あの戦争から、5年の月日が流れた・・・。たくさんの人々が戦い、傷つき、そして倒れていった戦争。
 名もない人々が懸命に戦い、そして侵略者の手から日本を守りきった。
 国の一部しか戦場にならなかった日本は、月日が経つに連れて人々の記憶から、あの戦争の事は消えていってしまった。同時にあの国に対しても、人々は関心をはらわなくなりつつあった。
 日本は、平和になった・・・しかし、その裏側では、何か不気味なものが動き始めていた・・・。
 
 
 
 
 
 
 



 
ガールズ・ファイターシリーズ

 
 サイバー・ウエポン
 
 
作:逃げ馬
 
 


 








 夜・東京都内・ある大学生の家
 
 その日は、週末だった。
 大学から帰ってきた大学生の男は、夕食が終わると早速、部屋にこもりパソコンのスイッチを入れた。
 メールをチェックした後、お気に入りのサイトを回る。
 「おや?」
 何日か前にチェックした時にはなかったアイコンがあった。更新履歴には書いていなかったが・・・。
 「なんだろう・・・。」
 早速、ダウンロードをしてみる。彼のパソコンには、ウイルススキャンソフトが組み込んである。怪しいファイルなら作動するはずだった。
 「うっ・・・。」
 男は、椅子からずり落ちると床にうずくまってしまった。
 「ああ・・・・うわあー!」
 叫び声を上げる男・・・しかし、その声はしだいに女性の悲鳴のようになっていく・・・。
 「どうしたんだ!」
 父親が部屋に駆け込んできた。
 父親が見たのは、さっきまで息子が着ていた服を着て、うずくまったまま震えている少女だった・・・。
 
 
 
 翌日・ネット喫茶
 
 少年は、高校の授業を友人と一緒に抜け出すと、行きつけのネット喫茶に来ていた。
 二人は、並んでパソコンを操作していた。
 「う・・・うわー!」
 突然、隣でパソコンを触っていた友人が叫び声を上げた。周りの客の視線が集中する。
 「おい・・・ふざけるなよ・・・。」
 少年は、うずくまっている友人の肩に触った・・・なんだか柔らかい。次の瞬間、少年は自分の目を疑った。
 友人の髪の毛は、サラサラのロングヘアーに変化していったのだ。服は、ダブダブになっている。まるで体が一回り小さくなったようだ。
 「おい・・・大丈夫か?」
 少年は、おずおずと声をかけた。友人が顔をこちらに向ける。
 「おい・・・おまえ・・・。」
 少年は言葉を飲み込んだ。
 それは、少年の知っている友人の顔ではなかった。友人は、彼と同世代のロングヘアの髪の美少女になっていた・・・。
 
 
 
 数日後・地方都市・コンビニエンス・ストアー
 
 「間に合うかなあ・・・。」
 女の子が言った。
 「大丈夫!まだチケット取れるって!」
 男が答える。
 二人は、会社の同僚だった。この町で行われるコンサートのチケットを、コンビニの端末で予約しようとしていた。 男性が端末を手際よく操作していく。
 突然、耳にかかる自分の髪に驚く男。
 「あれ・・・?」
 男は、自分の頭に手をやった・・・短く刈り込んでいたはずなのに・・・そう思いながら。彼の手にはサラサラのショートヘアーが触れる。
 女性は、目を丸くして男を見ていた。
 「ど・・・どうしたの?」
 驚く女性・・・。
 突然、頭を抑える男性・・・。
 「う・・・な・・・何かが俺の頭に・・・うわー!」
 頭に手をやりながら叫び、よろめく男性。ワイシャツを着ているその下から女性のように胸が膨らんでいく。腰の位置は高くなり、ズボンのお尻ははちきれんばかりに大きくなっていく。身長は小さくなっていっているようだ。一緒にいた女性には、まるで体が小さくなっていくミシミシという音が聞こえるかのようだった。
 「キャー!」
 店の中で悲鳴を上げる女性。店員や客が走ってきた。彼らが目にしたのは、怯えきった目で彼らを見る10代くらいの年齢で、男物の服を着たショートカットの美少女だった。
 
 
 
 数日後の朝・東京・天王洲・東西商事ビル
 
 その若い男は、紺色のスーツに見を固めて、腕にはアタッシュケースを下げていた。
 年齢は30歳前後、身長は180cm程だろうか?どちらかというと、細身の体で髪は黒く短い。いかにもやり手のビジネスマンといった雰囲気だ。
 男は、背中をピンと伸ばしてモノレールを降りると、駅を出て人の流れに乗って歩いていくと、一つのビルに入っていった。
 ビルの前には、『東西商事』という表示がある。
 「おはようございます。小川室長。」
 可愛らしい受付嬢が、声をかける。
 「やあ!おはよう!」
 小川と呼ばれた男も微笑みながら声をかける。
 彼は、小川勝春。この東西商事の調査部15課の室長である。
 小川は、エレベーターに乗るとボタンを押した。エレベーターが動き出す。
 『ピンポーン』
 エレベーターのドアが開くと、ガラスの仕切りの向こうで、たくさんの男女が忙しそうに動き回っている。壁にはめ込まれたモニターには、いろいろな放送局のテレビ番組が写っている。壁には、世界各国の主要都市の時間を表示した時計も掛けられている。
 小川は、通路を歩くと一つの部屋に入った。コンピューターの端末でメールをチェックする。
 「小川室長。宮原部長がお呼びです。」
 秘書が呼びに来た。
 「西村は?」
 小川は、端末から顔を上げて秘書を見ながら聞いた。
 「先程、部長室にいかれました。」
 「わかった!」
 小川は、そう答えると席を立った。
 
 『コンコン』
 小川は、ドアをノックした。
 「どうぞ!」
 中から声がした。
 「失礼します。」
 ドアを開けると小川が部長室に入った。部屋の中央にあるテーブルには、壮年の男と、彼とほぼ同年齢に見える長髪の男が椅子に腰掛けていた。壮年の男は、調査部の宮原部長。そして、長髪の若い男は、彼とコンビを組む15課の西村という男だった。
 「よお!来たな・・・。」
 宮原が小川に向かって笑いかける。
 「先輩!おはようございます!」
 西村が小川に挨拶した。
 「おはよう!」
 小川は、西村の向かい側の椅子に腰掛けながら挨拶した。
 「さて、二人に来てもらった用件だが・・・。」
 宮原は、二人にファイルを一冊ずつ渡した。二人は、ファイルを開くと、素早く目を通す。
 
 この、『東西商事』は、世間では中堅の総合商社ということになっていた。 
 しかし、実はそれは表向きの事でその内側は、国防省直轄の情報機関だった。以前の戦いで情報収集能力のお粗末さに驚いた国防省が設立したのだった。総合商社の社員という肩書きならば、世界各国、また、国内のどこに現れても不思議ではない。格好の隠れ蓑だった。
 
 「これは・・・正直なところ訳がわからないですね・・・。」
 西村が、宮原に向かって言った・・・。小川は、まだファイルに目をやったままだ・・・。
 「・・・ストレートな奴だなあ・・・。」
 宮原は苦笑した。小川は、ようやくファイルから顔を上げた。
 「警察は、なんと言っているのですか?」
 「全く手掛かり無しだと・・・その報告書に書いてあることが全てだ・・・それでこちらに調査依頼が来た。」
 宮原の言葉に、二人は視線をファイルに戻した。
 「しかし、確かにこの事件は・・・そもそも男が一瞬で女になるなんて・・・。」
 西村の言葉が、小川の記憶を呼び起こした。彼は、国防大学在学中に、前の戦争を経験していた・・・それは西村も同じはずだが・・・。
 「そういえば・・・前の戦争で捕虜が女性にされたという事がありましたね。」
 「ああ・・・確かにあったが、あの時にはみんな一箇所にいただろう・・・この事件は被害者が散らばっていて、全く共通点が見当たらないんだ。それに、あの時にはずっと後になって体が変化したそうだし、こんなに一瞬には変化しなかったそうだ・・・。」
 宮原が答えた。
 「確かにそうですねえ・・・東京都内の家の中、ネット喫茶に地方のコンビニ・・・全く共通点はなさそうだ・・・。」
 西村がファイルを見ながら言った。
 「この件は、君達のセクションで扱ってくれ・・・君達のセクションの今までの調査実績を見て依頼したんだ、頼むぞ!」
 宮原の言葉に、二人は頷いた。
 
 
 「参ったなあ・・・。」
 西村が部屋に帰る途中の廊下で小川に向かって言った。
 「確かにな・・・厄介な事件だが。」
 小川が言った。
 「とにかく、これから現場や警察に行ってみることだな。」
 小川は、そう言うとエレベーターに向かった。
 「エッ・・・もう行くのですか?」
 「ああ・・・警察に行ってみるから、おまえは現場に行ってデジカメで状況を撮影してきてくれ・・・。」
 そう言い終わると、小川を乗せたエレベーターのドアが閉まった。
 「ハーッ」
 西村は、腰に手を当ててため息をついた。
 
