200X年・・・アジアでは、急速に各国間の緊張が高まっていた・・・。

 そしてついに、日本の近隣国で、独裁者が隣国に対して侵略を開始した・・・
 事前に周到な準備をした国と、奇襲を受けた国では、全く勝負にはならない・・・侵略を受けた国の軍隊は、敗走を続けた・・・。

 世界各国は、すぐに、侵略国に対して制裁と、これ以上の侵略を阻止するために、各国の軍で編成された連合軍を送った。

 日本も以前に作成されたガイドラインに従い行動を起こしたが、世界各国の要請に答え、ついに自衛隊を大幅に改変し新たに設立した国防軍を戦場に投入し、第2次世界大戦後、初めて海外での戦闘に参加した・・・。

 しかし、それは更なる戦いへの入り口でもあった・・・。


 


ガールズ・ファイター

(リミックス・バージョン)


作:逃げ馬





 日本海上空・攻撃部隊

 夜の日本海の上空を、32機の戦闘機が、綺麗な編隊を組んで飛んでいる・・・。

 「ユニコーン・リーダー・・・現在位置を知らせろ!」
 「こちら、ユニコーン・リーダー!現在位置、目標の南西、100km地点、予定通り飛行中!」
 真田正弘大尉が、無線で連絡する・・・彼は、国防軍のエース・パイロット・・・北九州の基地から発進した、F−15戦闘機で編成されたユニコーン飛行隊を指揮している。
 彼と一緒に、攻撃に参加しているもう一つのチーム・・・ファルコン飛行隊は、国産のF−2戦闘攻撃機で編成されている・・・F−2の機体には、爆弾を満載している。このファルコン隊を護衛して、敵の侵攻部隊の足を止めるのが、彼らユニコーン飛行隊の任務だった・・・。
 「しかし・・・。」
 正弘は、呟いた・・・最近、連合軍の戦闘機部隊の損害が増加している。敵は、ミグ23と、ミグ29を主力にしているが、ミグ29の中に凄腕のパイロットが居るらしい・・・そいつがたった1機で、わずか数分のうちにベテランの操るF−15を5機も血祭りに上げたという・・・。彼の率いるユニコーン飛行隊も、国防軍のエースを集めた飛行隊だが・・・。

 突然、警報が鳴り、想像を破られた。
 「敵機接近!」
 ユニコーン2、彼の隊の2番機・・・同期でもある梶谷中尉が連絡してくる。正弘も、機上レーダーに目をやった。
 「OK!こちらも確認した・・・。」
 一呼吸置いて、号令をかける・・・。
 「全機、攻撃隊形に開け!」
 「ユニコーン2了解!」
 「ユニコーン5了解!」
 編隊の各機が、すぐに反応する。
 ユニコーン飛行隊の各機が、ファルコン隊を守るように前面に出る。
 正弘は、兵器管制用のレーダーで、敵機に対してミサイルの狙いをつける・・・。
 「ユニコーン・リーダー・・・ターゲット、ロックオン・・・発射!」
 F−15から、ミサイルが発射されて、ミサイルは夜明けの空に消えていく。編隊の各機も、次々とミサイルを発射する。しばらくして、前方の空で爆発がいたるところで起きた。
 やがて夜明けの空に、ゴマ粒のような黒い点が見えると、急速に大きくなってくる。
 「全機、突撃!」
 ユニコーン飛行隊の16機全機がアフター・バーナーを全開にして突っ込んでいく。一方のファルコン隊は、高度を下げて、地上部隊に対して爆撃を開始した。地上の戦車隊の上から、爆弾の雨が降る。たちまち破壊されていく戦車部隊。
 戦車隊を破壊された怒りをぶつけるかのように、敵の迎撃機が、バルカン砲を撃ってくる。翼を振ってかわすと、正弘の操るF−15も、バルカン砲を撃つ・・・たちまち爆発していくミグ23。
 「まずは、1機か・・・。」
 正弘が呟く・・・。周りでは、猛烈な空中戦が行われているが、全般的には、ユニコーン飛行隊が押し気味だ・・・この分でいくと・・・?
 「あれは・・・?!」
 1機のミグ29が、味方のF−15を鋭い旋回で振り切ると、後ろに付いてバルカン砲を撃った。爆発するF−15・・・。
 「くそっ!」
 正弘は、速度を上げて旋回すると、そのミグの方に向かっていく・・・。垂直尾翼に、鎌を持った死神のマーク・・・なんて奴だ・・・。
 後ろに付いて、バルカン砲を撃つ・・・あっさりかわされた。
 「やるな・・・。」
 正弘が呟く・・・。
 「共同でやるか!?」
 ユニコーン2が呼びかけてきた。
 「よし・・・行くぞ!梶谷!」
 正弘が、囮になり死神のミグ29を惹きつける・・・死神を尾翼にデザインしたミグ29が、正弘の後ろに付く・・・バルカン砲を撃ってくるのを巧みにかわす・・・。これで・・・来た!・・・梶谷機が横から突っ込んでくる、撃て!・・・梶谷!
心の中で叫ぶ正弘・・・そのとき・・・。
 「・・・?!」
 突然、死神が機体を横滑りさせた。その先に居るのは・・・。
 「梶谷!逃げろ!」
 正弘も、急旋回をかける・・・G(重力)に体が締め付けられる、腕が、鉛を付けたかのように重くなる・・・。牽制にバルカン砲を撃つが、奴は気にもとめない。
 「ウワッ!やられる!!」
 梶谷が、悲鳴をあげながら、バルカン砲を撃つが、死神のミグには命中しない・・・。ミグの機首に、発射の火花が散った。
 「くそ!」
 正弘は、咄嗟に二人の間を突っ切った。
 ガンガン・・・。何かが機体を叩く音がした。次の瞬間・・・。
 轟音と共に、正弘のF−15は、機体の後部が爆発すると、地上に向けて落下していった・・・。


 正弘は、目を覚ました・・・全身が痛む・・・起き上がろうとすると、体中に激痛が走った。
 「ここは・・・?」
 目だけで、周りを見ようとする・・・薄暗い部屋に、消毒液の匂いが立ち込めている・・・体の感覚からすると・・・ベットに寝かされているのか?
 「僕は・・・生きていられたのか・・・?」
 そのとき、一人の看護婦が彼の所に現れた・・・。顔を見ると、日本人のようだ
が・・・?
 「ここは・・・・どこですか?」
 何とか、聞けた・・・。
 看護婦は、少し困ったような表情をしている・・・やがてにっこり笑うと、こう
言った・・・。
 「ここは、病院です。・・・あなたの戦闘機は墜落したけど、水田の中に落ちたので体へのダメージは少なかったの・・・でも、肋骨が何本か折れてるわ・・・しばらくは、静養してね!」
 「ここは、日本ですか?」
 看護婦は、困惑した表情をしている・・・やがて、正弘の想像通りの返事が返ってきた。
 「ここは・・・あなたは・・・捕虜になったの・・・。」
 看護婦は、急ぎ足で立ち去った。
 正弘は、絶望感で一杯になった・・・周りを見ると、連合軍に属する国の兵士がベットに寝かされていた・・・日本人も多い・・・。
 「僕が・・・落とされてしまうなんて・・・。」
 捕虜になった屈辱と、撃墜されてしまった屈辱に、正弘は、思わず涙を流していた・・・。



 戦争の戦況は、膠着状態になっていた・・・連合軍も、侵略国も、どちらも戦況を打開する決め手を持っていなかった・・・。やがて、連合軍と侵略国は国連の仲介で、停戦交渉のテーブルに着くことになり、まず、双方の捕虜の交換が行われることになった・・・。


 「良かったですね・・・。」
 看護婦が、正弘に話しかけた。
 「ああ・・・お世話になったね。」
 正弘が答えた・・・。
 「君は・・・この国の人なのに、綺麗な日本語を話すね。どこで覚えたの?」
 看護婦は、少し躊躇った後、答えた。
 「両親が・・・昔、日本に強制連行されたんです・・・。」
 「そうか・・・。」
 正弘は、下を向いた・・・。
 「それなのに、君は僕を・・・・。」
 「でも・・・わたしにとっては、怪我をした人は、どこの国の人でも関係ありませんから。」
 看護婦は、明るく笑った。そんな彼女の笑顔が、正弘には、眩しかった・・・。
 

 やがて、正弘たちが返還される日が来た。港で捕虜の交換船に乗り込もうとする正弘たち数人を、銃を持った兵士が呼び止めた。
 「おまえ達は、こちらを通って行け!」
 その通路も、船の乗船口だが・・・。
 「なぜだ!」
 一人の捕虜になった連合国の兵士が聞いた。
 「乗船口が、混み合っているからだ!」
 銃を突きつけながら、兵士が言う。
 「早く行け!」
 「しかし、僕たちだけが行っても・・・。」
 正弘が言うと・・・。
 ガチャッ・・・。
 数人の兵士が、正弘たちにライフルを向ける・・・。
 「こんなことをして無事に済むと思ってるのか!」
 日本人の海軍士官が言った。
 「・・・早く行くんだよ・・・!」
 押し殺した声で言う兵士・・・兵士が銃を構える・・・カチャッ・・・銃の安全装置をはずした・・・ライフルの銃口が、鈍く光っている。
 「さあ・・・早く行けっ!」
 正弘たちは、顔を見合わせると仕方なしにその通路を歩いていった・・・ブ〜ン・・・何かが共鳴するような音が響いた気がした・・・そんな彼らを、暗い部屋の中でモニターで見ている将校と、科学者がいた・・・彼らはお互いに顔を見合わせるとニヤリと笑った。



