。今日は桐生を見に来たつもりだったが、思わぬ収穫を得たようだ。」
慎吾は鳴海を見ながらため息をつく。
「とんでもない女の子は君だけじゃなかったってことだね。確かにスピードとシュート力は鳴海の方が上かもしれんが、ドリブルとテクニックでは向こうの柊ちゃんの方が上だ。いいライバルになりそうだな。」
「何か向こうも時々こっち見てるしね。」
「それは向こうも鳴海をライバルと見ているからだろう。違う意味で。」
「じゃ、あの長い髪の女の子、慎吾先輩の幼なじみさんですよね。何でその娘もこっち睨んでるんですか?」
「うーん・・・俺、何か梅に恨まれるようなことしたかなぁ?ま、向こうの戦力がわかっただけでも収穫だ。悪いけど、梅とウチの祐司を比べたら、祐司の方が遙に上さ。俺が梅にゴールを奪われることはないからね。」
そう言って祐司は席を立った。
「もういいだろ。この試合は城北の勝ちだ。ま、こんな所でつまづいてちゃ、偵察の意味もないからね。」
二人は後半の途中で席を立つ。彼の言葉通り、その試合は3−0で城北が勝った。初めてのポジションで、更に真人を温存しての戦いとしては上上の出来だと思う。
そして次の試合で、遂に真人がスタメンで出ることとなった。その代わり、美琴がベンチに外れている。この辺りで、監督が何を意図しているのか僕にはわかった。
試合はほぼ真人の独壇場だったので、あえて書く気もしない。
準決勝、やはり今度は真人を外して来た。つまり監督としては、二人に二人ともゲームメイクをさせようとしているのだ。真人の静(というか、本人があまり動きたくないだけだが)と美琴の動。この二人の司令塔が同時に動かせることを考えているんだ、監督は。僕が前に監督に進言したように・・・。
決勝でも美琴は出ずに、真人がゲームメイクをした。地区大会でわざわざ手の内を見せる必要が無いからだろう。実際多くの他地区の生徒が偵察にきていたし。
そして、地区大会は僕たちの所だけじゃない。他の地区でも激戦は始まっている。僕は限られた時間を駆使して、他の学校の偵察に向かったんだ。
やっぱり強いな・・・というのが、僕の横須賀中央に対する感想だった。
横須賀地区決勝の相手に、前半で既に3点を奪っている。1点が横須賀のキャプテン、紺野雅彦(こんの・まさひこ)の得意なシュート「BANG DOLL」(破烈の人形)と呼ばれる途中で急加速、ホップするシュートである。その加速についていけるGKは少ない。
そして残りの2点を叩き出しているのがシェスター・レオンの誇る強力なスピンがかかった破壊力抜群のシュート「サウザンズ・バースト」である。
なぜドイツ人なのにシュートの名前に英語を使うのか疑問だが、日本人だって必殺シュートの名前に日本語を使うひとは少ないのだから、それはそれでいいのだろう。
決して作者がドイツ語を知らないから・・・ではないことを祈りたい。
とにかく、千回(サウザンズ)ボールをバーストさせたという程のシュートを、愛沙と瑞希に止められるかどうかが今後の難題だろう。
「な、何なんだ、これは・・・。」
僕は目を疑った。これが激戦と言われる横浜地区の決勝戦なのだろうか?
横浜地区は二校の出場枠だから、この決勝戦での勝ち負けは別に関係はない。両校とも県大会に進めるからだ。
だから横浜学園の決勝の相手「本牧高校」に既に戦意はなかったのかもしれない。
しかし・・・5−0という横浜学園の圧勝に、僕は少なからず戦慄を覚えたことも確かだ。
横浜はもう防御一辺倒のチームではない。
今まで知らなかった二人の選手が、横浜の印象をガラリと変えてしまったのだ。
その一人がアイロスというドイツ人留学生。
決勝戦の5点のうちの大半を彼のシュートから生まれている。
「マグナドライバーキャノン」
シェスターの「サウザンズバースト」にひけをとらない破壊力抜群のシュートだ。
そして彼にボールを供給するMF、メンバー表には春日刹那と書かれていたけど、僕はこの選手を知らなかった。こんな選手が埋もれていたとは全く気がつかなかったんだ。
彼のスルーパスは絶妙だ。今回の試合、全ての得点が彼のパスから生まれているのだ。
ドリブルやシュート力、ボールコントロール等はまだまだのように見えるが、パスのセンスにおいては真人や湘南の天河にも匹敵するだろう。
そしてもちろん水野、平瀬を筆頭とする防御陣が鉄壁のガードをする。
死角が見えない。果して僕たちの学校は、横浜学園に勝てるのだろうか・・・。
「あ、まぁちゃんにテルくん、見に来てくれたんだね!」
鳴海が嬉しそうに僕たちが観戦する場所まで走ってくる。
この前会ったときは、思いっきり肌の露出したキャミソール姿だったけど、今はちゃんと湘南のユニフォームを着ている。
・・・ということは、彼女もこの試合にでるのだろう。