 
 その日の夕方・東西商事
 
 二人は、彼らのセクションが使っている部屋でその日の調査結果を報告していた。
 「そういうわけで、警察は完全にお手上げという事だ。」
 小川が言った。
 「俺の方も、あまり収穫らしいものはありません・・・共通するものを探そうとはしたのですが・・・全くなさそうです。」
 西村は、コンピューターのディスプレイにデジタルカメラで撮影した現場の状況を表示していった。小川が真剣な眼差しでディスプレイを見ている。
 「確かに、目立つ共通点はなさそうだが・・・。」
 小川の目が、コンビニエンス・ストアーの画像を見ている。
 「コンビニでの現場は、あの端末の前だったのか?」
 画面に目を向けたまま、西村に聞く小川。
 「ええ、そうです。」
 手帳を見ると、西村は言葉を続けた。
 「あの端末で、チケットを予約中に変身したそうです。」
 小川は、椅子にもたれながら天井を見ていた。
 「気になるなあ・・・。」
 小川が呟く。
 「なにがですか?」
 西村が尋ねると、
 「いや・・・確証はないのだけどね・・・。」
 小川が再び画面を見ている・・・それを見守る西村・・・小川は、判断をしかねているのだろうか?やがて、西村を見ると笑いながら言った。
 「すまない!今日はここまでにしよう。明日の朝、部長に今までの結果を報告しよう!」
 そう言うと、小川は立ち上がった。
 
 
 
 翌日・東西商事・宮原部長の部屋
 
 秘書は、テーブルにコーヒーを三つ置くと、一礼して部屋を出て行った。
 「状況はどうだ・・・?」
 宮原部長は、小川を見ると言った。
 「今のところは、警察の調査結果以上の事は、わかっていません・・・。」
 西村が脇から答えた。それを聞いて宮原は、ため息をついた。
 「そうか・・・やはりてこずりそうだな・・・。」
 小川は、また考え込んでしまった・・・手元のファイルを見ている・・・。
 「どうした・・・何か気になるのか?」
 宮原が言った・・・。
 「このファイルを、ある人物に見せたいのですが・・・。」
 小川の提案に驚く宮原。
 「いったい誰に見せたいのだ?」
 「城南大学で理工学部の助教授をしている浜田です。」
 小川の言った名前に、
 「ああ・・・あの“パーフェクト浜田”ですか?」
 西村の言葉に笑い出す小川。
 「そうだ・・・よく知っているなあ。」
 「なんだ、その“パーフェクト浜田”というのは?」
 宮原の質問に、
 「小川さんの国防大学の同期生なのですが、在学中は全ての分野で一番を維持した伝説の学生なのです。でも、卒業時には任官を拒否して姿を消したそうなのですが、去年、突然に城南大学の理工学部の助教授になったそうなのです。」
 西村の言葉を小川がつなぐ、
 「いや・・・突然ではないけどね。彼は、卒業後に外国の大学に留学をしたりして技術的な事にはかなり詳しいのですが、彼はそれだけにとらわれず、幅広い柔軟な考え方が出来る男です。」
 宮原は、少し考えてから言った。
 「その男は、今年から国防大学の講師をしているのでは・・・。」
 「そうです。」
 小川は答えた。
 「彼は、その他にも幕僚本部のアドバイザーもしていますから、極秘事項を扱う事も出来ます。」
 「いいだろう・・・私は賛成だ。いつ彼の所に行く?」
 「許可を頂けるのでしたら、あちらの都合を聞いて今日にでも大阪にいる浜田のところへ行きますが・・・。」
 「そうしてくれ・・・西村は、その間にこちらで情報収集だ。よろしく頼むぞ!」
 そう言うと、宮原は席を立った。
 
 
 
 午後、大阪・関西国際空港
 
 小川は飛行機を降りると、空港のターミナル・ビルを出て駅へ向かった。切符を買うと大阪の中心部、難波行きの私鉄の特急電車に乗った。
 「さて・・・。」
 彼は、座席に座るとノートパソコンを立ち上げ、西村からのメールをチェックした。あまり進展はないようだ。
 彼はパソコンを切ると窓の外を見ながら考えた。電車は、海の上にかかる鉄橋を走っていた。
 
 国防省の情報部が今の態勢になって4年余り。しかし、得られた情報を分析・評価する人間は急には養成出来ない。今の情報部は、情報の収集能力に関しては、前の戦争当時に比べると飛躍的に向上している。それは、この分野に入って数年しか経っていない小川にも実感できた。しかし、その情報を分析するとなると、まだまだだった・・・そのため、無駄になった情報もかなりあるはずだ。
 今回の事件は、何か不気味だ・・・いったいなにが起きようとしているのか・・・。
 その手掛かりを掴むため、彼は久しぶりに浜田に会う気になったのだった。
 
 「あいつなら、この中から何かを見つけてくれるだろう・・・。」
 小川は呟いていた。
 特急電車が難波駅についた。改札口を出ると小川は乗り換えのためにエスカレーターに乗った。下まで降りて通路を歩き始めると、
 「キャーーッ!」
 駅の中にある銀行の方から女性の悲鳴が聞こえた。小川は、反射的に通路を走り出した。突然、
 「ドロボーッ!」
 近くのテナントから、手提げ金庫を持った男が走ってくると、小川に向かってきた。
 「どけどけ!」
 男が叫んでいる。腕には、ナイフが握られている。周りの人たちは雲の子を散らすように逃げたが、小川はそのまま銀行へ向かって走り続ける。
 「・・・!」
 男は、小川とすれ違いざまに片手で投げ飛ばされ、床に叩きつけられた。小川はそのまま走り去り、店員が男を取り押さえた。捕まえられた男と店員は、目を丸くして走り去る小川の後姿を見た。
 小川が銀行の入り口に来た。
 「これは・・・?!」
 目の前の光景に小川は、自分の目を疑った。
 
 「助けてくれー!」
 二十歳くらいだろうか・・・若い男がATMの前で両手で頭を抑えて立っていた。
 連れだろうか?若い女性がその側で口を両手で抑えて男を見ている。他の客は、遠巻きに男を見守る。
 男の髪は、するすると伸びるとセミロング位の長さになった。胸はTシャツを押し上げて膨らんでいく。ウエストが細くなり、ジーンズのお尻ははちきれそうに膨らんでいた・・・。
 「ああ・・・?!」
 身長が縮んでいく・・・顔の感じも優しい感じに変わり、体の筋肉が落ちて肌は白く変わって滑らかになっていく。
 「うう・・・うわー!」
 女になってしまった男はしゃがみこんでしまった。
 「キャー!」
 連れの女性は取り乱している。男は、14・5歳くらいの女の子の姿になってしまった。しゃがみこんで怯えきった目で震えている・・・かつて男だった面影はまったくない。
 
 「救急車!それと警察に電話を・・・!」
 ようやく自分を取り戻した小川が叫ぶ。銀行の職員が電話をかけている間に、小川は素早く周りを確認した。それらしい人間はいない、怪しい物もない・・・いったい何が・・・小川の耳には、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
 
