念のため注意◆『善行の靴下』設定がイヤンな方はここからお帰り下さいね →  もどる



「靴下狂走曲」 SocksRapsody
ナナシノ  


その1.早朝

 舞は、聞き慣れない電話の着信音で目を醒ました。 自分の家の電話の音ではない……それにしては音が近いが。あ、そうか。昨日は善行の家に泊まったのだったな。 舞はベッドの中でぼんやりと記憶を辿った。

「はい、善行です。おはようございます。はい、はい。」
 電話に応えるその声は寝起きとは思えず、小隊長室で執務を取っているときと寸分の違いもない。
 ――この男はいつでも頼もしい司令だな。
 未だ半分寝ぼけている頭で善行の柔らかな髪を見つめながら舞は思った。 髪から目線を少し落として瞳を見つめる。色つき眼鏡で隠されているから分からないけれど、 意外と長めの善行の睫は舞のひそかなお気に入りだ。 風呂とベッドの中以外の全ての時間を眼鏡で過ごす彼の素顔を 独り占めできるというのは、自分だけの秘密を握っているようで楽しい。 起きてしまったことを未だ悟られないように舞は黙って善行の方を眺めていた。
「……はい。私が責任を持って伝えておきます。登校した際で宜しいでしょうか?」
 電話の内容は判らないが、まあ、今はどうでもいい。 舞はベッドサイドの時計をちらっと見た。起きるにはまだ少し早い時刻だった。

 通話が終了したらしく電話のフックを押して 受話器を彼には珍しくガチャンと乱暴に置くと、善行は舞の方に顔を向けた。
「……舞さん。起きてますか」
「あ、ああ。今の電話で目が覚めた」
「芝村準竜師からでした。今日中で良いので舞さんに【一人だけ】で来てほしいと」
「なぜ私あての用事で、そなたのところに電話が掛かってくるのだ!?」
 舞は半身を起こして大きな声を出した。 パジャマ代わりにしているシャツの胸のボタンが外れているのに気づき、慌てて手で覆う。
「あなたの家の電話がつながらなかったということで。私に連絡しろと言われました」
「それなら多目的結晶の方に直接メールすれば良いだろうが……全く」
 舞が文句を垂れていると善行が横からしょっぱい表情で口を挟んだ。
「準竜師は私たちの関係をもうご存じなんでしょうね。 だからメールは『わざと』送らないでこちらに電話してきたんだと思いますよ。随分性格のよろしい方ですから」
「ああ。本当にいい性格だ……」

 ピピッ。舞が皮肉で善行に同調した直後、彼の発言を裏付けるようなタイミングで舞の多目的結晶にメールが届いた。
『親愛なる我がイトコ殿。どこの馬の骨と朝まで道草を喰っているか知らんが、ほどほどにしとけよ』
 ――差出人は言うまでもなく『from 勝吏』だ。
「う、馬の骨」
 舞は口をへの字にすると顔を赤くして枕に突っ伏した。
「えっ?どうかしましたか」
 当の馬の骨が舞に尋ねる。
「い、いや。な、何でもないのだ。気にするな」
 メールを読んだ自分の気持ちを気づかれないように舞は善行の方へヒラヒラと手を振った。

「ちょっと早いですが、朝御飯にしましょう。お味噌汁の具、何がいいですか?」
 糊の利いた白いシャツに袖を通しながら善行は舞に尋ねる。 気力ゼロの状態で枕に突っ伏したまま舞は答えた。
「うー、ワカメと豆腐と……あったら……油揚げも頼む……」
「こういうときは『そなたが食べたい』とか言われると嬉しいんですけどね」
「バカもんッ!」

 舞の投げた枕が、ジェット機より速いスピードで善行の顔面にクリーンヒットした。合掌。



その2.当日

 狭いアパートでドタバタ劇が行われた数時間後。 ひとりだけ突然呼び出されたことが何故なのか腑に落ちないまま、舞は生徒会参謀室に足を運んでいた。
 焦茶色のいかめしいドアを開ける。高価そうな机の前に芝村準竜師が大きな態度で座っていた。
「良く来たな舞。いつも元気で何よりだ。今日の朝もさぞかし元気だったのであろうな」
「……。用事は何だ。早く話すがいい」
 オヤジくさい嫌味はとりあえず無視して、舞は不機嫌そうに急かした。
「今日はそなたに特別な任務がある。そう、特別なのだ。極秘だ」
「だから早く言えと言っておる」
「まあ、そう急ぐな。『急いては事をし損じる』という諺もあるぞ」
 準竜師がこんな風にもったいぶっている時は必ず何かある時だと舞は知っている。なんだかとてもイヤな予感がした。
「そなたに入手してほしい物があるのだ。これが、他の奴らにはちょっと頼めない物でな」
「何を、だ?」