「頑張れよ。ま、地区大会の決勝ぐらいで湘南が負けることはないと思うがな。
」 横で一緒に来た真人が激励する。
「うん、まぁくんも地区大会優勝おめでとう。これで一緒に戦えたらいいよね。」
「俺はあまり当たりたくないがな。」
真人はそう言って苦笑する。それは僕も同感だった。
「もう、つまらないなぁ・・・。」
ちょっと不機嫌そうにしながらも、鳴海は最後、僕たちに手を振って、自分のベンチへ戻っていく。
「さて、鳴海の実力とやらを見せてもらいましょうか・・・。」
真人は楽しそうにこの試合が始まるのを待っていた。
やはり試合は、湘南の圧倒的強さだけが目立っていた。
慎吾が敵の全てのシュートを防ぎきり、天河のスルーパスに北原祐司がゴールを決めるという黄金パターンに変化はない。
ただ、今までのそのガチガチに組織的なサッカーが特徴だった湘南に、違うリズムを加えている人物がいる。
もちろん鳴海ちゃんだ。
「すごいな、柊がリトバルスキーだとしたら、鳴海ちゃんはジーコだね。一人、彼女の個人技だけが光っている。」
僕は何となくそう思い、つぶやく。
「そうだな。何かドイツのサッカーチームにブラジル人が迷い込んだみたいだ。でも、それが全体のペースを乱していない所が凄い。逆に相手チームはペースをうまく崩されてしまっている。」
真人も感心して試合を見ている。
とにもかくにも、湘南が一味違ったチームになった事は確かだ。
もちろん湘南は、圧倒的な強さを見せて、予選を勝ち上がった。
「琴音先輩、原稿は書き終わりましたか?」
可南が心配そうに琴音の机にやって来る。
「もち、万全だよ。とりあえずサッカー部の七不思議の一つを見つけたもん。」
「え?どんなのですか?」
「ふふっ、夜な夜なサッカー部に謎のさまよえるオランダ人が現れるという噂を聞いたわ。その特徴は、カタコトの日本語を喋って、タテ巻きのロールした髪形をしてるという・・・。」
「・・・それってピエールさんじゃ・・・。」
ま、基本的に怪しい人物なのだから、彼女の記事に載ったとしても、それほど違和感はないだろう。
「それより可南の方は終わったの?」
彼女はそう聞かれて、得意そうに一枚の紙を広げる。
「はい。どこよりも早く、ウチの高校の県大会の予選リーグの組み合わせを入手してきました。」
それが以下の表である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・ ・湘・横・横・城・得・失・勝・ ・ ・南・浜・須・北・点・点・点・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・湘南 ・\・ ・ ・ ・0・0・0・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・横浜 ・ ・\・ ・ ・0・0・0・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・横須賀・ ・ ・\・ ・0・0・0・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・城北 ・ ・ ・ ・\・0・0・0・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「えーと・・・この四校で戦うのかなぁ・・・?」
サッカーについてあまり良く知らない琴音に、勝ち点や得失点のことを説明してもよくわからないだろうなぁ、とは思いつつも、可南は説明する。
「そうです。えっとですねぇ、県大会はまず予選リーグってのがありまして、総当たり戦でこの4校が戦うんです。それで、勝ち点の多い上位二校が決勝トーナメントに進めるんです。ちなみに勝ち点は勝利が3点、引き分けで1点、負けると0点です。勝ち点が同じ場合、得失点差で判定するんです。」
「へぇ・・・。」
琴音はわかっていないような返事をする。たぶんわかっていないのだろう。
「でもですねぇ、このブロック、城北高校にはかなり厳しいんですよ。
前回優勝の湘南はもちろんですけど、アイロスの攻撃力と刹那のゲームメイキングを加えた横浜は、防御一辺倒のチームじゃなくなってます。横須賀だってシェスターが加わって攻撃力は半端じゃありません。
対してウチの学校のFWなんですけど、小野さんのセンタリングの強さや、越乃さんのボールに対する嗅覚は素晴らしいと思います。でも北原やシェスター、アイロスに比べて決定力不足は否めません。中盤の厚さは認めますけど、相手校の強力なFW陣に愛沙さんや瑞希さんが防ぎきれるかどうか・・・。
下馬評では強い順に湘南、横浜、横須賀、城北となってますね。悔しいけど、これが現実です・・・って琴音先輩?