 辺りは、すっかり暗くなっていた。大学通りには、もう街灯が点灯されていた。
 小川は、下校途中の学生とすれ違いながら城南大学の門をくぐった。受付に行くと、
 「すいません、東西商事の小川と申しますが、求人の事で理工学部の浜田助教授とお会いしたいのですが・・・。」
 「お約束は・・・?」
 守衛の警備員が小川に尋ねると、
 「はい・・・アポは取ってあります。」
 小川が答えた・・・すっかり“商社マン”が板についたな・・・そう思っていた。守衛が電話をかけている。やがて、
 「お会いになるそうです。場所はご存知ですか?」
 「はい・・・ありがとうございます。」
 小川は、校舎に入ると廊下を歩いていく。理工学部教員の研究室のある区画まで来ると、扉の上に書いてある名前を見た。『浜田助教授』と書いてある。
 『コンコン』
 ドアをノックする小川。
 「どうぞ!あいてますよ!」
 中から声がする。思わず笑顔になる小川。ドアを開けた。
 「よう!遅かったな!」
 白衣姿の男が微笑みながら声をかけた。彼が浜田正和だった。
 「ああ・・・ちょっとトラブルがあってね。突然押し掛けてすまなかったな。」
 小川が、ドアを閉めながら言った。
 「まあ、かけろよ!」
 浜田が、ソファーを指差した。ソファーに腰をおろすと、小川は周りを見回した。さすがに学者の研究室らしく、専門書が本棚にぎっしりと並んでいる。ただ、世間の学者と違うのは、自分の専門分野以外の専門書も並んでいる事だった。他にも、政治分野や、歴史書、“地球の歩き方”という本まであって小川を微笑ましていた・・・こいつは、まったく変わってないな・・・小川は思った。
 「それで、“商社マン”が突然こんなところまでやって来たのは、なぜなんだ?」
 浜田が、コーヒーの入ったマグカップを二つ持ってこちらへ来た。自分もソファーに腰をおろすと、一つを小川に渡した。
 「ありがとう・・・実は厄介な事があってね・・・。」
 小川は、アタッシュケースを開けるとファイルを二冊取り出し、一冊を浜田に渡そうとした。手を止めると一言、浜田に言った。
 「その前に、このファイルは見なかった事にしてもらいたい。」
 「ほう・・・。」
 浜田は、興味深そうに言った。ファイルを受け取ると、
 「どんな事なんだ?“商社マン”が見なかった事にして欲しいのは・・・。」
 ファイルに目をとおしているうちに浜田は無言になり、目は真剣になった。
 「こいつは・・・とんでもない事だな。そりゃあ、警察では手におえないだろうな・・・。」
 浜田は、そう言うとコーヒーを一口飲んだ。目は、ファイルにつけられた写真を見ている。
 「どうかな・・・何か気が付いた事はあるか?」
 小川がそう言うと、浜田は笑った。
 「おまえだって気が付いた事があるから、ここに来たんじゃないのか?」
 小川は、苦笑した・・・こいつは、大学の頃からストレートにものを言う奴だったな。教官を困らせた事も一度や二度じゃなかったな・・・そう思った。
 「この三つの現場の写真で共通しているのは、ただ一つ・・・“電子機器”だけだ。実は、ここに来る途中で、僕はこれと同じ事件の現場を目の当たりにしたんだ。」
 「本当か?それで?」
 小川は、現場で起きた事を順を追って説明した。浜田は黙って聞いていたが、やがて立ち上がると、本棚から一冊の外国の雑誌を持ってきた。
 「これは、海外で発表された論文誌なんだが、おまえの推理の手掛かりになるかもしれない。以前の戦争で捕虜が性転換させられた事があったよな。覚えているか?」
 「ああ・・・僕もそれが気になっている。」
 小川が言うと、浜田は、論文誌のページをめくりながら、
 「その人間の変化を研究した学者がいてな。結果を言うと、人間の性をつかさどる染色体、XYをXXに変化させる電磁波を見つけたそうだ。これは、普通の電子機器の中からも出ているが、普通なら人に影響を与える程のものではない。」
 小川が考え込んでいた。浜田は、それを見て言葉を止める。
 「それが今度の事件と、どのように結びつくんだ?」
 小川の言葉に、浜田は小川の目を見るとにっこり笑う。
 「それは、おまえがわかっているんじゃないのか?」
 『コンコン』
 ドアをノックする音に、二人が会話を止めた。
 「どうぞ!」
 ファイルを閉じてテーブルに置くと、浜田が応じる。
 「失礼します。」
 若い女性が入ってきた。
 「先生、先日の試験の結果をお持ちしました。」
 「ああ・・・ありがとう!」
 浜田が答えた。女性は、浜田の机の上に資料を置くとソファーに座っている小川を見ていた。浜田は笑いながら言った。
 「気になるようだね・・・こちらは僕の友人の小川だ。商社の調査室長をしている。小川!こちらは上田美都子さんだ。女性の年を言うと失礼だけど23歳だったよね。理工学部の事務担当をされている。俺達の秘書的な役割をしてくれているよ。」
 小川も上田を見ていた。身長は160cmより少し高いくらいだろうか。ほっそりした顔に背中の中ほどまで伸びた綺麗な髪、細いウエストと、タイトスカートから伸びた綺麗な足・・・綺麗な人だな・・・そう思った。
 「小川さんですか?商社の調査室というのは、どんなお仕事なのですか?」
 「あ・・・ああ、いろいろと市場調査をしたり、海外のメーカーや業者と調整をしたりする仕事をしています。今日は浜田先生に良い学生を紹介してもらおうと思って伺っています。」
 小川が答えると上田は明るく笑って言った。
 「先生!それでしたらいつも以上に丁寧に応対して頂かないと学生達が困りますからね!・・・では、失礼します。」
 上田が部屋を出て行っても、小川はしばらくドアの方を見ていた。
 「気になるようだな!」
 浜田が言うと、小川は、
 「いや・・・綺麗な人だなと思ってね。」
 「彼女とは関わらない方がいいと思うがね・・・。」
 浜田の言葉に小川は、
 「なぜだ?」
 「いや・・・何か影を感じるんだよ。彼女にはね・・・。」
 小川は、浜田の顔をしばらく見つめていた。壁に掛けられている時計に目をやると、
 「もうこんな時間か・・・そろそろホテルに行くよ。今日は時間を取ってしまって悪かったな。」
 「そうか・・・今日はどこに泊まるんだ?」
 「空港の近くのホテルに泊まるよ。」
 浜田は、ちょっと考えると、
 「よし・・・空港まで車で送るよ。」
 そう言うと、浜田は机から車のキーを取り出すと、スーツの上着を羽織って部屋のかぎを閉めて二人で廊下を歩いて行った。
 「すまないな・・・今日はありがとう。」
 小川が言うと、浜田は、
 「いや・・・俺の方こそ久しぶりに元気な顔を見れて良かったよ。」
 そう言って笑っていた。
 
 二人は、暗い校内を駐車場の方に歩いていく・・・昼間と違い、真っ暗で人気のない校内に革靴の音が校舎に反響している。駐車場の車はすっかり減っていた。
 浜田は、真新しいブルーメタリックのヴィッツに向かって歩いていく。
 「おいおい・・・天下の城南大学の助教授がヴィッツか?」
 小川の言葉に、
 「ああ・・・先週納車されたばかりなんだ・・・これは、ヴィッツでもRSだぞ、これで週末に走りに行こうと思ってね・・・。」
 浜田は、ドアを開けながらそう言うと、急に険しい顔になって動きを止めた。怪訝な表情で浜田を見つめる小川。浜田は黙ったまま車の前にある植え込みの方を見ている・・・あたりは真っ暗で何も見えない。
 「どうやら・・・おまえの、お友達が来たようだな・・・。」
 『プシュッ』
 鈍い音がした。咄嗟に二人は、車の後ろに転がり込んだ。
 『バシッ!』
 次々と車に銃弾が撃ちこまれる。フロントガラスが割れ、片側のヘッドライトも音を立てて割れてしまった。ボンネットや、開けっ放しの運転席のドアにも銃弾が撃ち込まれていく。
 「なぜ、ここに・・・。」
 小川も、スーツの下からオートマチックの拳銃を取り出して弾倉の銃弾をチェックした。
 「おまえに、あの事を嗅ぎ付けられるとまずい奴らが遊びに来たのだろうな・・・。」
 浜田が言った。小川が前方を見る・・・暗闇に目が慣れてきたといっても、やはり何も見えない・・・サイレンサー付きの銃での銃撃は、一向にやまない。車はどんどんボロボロになっていく。
 「奴らは暗視スコープを使っているな・・・。」
 小川が呟くと、浜田が、
 「それなら手はあるな・・・いいか、俺が車のライトを付けるからライトを潰される前に奴らの場所を確認して反撃してくれ・・・いいな!」
 「無茶をするな!」
 「このまま、何もしないでやられるよりは、ましだろ・・・。」
 そう言うと、浜田は再び運転席のドアの影まで走る。再び銃撃が激しくなり運転席めがけて銃弾を撃ち込んでくる。小川も車の後ろで拳銃を構える。
 「行くぞ!」
 残ったヘッドライトとフォグランプがハイビームの状態で照らされた。顔に暗視スコープを着けた男が見えた。5人ほどだろうか?急に強力なライトで照らされた事で、スコープの光を増幅する回路が壊れたのだろうか?銃撃が一瞬やんだ。スコープを投げ捨てた男もいるようだ。
 『バン・バン・バン!』
 小川が続けて3発撃った。あたりに銃声がこだました。3人の男がのけぞるのが見えた。残りの2人に小川が銃を向ける。
 『バシ、バシ、バシ!!』
 「・・・?!」
 まったく違う方向から銃撃された。たちまち車のライトが破壊されてしまった。再び辺りは真っ暗になった。口笛の高い音が響く。銃撃がやみ、人が動く気配がした。
 「先生!!大丈夫ですか?!」
 銃声を聞いて、懐中電灯を持った警備員達が走ってきた。
 「ああ・・・大丈夫だ!」
 浜田が大きな声で答えた。立ち上がると車を見てため息をつく浜田。
 「酷いなあ・・・これじゃあ廃車だな、買ったばかりなのに・・・。」
 「新しい車の請求書は東西商事に回してくれ・・・。」
 小川がピストルをホルスターに直しながら笑った。
 