「善行の靴下。それも使用済のブツだ」
 一瞬、部屋が冷たい沈黙で凍り付いた。

(な、何だそれは!)
 舞はこんな展開は全くシミュレーションしていなかった。 お小言や金の延べ棒や武器や秘密作戦ならともかく、なぜ靴下。しかも善行の。かてて加えて使用済。
 ハッ。いかんいかん。我に返った舞は大声で怒鳴った。
「こ、断るッ!馬鹿馬鹿しい、何故そんな物が必要なのだ!?」
 準竜師は舞の態度を無視して真面目な表情のままで続きを告げた。
「現在、研究所で新たな兵器の開発が進んでいる。その過程で善行の靴下が必要なのだ」
 ……理解できない。第一、『武器の開発→善行の靴下』って文脈に関連がまったく感じられないぞ。 舞の頭の中に疑問ウイルスが大発生した。

 準竜師はそこでニヤリと笑うとラジカセを取り出した。
「ふふ…それに、お前には拒否権はないのだ。こいつを聞いたら絶対了解するだろうしなぁ。ほれ」
準竜師が再生ボタンをポチッと押すと、雑音の後で舞にとって聞き覚えのある会話が流れた。

「ザーッ………かんで……ひっぱらないで……くださいよ。もっと…良いところ…あるでしょう?」
「……へ……変なことを……そ、そこなら……嫌ではない………」
「今日はBコースで……行きましょうか……ふふふ……ザーッ」

「ぐぅッ。そ、それをどこで手に入れた勝吏!」
 舞の顔色が青、続いて赤に変わった。それはきっかり2日前の真夜中の小隊長室でのHな雰囲気の録音データだった。 盗聴されていたのか。誰か小隊内に内通者がいるに違いあるまい。
「それは言えんな。良かったら続きも聞くか?」
「や、止めろッ!ぜ、善行の靴下と、交換条件と言うわけだな」
 ゆでダコ並に顔を真っ赤にした舞はようやく言葉を紡いだ。
「ああ。我がイトコ殿はさすがに察しが早いな。この録音データと善行の靴下を交換だ」

 準竜師はもう一つ条件を加えた。
「この件は善行には内密に行ってほしい」
「何故だ」
「この研究は軍の中でもトップシークレットなのだ。 それに、自分の履き古した靴下が使われるとはいくら善行と言えども楽しくない知らせだろうからなぁ」
 彼の性格からは珍しく思いやり(なのだろうか?)を見せて準竜師はガハハハと笑った。



その3.深夜

「んー……舞さーん……ふふふ……ぐー」
 深夜。
 善行が完全に眠っているのを確認して、舞はベッドから抜き足差し足で降りる。
 靴下の件を相談しようかどうかさんざん迷った挙句、結局舞は善行に話さなかった。 こんなヨゴレ仕事をするのは私一人で充分だ。
「まったく、どうして私がこんな事をしなければならんのだ!?勝吏め……ッ」
 文句を吐きつつ舞は脱衣場に向かうと、洗濯カゴの中から目当ての物を手探りでごそごそ探した。

 無造作に放りこまれている洗濯物の山から灰色の細長い物体を2枚ほど取り出す。
「うッ……なんか臭う……」
 舞は泥棒になった気分がして(実際やってることに大差はないだろう)とても気分が悪かった。 しかも、目当ての物は「ク・ツ・シ・タ」だなんて。芝村が泥棒。しかも靴下。プライドって何処。 先日、雨の日に善行が靴を脱いだ時のむっとした臭いを思い出し、舞は更に気分を悪くした。