あ、寝てる・・・。」
「それじゃあ次回、湘南大相模戦でのスターティングメンバーを発表します。」
監督が紙に書かれたメンバーの名前を読み上げる。
そう、いよいよ県大会のブロック予選が始まるのだ。
僕たちの相手は最初から湘南大相模だ。僕としてはいきなりの対戦で戸惑ってしまっているが、選手達はやる気満々らしい。
ちなみにもう一試合は、横浜学園と横須賀中央。ドイツの天才FW同士の対決は、僕も気になる。
だが、とりあえずは目先の湘南戦だ。
「FW、小野幸広、越乃梅。」
この二人はもう不動のツートップになっている。
地区予選での幸広は、空中戦では誰にも負けなかった。
梅に関しては、県北地区予選での得点王というおまけまでついている。
特に梅は対湘南戦に闘志を燃やしていた。
「絶対・・・慎吾からゴールを奪ってやるんだから!」
この時まだ僕は、梅と慎吾の間に何があったかを知らなかったから、なぜ彼女がこれほど頑張る理由もわからなかったけど、異様にテンションが高かったので何となく心強かった。
「次、MFに桐生真人、柊美琴。」
やっぱりな・・・と僕は思った。二人の名前を読んだ時、ちらと監督が僕を見たことで、僕は二人のゲームメーカーを同時に使おうとしているのだな、とわかったのだ。だって、その戦略は僕が監督に提案したものなのだから。
「この二人を今回から同時に使う。二人が二人とも有能なゲームメーカーだということは、地区大会予選で十分に判っていると思う。
しかしそれ故にマークが集中することは明らかだ。だから一人がマークされてももう一人がゲームをコントロールできれば、戦略の幅は大きく広がるだろう。」
「つまりふたつの司令塔(ダブル・コントロール・タワー)ってことですね?」
僕が監督の言葉をフォローする。
「そういうことだ。そしてMFとしてもう一人、未織愛沙を守備的MFで使う。」
これもみんなわかっていたことだ。実際彼女は小さい身体ながらも、必死に相手FWに食らいつき、ボールを奪っていた。
続いてDFの選手の発表があり最後にゴールキーパーの選手の名前が呼ばれる。
もちろん本間瑞希だった。
彼女は慣れないポジションを見事に全うしていた。僕もまさか彼女があそこまでGKとして活躍するとは思わなかった。
そりゃ、水野や堀部に比べるのは酷だが、愛沙との連携でうまくシュートコースを潰しているのだ。そういう意味では、監督の戦略は成功しているといえるだろう。
しかし本番はこれからだ。今まではまだ練習期間といってもおかしくはないのだ。
県内最強の相手に、このダブル・コントロールが効くのか・・・。
・・・見物だな・・・。
こんにちは、私は千海可南。遂に県大会予選、第一試合が始まったんだ。
何といっても相手は優勝候補。試合は激戦が必至なの。
果して「ダブル・コントロール」は通用するのか?その真価がいよいよ試されるってわけね。
うーん、私もいい記事書かなきゃ!
登場人物
(▽がNPC、▼がPCです。)
:の後の人物名は、イメージキャストです。
「城北高校」
▽新城輝明(17)♂:草薙剛
この物語の案内役。独り言が多い。
▽桐生真人(17)♂:反町隆史(GTO時)
天才MF。ダブルコントロールの一角で女好き。
▽柊 美琴(17)♀:前田愛(田中麗奈でも可)
ドリブルが得意。ダブルコントロールの一角。
▽本間瑞希(17)♀:菅野美穂
通称ポンちゃん。今回GKにコンバート。
▽蒼山明人(27)♂:大江千里
城北高校サッカー部の監督兼コーチ。
▼小野幸広(16)♂
城北のFWでポストプレイヤー。穏やかな熱血漢。
▼越乃 梅(16)♀
沈着冷静な美少女ストライカー。慎吾と関係が?