 
 
 翌日・東京・東西商事
 
 「おはよう!」
 小川が会社に出勤してきた。受付の横を通り過ぎようとすると、受付に座っていた女性が、
 「おはようございます。小川室長!宮原部長がすぐに部屋に来て欲しいとおっしゃっていました。」
 「そうか、わかった!ありがとう!」
 小川は、エレベーターに乗ると調査部のあるフロアーのボタンを押した。
 『ピンポーン』
 エレベーターのドアが開くと、小川は自分のセクションの部屋にアタッシュケースを置くと、ファイルと浜田から借りた論文誌を持って宮原部長の部屋に行った。
 「おはようございます。」
 「ああ・・・おはよう!昨夜は大変だったそうだな。浜田君は大丈夫だったか?」
 「はい!彼の機転で何とか命拾いしました。さすがは国防大学の“首席”ですね!」
 小川が笑った。やがて西村も部屋に現れて、小川が昨日、城南大学に行って得た情報を整理して説明した。
 「なるほどな・・・しかし、普通は影響するほどの電磁波は発生しないはずですよね。それがなぜ・・・。」
 西村の言葉に、宮原も頷いた。
 「そこの所がまだわからないな・・・浜田君は何か言っていたのか?」
 「いいえ・・・何も・・・。」
 「そうか、よし、とにかく手掛かりは得られた訳だ。君達は、その線から調査を進めて行ってくれ。ただし、怪しい動きもあるから気をつけてな。」
 宮原が二人に言った。
 
 小川は、自分のセクションの部屋で今までの4件の事件を電子機器の関係から調べていった。設置場所や、周りの環境、そして製造したメーカーを調べていった。
 「これは・・・?」
 コンピューターのディスプレイを見る小川の目が鋭くなった。彼の中で初めて4件の事件が繋がった。キーボードを操作してデータをプリントアウトした。
 プリンターから出てきた記録を見る。4件の事件の電子機器はすべて一つのメーカーのものだった。
 「見えてきたかな・・・。」
 しかし、もう一つ気になる事もあった。
 「しかし・・・いったい何のために・・・。」
 
 
 
 翌日・空軍・北九州基地
 
 西村は、過去の事件を調べてみようと思い立って、空軍の北九州基地に日本で一人だけ残っている前の戦争での性転換者をたずねた。
 「こちらでお待ちください。すぐに来られますから。」
 奥田という中尉が待機所に案内してくれた。辺りにはジェットエンジンの音が響いていた。窓からは離発着する戦闘機が見える。前の戦いでは、この基地が最前線に近い役割を果たした。当時、西村は国防大学に入学したばかりだったが、この基地で設立された女性飛行隊『ジャンヌダルク飛行中隊』の活躍ぶりには驚いたものだった。
 「失礼します。」
 中佐の肩章をつけて制服に身を固めた20歳くらいに見える女性士官が部屋に入ってきた。
 「私に御用だそうですね?」
 「真田正美中佐でしょうか?」
 西村が立ち上がって尋ねると、
 「今は、梶谷ですがね・・・まあ、おかけください。」
 梶谷と名乗った女性が笑顔で言った。
 「私にお話というのは?」
 梶谷正美中佐が可愛らしい笑顔で聞く。西村は、ちょっとドキドキしていた。
 彼女がかつて男だったとはとても信じられない。この女性が、今では空軍で最強といわれる飛行中隊を指揮しながら、自分でもF−2戦闘機を巧みに操るエース・パイロットとは、とても思えなかった。
 「実は・・・嫌な事を思い出させてしまって、申し訳ないのですが、もう6年前ですか・・・捕虜交換の時の事を教えていただきたいのですが・・・。」
 西村は、テープレコーダーのスイッチを入れた。
 「いいですよ。」
 正美は、その時から、女性に変化してしまった時のことを西村の質問に答えながら話していった。最後に正美は、
 「今・・・あの件で、何か問題でも起きているのですか?」
 「・・・なぜですか?」
 西村が驚いて聞いた。
 「だって・・・今朝も国防大学の方が、同じ質問をされたので・・・。」
 正美は、名刺を取り出した。そこに書かれた名前を見て西村は驚いた。
 「・・・浜田さん・・・いったいなぜ・・・?」
 
 
 
 同日・夜・東西商事
 
 二人は、自分達のセクションの部屋で、その日の調査結果を報告しあっていた。
 「そういうわけで、真田中佐・・・今は梶谷中佐ですが、何かが共鳴した音を聞いた気がすると仰っていました。しかし、今までの事件からすると、変化した人たちは、“内気な女性”になって精神的にも女性になっていますが、梶谷中佐にはそれが見られません・・・時間が経った事で女性に順応しておられました。」
 西村は、浜田のことまでは報告しなかった。
 「僕のほうは、電子機器の方から共通点を見つけることが出来た・・・。」
 小川の言葉に、西村が・・・。
 「あの4つに共通点が・・・?」
 「ああ・・・全てTS電気工業製だった・・・。」
 「TS・・・といえば、ここ数年で急成長して一大財閥になったというあのTSですか?」
 「そうだ・・・ティッシュペーパーから巨大タンカーまで造っていないものはないといわれているよな・・・しかし、単なる偶然なのか、それに、仮にそうだったとしても、その目的が全く想像がつかないんだ。」
 西村は、小川に浜田の動きを報告しようかと思ったが、言葉を飲み込んだ。
 「では明日からは、俺はTSの内部を調べてみます。」
 「ああ、そうしてくれ。僕は電子機器の方をもう少し調べてみる。」
 
 
 
 翌日・東京・東西商事
 
 翌日、小川はコンピューターの前に座りデータを収集していた。机の上の電話が鳴った。
 「もしもし、小川ですが・・・。」
 「先日はお世話になりました。上田ですが・・・。」
 「やあ、どうも・・・。」
 小川の顔が明るくなった。
 「小川さん・・・今日、お時間戴けませんか?私、今日は東京に出張で来ているのでお食事でも・・・。」
 「いいですよ・・・じゃあ、6時に東京駅で・・・。」
 小川は電話を切ると笑顔になった・・・浜田の言葉はすっかり忘れていた。
 
 その日の夜、小川は待ち合わせ場所に来ると上田を待っていた。約束の時間までにはまだ時間がある。彼は、壁にもたれかかると道行く人に目をやっていた。
 頭の中からは、事件の事がなかなか離れない。
 「お待たせ!待ちましたか?」
 振り返ると、ワンピース姿の上田が立っていた。
 「やあ・・・今日はありがとう!僕も今来たところだよ。」
 小川が笑顔で答える・・・薄いピンク色のワンピース姿の上田が彼には眩しかった。
 小川たち二人はレストランで食事をしながらいろいろな話をした。もちろん、小川は自分が情報部員だなどとは言わなかったが、久しぶりに気楽に話せる時間を持てた事が小川には嬉しかった。
 「また、会ってくれますか?」
 食事の後、上田を東京駅まで送ると、新幹線ホームで上田は小川に言った。
 「もちろん、楽しみにしています・・・今日はありがとう!」
 小川が答えると、上田もにっこり微笑むと、
 「私も久しぶりに楽しかったです。どうもありがとうございました・・・では、また・・・。」
 のぞみ号のドアが閉まった・・・窓から上田が手を振っている。小川も小さく手を振った。電車は動き出すとしだいにスピードを上げると夜の闇の中にテールランプの光が消えていった。
 小川は出口の方へ歩き始めた。
 「小川さん!」
 振り返ると西村が立っていた。
 「よお・・・どうした。」
 西村は笑いながら、
 「今の人、綺麗な人でしたね・・・小川さんの彼女ですか?」
 「いや・・・浜田の大学の職員をしている人だ・・・。」
 小川は少し赤くなりながら言った・・・そんな小川を見ながら西村は。
 「でも・・・仕事柄気をつけたほうがいいですよ・・・。」
 「ああ・・・わかっているよ・・・。」
 小川は寂しそうに笑うと出口へ歩いて行った。
 
 
 
 翌日・東西商事
 
 「小川さん!」
 突然、西村がドアを開けて走りこんできた。
 「どうした・・・そんなに慌てて・・・。」
 「大変です・・・例のTS財閥ですが・・・。」
 そう言うと同時に小川に100枚はあろうかというリストを渡した。
 「TS財閥ですが、10年程前から海外の系列会社を通じてあの国に資金援助や電子機器の輸出、戦争中には、武器市場から兵器の調達をしていたようです。その支払いをあの国は、系列会社の銀行口座にしています。」
 そう言うと、一冊のファイルを小川に手渡した。小川は黙って目を通している・・・十億・百億円単位の資金が動いている。
 「とんでもない事だな・・・いったい何のために・・・。」
 小川が呟く、西村は勢い込んで、
 「きっとTS財閥が裏で何かをしているに違いありません!!」
 「自分で相手に兵器を売って、一方で日本の国防軍にも武器を売って儲ける訳か・・・。」
 小川は呟くと、西村を見つめている・・・彼も西村の意見に賛成だが、それを裏付ける根拠がまだない。
 「西村・・・もう少しTSを追いかけてみてくれ・・・俺はこれから国防大学に行って来る。」
 そう言うと、立ち上がってスーツの上着を手に持った。
 「浜田さんにお会いに・・・?」
 「ああ・・・あいつなら何かわかるかもしれないと思ってな。」
 そう言うと、小川は部屋を出て行った。
 