 空軍・北九州基地
 
 数日後。

 「真田正弘大尉・・・ただいま帰還いたしました。」
 敬礼しながら報告する正弘に。
「ご苦労だったな・・・。」
 基地司令官が、正弘に向かって言った。
 「あの作戦で我々は、10機のF−15を失ってしまった・・・これまでの戦いで戦死したパイロットも多い・・・君たちには、今後の部隊再建のための中心になってもらわなければならない・・・。」
 司令官が言った。突然、司令官室のドアを開けて誰かが飛び込んできた。
 「真田が帰ってきたって!?」
 驚いて振り返る正弘。入ってきたのは梶谷だった。
 「真田・・・生きていてくれてよかったよ!どこも怪我は無いのか?」
 正弘の肩を叩きながら言う梶谷・・・。
 「ああ・・・骨折したけど、もう大丈夫だ・・・。」
 「もう少し礼儀を覚えろよ!」
 司令官が、梶谷に向って苦笑しながら言った。
 「梶谷は、今はユニコーン飛行隊の指揮官をしている・・・と言っても、戦力は、激減しているがな。この停戦を機会に、部隊の大幅な再編が行われるだろう・・・君も、しばらくは静養して、部隊に復帰してくれよ! わたしも、どうやらここを離れることになりそうだ・・・。」
 「そんな・・・司令が指揮をとられたから、戦線をあそこで食い止められたのに・・・。」
 梶谷の言葉に・・・。
 「まあ、軍も役所と一緒だからね・・・人事異動は、定期的にあるわけだ。」
 司令官が笑った。
 「君たち・・・後を頼んだぞ!」



 北九州・・・村田少佐宅

 正弘は、基地での報告を済ませると、下宿をしている家に向った。
 そこは、基地で戦闘機の整備班長をしている村田好冶少佐の家だった。
 「こんにちは〜!」
 いつものように玄関を開ける・・・。
 「ハ〜イ・・・あっ!・・・お父さん!正弘さんが帰ってきたよ!!」
 玄関に出てきた村田の長女・・・圭子が、奥に走っていった。 そんな圭子を、笑顔で見る正弘・・・。
 「おう・・・帰ってきたか!」
 自分の子供を見るようなやさしい目をして、村田少佐が玄関に現れた・・・。村田少佐の年齢は、50台の後半・・・24歳の正弘から見れば、父親のような年齢だ・・・空軍の退役も近い・・・しかし、村田以上の腕を持つメカニックがいないのも、また、確かだった。彼の整備した戦闘機は、能力以上の性能を発揮するとパイロット達の間では本気で言われていた・・・。
 正弘は、胸がいっぱいになって何もいえない・・・両親も、家族も幼い頃に亡くした正弘にとっては、村田は親代わりだった・・・。
 「おい!・・・ボ〜ッとしてないであがれ!」
 「はい・・・。」
 正弘は、靴を脱いで家に上がった・・・。

 居間で、足を伸ばしてくつろぐ正弘・・・。
 「正直なところ、もう生きて帰れるとは、思いませんでしたよ・・・。」
 正弘が、呟くように言った。
 「今度の戦いでは、たくさんの人が死んでいった・・・どんな形でも、生きて帰ってくれれば・・・それに越したことはない・・・ほら!ビールが入ったぞ!」
 「あっ・・・ありがとうございます・・・ビールなんて何ヶ月ぶりだろう!」
 正弘が、美味そうにビールを飲む。
 「あれから、圭子も国防軍に入隊してな・・・。」
 「そうなんですか?」
 「今では、北九州基地で、俺の整備班に入っているよ・・・。」
 村田が、嬉しそうに言った・・・。
 「お父さんは、奴は必ず生きていると言ってたのよ!」
 圭子が、料理を持ってきた。
 「さあ、たくさん食べてね!」
 「なんだか、随分いつもの夕食と違うなあ・・・。」
 村田が言うと、
 「だって・・・正弘さんが帰ってきてくれたんだから・・・。」
 圭子が、ちょっと赤くなりながら言う・・・。
 「まあな・・・そういうことか。」
 村田が、にっこり笑って、
 「おい!正弘、そろそろこいつをもらってくれるか?」
 「「エッ・・・?」」
 正弘と、圭子が同時に声をあげた・・・。
 「おまえが落ちたと聞いたときには、俺は、ものすごく悔しかった・・・いずれは、圭子をもらってくれると思っていたからな・・・こいつだって、俺の前では強がっていたが、毎晩泣いていたよ・・・。」
 圭子を見る正弘・・・圭子は、下を向いて頬を赤く染めている・・・。
 「せっかく生きて帰ってきたんだ・・・これを機会に・・・。」
 正弘は、村田と圭子を見比べていた・・・。
 「ありがとうございます!」
 正弘は、何とか言った・・・。胸が、一杯になる・・・何か、熱いものがこみ上げてくる・・・。
 「そうか・・・さあ、今日から、おまえは俺の息子だ!・・・さあ、飲もう!正弘!!」
 村田がグラスにビールを注ぐ・・・。正弘は、目を真っ赤にしながらビールを飲んでいた。

 夜もふけてきた・・・。
 「正弘さん、お風呂に入ってしまって。」
 圭子の言葉に、正弘は、風呂場に向った・・・。
 脱衣所で、服を脱いだ・・・。
 「あれ・・・・?」
 ここ数日、胸のあたりが痒かったが、今は、胸がなんだかプヨプヨしている・・・。
 「少し太ったかなあ・・・。」
 正弘は、呟くと、風呂に入った・・・。


 次の日、村田少佐宅

 「正弘さ〜ん、時間よ、起きて!」
 圭子が、一階から二階の正弘の部屋に向って呼んだ・・・。
 「どうした・・・正弘は、まだ起きないのか?」
 村田少佐が、新聞を見ながら聞いた。
 「うん・・・ちょっと見てくる・・・。」
 「まだ、疲れているんだろうな・・・。」
 圭子は、階段を上ると、正弘の部屋のドアをノックした。
 「正弘さん、起きてる?」
 そのとき、圭子の耳には、正弘の呻き声が聞こえた・・・ただ事では、なさそうだ・・・。
 「正弘さん、入るわよ!」
 圭子は、ドアを開けると、正弘の部屋に入った・・・。
 目の前に、正弘が、汗びっしょりになって倒れている・・・。
 「正弘さん!どうしたの?しっかりして!」
 目の前の正弘は、どことなくいつもと雰囲気が違った・・・抱き起こそうとした体は、どことなく柔らかく、今までより小さくなったような気がした・・・髪の毛が、少し長く伸びているようだ・・・。
 「どうしたんだ!」
 村田少佐が、部屋に入ってきた・・・。
 「お父さん・・・正弘さんが・・・。」
 怯えたような目で父を見る圭子・・・。
 「すぐに救急車を呼ぼう!」
 村田は、すぐに電話で救急車を呼ぶと、国防軍の病院に正弘を運んだ・・・村田の胸には、不吉な予感がよぎっていた・・・ようやく自分のもとに戻ってきた正弘を、死神が連れ去ってしまうのか・・・そんな思いが・・・。


 北九州・国防軍病院
 
 正弘を乗せた救急車は病院に着くと、救急患者の搬送口から、救急隊員が正弘を寝台車に載せて運び込んだ・・・村田と圭子も一緒だ・・・。
 正弘は、すぐに処置室に入れられた・・・医師や、看護婦たちの動きが慌しい、気が気でない村田父娘・・・。
 一時間も経っただろうか・・・。
 「村田さん・・・。」
 後ろを見ると、少佐の肩章を付けた空軍の情報参謀が立っていた。訝しげに見る二人に・・・。
 「起きてほしくなかったことが起きたようですね・・・。」
 驚いて情報参謀を見る二人・・・。
 「どういうことかね・・・?」
 村田が聞こうとしたときに・・・。
 「村田さん・・・院長先生がお呼びです・・・。」
 3人は、顔を見合わせると、院長室に入っていった・・・。
 「どうも・・・。まあ、おかけください・・・。」
 院長が、3人に椅子を勧める・・・。
 「正弘さん・・・彼の具合は、どうなんですか・・・・?」
 圭子が、聞いた。
 「大丈夫です・・・命には、かかわりません・・・ただ・・・・。」
 「ただ・・・どうなんです?」
 村田が、尋ねた。
 「彼の体は・・・ご覧になったかもしれませんが、外見では、女性化が進んでいます・・・。今、細胞を取って、調査していますが、最近、捕虜になって帰国した連合国の兵士の一部が、女性化してしまうという例が多く見られます・・・その細胞を調べてみたところ、染色体が、女性の染色体に変化していったということです・・・もちろん、公には、されていませんが・・・。」
 「そんな・・・じゃあ、正弘さんは、これから女になってしまうと・・・。」
 「おそらくは・・・。」
 院長は、圭子から目をそらしながら言った・・・。
 「なんということだ・・・命がけで戦って、何とか帰国したと思ったら・・・こんな目に会うなんて・・・正弘が・・・あいつが一体なんでこんな目に・・・。」
 村田が、机に拳を叩きつけた。その目から、涙が流れた・・・。
 「私が、ここに来たのも、その件でなんです・・・。」
 情報参謀が、口を開いた・・・。
 「私は、先程、私たちの入手したデータを院長先生にお渡ししました。先生も先程おっしゃったように、最近、このような例が、連合国の兵士の間で多く発生しています・・・数日前にも、正弘さんと同じ日に帰還した海軍の士官が、まるで10代の女の子のように外見が変わってしまった例があります・・・。」
 驚いて情報参謀を見る村田たち・・・。
 「その海軍士官は・・・自分の体を見て、ショックを受けて自殺してしまいました・・・。」
 目を瞑る村田・・・彼の心の中に、どんな思いがよぎっているのか・・・圭子の目は、赤く腫れている・・・。
 「私は、あなた達に、これからの真田君を支えて欲しいのです・・・彼の、これまでの人生より、これからの人生の方がはるかに長い・・・これまでの男だった頃の(あえてだったと言いますが・・・)人生を振り返ると、彼には絶えがたいものがあるでしょう・・・しかし、それでも私は彼に生きて行って欲しい・・・空軍の方としても、戸籍などの問題を含めて、万全の体制をとるつもりです!」
 「それでは・・・」
 村田が重い口を開いた。
 「それでは、空軍は、女性になったとしても、彼を除隊させたりはしないと・・・?」
 「もちろんです!」
 情報参謀は、胸を張って言った。
 「これからも、彼をパイロットとして扱うと?」
 「それは・・・。」
 情報参謀は、口ごもった・・・こんな質問は、彼も予期していなかったのだろう・・・。
 「彼から、空を奪ってしまったら・・・彼は、どう思うかな・・・空を飛ぶことは、彼の人生そのものだったんだ・・・みんなが思っている以上にな・・・。」
 村田は、呟くように言った・・・院長室にいた全員が、言葉を失ってしまった・・・。


