エピローグその3/数日後−公園にて
出撃のない日曜日の午後。天気は快晴。 私と舞さんは今町公園のベンチにいた。今日はひさびさのデートだ。 緑に輝く若々しい木々がさわぐ音がする、初夏の風が頬をなでて気持ちがいい。 次に梅雨が来て、その後はいつものように暑い夏が来るだろう。 季節の移り変わりを感じること、それが生きている証拠だ。 「体のほう、大丈夫か」 「ええ、もうすっかり良くなりました。それに、こうやって外の空気に触れる方がいいんです」 隣にあなたもいますから。と続けると、彼女は顔を赤くして、こちらをみて微笑んだ。 沈黙が続いた。 しばらくして、彼女が思い切ったように口を開く。 「これから。そなた、どうするつもりだ」 「どうする、って…もしかして、私の『本当の』立場のことをもうご存じなのですか?」 「ああ、黙っていてすまない。軍用ネットをハッキングして知った。自衛軍から出向の上級万翼長だと。 そなた、本当は前線に来るような地位ではなかったのだな」 『士官学校を出たばかり』という割に物腰がベテラン過ぎると思っていたので調べた。彼女はそう続けた。 「そこまでご存じなら話は早いですね」 以前から上官に帰還の誘いを受けていたことを打ち明ける。 「竜との戦い…あれ以来、幻獣の出現は世界的規模で一件も確認されていません。 おそらく政府が終戦宣言を出す日も近いでしょう。 終戦になったら次は軍の規模縮小です。 実は昨日、帰還命令を受けました。残務処理のためにも私は関東に戻ります。出発は、明後日。」 「元の立場に戻るのだな」 「まあ、そういうことです」 また沈黙。 私は思い切って、ずっと考えていたことを口に出した。 「あの…舞さん、あなたなら関東でもその能力を生かすことができると思います。 推薦状を書きます。ぜひ私と一緒に関東に行きませんか」 一世一代の告白だ。前に屋上で告白された時より、もっと、ずっと緊張していた。 多分今までの人生の中で最も顔が赤くなっているに違いない。 「すまぬ…それは、断る」 彼女は視線をそらして悲しげにうつむいた。 「駄目…ですか」 若い彼女にこんな、プロポーズの様な提案は早すぎましたか。がっかり。眼鏡を上げて表情を隠した。 舞さんは毅然として顔をあげ、遠く空の彼方に視線を移した。 「芝村たるもの、色々世話になったこの熊本の土地に恩返しをせねばならん。 『ノブリス・オブリージュ』、高い立場の者の義務。というものがある。 戦争で壊した土地を復興させるのもまた、我々の仕事だ。それを終わらせるまで私はここにいる」 …彼女の横顔はとても美しかった。理想を持ち、そのために動く。素敵な人だ。 この顔を私が見ることはなくなっても、それでも あなたはその信念を持つ限りいつまでも美しくあるのでしょう。きっと。 理想の化身のような人。愛しています。……そう思ったら、振られてもふしぎと悲しみは湧かなかった。 「…でも、それが終わったら。終わったらだ…が。」 舞さんは決心したようにつづける。 「関東に行くのも…よいな。部隊で皆と関わったことで分かったことがある。 私にはまだ知らない事が沢山あるということ、だ。私はもっと色々なことを学びたい。 幸いに、その為の時間はこれから幾らでもありそうだからな…」 優しい風が耳をくすぐる。 「分かりました。それまで待ちますよ。…何年でも。」 お互い目を合わせて微笑んだ。誰も見ていないのを確認して、こっそり口づけした。 私と彼女が次に会うのは何時になるのだろう? でも今の私たちの間には不安はなかった。生きて、生きてさえいればきっとまた会える。 それも、そう遠くはない未来の話のような気がした。 戦争は終わるだろう。 でも、私たちにはこれからも長い人生が続いていく。 季節は何度も巡り、それと共に私たちもすこしずつ変わっていくのだろう。 変わっていく途中に隣にいつもあなたがいたらいいんですけど…。と、僕は心からそう願った。
歴史的補講。
1999年、戦争は終わった。それについては多くを語る資料がある。
だが、その終わりの文章は、常に、判を押したかのように一つである。
つまり、めでたし、めでたし。と。
善行プレイ日記おしまい。ここまでのおつき合いどうもありがとうございました。