 
 
 午後・国防大学
 
 この日、浜田は国防大学での講義を担当しているので東京に来ていた。
 「どうした・・・“商社マン”がこんな所へ来て・・・。」
 グレーのスーツ姿の浜田が笑いながら聞いた。二人は、今、国防大学のキャンパスを歩きながら話をしている・・・こうしていると、盗聴などのリスクを避けることができ、何より目立たない。周りには多くの学生が行き来している。
 小川は浜田に、今までの調査結果をかいつまんで説明した。
 「僕は、正直なところこの事件には、TS財閥とあの国が絡んでいる・・・いや、あの戦争の時の出来事も絡んでいるのではと思っている。しかし、その手段や理由が想像もつかない・・・。」
 小川は、立ち止まると大きく伸びをした。浜田は、近くの自動販売機に行くと、缶コーヒーを買って小川に一本投げると、自分でも缶を開けた。
 「手段に関しては、おまえの想像が当たっているだろうな・・・。」
 浜田は、また歩き出した。周りをチラッと見ると、
 「小川・・・今起きている事は兵器として使えるんだ・・・つまり、TS財閥としては商売に出来るわけだよ・・・。」
 小川は、浜田の言葉に驚きを隠せない。
 「いったい・・・どういうことなんだ・・・?」
 「考えてみてくれ・・・今の世の中はコンピューターでオンライン化されている、インターネット、銀行のATM、切符の予約にコンサートチケットの予約、携帯電話に軍の通信ですらそうだ。しばらく前には、官公庁へのコンピューターウイルスの攻撃が話題になったな。」
 浜田は言葉を切った。彼は、キャンパスの芝生に腰を下ろした。ここなら回りに目が届きやすい、目立つが盗聴の心配はなかった。コーヒーで喉を湿すと言葉を続ける。
 「しかし、サイバー・テロは、経済などは破壊するが、そこまでだ・・・しかし、この事件は違う。いいか、例えばコンピューター・ウイルスを使うとして軍のオンラインに感染させてコンピューターを通じて電磁波を発生させる。屈強な兵士が片っ端から“内気な女の子”になってしまったら?」
 小川は言葉を失っていた。
 「俺は、おそらくコンピューター・ウイルスで例の電磁波を増幅させてついでに洗脳する技術を試しているのだと思う。ここまで完成していれば実用化は近いだろうな。いわば、“サイバー・ウエポン”だな。これは、核兵器などに比べれば予算も技術もさほど必要がない。あの国でも充分に使いこなせるわけだ。いいか、これをいたるところに感染させれば、その国の男子は軒並み“内気な女の子”になってしまうだろう。そこに侵攻すれば、その国のインフラはそのまま戴ける。抵抗はほとんどないしな。ついでに、その国の人口構成を破壊してしまっているから国力は長期的に大幅なダウンだ。とんでもない事になるぞ。」
 そう言うと、浜田は腰を上げた。
 「後は、おまえ達が悪企みを叩き潰せ!それじゃあな!」
 浜田は、小川を置いたまま校舎の方に歩いて行った。小川は呆然としていたが、しだいに親友である浜田に疑問を感じていた。
 「浜田、おまえ・・・なぜ・・・そこまで・・・。」
 芝生に座る小川の上に広がる青い空では、ひばりの鳴き声が響いていた。
 
 
 
 夜・東京・東西商事
 
 小川は、誰もいないオフィスでコンピューターのデータベースを使って浜田の経歴を調べていた。
 彼は、今日の浜田の言葉が引っ掛かっていた。なぜ、あそこまであの国の事を知っているのか。まるで、見て来たような口ぶりが、小川の中に疑惑を生み出したのだった。ディスプレイに浜田の写真と経歴が現れた。
 
 「浜田正和、29歳、国防大学を首席で卒業後任官を拒否。アメリカの工科大学で2年間、電子工学を専攻、その後1年間、世界各国を回る・・・帰国後、城南大学理工学部に助教授として採用される。兄は、護衛艦『むつき』の艦長で第一次紛争の時の海戦で乗艦が沈没、捕虜になる・・・。」
 「これは・・・?!」
 小川の視線がディスプレイに釘付けになる。
 「兄は、捕虜交換で帰国後、女性に性転換・・・ショックで舌を噛み切って自殺・・・。」
 小川は呆然としていた・・・これはあいつが大学在学中の話だ、俺は何も知らなかったし、全く気付かなかった。親友なのに・・・そう思っていた。
 雨が降り出したのだろうか・・・窓ガラスに水滴が付いて夜の町の明かりを反射していた・・・。
 
 
 
 翌日・千葉県・TS総合研究所
 
 小川は、千葉県にあるTS財閥の総合研究所に来ていた。
 この研究所は、TS財閥の各企業の研究開発を一手に担っていた。小川は、TS財閥がかかわっているのなら、この研究所に手掛かりがあるのではと考えていた。
 受付に行くと、
 「恐れ入ります・・・私は、“東西日報”の小川と申します。今日は先端技術の取材を申し込んでいたのですが・・・。」
 そう言うと、あらかじめ準備をしていた名刺を出した。
 「わかりました・・・しばらくお待ちください。」
 警備員が何処かに電話をしている。
 「どうぞ・・・こちらへ・・・。」
 電気自動車に乗せられて敷地内を移動する・・・広大な敷地に整然と洒落た建物が建っている・・・車は、その中の一つに向かって行った。入り口につくと、白衣姿の若い男が立っていた。
 「ようこそTS総合研究所へ・・・私は、ここの総括研究員の月見です。よろしく・・・。」
 そう言うと名刺を小川に渡した。小川も名刺を渡した。
 「“東西日報”の小川です・・・今日は、よろしくお願いします。」
 「どうぞこちらへ・・・。」
 月見が前に立って綺麗な研究所の中を案内して行く・・・。
 「この総合研究所は、ご存知のようにTSグループの研究開発を一手に行っています・・・この建物は、主に電子機器関係の開発をしています。」
 「電子機器というのは、主に何を・・・。」
 月見は、小川を見ると笑顔で言った。
 「TSグループはご存知のようにいろいろな物を作っています。ここでも、携帯電話から、コンピューター、ゲーム機や、スーパー・コンピューターまで作っています。」
 歩いていると研究所の真ん中に、大きな通路があった・・・まるでトレーラーが並んで通れそうな通路だ・・・小川が奥に行こうとすると、月見が止めた。
 「そちらには、行かないで下さい・・・。」
 「あの奥には何が・・・。」
 「ああ・・・我が社で開発した世界最速のスーパー・コンピューターです・・・TSグループの全部門のデータを全て管理しています。」
 「スーパー・コンピューターですか・・・。」
 小川は何か引っ掛かった・・・挑発してやるか・・・小川は思った。
 「電子機器といえば・・・。」
 小川は月見を見ると言った。
 「私は論文誌で読んだことがあるのですが、電子機器からXY染色体をXXに変化させる電磁波が出ているそうですが?」
 月見は、一瞬驚いたような顔をして小川を見た。そしてすぐに笑って小川に言った。
 「それでしたら、論文を最後まで読まれましたか?通常は影響しないと書いてあったはずですが・・・。」
 「“通常”という事は、“通常でない“ことも有り得るわけでしょうか?」
 月見は、黙り込んでしまったが、ちょっと考えて言った。
 「“通常でない時”は、電子機器が壊れた時でしょうね・・・うちの製品ではそういうことはありませんよ。」
 そして、2人は出口の方に歩き始めた・・・突然、二人の前に初老の男が現れた。
 小川は、雑誌などで読んでその男を知っていた。TS財閥の総帥・・・田中だった。
 「会長、ご苦労様です・・・こちらは、“東西日報”の小川さんです。今日は、取材でお見えになっています。」
 「小川です・・・御高名はかねがね伺っております・・・。」
 田中は、小川をじろりと見ると、そのまま歩いて出口に横付けしてあった黒塗りのリムジンに乗った。ドアを閉めると、リムジンは走り去っていった。
 「今日は、どうもありがとうございました。」
 小川も、出口で月見に礼を言うと、電気自動車に乗って研究所の門に向かった・・・月見は、睨むような目で小川の乗った電気自動車を見ている。
 「あの男・・・。」
 月見は、地鳴りのような声で言った。
 