 い、いや、これは一応『任務』なのだ。えーい、さっさと事を済ましてしまえ。舞は靴下を取り上げた。
「フニャーン?」
「うわぁあ!」
 声と同時に顔面に生暖かい息が掛かる。ギョッとした舞が正面を見ると、 洗濯カゴの上にドシンと乗っかかった善行の飼猫、長毛の白猫スキピオと目が合ってしまった。 舞は靴下に集中していたので近寄ってきた存在に気づかなかったらしい。
 白猫は訝しそうにこちらを見ている。その表情は「何してるの?怪しいニャ〜ン」と言っているようだ。 黒猫ハンニバルと違ってスキピオはイマイチ舞と相性が悪かった。 細い目つきでふてぶてしい様子はにっくき勝吏を思い起こさせる。 (映画なんかであの手の悪党が抱いている猫と似ているのだ)

 こ、ここでスキピオに大声を出されたら、善行が起きてしまうかも……。 それだけはまずい。

「スキピオすまん!許すがいいッ」
 舞は白猫の額にお札のように靴下をビシッ!と貼り付けた。
「フゥ―――――ッ!!」
 白猫はその強烈な匂いを思いっきり嗅ぐと、気絶してコテン。と床に倒れた。 その勢いで思わず握りしめてしまった善行の靴下を舞はじっと見つめ、一言呟いた。
「……さ、さすがに、すごい威力だ」
 これが新兵器だという話は案外本当なのかもしれぬ。舞はそう思った。



その4.翌日

 芝村準竜師は机上の奇妙なオブジェを前にしていつものように平然と指を組み、舞と向かい合っている。
 ジップ付きのビニール袋をさらにビニールと紙袋で包み上からガムテープでぐるぐる巻きにした 厳重な包装は、そのまま放置してあったら必ず警察に通報される類の品物だ。どこからどう見ても怪しい。

「ご苦労だったな。念の為、中を改めさせてもらうぞ」
「うむ。構わん」
 舞はすかさずポケットから白い物体を取りだし準備した。
「……舞。なんだ、その布は」
「見て分からんか。ハンカチた。私は、その匂い……好きてはない」
 舞は鼻と口にハンカチを当てている。
「ふん、芝村のくせに意気地なしだな」
「それくらいて、いくしなしといわれてたってかまわん。むぐむぐ」
 彼女の発音がおかしいのはハンカチ越しのせいである。

 準竜師は自分で包装をほどき、灰色の一対を指でつまみあげて取りだし丁寧に机の上に広げた。
「うむ、【善行の靴下・使用済】……本物だな。まさかとは思うが、速水や若宮のものではないな?」
「私が信用できぬと言うのか!まごうことなき本物だ」
 舞は怒ってハンカチを投げ捨てたが、直ぐに部屋にただよう臭いの分子に気づいて拾い直した。 ビニール袋の中で更に進化を遂げちゃったらしいこの臭いに耐えられるとは……。 舞は正直言って勝吏があまり好きではないが、何事にも動じない彼の大物ぶりは認めないわけにはいかない。
「ふん、そうムキになるな。冗談だ」
「それより、録音データを早く渡してもらおうか」
「ほれ。他にコピーは取ってないから安心するがいい。ご苦労だったな。もう帰って良いぞ」
 準竜師は録音データの入ったセルを引き出しから出すとあっさりと舞に渡し、ひらひら手を振った。
「言われなくてももう帰る」
 もう用事はない。舞はさっさと退室してこの情事の間抜けな証拠を隠滅したかった。

 部屋を出る前に舞はひとつだけ言い残した。
「余計な世話かもしれんが、直接それの匂いを嗅かないほうかいいと思う……ウップ」
「ソックスハンターではあるまいし、俺はそんなことはせん」

 舞がさっさと退室した後、準竜師はひとりで呟いた。
「ふッ。イトコ殿はまだ修行が足りんようだな。だいたい、こんな靴下が武器になるワケがなかろう。 ま、そんなことはどうでもいいが。ムフフ。」
 部屋に誰もいないのを改めて確認すると準竜師はビニール袋から善行の靴下を取りだし 鼻に密着させて(彼にとって)香ばしい匂いを嗅ぎはじめた。