 国防軍病院・病室

 正弘が、ようやく目を覚ました。
 「気がついた・・・?」
 圭子が、正弘に声をかけた・・・正弘は、圭子を見つめた・・・その目が真っ赤だ・・・。
 「・・・。」
 声を出そうとするが、正弘の口からは、何故か声が出なかった・・・体中の関節には、痛みがあった・・・。
 「しばらくは・・・動かないほうがいいわ・・・。」
 圭子は、何とか正弘に声を掛けた・・・。彼女は、思った・・・昨日、ようやく自分の想いがかなうと思ったのに・・・なぜこんなことに・・・。そして、情報参謀の言葉が彼女の頭の中に響いた・・・。そうだ・・・これからの正弘を支えるのは、自分しかいないんだ・・・。
 朝起きたときに比べても、正弘の体は、彼女から見ても、女性化が進んでいた・・・顔は、面影を残してはいたが、優しげになり、肌は白く、きめの細かい肌になっていた。髪は、サラサラになり、肩まで伸びていた・・・わずか数時間でこんなに・・・。圭子は、驚いていた・・・。
 逞しかった肩幅は、狭く華奢になっていた・・・厚い胸板は、全く面影がなかった・・・そこには、彼女と同じように女性にしかない膨らみが、思春期の少女くらいの大きさになっていた・・・太く逞しい腕も、脂肪のついた柔らかく細いものになっていた・・・そして、さっき巡回に来た看護婦が言っていた・・・股間も、彼女達・・・女性と同じになっていたと・・・。
 圭子は、泣いていた・・・そして思った・・・そう、これからは、私があなたを支えていく・・・何があっても、正弘さん、あなたは、やっぱりあなた・・・これから、女の子になったとしても、いろいろなことを教えてあげるね。
 病室の窓からは、夕日が彼女達を照らしていた・・・。



 翌日・国防軍病院

 正弘が目を覚ました・・・。窓からは、朝日が差し込んでいる・・・。横を見ると、圭子が椅子に座ったまま眠っていた・・・その寝顔を見ていると、正弘は、幸せな気分だった・・・彼は、ゆっくりと上半身を起こした、昨日と違い、今日は、関節の痛みもない・・・。
 「・・・?」
 彼の視界に入ってくる彼の体は、見慣れたものとは随分違った・・・何よりも、胸に重みを感じる・・・まとわりついてくる髪も、いつもと違った・・・これは・・・・?
 体を見下ろす・・・寝巻きの胸が、ふっくらと膨らんでいる・・・そっと手を当ててみる・・・その手は、細い、まるで女の子の腕のようだ・・・。『ムニュッ』今まで体験したことのないような感覚が脳細胞に伝わる・・・それは、今触っているものが、間違いなく自分のものであるということになる・・・寝巻きの前を開けると、立派な女性のバストが目に入ってきた。股間に手をやる・・・何も自分の掌には感じない・・・。
 「ウワーッ!」
 正弘の悲鳴に、圭子は驚いて目を覚ました・・・。
 「圭子・・・。僕は、一体・・・。」
 正弘は、怯えた目で圭子を見つめた・・・。
 「正弘さん・・・。」
 今の圭子には、正弘が10代後半の女の子にしか見えなかった・・・これが、かつての国防軍のエース・パイロットの今の姿・・・。
 病室のドアが開いた・・・院長と、村田、それに梶谷が入ってきた・・・。
 「みんな・・・。」
 正弘が呟くように言った・・・それは、すっかり女の子の高く澄んだかわいらしい声だった・・・。
 「真田・・・。」
 梶谷は、事情を聞いていたが、何も言えなくなってしまった・・・。
 院長は、正弘に今までの経過、周りで起きていることを説明した・・・。
 「じゃあ、僕は、もう戻れないのですか?」
 正弘の問いに、院長は、
 「今の技術ではね・・・。」
 呟くように言った・・・。
 正弘は、肩を震わして泣き出した・・・みんなには、それは女の子が泣いているようにしか見えなかった。
 「僕は・・・僕はもう空を飛ぶことが出来ないのか・・・。」
 「そんなことはない!」
 村田が言った。
 「空軍は、おまえを今後も除隊させないと確約している・・・女性でも、輸送機などの操縦をしている・・・外国でも、女性パイロットは多い・・・おまえが努力すれば・・・。」
 「そうだよ・・・おまえが頑張れば道は開けるよ!」
 梶谷が言葉をつないだ。
 「みんな・・・ちょっと部屋を出てくれないかな・・・。」
 正弘が言った・・・。
 みんなは、病室を出ようとした・・・そのとき、村田が圭子に目配せをしたのに、正弘は気付かなかった・・・。
 部屋には、圭子だけが残った・・・突然、正弘は、ベットの脇のテーブルの上においてあった果物ナイフを手に持って、喉につきたてようとした。
 「正弘さん!やめて!!」
 圭子は、正弘にまるでタックルするように体をぶつけると、その手からナイフをもぎ取った。
 「返してくれ!僕は、こうするしかないんだ!!」
 「そんなことはない!」
 圭子は、泣きながらナイフを遠くに投げると、小さくなってしまった正弘の体を抱きしめた・・・。
 「正弘さんは、どんなになっても正弘さんだよ・・・私にとっては・・・これからは、女の子のこと・・・いろいろ教えてあげるね・・・女の子もなかなかいいよ・・・ねっ・・・わかって・・・正弘さん・・・。」
 圭子は、大きな瞳から涙を流しながら優しく言った・・・。
 正弘は、圭子の腕の中で声を出して泣いていた・・・病室の外では、そんな二人の会話を、梶谷と村田が肩を震わせながら聞いていた・・・。



 数ヵ月後・村田少佐宅

 「正弘さん!そうじゃなくて・・・。」
 「ウ〜ン・・・難しいよ・・・。」
 村田の家では、いま、正弘が、圭子からメイクの仕方を習っていた・・・。そんな二人を、村田は、複雑な表情で見ていた・・・結婚させようと思っていた二人が、突然、まるで姉妹のような関係になってしまったのだから当然だろう・・・それに、正弘が、なかなか自分が女の子になってしまったことを受け入れることが出来なかった・・・これも、当然といえば当然だろうが・・・。
 「それじゃあ、行って来るぞ・・・。」
 村田が玄関から奥に向かって言った・・・。
 「あっ・・・お父さん、行ってらっしゃい!」
 「正弘を頼むぞ・・・。」
 「そろそろ正弘さんの戸籍・・・変えないとね。」
 「そうだな・・・今日、基地で話しをしてこよう・・・それじゃあな。」
 「行ってらっしゃい・・・。」
 村田少佐は、車に乗ると、基地に出勤していった・・・。
 奥では、正弘が、ジーンズにTシャツというラフなかっこで家から抜け出そうとしていた。
 「こら!正弘さん!!」
 「行ってくるね!」
 「もお〜・・・いつもこれなんだから・・・。」
 圭子が困ったような顔をしていった・・・。
 「今は、女の子なんだから気をつけるのよ!」
 窓から、自転車で走り去る正弘に向かって言った・・・。
 しばらく正弘の後姿を見つめて、圭子は呟いた・・・。
 「これなら、もう大丈夫かな・・・。」
 圭子は、知っていた・・・あれから毎晩、正弘が自分の部屋や、風呂場で自分の体を見て泣いていたことを・・・最初は、なかなか女性用の下着を付けようとはしなかった・・・自己嫌悪になって、何度かナイフを掴んだこともあった・・・しかし、今では、スカートこそはかないが、何とか女性の下着は身に付けるようになった。  外にも、出ようとはしなかったのだが・・・ある日、村田が、基地の滑走路脇にある川の堤防に連れ出してからは、態度が変わった。そこからは、基地を離着陸する飛行機がよく見えた・・・。今も、そこに行ったに違いない・・・。
 「本当は、自分で飛びたいんだよね・・・正弘さん・・・。」
 圭子は、呟くように言った・・・。


 北九州基地周辺・堤防

 正弘は、自転車を堤防の上に止めると、堤防の草むらに仰向けに寝て、空を見ていた。
 轟音を立てながら、F−15、F−2などの戦闘機や、輸送機が離着陸を繰り返している・・・。
 「飛びたいなあ・・・。」
 正弘が呟く・・・。
 「お〜い・・・正弘!」
 堤防をジープが走ってくる・・・乗っているのは、梶谷と、ファルコン飛行隊の隊長の米村少佐だ。
 「おい、真田・・・久しぶりだな・・・。」
 米村が、正弘に右手を差し出した。
 「米村さん!・・・お久しぶりです!お元気でしたか?」
 正弘も、右手を出して握手をした。
 「こんな姿になっちゃいましたが・・・。」
 正弘が、自嘲気味に言うと、米村は、
 「何言ってんだ・・・どんな姿になっても、真田は、真田だろ!水臭いぞ!いつも、上からおまえを見てたんだからな!なぜ基地に来ない!」
 米村の言葉が、正弘には、嬉しかった・・・。