 
 
 夜・東京・渋谷
 
 小川は、上田と会っていた。
 上田が出張に来ているという事であって食事をする事になっていた。しかし、小川の気分は晴れなかった・・・ずっと浜田の過去が引っ掛かっていた。
 「どうしたのですか?何処か具合でも悪いのですか?」
 上田の言葉に、小川は、
 「いや・・・なんでもないよ。僕は、知っているつもりでも、実は親友の事も良く知らなかったんだなあと思ってね。」
 小川の携帯電話が鳴った・・・電話を取る小川。
 「もしもし・・・うん・・・わかった!すぐに手配してくれ!僕もすぐに行く!」
 電話を切ると上田に向かって言った。
 「すまない・・・仕事が入ったんだ。また今度会ってくれるかな。」
 上田はにっこり笑って頷いた。
 「すまない、今度埋め合わせはするから・・・。」
 そう言うと小川はブルーメタリックのインプレッサに乗ると走り去っていった。
 上田は小川が見えなくなると携帯電話を取り出した・・・。
 
 
 
 深夜・東京・コンテナターミナル
 
 小川の車に、小川と西村が乗って港に現れた。辺りには、たくさんのコンテナが積まれている。
 少し離れた所に、ワンボックス・カーが止まっている。中には、作業服姿の運転手が寝そべっている。
 「ここなんだな。」
 「そうです・・・ここで待ち合わせを・・・。」
 西村が手配してTS財閥に潜入させた情報員が、TSで行われている計画の情報を掴んだと連絡してきた。今夜ここで情報の受け渡しをする事になっていた。
 「そろそろですね・・・。」
 西村が時計を見て言った。小川はピストルをチェックした。西村もピストルに弾倉をセットして車を降りた。
 二人の靴音が積まれたコンテナに反響する。待ち合わせの場所に二人が来た。
 「あれは・・・?!」
 コンテナの陰に、革靴が見えた。西村が近寄った。
 「くそ!」
 西村が悔しそうに言った。男性のスーツを着た美少女が胸に銃弾を受けて死んでいた。襟に東西商事の社章を付けている。脇には携帯電話が落ちていた。
 「ひどい事しやがる・・・!」
 西村が少女に手を触れようとした。
 「待て!!」
 小川が声をかけた。西村が驚いて手を止めた。ゆっくり死体に向かって歩いて行く小川。死体の裏側を覗き込むと、手榴弾がセットしてあった。
 「見ろ・・・少しでも動かせばドカーンと行くぞ・・・。」
 西村の顔から血の気が引いていた。小川が厳しい表情になって耳を澄ましている。
 「お客が来たな・・・10人ほどかな・・・。」
 二人がホルスターからピストルを抜いた途端。
 『ダダダッ!』
 「・・・?!」
 激しい銃撃が始まった。二人はコンテナの影に転がり込んでかわした。コンテナに銃弾が当たって金属的な音が響き、コンテナから火花が散る。ここは照明があるため敵の位置が見える。二人は反撃をはじめた。
 「室長?!」
 社章に仕掛けてある通信機から声がした。
 「今、敵の工作員と撃ち合いだ!援護を頼む!一人も逃がすな!!」
 小川が指示を出した。
 「了解!」
 停めてあったワンボックスカーから、黒い戦闘服を着た10人ほどの男が走ってくると、自動小銃を工作員に向かって撃ち始める。
 『ダダダッ!』
 銃声があたりに響く。
 「奴ら、逃げるぞ!」
 小川は敵の動きを素早く掴むと、自分の車・・・インプレッサに向かって走る。
 「小川さん?!」
 西村がピストルを撃ちながら叫ぶが、小川は工作員の乗った車を追いかけて猛スピードで車を走らせた。
 前を走る工作員の乗用車から銃撃が浴びせられるが、走る車からの銃撃はなかなか当たらない・・・。夜の埋立地を2台の車が猛スピードで走る。交差点を工作員の車がタイヤを鳴かして曲がっていく。その後から小川がインプレッサをドリフトさせながら曲がっていった。
 「・・・!」
 工作員の車の前にコンテナを積んだトレーラーが現れて道を横切っている。咄嗟にハンドルを切るが車はスピンをしてトレーラーにぶつかった。フロントが大破した乗用車から蒸気が漏れている。
 小川はインプレッサを停めるとピストルを構えて車に近寄る・・・トレーラーの運転手が驚いて小川を見ている。小川が衝突して大破した車のドアを開けた。工作員は口から血を流しながら小川を見るとニヤッと笑って倒れた。脈を取る小川・・・。
 「ハーッ・・・。」
 小川はピストルをホルスターに戻すと、大きくため息をついた。
 
 
 
 翌日・東京のある電気会社
 
 その電気会社のオフィスは活気にあふれていた。スーツ姿の男性社員やOLが忙しく動き回っている。
 「高村君!例の報告書はまだか!早くしてくれ!!」
 部長が立派な机の向こうから大声で指示をする・・・。高村はしかめっ面になった。
 「全く・・・脂ぎった顔で叫びやがって・・・綺麗なお姉さんが上司なら会社に来ても楽しいけどな・・・。」
 ぶつぶつと愚痴をこぼしながらワープロを操作する高村の耳に悲鳴が聞こえた。そちらを見た瞬間、
 「部長!どうされたんですか!」
 思わず叫んでいた。
 部長は頭をおさえて唸っている。脂ぎった顔が、みるみるうちにきめの細かい肌になり白く優しい顔立ちになっていく。肥満気味の体は細くなり腕時計がブカブカになっていた。スーツの胸の部分は大きく膨らみ、それ以外の部分はブカブカになっている。髪の毛がするする伸びるとセミロングくらいまで綺麗な黒い髪を伸ばしていった。
 「部長・・・?」
 OLの一人が声をかけた。
 「あたし・・・どうして・・・こんな・・・。」
 かつての部長が自分の姿を見ると可愛らしい声で呟いた。
 かつて50歳で肥満体の脂ぎった顔をしていた彼らの上司は、20歳くらいの可愛い女の子になって部下の前で頬を赤く染めていた。
 
 
 
 東京・東西商事
 
 5件目の事件の情報を宮原部長の部屋で聞いた小川たちは考え込んでいた。
 「今回のコンピューターは、TS製ではないのですね。」
 小川の質問に、
 「そうだ、どこにもTSの部品は使われていない・・・中のデータも見たが、どこにもコンピューター・ウイルスは見つからなかった・・・。」
 宮原が答えた。
 「何処か別の所からオンラインでアクセスしているのかもしれませんね・・・。」
 西村が言った。沈黙する3人・・・。
 「そういえば、浜田君はここ数日、城南大学にも国防大学にも姿を見せないそうだぞ・・・どうしたのだろう・・・。」
 宮原部長の言葉に小川は胸騒ぎがした。
 「僕達はTS財閥をあたって見ます。」
 小川が席を立つと宮原は、
 「私の方はあの国の情報を集めてみるよ・・・気をつけてくれよ。」
 小川たちに優しい目を向けるとそう言った。
 
 
 
 夜・東京のホテル
 
 小川は、上田の泊まっているホテルに来ていた。
 浜田が突然に姿を消し、不安に駆られていた小川は無性に上田に会いたかった。
 小川は上田の携帯電話に連絡をしたが上田は電話に出なかった。小川は上田の部屋に行った。
 『コンコン』
 ノックをする小川、ノブを回すと『カチャリ』と音を立てて開いた。
 「こんばんは!」
 小川が部屋に入った・・・しかし、人の気配がしない・・・。胸騒ぎがしてくる小川・・・。
 「・・・?」
 テーブルの上に置かれた携帯電話が鳴っている・・・小川は周りを見ると電話を取った。
 「もしもし、月見だが・・・上田君か?その後、情報部の小川の動きはどうなんだ?奴に下手に動かれると例の計画の邪魔になるから・・・。」
 小川は電話を最後まで聞けなかった。自分が惹かれていた女性が敵の工作員?・・・部屋を見回すとベッドにファイルが置いてある。手にとって見てみるとスーパーコンピューターを用いたオンラインを通じての電磁波発生計画が書いてある・・・小川は動揺しながらも内容を覚えていく・・・本拠地はやっぱり千葉にあるTS総合研究所か・・・小川は部屋を出て行った・・・。
 
 
 