「はあぁぁ……た、たまらん。この香り。 まさに【通だけが分かるこの一品】だけある……ハァ……シ・ア・ワ・セ〜」

 準竜師がこの世の至福を味わっているまさにその時。
 突然目の前の扉が開いてガスマスクをした副官・更紗とその女子部下が現れた。
「勝吏様ッ!またそんなオイタをなさって!今回という今回はもう許しません」
「うわぁ、更紗!お前何故ここにいる?今の時間は清城高校男子部と合コン…もとい懇親会ではなかったのか」
「嘘です。勝吏様が善行上級万翼長の靴下を入手されると聞いて、 虚偽のスケジュールを組みましたの」
「俺はまんまと囮に引っかかったというわけだな。くそ、だ、騙したな……」
 更紗は問答無用に言い放った。
「風紀委員!連れていきなさい」

「更紗、最後にひとつだけ聞きたい。どうして善行の靴下の件を知ったのだ」
「5121部隊に内通者がいたのですわ。勝吏様……」
 準竜師は若宮並に筋肉ムキムキな女子スカウト2人に両腕を抱えられずるずる引きずられて部屋を出ていった。

「……フッ。終わったわ」
 全て事が終わった後、自分専用の控室で副官・更紗は引き出しに隠してあった雑誌を取り出し表紙を見つめてページをめくった。 そこには『転職情報誌・だらばーゆ バカな上司は選べない』という大きな文字が踊っている。



「このッ!このッ!バカ勝吏めが!」
 舞は生徒会の建物を出ると、録音データを地面に投げつけ足で完膚なほどに砕いた。
「ぜ、絶対に仕返ししてやるからな!次に会う時は覚えておれ!」

 ―――――勝吏と次に会う機会が永遠に失われたことをまだ彼女は知らない。



その5.夕方

 その頃、速水はハンガーでひとり仕事をしていた。
「今日は舞がいない分頑張らなきゃね。でも、2日続けて呼び出しだなんて何があったんだろ?」
 速水が黙々と作業をしていると
「速水くぅーん」
 いきなり肩を叩かれ、振り向くと原整備主任が立っていた。最近原は速水にやたら優しくよく話しかけてくるのだ。
「これから、一緒に夕飯食べない?味のれんで」
 原はなんだかご機嫌そうだ。
「え、でも僕、給料日前であまりお金が無くって」
「いいのよ。私が全部おごるから。最近、2回も臨時収入があったの。お姉さんに任せて」
 速水はさすがに奢られる魅力には抗えなかったので原に付いていくことにした。

「あのう、臨時収入って何ですか。アルバイトでも?」
 味のれんのカウンターで速水は原に尋ねた。
「まあそんなトコロ。さあ、じゃんじゃん食べていいわよ♪速水くーん」

 原はうふふ。と笑った。微笑みの裏で何があったのかはこの広い世界で彼女だけが知っていた。



その6.休日

「……あれ。おかしいな」
 快晴の日曜日。善行はたまりにたまった洗濯物を片づけていた。
「靴下が足りないような気が。舞さーん、僕の靴下知りませんよねぇ」
 善行は脱衣場の横の台所で食事の準備をしていた舞に訊ねる。
「そ、そんなもの、わ、私が知るわけないであろう」
(善行、済まん……その犯人は私だ)舞は嘘を付いてその場を取り繕ったが内心とても申し訳なく思った。
「そうですよね、すみません」

「ニャーン」
 白猫スキピオが洗濯機の前に戻った善行にすり寄ってきた。
「スキピオ。私の靴下が一足見つからないのですが貴女知りませんか?」
「ウニャ?」
「これと同じ物なんですが……」
 善行は洗濯済で湿った同じ形の靴下をスキピオの目の前に差し出した。
「フ、フギャ―――ッ!!」
 スキピオは先日の悪い記憶が蘇ったらしく全速力で逃げ出しどこかへ行ってしまった。
「あれ?……なにか、気に障ったんですかね。うーん」

 ……当の本人はどうやら気づいていないようだ。 「知らぬが仏」とか「言わぬが花」という諺もある。 平和な日曜日の昼下がりの光景を眺めながら舞はその2つの言葉を心のメモに刻みこんだ。

−THE END−




あとがき。
ガンパレ者なら一度は通るソックスハンター物と、善行スキーなら一度は通る(のか?)靴下物です。
私の中では「準竜師×善行(の靴下)」(でも勝吏たん片思い)という脳内設定があるのです…;
本当は私も格好いい善行(と舞)が好きなハズなのに、こんな話を書いてしまうのは愛がねじれてるのでしょうか。
トホホホホ(苦笑)


2001/11/14 ナナシノ/委員長権限 (12/14少し改稿)

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