 国防軍・北九州基地

 ジープに同乗した正弘が、基地に現れた・・・傍目には、隊員の知り合いの10代後半の少女が、見学に来たようにしか見えない。
 「あれ・・・正弘さん・・・?」
 出勤してきた圭子は驚いた・・・あんなに基地に行くのをいやがっていたのに・・・。
 正弘を乗せたジープは、格納庫へ向かった・・・各飛行隊の隊員達が、正弘を取り囲む・・・。
 「真田さん!」
 「大変でしたね!」
 「いつ戻ってきてくれるのですか?」
 そんな声をかけられながら、正弘は、みんなを見ていた。傍らにあるF−15を見ていると、
 「乗ってみるか?」
 米村が正弘に言った。
 「いいんですか?」
 「そりゃあ、飛ばすのは、だめだけどな・・・まあ、コクピットに座るくらいなら・・・。」
 米村は、笑いながら正弘に促した。
 「さあ!乗れよ!」
 正弘は、F−15に乗り込もうとした。
 女性になって、180cm以上あった身長が、168cmになってしまっていた・・・それでも、女の子としては、大きいほうだが・・・。
 何とか、コクピットに座り、操縦桿を握る・・・久しぶりに座ったコクピット・・・。
 「どうだ!」
 米村が機体の下から声をかけた・・・。胸が一杯で声が出ない正弘・・・。
 「いい話があるぞ・・・。」
 梶谷が、下から正弘に向かって言った。
 「空軍で近々、女性パイロットのチームを作るらしい。」
 「本当か?」
 「ああ・・・もっぱらの噂だ・・・おまえだって、それなら心置きなく空を飛べるだろ!」
 正弘は、少し光が見えた気がした。
 「ありがとう・・・梶谷!米村さん!」
 「明日から、基地に戻ってこいよ!」
 米村が、正弘の肩を叩きながら言った・・・。そんな光景を、作業服を着た村田と、圭子が遠くから見つめていた・・・。


 その頃、北九州基地では、人事異動で幹部の人事が変わっていた。
 「なに・・・真田が来ているだって・・・。」
 新任の基地司令官、宮下が言った。
 「はい・・・飛行隊の連中と話をしているのを見ました。」
 参謀長の竹間が答えた。
 「ふん・・・まあ良かろう・・・私の評価に差し障らなければな・・・早くここから、空軍の幕僚部へ行きたいものだ・・・。」
 「その時には、よろしくお願いします!」
 竹間の言葉に、宮下は、ニヤリと笑うと、視線を窓の外に移した・・・。



 それから数日後・北九州基地

 その日の朝、村田の車に同乗してきた正弘が、駐車場で車を降りようとすると、
 「真田君・・・。」
 誰かが正弘を呼んだ・・・。振り返ると、大佐の肩章を付けた男が立っていた。
 「朝倉さん!おはようございます。」
 村田が、男に挨拶をする。
 「正弘さんに何か?」
 圭子は、朝倉に話しかけた後、正弘に向き直った・・・。
 「こちらは、朝倉大佐・・・新任の作戦参謀で、飛行隊のまとめ役もされているの。」
 「真田です・・・よろしくお願いします!」
 正弘も、敬礼をした。・・・そういえば、女の子になって敬礼なんて初めてだな・・・正弘は、思った。
 「よろしく・・・君の噂は聞いているよ・・・なかなかの腕利きパイロットだそうだね。」
 朝倉が、笑顔で答礼を返しながら言った・・・。
 「昔のことです・・・。」
 正弘が、寂しそうに笑うと。
 「着替え終わったら、とりあえず私の部屋にきてくれたまえ・・・いい話があるよ。」
 朝倉は、そう言うと笑顔で歩いていった・・・残された三人は、お互いの顔を見合わせていた・・・。

 「エ〜ッ・・・こんなの着るの!?」
 「あたりまえじゃない・・・その姿なんだから・・・。」
 正弘と、圭子が女子隊員の更衣室でやり合っている・・・圭子が手に持っているのは、女子士官の制服・・・緑色のタイトスカートのスーツだ・・・。
 「男子士官のでいいじゃないか・・・。」
 「不自然よ・・・これを着るまでは、絶対にここから出しませんからね!」
 「・・・。」
 正弘は、困惑しきった表情で、圭子から手渡された制服を見ていた・・・。
 圭子は、ニコニコしている・・・これを着て、少しずつでも女の子の生活に慣れてくれれば・・・圭子は、そう思っていた。
 「わかったよ・・・着るよ・・・。」
 正弘は、根負けしてしまった・・・。
 Tシャツを脱いで、白いブラウスを着た・・・ジーンズを脱いで、ストッキングを履いた・・・少し、足が締め付けられるような感じだ・・・スカートをはいて、ブラウスの上からスーツを着た。圭子が髪を直してくれた・・・圭子が少し離れて正弘を見た・・・。
 「真田正美大尉・・・敬礼!」
 正弘は、反射的に敬礼をしていた・・・。
 「可愛いわよ・・・。」
 圭子が笑った・・・。
 「ちょっと待てよ・・・今・・・。」
 「そう・・・さ・な・だ・ま・さ・み・・・お父さんが、朝倉大佐に話して戸籍を、女性のものに作り変えてもらったの・・・今までの名前を忘れないほうがいいだろう・・・実の親からもらった名前を忘れないようにって・・・それで正美に・・・。」
 「うん・・・わかったよ・・・でも、このかっこうは・・・。」
 「いいんじゃないの・・・よく似合ってるわよ!・・・さあ、行きましょう!」
 更衣室を出ると、梶谷がいた・・・。
 「あっ・・・梶谷・・・。」
 「真田・・・よく似合ってるよ・・・可愛いじゃないか・・・。」
 「あまり見るなよ!」
 正美になった正弘は、頬を赤く染めて歩いて行った。後ろから、梶谷が、ニヤニヤしながら見つめていた・・・。
 朝倉大佐の部屋の前にきた二人・・・深呼吸をして、正美は、ドアをノックした。
 「真田大尉・・・入ります!」
 可愛らしい女の子の声に、自分で苦笑いしてしまう。
 「どうぞ!」
 ドアを開けて部屋に入ると、朝倉以外に、もう一人将校がいた。
 「まあ、かけたまえ。」
 椅子を二人に勧めると、朝倉は、将校と一緒に二人の前に座った。
 「こちらは、この基地の参謀長の竹間参謀長だ・・・さて・・・話というのは、噂に聞いているかもしれないが、女性パイロットを集めた飛行隊を設立しようという話だ。」
 お互いの顔を見る正美と圭子・・・正美に笑顔が戻ってきた。
 「今、女性パイロットは、輸送隊や、連絡隊が中心で、30名ほどかな・・・そこから16人を選んで設立する・・・。」
 「まあ・・・この前の戦いで国防軍は、人をたくさん死なせたとか、悪いイメージがついたからな・・・そのイメージを払拭するための・・・まあ、華だな・・・いわば職場の華だ・・・ハハハ。」
竹間の言葉に、顔をしかめる朝倉・・・。正美は、俯いてしまった・・・。
 「まあ、この件は、朝倉君が中心になってやってくれる・・・君に、飛行隊の中心になってやってもらうが、男から女になったそうだから、丁度いいだろう・・・まあ、事故を起さん程度に適当にやってくれ!」
 それじゃあ・・・というと、竹間は、部屋を出て行った・・・。
 「酷い・・・!」
 圭子が、言った・・・。
 正美は、俯いたままだ・・・。
 朝倉は、しばらくドアを見たままだったが、やがて二人を見て、静かに言った・・・。
 「まあ、周りの女性飛行隊を見る目は、参謀長と大差はないよ・・・これは、中央でもそうだ・・・しかし・・・これは口外しないで欲しいが、僕は、この飛行隊を君に実戦部隊として育てて欲しい・・・。」
 「・・・?」
 「今は、停戦ということになっているが、僕には、これがいつまでも続くとは思えない・・・いずれ戦いが起きたときに、使える飛行隊は、多い方がいい・・・そして、戦闘機パイロットを育てるには、当然、時間がかかる・・・いざ必要になっても、すぐには必要なパイロットを育成できない・・・君には、その手助けをして欲しい・・・苦労はするだろうがな・・・ひょっとしたらこの飛行隊が、最後の砦・・・という事にもなりかねない・・・。」
 朝倉の言葉に、正美の心は、決まっていた・・・。
 「僕でよければ・・・やらせていただきます!」
 朝倉は、力強く頷いた・・・圭子は、正美の横顔を眩しそうに見つめていた。
 このとき、朝倉の頭の中では、この後起きる出来事が全て予測されていた・・・二人がそれを知るのは、それから1年後になる・・・。



 一週間後・北九州基地

 「整列!・・・敬礼!」
 格納庫の前に、16人の制服に身を包んだ女性達が並んでいる。皆が、大佐の肩章を付けた男に敬礼をした。男も、敬礼を返した。
 「これから、諸君には、ジェット戦闘機パイロットになるための訓練を受けてもらう・・・この飛行隊は、国防軍初の、女性パイロットで構成された飛行隊だ・・・我々は、この飛行隊に大いに期待している。諸君の健闘に期待している!」
 朝倉は、居並ぶパイロット一人一人を見ながら言った・・・。
 「飛行隊長は、真田大尉に勤めてもらう!」
 「ちょっと待ってください!」
 一人が、朝倉に向かって言った・・・。
 「あの人は、もともと男ですよね!その人が指揮をとるんですか!!」
 ざわつく隊員達を見て、朝倉は、笑いながら一言で言った。
 「きみたち・・・空に上がってしまえば、そんなことは、些細なことだよ!」