 翌日の夕方・千葉県・TS総合研究所 
 
 小川は、上田の部屋にあったファイルの情報からTS総合研究所に来ていた。インプレッサを目立たない場所に停めると、ピストルに弾倉を付けて車から降りた。
 「さて・・・どうやって忍び込もうかな・・・。」
 小川は、周りを見回した・・・研究所の塀には監視カメラがついている。門には警備員が立ち、敷地の中にも警備員が犬を連れて歩いている。
 「あの警備員・・・普通の警備員じゃないな・・・まさか、あの国の工作員では・・・。」
 小川は呟くと、木の陰に隠れた。
 やがて、研究所の門に大型トラックが止まった。警備員が積荷をチェックすると運転席に歩いて行った。運転手の持っている書類をチェックしている・・・小川は素早くトラックの後に行くと、荷台に転がり込んだ。
 トラックが走り出し、研究所の中に入った。
 「フーッ・・・。」
 大きくため息をつく小川・・・。
 「さて・・・。」
 荷台の幌の隙間から研究所を見る小川・・・事前の調査でも解っていた事だが、広大な敷地の中に立派な研究施設が立ち並んでいた。警備員の姿が目立つ・・・。
 「やけに多いな・・・。」
 荷台の積荷を見ると、電子部品ばかりだ・・・。
 「これを使うつもりか・・・。」
 急にトラックは曲がると、研究施設の一つに入っていく・・・小川は荷台から飛び降りた。素早く建物の中に入ると隠れた。ホルスターの中のピストルを確認する。小川は呼吸を整えると、上田のファイルの中の見取り図を思い出していた。トラックの走ってきたルートと、トラックの中から見えていた建物とを頭の中で照合する・・・。
 「多分・・・この中だな・・・。」
 小川は周りを窺う・・・誰もいない。
 「よし・・・。」
 移動しようとした瞬間。
 「・・・?」
 携帯電話が震えている・・・メールが入っているようだ。
 「こんな時に・・・。」
 慣れた手付きでメールをチェックした瞬間。
 「ウッ・・・。」
 体がおかしい・・・動く事が出来なくなった。
 「ま・・・まさか僕が・・・。」
 短く刈り込んでいた髪の毛が伸びてくる・・・今まで覆われた事のなかった耳がサラサラの髪に覆われていく。
 「くそ!」
 叫んだ声は、澄んだ高い女の子の声だった・・・その間にもスーツの胸の部分は下から大きく押し上げられていく。ウエストは細くなっている。ズボンが落ちそうになるが、お尻で引っ掛かっている。体は小さくなりスーツがダブダブになっている。
 「あ・・・頭が・・・。」
小川は頭に激痛を感じていた・・・床に倒れこみ頭を抱える小川・・・。
 
 
 外は、すっかり暗くなっていた・・・警備員が退屈そうに歩いている。
 「・・・?」
 人の気配がしたような気がしたが、誰もいなかった・・・再び前を見ると・・・。
 「・・・!」
 突然、腹を殴られて倒れこむ警備員・・・黒ずくめの男が、警備員の服の中からピストルと肩に掛けていた自動小銃を奪う。
 「なぜ・・・民間企業の警備員がこんな物騒な物を持っているんだよ!」
 そう言うと、その男は携帯電話で何処かに電話をした。
 「もしもし・・・西村君か・・・?」
 
 
 「ごめんなさいね・・・。」
 靴音が響いていた・・・小川は床に倒れながらそちらを見る。
 「君は・・・。」
 「あなたを女の子にはしたくなかった・・・でも、私にはこうするしかなかったの・・・。」
 歩いてきたのは、上田だった。
 小川は何か言おうとしたが、言う事は出来なかった・・・まるで気力が奪われていくようだった。記憶を探る小川・・・そうか、僕までが洗脳されつつあるのか・・・しかし、小川にはどうする事も出来なかった。
 上田の後から2人の屈強な警備員が現れた。男だった頃の小川なら簡単に倒して逃げていただろう・・・しかし、今は相手に恐怖心すら覚えていた・・・くそ!僕はいったいどうしてしまったんだ・・・。だが、今では「僕」という言葉にすら違和感を覚え始めている自分に気が付いていた。
 「こっちに来い!」
 警備員2人に挟まれて小川は連れて行かれた・・・小川は、男を見上げる形になっている自分に気が付いた。後から上田もついてきている。研究所の一室に連れてこられた。
 「後は、私がするわ!何かあったら呼びます!」
 上田は警備員にそう言うと、ドアを閉めた。
 小川は何とか気力を保とうとしていた。上田は変わり果てた小川を見つめると言った。
 「こちらにいらっしゃい・・・。」
 小川は上田の方へ歩いて行く・・・心の中では、「行くな!」と叫んでいた・・・しかし、体は勝手に動いていた。
 上田は、小川の着ていたスーツを脱がしていく・・・小川は心の中では抵抗していたが体は素直に従っていた。やがて、上田は小川の着ていた物を全て脱がすと鏡の前に立たせた・・・小川は頭を殴られたような衝撃を受けた・・・上田の横には男ではなく、小柄なショートカットの美少女が立っていた。その美少女は完璧なプロポーションをしている・・・それが今の自分の姿だった・・・。
 「どう・・・それが今のあなたなのよ・・・本物の女の子の体・・・。」
 上田はそう言うと、部屋に置いてあるロッカーを開けた。その中には女性の服が入っている。水色のブラジャーとショーツを取り出すと小川の体に着けていく。小川は、女性の下着の感覚に驚いていた。体に吸い付くような感覚・・・それは男だった頃には感じた事のない感覚だった。上田は、Tシャツと、デニムのミニスカートを小川に履かせると、女の子になった足に合うスニーカーを見つけて履かせた。目の前の鏡には、高校生くらいの女の子が映っていた。それが今の自分の姿・・・嬉しさと恥じらいが小川の中で入り混じっていた。
 「行くわよ・・・。」
 小川にそう言うと、研究所の中を歩いていく・・・小川は、黙って付いて行く・・・「危険だ!」と心の中では言っているのだが抵抗できなかった。
 「研究所の外に出たら逃げてね・・・。」
 上田の言葉に驚く小川・・・。
 研究所の荷物を搬入する大きなシャッターの脇の扉から、上田が外に出ようとした瞬間。
 『ダダダッ!』
 銃声が響いた。
 「・・・!」
 上田は、小川を突き飛ばすと倒れこんだ。驚く小川の目には、30人ほどの工作員と警備員を従えた初老の男と若い白衣を着た研究者が見えた。
 「こいつめ・・・裏切りおって、どうなるかわかっているんだろうな。」
 初老の男が言った・・・TS財閥の総帥、田中だった。白衣を着た若い男は、前に小川を案内していた月見だった。
 「おまえ・・・いったい、なぜあんな事を・・・!」
 小川が可愛らしい声で田中に叫ぶ。
 「フン・・・もうすぐあの世に行くんだ・・・教えてやろう。戦争は金になる。前の戦争で、我々は、双方に武器を売ることでここまで大きくなれた。政治家も、金を見せるとたちまち靡いてくる。あの国にしても、金の余りかからない武器を欲しがっていた・・・それに核などを売っても、その後はどうするんだ?使った後は汚染された町しか残らない。それを解消したのがこの月見君の開発した“サイバー・ウエポン”だ。」
 田中は、自分の言葉に酔ったように話しつづける。
 「これは、この研究所のスーパー・コンピューターに入力したプログラムをオンラインでアクセスさせる事で電磁波を発生させて、男を女にする事で相手の抵抗力を削ぐ・・・うまくすると、優秀な遺伝子を残す“母体”として女性を使える。前の戦争の時に、あの国に試作品を持ち込んで試したが、洗脳する所までは行かなかった・・・しかし、今は・・・おまえ自身がわかっているだろう・・・やれ!」
 田中が号令を掛けた・・・工作員達がマシンガンAK47を構える・・・小川は、上田を庇うように被さっている。
 『ドカーン!!』
 『ダダダダダッ!』
 轟音と共に、小川の背後のシャッターが吹き飛び、銃声が響き出した。煙の中から戦闘服に身を固めた男達が、自動小銃M−16を撃ちながら突っ込んでくる。
 「・・・!」
 黒ずくめの男が小川と上田をコンテナの陰に力任せに引っ張りこんだ。
 「なにぼんやりしているんだ!」
 黒ずくめの男は浜田だった。
 「先輩!」
 西村が、心配そうに声を掛けた。
 「浜田さんが、知らせてくれたんです!」
 『ダダダダッ!』
 辺りには銃声が響く。コンテナに銃弾が命中して火花が散る。西村は、反対側のコンテナに走ると、無線で連絡する。
 「Cグループは、左に回りこんで相手の側面をつけ!」
 戦闘服に身を固めた特殊部隊が、銃撃しながら進んで行く。相手の抵抗も激しい。
 
