『猫に小判』
「ゆきる」さんから戴きモノ

「うーむ・・・・」
瀬戸口は、それを手に、どうしたものかと悩んでいた。
昼下がり、うららかな陽気にグランドはずれでぼんやりしていると、誰かが背後から自分に視線を向けているのに気づいた。
ブータだった。赤いチョッキを着た巨大猫が、目をうるうるさせながらこっちを見ている。
ブータは、トコトコと近寄ってくると、口にくわえていた物体を瀬戸口の手のひらに載せた。
「ニャウー」
やる、とでも言っているのだろうか。瀬戸口の拒否しない様子を見て、ブータは満足そうに去っていった。
瀬戸口は承諾したのではない。どうしたらいいか、わからなかっただけである。
あとには、ブータの首輪だけが残された。

なぜ首輪?なぜ自分に?なぜいきなり?
そのアイテムの価値などこれっぽっちも知らない瀬戸口は、ただ戸惑うだけだった。
首輪の両端を指でつまんで、目の前にかざしてみる。赤くて、革でできていて、金具と鈴がついていて、いくつかの穴の開いている、何の変哲もない首輪である。金具にはご丁寧に、予防注射済の鑑札までついている。
これを、どうしろと?
もちろん瀬戸口の家には猫はおろか、動物の類は一切存在しない。
瀬戸口は10秒間ほど悩んで、結論を出した。
「猫にまでモテるとは・・・・俺も罪なヤツだな・・・・」
来る者は拒まない、それが彼の信条である。
とりあえず、ポケットに入る大きさではなかったので、開いた首輪をそのまま喉元にひっかけた。
お、ぴったりだ。
首輪はちょうど良く首元におさまり、何だか元気が出てきた瀬戸口は、そのまま校舎に向かって歩きだした。

「そんな格好で歩いて、どういう風の吹き回し?」
くすくす笑いながら、原が近づいてきた。
「本田先生の真似?それとも、取っちゃいけない理由でもあるのかしら?
・・・・わかった!ふふふ、さては首輪プレイでしょ?」
原は自分で言った言葉にさらにうけている。
「・・・あなたが言うとシャレに聞こえませんよ」
「いいじゃない、瀬戸口くんみたいないい男だったら、どんなのでも許可。
・・・でも、首輪プレイって面白そう、かも。靴下だけに首輪とか。どう?
どうせなら、ネコミミも貸してあげましょうか?にゃーん、って」
何を言っているんだこの人は・・・と呆れながら、瀬戸口は、目の前の原の姿に、さっきの首輪を重ねて想像してみる。
靴下だけの原+首輪+ネコミミ。
本当に、シャレにならない人だ、と瀬戸口は小さくため息をついた。

* * *

一方そのころ。
「森さん、ブータはどこにいるかご存じですか?」
「そう?裏庭で見ましたよ」
「速水くん、ブータはどこにいるかご存じですか?」
「うーん、この時間ならプレハブ校舎屋上だと思うけど・・・」
「加藤さん、ブータはどこにいるかご存じですか?」
「グランドはずれで見たで」
「壬生屋さん、ブータは・・・・」
浮かれた表情で、ブータを探し回る男、善行忠孝。
今の様子からは、とてもそうは見えないが、この5121部隊の委員長にして司令である。
年甲斐もなく猫の尻を追いかける彼の狙いには、クラスメイトたちは皆気づいていた。
”首輪か・・・・”

猫の首輪。それは善行にとってはどうしても手に入れたいアイテムであった。
司令の仕事に忙殺されて訓練するヒマもない、というのが表向きの理由だが、実のところ、10代真っ盛りのクラスメイトたちと過ごしていると、いろいろな場面で自分の体力の衰えを感じることが多かった。ましてや、これから先、戦闘はさらに過酷になる。体力その他諸能力の低さを理由に、司令の自分が部隊の足を引っ張ることなど決して許されるはずもなかった。
”・・・とか言って、本当は戦闘力上げて、舞さんと複座型ラヴラヴシートで活躍したいだけなんですけどねっ”
もちろんそれは、善行の心の中だけの最重要機密である。

でもこのために色々苦労してきましたよ。
その美味しいアイテムの噂を聞いた日から、善行は綿密な計画を立て、着実にそれを遂行してきた。
滝川に週刊マガデーを毎週買い与えて「交換しない?」のコマンドを覚え、ハンニバルとスキピオの餌を少しづつ誤魔化してブータに媚を売り、裏マーケットの主人に頼みこんでマタタビお徳用パックを取り寄せ、全てのお膳立てを整えた。
そして今、善行の視線の先には、ふかふかの毛をなびかせてブータが寝ころんでいる。
善行は小躍りしながらブータに近づいた。
「ブータさん、一つ提案があるのですが・・・」
喜びと恥じらいを満面にたたえ、なぜか敬語でブータに近づく。
「このマタタビお徳用と・・・・うっ!!」
ブータが眠そうな目をこちらに向けた時、善行の体は衝撃で固まった。
ない。
首輪が、ない。
首輪だけが、ない。
「ニャウ〜ン!」
大大大賛成!と興奮の表情ですり寄ってくるブータ。
善行はすっくと立ち上がると、眼鏡を直しながらブータを見下ろし、冷たく言い放った。
「・・・貴様になど、もう用はない」
「ヴニャ?」
ブータの目の色が変わった。