 1ヶ月後・北九州基地

 訓練が始まって1ヶ月が過ぎた・・・シュミレーターでの訓練を終えた隊員たちは、飛行隊に配備されたF−1支援戦闘機に乗って訓練をはじめた。
 F−1は、F−2より一世代前の戦闘機だが、そんな事よりも、久しぶりに自分で空を飛べるのが、正美には嬉しかった。
 久しぶりの飛行のときには、村田や、圭子たち整備員や各飛行隊のパイロット達が、格納庫の前で帽子を振って見送ってくれた・・・正美には、それが嬉しかったが、隊員達には、それが面白くなかったようだ・・・やがて、隊員達は反発して、正美の指導や注意に聞く耳を持たなくなった・・・やがて、正美は飛行隊の中で孤立していった。
 司令官の宮下や、参謀長達は、やはり女性に戦闘機を飛ばすのは、無理と言い始めていた。
 正美は、このままでは、いずれ事故が起きかねないと心配していた・・・前の戦いで、多くの部下を失った正美は、もう部下を失いたくはないと思っていた・・・。


 ある日、訓練の終わった夜・・・。

 「何で、あんな男女が、みんなに慕われるのかしらねえ・・・。」
 訓練の終わった後、ロッカーで副隊長を勤めている石部雅子が言った・・・。
 「やっぱり元男だからでしょ!」
 隊員の一人、岡村が言う。
 「そうよね・・・だから、あんな人・・・やっぱりやめて欲しいよね!目障りだし・・・ねえ、内田さん。」
 石部の言葉に・・・。
 「あの人がいると、私たち目立たないもの・・・。」
 内田と呼ばれた隊員が答えた。
 『バタン!』
 突然ロッカールームのドアが開いた・・・瞳に涙をためた作業服姿の圭子が立っていた・・・。
 「なんなの!あなたは!」
 石部が言うと・・・。
 「あなた達・・・そんなことを言って、あんな態度をとって、自分が惨めじゃないの?前男だったからって・・・それであの人がどんなに辛い思いをしたか・・・あなた達には、想像もつかないでしょう!あの人・・・自分で女の子になりたかったわけじゃないんだよ!もう飛べなくなるって泣いてたんだよ・・・それなのに・・・。」
 圭子は、泣いていた・・・そんな圭子を見て、隊員達は、言葉を失った・・・廊下では、朝倉が圭子の背中を見ていた・・・。
 「あなた達・・・これから格納庫に行ってごらんなさい・・・あなた達が、テレビを見たり、寝てる間に、格納庫であの人が何をしているのか・・・それを見たら、あの人がなぜ、みんなに慕われるのか解る筈よ!」
 圭子は、涙を流しながら、走り去っていった・・・朝倉は、圭子の姿が、廊下の向こう側に消えると、扉を開けて、静かに夜の滑走路に出た・・・。


 隊員達は、圭子の言葉が心に引っ掛かって、格納庫に来た・・・格納庫からは、まだ明かりがもれていた・・。こんな時間まで?・・・隊員達は、少し意外に思った・・・。
 「真田さん、この部分・・・このくらい締めておけばいいですか?」
 整備員が何か言っている・・・その向こうにいるのは・・・。
 「ウ〜ン・・・まだちょっとオイルが滲んでるね・・・もう少し締めといてね!」
 長い綺麗な髪を後ろでまとめて、ジャージ姿の正美が笑顔で、整備員達と一緒に作業をしている・・・。
 驚いて、顔を見つめあう隊員達・・・。
 「真田さん、飛行隊の各機の整備作業リストですが・・・。」
 「そうだね・・・3号機と5号機は、飛行時間が多いからね・・・しっかり見といてくれるかな・・・9号機は、今日はエンジン音がちょっとおかしかったからね・・・注意して!」
 「わかりました・・・。」
 指示を受けた整備員が走っていく・・・。
 「F−1は、機体が古いからなあ・・・。」
 村田が、チェックリストを手にしながら言うと、
 「贅沢言えませんよ・・・前の戦いで消耗した機体の補充が先ですからね・・・整備をきっちりして飛ばさないと、事故が起きかねないです。落っこちたら洒落にならないですからね!」
 正美が、おどけて言った・・・整備員達にも笑いが起きる・・・。
 「さてと・・・。」
 正美が、工具箱の上に置いてあったスポーツタオルを首に巻いた。
 「正美・・・また走りに行くのか?」
 村田少佐の言葉に、
 「うん・・・体力を付けとかないと、この体でこれから高速の空中戦なんかしたら、きついからね!」
 正美が、笑いながら言った・・・。
 「おまえ・・・苦労してるんだろ・・・噂を聞いてるぞ!」
 村田少佐が心配そうに言うと、
 「そうですよ・・・真田さんが、こんなに気を使って、事故を起こさないように気を付けているのに、あいつらときたら、まるで、おばちゃんが軽自動車で買い物に行くのと同じ感覚で飛ばすんだからな!整備員も、やってられないよ!」
 整備副長の服部が吐き捨てるように言った。
 「服部さん、そんなに言わないで下さい・・・これは、僕の責任なんですから・・・じゃあ、行ってきます!」
 正美は、滑走路に沿って走っていった。それを黙って見送る女性隊員達・・・。

 「ああいう奴だから、みんなが付いていくんだ・・・。」
 いつのまにか、彼女達の側に、米村と梶谷が立っていた。
 「エースと言われて飛んでいたのに、落とされた上に、女の子の体にされてどんなに辛かったか・・・あんた達・・・反発するのはいいが、あいつが今まであんた達に言ったことで、間違っていることは、一つもないぞ・・・。」
 米村が、隊員達に言った。俯いてしまう隊員達・・・。
 「嫉妬しても、空の上では、何の役にも立たないぞ!」
 梶谷が低い声で呟くように言った・・・。
 「あいつは、飛行隊の全機の整備を見てから、いつも基地の周りをランニングして、その後は、ウエイトトレーニング・・・男だったときからそうだった・・・1ヶ月も一緒に行動して、誰も知らないなんて・・・あんた達どうかしているよ・・・あれだけ頑張る奴だから、みんなが応援して付いて行くんだぞ!」
 米村は、そう言うと、自分も正美を追いかけて走っていく・・・梶谷も走っていった・・・そんな二人を、隊員達は黙って見送っていた・・・。


 次の日、
 訓練飛行のために、格納庫に向う正美は、格納庫の前で整列して待っている隊員達を目にした。
 「敬礼!」
 副隊長の石部の号令で正美に敬礼をする彼女たち・・・正美は、今までの事を考えると、訳がわからないほど混乱していた・・・。
 「ちょっと・・どうしたのですか?」
 正美が聞いた。
 「大尉・・・今までの事・・・申し訳ありませんでした!」
 全員が一斉に頭を下げる・・・。
 「私達・・・大尉が、あんなに気を使ってくれているのを、全く知らなかったので・・・。」
 奥田という隊員が、消え入るような声で言った。
 「そう・・・みんな、僕を飛行隊の一員にしてくれることにしたんだ・・・。」
 正美の言葉に・・・。
 「そんな・・・大尉を一員にするなんて私達は・・・。」
 皆が慌てて言うのを、正美は・・・。
 「いいんだ・・・飛行隊のメンバーは、いざというときには、お互いに命を預けるんだよ・・・お互いに信頼関係がないと、そんなことは出来ない・・・僕を一員と認めてもらえて嬉しいよ!あとは、訓練を通して、お互いの信頼関係を築いていこう!」
 正美は、一人一人を見ながら言った。一呼吸を置いて、ユニコーン隊を率いていた時と同じようにお腹から声を出した・・・。
 「よし・・・行くぞ!!」
 「「「ハイ!!」」」
 全員が反応した・・・・正美は、久しぶりに充実感を感じていた・・・。
 F−1がエンジンを始動させる・・・格納庫の中にエンジン音が響く・・・整備担当の服部が、にっこり笑うと、親指を正美に向って、ぐっと立てた、正美も頷く・・・横の、石部の機体を見る・・・石部も、こちらを見て頷いた・・・。
 「全機、順次発進せよ!」
 正美は、インカムで全員に連絡すると、エンジンのスロットルを開けた。エンジン音が高くなる・・・服部は、慣れた手付きで車輪止めを手早く外した。機体が、ゆっくり動き出す・・・。
 正美のF−1は、誘導路から、滑走路に出た・・・2番機の石部が、斜め後方の位置を占める・・・正美は、満足そうに笑った・・・。
 「コントロール!・・・訓練のため離陸します。離陸許可をお願いします!」
 「コントロール了解!離陸を許可します!」
 「了解・・・みんな!行くよ!」
 正美は、インカムで呼びかけると翼のフラップを1回、合図のために振る。
 アフターバーナーを全開にして離陸して行った・・・。次々にF−1が離陸して行く、上空で編隊を組むと、青空の向こうに消えていった・・・。
 格納庫から、梶谷と米村が正美の機体を見ている。二人は、顔を見合わせて笑った・・・。


 それからは正美と、飛行隊の隊員達の関係は、うまくまわり始めた・・・。それにつれて、正美の彼女達への指導も実戦を重視したものに代わっていった・・・。
 全員を集めての、ゼミ形式のディスカッションや、模擬空戦、時には、実戦を経験した、米村や、梶谷に頼み込んで、彼女達の指導をしてもらうこともあった・・・そんな正美に・・・。