▼未織愛沙(15)♀
明るくメゲない守備的MF。学園のアイドル。
▼千海可南(15)♀
城北新聞部スポーツ担当部員。サッカーも巧いぞ。
▼藤城琴音(17)♀
城北新聞部オカルト担当部員。思い込み激しすぎ。
▼蓮光院ピエール(17)♂
目立ちたがり、女好きは真人と互角な帰国子女。
「湘南大相模」
▽天河優一(18)♂:金城武
冷静さを失わない天才MF。
▽北原祐司(17)♂:堂本剛
鳴海のレギュラー入りを認めていない熱血FW。
▽堀部慎吾(17)♂:香取慎吾
結構気まぐれな、鉄壁GK。
▼神崎鳴海(16)♀
技術、思考よりも直感で動く湘南の自由人。
「横浜学園」
▽水野隆一(18)♂:木村拓哉
結構いい加減な、攻撃GK。
▽平瀬 晶(17)♂:ケイン・コスギ
今回は目立たないリベロ。
▽美月優里(16)♀:深田恭子
結構気の強いスイーパー。今は怪我で治療中。
▼アイロス・シュナイダー(17)♂
横浜学園が待ち望んでいた強力FW。ドイツ出身。
▼春日刹那(15)♂
同じく待ち望まれていたMF。スルーパスは絶品。
「横須賀中央」
▽紺野雅彦(18)♂:中居正広(スカパー時)
今回出番のない人パート1。
▽シェスター・レオン(17)♂:T・クルーズ
今回出番のない人パート2。
次回行動選択
01)城北高校関係者として行動する。
02)湘南大相模関係者として行動する。
03)横浜学園関係者として行動する。
04)横須賀中央関係者として行動する。
☆もし宜しければ、自分のPCのイメージキャストをお教え下さい。任意なので書かなくても関係ありません。
今回出てきたサッカー用語の解説です。
あくまで筆者の拙い知識なので、間違っている可能性もあります。
┓FW(フォワード):前線でシュートを撃ち、ゴールを決めるポジションです。だいたい1〜3人位でそれぞれワントップ、ツートップ、スリートップと言います。
┓ポストプレイヤー:FWのタイプの一つです。前線へ送られてくるボールを味方に繋げたり、そのままシュートしたりという「楔」(くさび)の役割をする選手です。一般に背の高いFWが適しています。
元・日本代表では高木選手が代表的です。
┓ストライカー:FWのタイプの一つで、積極的にゴールを狙うハンターです。ゴールに対する嗅覚に優れ、自らチャンスを切り開いていくタイプです。
今では衰えたとはいえ、三浦和良(カズ)は日本を代表するストライカーといえるでしょう。
「キャプテン翼」では日向君がこれでしょう。
┓MF(ミッドフィルダー):中盤でゲームをコントロールするポジションです。後方からのボールを前線へ送ったり、その逆をしたり・・・。
ポジションによって攻撃的MF、守備的MFに分かれています。
┓攻撃的MF:主に攻撃に参加するMFです。FWへのスルーパスを送ったり、自らシュートも撃ちます。
現在ではやはり中田が一番でしょう。
ちなみに翼君もこのポジションです。
┓守備的MF:ボランチとも呼ばれ、二人の場合ダブルボランチと呼ばれます。
中盤で相手のパスを奪ったり、プレスをかけたりします。
うーん、有名な選手が思いつかない・・・。
┓DF(ディフェンダー):主に相手の攻撃から、ゴールを守るポジションです。中央がセンターバック、左右がサイドバックといいます。
┓スイーパー:ゴールを守ることに集中したポジションです。攻撃に参加することはほとんどありません。
カズのお兄さんが確かこのポジションだったような・・・。
あと松山君もね。
┓リベロ:自由人という意味で、守備もこなしますが、チャンスとみれば攻撃にも参加するDFです。
日本では井原選手がアジア最高のリベロと呼ばれていました。
カミソリシュートの早田君もこれ・・・なのだろうか?
┓GK(ゴールキーパー):ゴールを守る最後の砦です。サッカーで唯一、手の使えるポジションで、他の選手と区別がつくよう、ユニフォームも違ったものになっています。
日本では川口選手がブラジル戦で見せた神がかりなセービングが印象に残っています。
若林君や若島津君のポジションです。
とりあえず今回はここまで。
他にわからない用語等ありましたら、僕に教えてください。僕の曖昧な知識で良ければお答えいたします。
こんにちは、お久しぶりです。
このシナリオを担当します川本です。
今回、あのようなつまらないオープニングに、9名もの参加を頂き、ありがとうございます。
今回はちょっと、キャラクター紹介の方に重点を置いて書いたので、試合(バトル)のシーンをほとんど書けませんでした。
でも次回からいよいよ4校混ざってのリーグ戦が始まりますから、そっちでガンガン熱い戦いを書いていきたいと思っていますので、どうかお付き合い願います。
さて、プロローグの方で「物語は輝明の視線で語られる」と書きましたが、やはり他校の秘密のことまで輝明が知っているわけありませんから、その部分は二人称で書くことにしました。
学校名:Sideと書かれた章がそれです。
ま、いわゆる「宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ」方式って奴ですね。ミもフタもありませんが。
更に、文章を読んで、「自分のキャラクターがちょっと違う」と思った方もいるかも知れません。その場合、どんどん僕に言っていただければ改善の努力をしたいと思います。
しかし、あくまでこれは輝明が皆さんのキャラクターを見た印象で書かれていますので、輝明にはこう見られている、思われていると考えていただけますとこちらとしても助かります。
実際、わざと皆さんのキャラクターを歪めて書いている所もあります。
とにかく1年間、どうぞよろしくお願いします。