* * *

ブータにしこたまやられた上に、マタタビの袋まで奪われた善行は、すっかり気落ちしながら小隊長室へと歩いていた。午後の授業を受ける気にもならないので、自分の職場でサボろうという魂胆だ。
校舎はずれにさしかかると、遠くで原と瀬戸口が話しているのが見えた。何やら盛り上がっている。
今の自分の情けない姿を見られたくないと思い、善行は足早にその場を通り過ぎようとした。
だがその時、善行の目に信じられないものが飛び込んできた。
原が楽しそうに両手でつまんで持ち上げているモノは。
瀬戸口の首元に当てたり、自分の首元に当てたりして笑っているソレは。
「・・・何で、そんなところに・・・・」
思わずつぶやいた善行の声に、笑っていた原と瀬戸口が振り向いた。
「あら、善行司令。・・・・どうしたの?その傷」
「どこぞのお姫様のように、嫌がる猫のシッポでもつかみましたか?」
全身ひっかき傷だらけの善行のいでたちに、興味津々の二人。善行はすぐにでも逃げ出したかったが、目の前の、探し求めていたアイテムがその足を踏みとどまらせていた。
放心状態で首輪を見つめる善行の頭の中を、さまざまな思いが駆けめぐる。
何だ何でこいつらが首輪を持っているんだどうせ実戦に関係ない整備主任とオペレーターなのにでも何か思惑があるのかまあいいや要は手に入れればいいんだ手に入れなければああでもどのアイテムと交換すればいい今持っているのは眼鏡いやこれはさすがにちょっとあるいは靴下ってこんなもので喜んで交換してくれるわけがないだろしかも最近洗ってないしううう出直すかでも折角のこのチャンス逃したら捨てられでもしたら善行忠孝一生の不覚いややっぱりここで手に入れてこそ男というもの原がなんだ瀬戸口がなんだ笑われようがからかわれようが構うもんか決めたぞ私は今手に入れななな何ですか原さん何するんですかうわわわわわわわわ
気がついた時には、原が不敵な笑みを浮かべて目の前に立っていた。
「ねえ、こんなのはどう?」
そう言うと、手に持っていた首輪をすっと善行の首に掛け、素早い動作で金具を留めた。
そのまま、少し後ずさって善行の全身を上から下まで見回すと、ちょっと考えこむ様子を見せる。
「うーん・・・どうせなら、こうかしらね?」
さっきブータと取っ組み合って曲がったネクタイをスルリと外し、開いたシャツの襟元に首輪の位置を直す。
「うん、いい感じ。とっても似合うわよ」
原は、くすくす笑いながら満足そうにうなずいた。

・・・・・
善行は、呆然としたまま、手だけを動かして首元に触れてみた。
確かに、猫の首輪がそこにある。
綿密な計画をことごとく裏切った、あっけない幕切れだった。
「あ、そういえば私次の授業、本田先生にサポート頼まれてるんだった。じゃね」
原があわてた様子でその場を去るのを、善行はぼんやりと見送っていた。
・・・何はともあれ、目的は達成できたわけだし。
めでたし、めでたし、ってとこですか・・・?
善行が達成感を覚えるには、もう少し時間が必要だった。

瀬戸口は、困っていた。
目の前に、首輪をはめた善行の姿。
さっきの原との馬鹿話の妄想が、善行の姿に重なる。
参ったな・・・・これはこれでなかなか・・・・
そんなつもりじゃなかったはずだが・・・・俺の方がやられたのか・・・・?

善行は、自分の周囲が何やらおかしな雰囲気になっていることに気づいた。
よく見れば、辺りには瀬戸口と自分しかいない。
・・・そういえば、舞さんとデートしたいがために、瀬戸口くんとはずいぶん仲良くしましたっけ・・・・・
最悪の予感に、背筋を汗が滑り落ち、視線が宙をさまよう。

そんな二人をまったく省みることなく、プレハブ校舎屋上で、ブータが一つ、大きなあくびをした。

おしまい。

* * *

・・・オチは瀬戸善ということで(爆)
もともとは、1stプレイの実話でしたー。猫の首輪を何故か瀬戸口が持っていたという。
いつか瀬戸速あたりでネタにしてやろうと思っていたんですが、何となく思いつきで善行にしたら、あっという間に書き上がる(笑)。善行さんてば、(ギャグでは)書きやすいキャラですねぇ。

2001/11/26 ゆきる( yukiru.s@anet.ne.jp )

ありがとうございました>ゆきるねーさん
瀬戸善…いいっすね。私もスキです。正反対の性格ってとこが良いんですよねー。
しかし、善行…いじりやすい(いじられやすい?)キャラですな〜(ナナシノ/委員長権限)

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