 「おい、真田!」
 ある日、梶谷が、格納庫で正美を呼び止めた・・・。
 「なんだ、梶谷か・・・どうかしたの?」
 「ちょっと来てくれないか・・・。」
 梶谷は、正美を滑走路脇の芝生に連れて行った・・・。
 「真田・・・彼女達に、何であそこまでやらせるんだ?」
 「・・・?」
 「あの娘達は、いわば、空軍のPRのために飛ぶんだろ・・・何もあんな危険なことをさせなくても・・・。」
 「ちょっと待てよ、梶谷!」
 正美は、大きな瞳をもっと大きくして、梶谷に言った。
 「前に、おまえは彼女達に、『空に上がったら、嫉妬なんか何の役にも立たない』と言ったそうだな・・・それと同じじゃないか・・・空に上がれば、男でも、女でも関係ない・・・一人の人間だ・・・だから、僕は、戦闘機で飛ぶために必要な事を、全て彼女達に教える!」
 「しかし、女の子に空戦技術は、必要ないだろ!」
 「そんなことはない!僕は、人を殺すために、彼女達に空戦技術を教えているんじゃない・・・戦闘機に乗って、生きて帰ってくるためには必要だろ・・・もう・・・前のように部下を死なせたくないしな・・・今度は、みんな、生きて帰ってきて欲しい・・・。」
 正美の顔が、憂いを含んだ少女の顔になる・・・梶谷は、ドキッとした・・・。
 「しかしだな・・・。」
 梶谷が、まだ何か言おうとしている・・・。
 「おまえは・・・わかってくれていると思っていたけど・・・。」
 正美の顔が、曇った・・・。
 「忠告・・・ありがとう・・・それじゃあ!」
 正美は、駆け足で格納庫に戻っていく・・・梶谷は、彼女の背中を黙って見送った・・・。


 格納庫に戻った正美を、朝倉大佐と、女性パイロット達が待っていた。
 「よし・・・これでみんな揃ったな・・・さて、みんな飛行隊のコードネームが決まったぞ!」
 朝倉が言うと、
 「そうなんですか!?」
 みんなが盛り上がる・・・正美も、意識して明るい顔で、朝倉を見る。
 「コードネームは、『ジャンヌダルク飛行隊』だ・・・飛行隊のマークは・・・。」
 朝倉が、圭子に合図をすると、1機のF−1が格納庫に入ってきた。尾翼には、馬に乗ったジャンヌダルクのマーク。
 「すごい・・・かっこいいね!」
 みんなが喜ぶ・・・正美は、そのマークにこめた朝倉の想いを感じ取っていた・・・朝倉もこちらを見ている・・・正美は、朝倉に向かって小さく頷いた・・・。


 夏・九州のある町

 久しぶりの休日・・・正美は、今では、副隊長をしている石部たちに誘われて、久しぶりに町に出かけた。
 正美は、いつものジーンズにTシャツ、スニーカー・・・石部は、薄いブルーのスリップ・ドレスに、はやりのミュールだ。
 「真田さん・・・いつもそれですね。」
 石部が苦笑する。
 「そんなこと言っても、スカートなんて一つも持ってないよ・・・履きたくもないし・・・。」
 正美が言うと、
 「もったいないですよ・・・真田さん、可愛いのに。」
 おっとりとした奥田の言葉に、正美は苦笑してしまった・・・。『こいつが、空に上がると音速で飛んでいるなんて、誰が想像できるだろう。』と・・・。
 「そうですよね・・・真田さんが、一番若いわけですから・・・肉体年齢ですけど!」
 岡村が笑い出した。
 正美は、今まで意識していなかったことを見せられた気がした・・・『そうか、気が付かなかったけど、周りから見ると、今の僕は10代の女の子なんだ・・・隊の中で、一番若いわけか・・・。』
 「よし!・・・今日は、真田さんに思いっきり女の子してもらおう!」
 「「オーッ!」」
 石部の言葉に、みんなが答えた。正美の顔が、引き攣った笑いになる・・。
 嫌がる正美を、みんなが無理やり近くのデパートに引っ張っていく・・・。こんな時の、女の子のパワーはすごい・・・。


 「さて、どんな女の子になってもらおうかなあ・・・。」
 石部が、先頭に立って、デパートの中を歩いていく。
 「ちょっと・・・石部さん・・・いいよ・・・やめようよ・・・。」
 正美は、消え入るような声で言うが、石部は、
 「何言ってんですか・・・女の子の事に関しては、真田さんより私達の方が、先輩なんですからね!」
 石部は、ニコニコ笑いながら言った。
 「これなんか、どうですか?」
 突然、奥田が、可愛らしいワンピースを持ってきた。
 「可愛いじゃない!」
 岡村が応じる。
 「さあ、着てみましょうか?」
 声のほうに振り向いてみると、石部が、たくさんのブラウスや、スカート、サンダルや、靴を持っていた・・・後ろで、店員が笑っている。
 「ちょっと・・・それ、全部着てみるの?」
 顔が引き攣る正美・・・。
 「もちろんですよ・・・それで、どれが自分に似合うか、わかるでしょう・・・さあ、早く試着室に入って!」
 石部は、正美を試着室に入れると、奥田と一緒に持っていたものを全部、正美に渡した。
 「ハ〜ッ・・・。」
 正美は、思わずため息をついた。
 「こんなの着るの・・・?」
 石部と、奥田の見立ての婦人服を見て固まってしまう正美・・・。
 「真田さん、早く着てみてくださいよ!」
 外から、岡村の声がする・・・正美は、観念して奥田の持ってきたワンピースを手にした・・・。
 「これって、ミニスカートじゃないか・・・。」
 「早く!真田さん!!」
 石部が急き立てる。
 「わかった・・・ちょっと待って!」
 正美は、ジーンズを脱ぎ、ワンピースを着た・・・鏡に映った自分を見る正美・・・いつも見ている筈なのに、ワンピースを着ただけで、今の自分は、女なんだと改めて思った・・・奥田の持ってきたワンピースは、正美の魅力を全て引き出していた・・・豊かな胸の膨らみと、そこからキュッと引き締まったウエスト・・・ミニスカートから伸びる健康的な脚線美・・・。しばらく鏡を見つめたまま動けなくなった正美・・・それが自分なんだと、頭では、なかなか認識できなかった。
 「もお〜・・・真田さん、まだですか!?」
 石部が、試着室のカーテンを開けた。驚く正美。
 「ワア〜・・・可愛い!」
 石部が言うと、
 「エッ・・・そうなの!?」
 みんなが集まってくる・・・正美は、頬を赤く染めて。
 「ちょっと待って!」
 そう言うと、カーテンを閉めようとする。
 「ワア〜・・・本当だ〜。」
 奥田が、いつものおっとりした口調で言うと、
 「うんうん・・・真田さん、いつもと全然違いますよ・・・絶対にスカートの方が、可愛いですよ!」
 岡村が、相槌を打つ・・・。
 「ねえ・・・みんな言ってるでしょ・・・さ・な・だ・さん!」
 石部が、胸を張って言った・・・苦笑する正美・・・いつもと違うスカートの感触が、なんだか頼りない感じがする・・・早く着替えたい正美だが・・・。
 「もういいでしょ・・・着替えたいんだけど。」
 「それなら、次は、これね!」
 石部が、ブラウスと、フレアースカートを渡す。
 「エッ・・・?」
 「だから、着替えるんでしょ!」
 石部が、ニヤッと笑う。
 「ハ〜ッ・・・。」
 正美は、また、ため息をつく。

 こうして、正美は、みんなの持ってきた服をとっかえひっかえ着せ替え人形のように着ていた。そして、鏡に映る自分を見て、改めて、今の自分は女なんだと思っていた・・・。ようやく、全部試着が終わると・・・。
 「じゃあ、これ全部下さい!」
 石部が平然と言った。
 店員は、目を剥き、正美は、
 「ちょっと石部さん!僕、そんなにお金が・・・。」
 石部の腕を引っ張り、耳元で囁く正美。
 「いいんです・・・お金は。」
 石部は、レジで支払いを済ませた。
 
 「とりあえず、これに着替えてください!」
 石部は、純白のブラウスと、黒いミニのタイトスカートを正美に渡した。
 「エッ・・・今着るの?」
 「もちろん!」
 石部が笑いながら言う・・・正美は、しぶしぶ着替えた・・・。胸にリボンのついた白いブラウスと、黒いミニのタイトスカート、足にはストッキングを履き、パンプスを履いた正美は、清純な感じがした・・・。正美にとっては、タイトスカートは、歩きにくいし、パンプスは、もちろん今まで履いた事がないので歩き難かった。

 「さて・・・次は・・・。」
 石部たちは、正美を引っ張って化粧品売り場に連れて行った。
 「すいません、この人にお化粧してあげてくれませんか?」
 石部は、化粧品売り場の係員に言った。
 「へえ〜・・・この子・・・可愛いのにスッピンなんですね・・・いいですよ、じゃあ、こちらへ。」
 係員は、正美を椅子に座らせようとした。慌てる正美・・・。
 「ちょっと・・・石部さん!僕、化粧なんていいよ!」
 正美の慌てぶりを見ていた石部は、
 「頼まれてますからね・・・観念してください!さ・な・だ・さん!」
 正美は、絶望感に襲われていた。
 係員は、手際よく正美にメイクをしていく・・・正美は、顔をなでられる感触を心地よく感じていた・・・生まれて初めてするメイク・・・化粧品の甘い香りが鼻をくすぐる・・・。

 「ハイ!終わりました。」
 「ワア〜・・・真田さん、本当に可愛いですよ!」
 「いつもと全然違う!」
 みんなが口々に言う・・・鏡を見た正美は、自分の変貌に、驚くと同時に恥ずかしかった・・・まだ、自分が女装をしているような感覚が抜けないのだ・・・。
 「終わりましたかあ・・・?」
 しばらくして、また一人女の子が現れた。
 「ああ〜〜!何でここに・・・?」
 現れた女の子を見て驚く正美・・・。
 「あら・・・すっかり可愛らしい女の子になっちゃって・・・ま・さ・み・ちゃん!!」
 「圭子・・・そうか・・・みんなで仕組んだんだな!」
 みんなが一斉に笑い出す・・・。
 「やられたあ・・・。」
 思わず頭を抱える正美・・・。