 小川は、上田を見つめていた・・・脇では、浜田が工作員と撃ち合いをしている。
 「なぜ・・・私を・・・。」
 小川は、自分が女言葉を話している事に気が付かなかった。
 「ごめんね・・・私は、本当にあなたが好きだった・・・でも・・・家族を人質に取られているから・・・。」
 小川の大きな瞳から涙がこぼれた・・・。
 「私の・・・ために・・・ない・・・て、くれるの・・・?」
 上田の呼吸が荒くなってくる・・・小川が握っている上田の手のひらはすっかり冷たくなっている。
 「ありがとう・・・すき・・・だった・・・。」
 上田は、そう言うとにっこり笑った・・・腕から力が抜けた・・・俯いて涙を流しつづける小川・・・工作員と撃ち合いをしている浜田の目にも涙が浮かんでいた。
 「彼女も・・・最後には普通の女性として逝ったんだ・・・。」
 浜田が、撃ち合いをしながら、小川に声を掛ける・・・動けない小川・・・。
 銃撃戦は、激しくなっていた。西村も無線で特殊部隊に指示を出す。
 「Bグループ!右の側面に回れ!各グループは突破次第、スーパーコンピューターを爆破しろ!」
 
 田中は、奥で状況を見ていた。
 「早くネズミをたたき出せ!」
 叫ぶ田中・・・。
 「うわ!」
 絶叫とともに工作員が銃撃を受けて倒れこんだ。
 月見は、工作員の持っていたマシンガンAK47を持つと走り出した。
 「せっかくの僕の研究を・・・やらせはしない!!」
 階段を上ると、上から小川を狙った。
 
 浜田は、気配を感じてそちらを見た。
 「小川?!」
 浜田は叫ぶと同時に、上田を抱いたまま俯いている小川を突き飛ばすと、上に向かって自動小銃を撃った。月見もAK47を撃つ・・・。
 『ダダダダッ!』
 辺りに銃声が響く。
 月見は、のけぞって倒れた。AK47が床に落ちて音を立てる。
 コンテナで背中をしたたかぶつけた小川の目に入ったのは、うつぶせに倒れて床に血を流している浜田の姿だった。
 「浜田さん?!!」
 西村が反対側のコンテナから叫ぶ。
 「はま・・だ・・・?」
 ショックで声が出ない小川・・・瞳から涙があふれる・・・。浜田を抱き起こす小川・・・浜田の胸からは暖かい血が流れつづける・・・。
 「しっかりして・・・すぐに助け・・・。」
 「いい・・・俺はもう助からない・・・あの日から、今まで兄貴の仇を撃つ事だけを・・・考えていた・・・でも、もう終わりだ・・・。」
 浜田が、視線の定まらない目で小川を見つめる。
 「いいか・・・コンピューターを破壊するだけでは・・ダメだ・・・マスター・ディスクを・・・う・・ばえ・・・。」
 突然、咳き込む浜田を小川が励ます。
 「そんな・・・しっかりして・・・おまえまで・・・。」
 泣きじゃくる小川の顔を、浜田は微笑んで見つめていた・・・。
 「可愛くなってしまったな・・・おまえも、あの空軍の女性パイロットのように・・・しっかり生きろ・・・かならず・・・いい・こ・・とは・・あるから・・・。」
 浜田の首から力が抜けた・・・。俯いて肩が震える小川・・・西村も肩を震わせている・・・。
 「何をしている・・・攻撃が甘いぞ!!」
 無線機に向かって西村が叫ぶ。
 小川の中に、失われていた気力がよみがえってきた・・・怒りで体が震える。
 「許せない!!」
 小川は、浜田の腕から自動小銃を取ると、敵に向かって撃ち始めた。思わぬ方向から撃たれた工作員達が倒れていく。
 怯んだ隙に、スカートが捲れるのもかまわずに小川は敵に突っ込んで行く。
 突然、工作員がコンテナの陰から現れた。銃を構えようとする工作員を、
 「エイッ!」
 腕を掴んで投げ飛ばす。
 銃撃戦は、小川達が押し気味になってきていた。
 「おまえ達は時間を稼げ!」
 田中が、奥に向かって走る。
 「奴が逃げる!!」
 小川が叫ぶと同時に、銃撃をしながら走る。
 「Aグループ!援護しろ!!」
 西村も走り出す。
 敵の銃撃も激しい、小さな体で自動小銃を撃ちながら小川が走る。コンピュータールームの入り口にたどり着いた。中では、田中がアタッシュケースにマスター・ディスクを入れている。
 「田中!!」
 小川が叫ぶ。
 護衛の工作員が銃を撃つ。小川も反撃する。田中は、反対側の扉に走った。
 「田中!逃げるな!!」
 小川は叫ぶと同時に、銃を撃った。コンピュータールームのあちこちに火花が散る。
 西村が、特殊部隊と共に現れた。
 「爆破しろ!」
 小川は叫ぶと、逃げた田中を追って走り出す。
 渡り廊下を息を切らせながら走る田中。初老の男を、若い女の子が追いかけている。
 突然、轟音が響いた・・・スーパーコンピューターが破壊されたのだ。
 小川は、立ち止まると、呼吸を整えて田中の足を撃った。
 『バン!!』
 乾いた銃声が廊下に響いた・・・。
 田中が崩れるように倒れた・・・何とか逃げようとする田中に、小川が銃を構えたまま、ゆっくり近づいていく。
 「見逃してくれ・・・金なら・・・」
 その言葉に小川の怒りが爆発した・・・。
 「おまえ・・・まだそんな!!」
 小川は、田中に馬乗りになって殴っていた。
 「おまえは・・・よくも私の・・・。」
 涙を流しながら、田中を殴りつづける小川・・・。
 「小川・・・もういい!やめるんだ!」
 小川の右腕が突然掴まれた・・・宮原部長と、西村が立っていた。
 「もういい・・・全て終わったんだ・・・。」
 宮原が優しく言った。
 西村が、マスターディスクの入ったアタッシュケースを持った。宮原が小川の肩に手を置いた。
 「辛かっただろう・・・よく頑張ってくれた・・・。」
 小川は、声をあげて泣いていた・・・。
 
 
 
 一ヵ月後
 
 事件は解決した。TS財閥は徹底的に調査され、賄賂を受け取っていた政治家は次々に摘発されていった。
 企業グループ自体も、あの国と関係していた部門は次々に潰されていった。マスター・ディスクは、情報部で徹底的に解析された後に破壊された。そして、小川は・・・。
 
 
 「小川さん!」
 西村が声をかけた。
 「それじゃあ、あとで電話するね!」
 小川は、一緒に歩いていた女の子に手を振った。
 ここは、都内の名門女子大学の前だった。小川は、あの事件の後、精神的なダメージが大きかったために、カウンセリングなどを受けて、宮原部長の計らいで戸籍を女性のものに作り変えた後、この大学の一年生として入学したのだ・・・・もちろん、情報部員である事には変わりがない。東西商事には、調査部のアルバイト学生という形で籍を置いている。
 「なにニヤニヤしているのよ・・・。」
 小川が西村に向かって怖い顔をして言った。
 「いや・・・可愛いなあと思って・・・。」
 西村は、笑いながら言った。小川は、白いブラウスを着て、グレーのプリーツスカートを履いていた・・・。肩には、ピンク色のカーディガンを袖の部分を結んで羽織っていた。
 「どうですか?この女子大は、可愛い女の子ばかりでいいでしょう!」
 苦笑いする小川・・・。
 「今の私は・・・女の子なの!」
 西村をにらみつけたが、少し寂しそうな表情になる小川・・・。
 「どうしたのですか?」
 「君を見たら・・・思い出したの・・・あの事件では・・・私は親友も、恋人も全てなくしたんだなあって・・・。」
 黙り込んだ小川を見て、西村が笑って言った。
 「まだ・・・僕がいますよ!よろしければお付き合いしましょうか?」
 小川は、西村の頭を叩いた。2人に笑いが起きる。
 「・・・?」
 小川の携帯電話が鳴った・・・。可愛らしいマスコットの付いた携帯電話を取り出す小川。
 「もしもし・・・。」
 話しているうちに真剣な顔になる小川・・・西村も、じっと小川の横顔を見ている。電話を切ると、いつもの真剣な表情で西村に言った。
 「仕事よ・・・。」
 二人は、小川のインプレッサに乗ると夜の町に消えていった・・・。
 
 サイバー・ウエポン  おわり
 
 
 
 
 
 
 
 こんにちは!逃げ馬です。
 この小説は、前作の「ガールズ・ファイター」の後に起きた事件という設定で書いています。
 「ガールズ・ファイター」の中で真田大尉がなぜ女性になったのか・・・その背景をその後に起きた事件に絡めて調査していくという形になっています。
 スパイものを書いてみたいと思ったので挑戦してみましたが、いかがだったでしょうか?自分では、少し重いストーリーになってしまったのでは・・・と思っています。
 長編になってしまいましたが、最後までお付き合いいただいてありがとうございました。
 
 尚、この作品の登場する団体、個人は、実在する団体、個人と一切関係のない事をお断りしておきます。
 
 2001年5月  逃げ馬
 




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