 買い物が終わると、みんなで食事に行く事になった。
 「もお・・・黙っていたのは悪いと思っているから、機嫌を直してよ・・・。」
 黙ってしまった正美に、圭子が謝る・・・。
 「よし・・・お昼は、真田さんの好きなものを食べよう!」
 岡村が、言った。
 「それなら、イタリア料理が食べたい!」
 正美が言うと、みんなからも笑いが出た。
 「よし・・・それなら私の知っているお店があるから・・・。」
 石部の案内で店に行くと、
 「ちょっと聞いてくるから、ここで待っててね!」
 石部は、店の中に入って行った・・・みんなもそれについていく・・・正美は、店の外に立って待っていた。
 外に立っていると、道行く男の人たちが、正美の方を見ている・・・なんだか恥ずかしくなって、俯いてしまう・・・。
 「君・・・そこで何をしているの?」
 誰かが正美に声をかけた。声のする方をみてみると、梶谷と、ユニコーン隊の副隊長をしている北田だった。
 「暇だったら、僕達と遊びに行かない?」
 正美に声をかける北田・・・。ひょっとして、僕のこと・・・わからないのか?・・・正美が、考えていると・・・。
 「真田さん、お待たせ!・・・あれ?梶谷さんと北田さん?・・・なんでここにいるの?」
 石部たちが言うと、
 「君たちこそなんで・・・それに真田さんって・・・まさか・・・。」
 梶谷と北田は、正美を呆然と見つめている・・・。
 「そうだよ。」
 正美が言うと、梶谷たちは、顔を真っ赤にして走っていった・・・圭子や、石部たちから笑いがおきた。

 食事をしていると、
 「真田さん・・・ナンパされちゃいましたね〜。」
 奥田が、おっとりとした口調で言うと、
 「もう、勘弁してよ・・・。」
 正美が、頬を赤く染めて言った。
 「でも、これで自分が可愛い女の子なんだってわかったかな?」
 圭子が、正美の方を見て笑いながら言った。
 「そうですよ!これからは、もう少し女の子らしくしなきゃあ・・・・。」
 石部が言った・・・それからは、梶谷たちの話題で、盛り上がっていた・・・正美は、久しぶりに楽しい気分になっていた・・・。
 

 秋になった・・・停戦状態にあった戦線は、再び緊張状態になりつつあった・・・
 かつての侵略国は、武器市場で、兵器を買い集め、停戦ラインに戦力を集中させ始めた・・・国連や、各国の警告にもかかわらず、戦力の増強は止まらず、しばしば、日本の領空に沿って、戦闘機を飛ばすほどになっていた・・・。
 


 秋・・・C−130輸送機・日本海上空

 「今日は、空中からの降下訓練を行う! これは、戦闘機からの緊急脱出の時には、必ず必要になる・・・まあ、実際に射出座席で飛ぶわけにも行かないので、今日は、こうして輸送機から降りるわけだけどね・・・。」
 正美が、C−130輸送機の中で隊員達16名に注意を与えていた・・・今日は、輸送機の中から日本海にパラシュート降下をしてゴム筏を膨らまして乗った後に、ヘリコプターで収容する・・・普通では、やらない実践的な訓練だった・・・これは、ある意味では朝倉と正美の危機感の大きさを現していた・・・。

 正美は、座席に座っているパイロットの一人に目が行った。
 「奥田さん、どうしたの?」
 正美が声をかけると、
 「大丈夫です・・・。」
 奥田は、震えながら言った。
 『ブーッ』ブザーが鳴った。
 「ポイントに到着!降下用意!!」
 輸送機のパイロットが連絡してくる。輸送機の後部の大きな扉が開く・・・機内に風が吹き込んできた。
 「よし!行くぞ!! 降下開始!!」
 輸送機のエンジン音に負けないように、正美が叫ぶ。
 「行きます!」
 石部を先頭に、パイロット達が次々と空に飛び込んでいく。降下していくうちに、パラシュートが開いていく。
 正美が飛び出そうとすると、奥田が、扉の脇で震えながら動けなくなっていた。奥田の目には、自分の足元のはるか下に日本海が見えている。
 「どうしたんだ!行こう!」
 正美が言うと、奥田は目を瞑ったまま動かない・・・足が、ガクガクと震えている。
 「どうした・・・君は、いつも戦闘機で空を飛び回ってるじゃないか!これ位怖くないだろう!!」
 正美は、声を張り上げて言うが、奥田は、「・・・飛行機で飛んでいるときは、大丈夫なんだけど・・・自分で飛ぶと・・・。」
 怯えきった目で正美を見る・・・正美は思った・・・これでは、戦場でパニック状態になってしまう、今のうちに・・・。
 「大丈夫!行くんだ。」
 正美が促す・・・奥田は飛び出そうとするが、足が竦む。
 『パシッ!』
 正美は、奥田の頬を叩いた。
 「何してるの!空の上では誰も助けてくれないよ!勇気を出して飛んで!!」
 正美が叫ぶ・・・奥田は目を瞑って飛び出した・・・正美も、空に飛び込む。
 二人は、髪を靡かせながらすごいスピードで空を落ちていく・・・正美は、奥田の横につく・・・奥田は体が強張っているようだ・・・奥田に合図を送る正美・・・奥田は、紐を引いた・・・パラシュートが開いた・・・それを見届けて正美もパラシュートを開いた・・・。
 正美が日本海に着水した・・・パラシュートを外すと、ゴム製の筏を膨らませた・・・周りには、パイロット達がたくさんいる・・・筏の上に載ると人数を数えて確認をする正美・・・やがて、ヘリが彼女達を収容にきた。正美が、合図をした。
 ヘリに収容されると、
 「みんないるの?」
 先に収容された石部に聞いた。
 「あとは、奥田さんだけです・・・。」
 不安になる正美・・・。ヘリコプターのパイロットが、発信機の電波をたどってヘリを飛ばす。
 「いました!」
 その声にホッとする・・・ヘリが上空でホバーリングする・・・。
 「おーい!!」
 みんなが声をかけ、手を振る・・・筏の上で奥田も手を振っている・・・奥田は、収容されてヘリに乗り込むと、正美を見て涙ぐんだ・・・正美の大きな瞳も潤む・・・正美は、奥田の柔らかい体を抱きしめた・・・奥田は、正美の腕の中で声をあげて泣いていた・・・。



 数日後・空軍・北九州基地

 「全員、装備を持って集合!」
 朝倉大佐の号令で、全員が集まる・・・皆の顔を見る朝倉・・・随分顔つきが変わったな・・・朝倉は思った・・・そして、同時に正美の指導力に舌を巻いていた・・・最初は、どうなるかと思ったが、こいつを起用したのは正解だったな・・・先日の輸送機の中での出来事をパイロットから聞いた朝倉は、飛行隊の隊長に正美を起用できた事を神に感謝したい気分だった・・・。

 「これから、いい物を貰いに行くぞ!とりあえずC−130に乗ってくれ!」
 C−130は、全員を乗せると離陸して東に向った。
 「どこに行くのですか?」
 正美の質問に、朝倉は、笑って答えない。
 「これから、降下訓練をするんじゃあ・・・。」
 内田が奥田の方を見ながら笑いながら言った。
 「やめてくださいよ〜。」
 奥田が情けない顔をして言うと、機内に笑い声が起きた。
 「すぐにわかるよ・・・まあ、喜んでもらえるだろうな・・・。」
 やがて、C−130は高度を下げると、飛行場に着陸をした・・・。

 「ここは、小牧?」
 正美の言葉に、みんなが驚いた。
 C−130は、地上を走行すると飛行場の一角で止まった。
 扉が開き、みんなが降りていく。
 「これは・・・?!」
 彼女達の目の前には、真新しいF−2戦闘攻撃機が16機揃って並んでいた。
 「どうだ、これが新しい『ジャンヌダルク飛行隊』の翼だ!」
 朝倉の言葉に、
 「それじゃあ、これは、わが隊に配備されるのですか?」
 石部が明るい声で尋ねた。
 「ああ・・・そうだ!」
 「「「やったあ!!」」」
 みんなが沸き返る。
 正美は、F−2を見ていた・・・工場から出てきたばかりのF−2は機体が光り輝いていた・・・翼の後端には、怪我の防止のためだろうか?樹脂製のカバーがついていた。ステップを登ってコクピットをみた・・・レバーには、まだビニールのカバーなどがついている・・・コクピットには、まだ、ビニールなどの素材の匂いがしていた。
 「なに、ニヤニヤしているのよ!」
 驚いて振り返ると、圭子が下から見ていた。
 「何でおまえが・・・?」
 「受け取りのために、私も来ていたの・・・垂直尾翼を見た?」
 「エッ・・・?」
 正美は、F−2の垂直尾翼を見た・・・今までと同じようにジャンヌダルクのイラストが描かれている。翼端には、隊長機を示すピンク色のライン・・・しかし・・・。
 「あれ?馬に乗ってないんじゃ・・・。」
 正美の機体のイラストだけが、ジャンヌダルクが馬に乗ってない・・・。乗っているのは、一角獣(ユニコーン)だった。
 「かっこいいでしょ!『正美スペシャル』だよ!」
 圭子が笑った・・・石部が圭子の側にやってきた。
 「これで、隊長機らしくなりましたね!」
 ニコニコ笑って言った・・・みんなが頷く。
 正美は、胸が一杯になった・・・雲一つ無い秋の空の下、16機の戦闘機が太陽の光をキラキラと反射させながら並んでいた・・・。


 停戦ラインで、緊張感が高まってきたため、国防軍は、牽制の意味もこめて総合演習を行う事になった・・・。

 冬・北九州基地・司令官室

 「ジャンヌダルク隊を演習に参加させろだって?何を考えているんだ!君は!」
 司令官室に、宮下の声が響いた。
 「彼女達に経験を積ませるためには、ぜひ必要です!」
 朝倉が怯まずに言った。
 「彼女達は、PRのために飛ぶんだ・・・実際に、各地の航空祭なんかで飛んでいるだろう。それを演習だなんて・・・全く必要は無い!」
 竹間参謀長が声を荒げながら言う。
 「彼女達が、好成績を挙げる事が怖いのですか?」
 朝倉が宮下に向って、静かに言った。
 「なにを馬鹿な・・・私は、事故が起きる事が心配なんだ!!」
 宮下の言葉に、朝倉は、
 「彼女達は、今までトラブルを起こしましたか?彼女達は、ユニコーン隊や、ファルコン隊と比べても、遜色ない腕ですよ・・・機体の稼働率などは、両隊を凌いでいます。」
 「君は、なぜそこまであいつらに肩入れするんだ!黙って本省に掛け合って、私達に無断でF−2を引っ張ってきたり・・・あいつらに回す位なら、ファルコン隊に回すべきだ!F−2は、お嬢さんがたのおもちゃじゃないぞ!」
 竹間が朝倉に食って掛かる。
 「それでは、どうしても"ジャンヌダルク隊"を参加させないと・・・?」
 朝倉の問いに、竹間は、ニヤリと笑うと・・・。
 「仮に、お嬢さんがたが、好成績を収められなかった時には、君はどうするのかね・・。」
 「その時には、転属希望を本省に出します・・・。」
 「ホ〜ッ・・・。」
 宮下の顔に笑みが浮かんだ。
 「面白い・・・そこまで言うのなら、"ジャンヌダルク隊"を参加させてやろう・・・
 今の言葉・・・忘れるなよ!」


 北九州基地・格納庫

 そのころ正美は、いつものように、帰る前に格納庫に立ち寄っていた・・・。
 「ご苦労様!」
 いつものように、整備員達を労う・・・最近は、自然に笑顔が出来るようになった・・・彼女達の影響かなあ・・・正美は思った。
 「お疲れ様です!いいですよ!機体は万全な状態にしておきますから!!」
 担当整備員の服部たちが、正美に向かって笑った・・・。
 「あれ?今日は、メイクをしてるんですか?」
 若い整備員が、正美に尋ねた。
 「まあね・・・。」
 正美は、頬を赤く染めた・・・最近、正美は、石部や圭子とデパートに行って以来、時々化粧をするようになった・・・さすがにまだスカートは履かないが、圭子の買ってきたファッション雑誌を隠れて読んだりもしていた。
 「そのほうがいいですよ!真田さん!」
 若い整備員がニコニコ笑いながら言った。
 「ありがとう!それじゃあ、あとはお願いします。」
 正美は、挨拶をすると格納庫を出た。

 正美が格納庫の扉を出ると、
 「あっ・・・大佐・・・。」
 正美は、朝倉大佐とぶつかりそうになってしまった。
 「よう!今、帰りかい・・・。」
 朝倉は、笑顔を作って正美に話し掛ける・・・正美は、敏感にそれを感じ取っていた・・・。
 「何か・・・あったのですか・・・?」
 朝倉は、黙って、格納庫の中で整備中のF−2を見ていた・・・。しばらくして・・・。
 「今度の総合演習に、ジャンヌダルク隊も参加する事になった・・・。」
 正美も、F−2に目をやった・・・整備員達が、忙しく動き回っている・・・少し離れた格納庫では、エンジンをテストしているのだろうか、時々ジェットエンジンの音が響いていた。
 「そうですか・・・楽しみですね。今の彼女達なら空軍の中でも、いい成績を取るでしょうね・・・。」
 正美は、朝倉と上層部の人間とのやり取りが目に見えるようだった・・・石頭の幕僚の鼻を明かしてやるか・・・正美は、明るい笑顔で朝倉に言った・・・。
 「石頭の人たちの目を覚まさせてあげますよ!」


 総合演習当日

 総合演習の当日になった・・・空軍の演習は、対地攻撃と空中戦の2部門で行われる事になった・・・朝倉は、参加するパイロットの人選を、正美に一任していた・・・部隊を一番把握している人間の目を信じたのだ・・・。
 正美は考えた末、内田と岡村を対地攻撃に・・・奥田と石部そして正美が対空戦闘に参加する事になった・・。


 演習初日・演習場

 「コントロールより、ジャンヌ3へ・・・対地攻撃演習を開始せよ!」
 「ジャンヌ3了解・・・攻撃を開始します!」
 岡村は、コントロールに連絡をすると、無線を切り替えて内田に呼びかける・・・。
 「ジャンヌ7、ウッチー!・・・そろそろ行くよ!」
 「了解!石頭の目を覚ましてあげよう!」
 内田が応じる・・・二人とも、今回の演習参加の経緯は正美から聞かされていた・・・そして、朝倉の考えも薄々気付いていた・・・今の国際情勢からすると・・・。
 二人は、地上すれすれの高度で、演習場に侵入していった・・・。

 演習場の指揮所では、司令官の宮下が、双眼鏡で2機のF−2を見ていた・・・
 傍らでは竹間が、これまでの成績を整理している。
 「ジャンヌダルク隊の攻撃が始まります・・・。」
 観測員の声がヘッドフォンに響く。
 「よし・・・思いっきり動かせ!」
 宮下の指示で、リモコン操作の無人戦車やトラックが動き出す。

 「フン!派手に動いてるけど・・・。」
 岡村は、上空から全体の状況を見ると、今までに正美たちから教わった事を思い出していた。
 「ジャンヌ7!ウッチー!左半分任せたわよ!」
 「了解!レッツ・ゴー!」
 2機のF−2は、左右に分かれて降下していく・・・岡村は、素早く爆撃装置の狙いをつける。
 「いただき!」
 F−2から爆弾がおちていく・・・爆弾は、正確に旧式戦車を捉えると爆発した。
 「くそ!」
 宮下が吐き捨てるように言った。
 一方の内田は、バルカン砲でトラックを破壊していくと、ハリボテのミサイルランチャーを爆弾で破壊した。
 「くそ!このままじゃあ・・・!」
 竹間は、リモコンの操作員の所に走ると・・・。
 「どけ!」
 操作員から、リモコンを奪い取ると自分で数台の戦車を操作する。
 「これ以上は、やらせん!」
 竹間は、戦車を深い草むらに隠そうとする。
 「あらら・・・そんなとこに行っても・・・。」
 岡村は、上空から戦車隊の動きを見て呟いた。
 「ジャンヌ7!後から追い立ててやって!」
 「了解!ジャンヌ3!」
 内田は、戦車隊の後方から爆撃態勢に入った。
 観測員の声と、モニターの画像から内田のF−2の動きを把握した竹間は、必死に戦車を草むらに逃がそうとする・・・あそこまで行けば上空からでも、簡単には見つけられない・・・このままでは、地上攻撃で奴らがトップになってしまう・・・竹間は、そう考え、すっかり頭に血が上っていた・・・。
 「ウワ?!」
 突然、竹間が叫んだ・・・戦車の前方に、突然、もう一機のF−2が現れたのだ。
 「投下!」
 岡村と内田は、お互いがすれ違いざまに爆弾を落とした・・・たちまち戦車が破壊されてしまった・・・。
 岡村は、内田に追い立てさせている間に、大回りして低空で戦車隊の前に廻ったのだ・・・全ては、今までの訓練の成果だった。
 「くそ!」
 竹間は、付けていたヘッドホンを床に叩きつけた。
 「ジャンヌダルク隊・・・ターゲットの95%を撃破・・・トップの成績です!」
 観測員の報告を、額に青筋を浮かび上がらせながら聞く二人・・・。
 「「やったー!」」
 上昇していくF−2のコクピットの中で、岡村と内田は笑っていた・・・。


 演習二日目

 「あらら・・・こんな組み合わせに・・・。」
 正美は、空中戦の組み合わせを見て驚いた。
 組み合わせ表には、
 北田−奥田
 石部−米村
 真田−梶谷

 「やってくれるなあ・・・。」
 朝倉が、呆れたような顔をして言った。
 「いい組み合わせだな!朝倉君!」
 宮下と、竹間が後からニヤニヤしながら声をかける。
 「まあ、頑張ってくれたまえ!」
 二人は、管制塔に歩いていく。
 「ふ〜う・・・。」
 朝倉は、ため息をついた。
 「大丈夫ですよ!まあ、見ていてください!」
 正美は、朝倉に向って笑って言った。


 北九州基地上空

 「ユニコーン2!ジャンヌ5!演習開始!」
 「ユニコーン2了解!」
 「ジャンヌ5、了解!」
 奥田は、F−2を旋回させる。
 F−15とF−2は、上空で左右に分かれると、お互いにバックを取ろうと旋回をはじめる。
 「フン・・・今度は、お嬢さんがたも全敗だろうな・・・飛行隊の、ベスト3とやりあうんだから・・・。」
 宮下が、管制塔で双眼鏡を覗きながら言った・・・管制官達は、冷たい視線を二人に向ける・・・。
 「悪いけど、後ろに付かしてもらうよ!」
 北田は、操縦桿を倒してF−15を急旋回させる。Gが北田の体を締め付ける。
 「エイッ!」
 奥田は、アフターバーナーをふかして急上昇する・・・F−2は、速度を上げてどんどん急上昇をする。
 「お嬢さん、やるな・・・。」
 北田は、奥田のF−2を追いかける・・・。次の瞬間・・・。
 「・・・?!」
 奥田は、そのまま宙返りをすると急旋回して、上昇中の北田のF−15めがけて急降下しながら北田をロック・オンしてしまった・・・ガン・カメラでしっかり北田のF−15をロックした奥田は、
 「ジャンヌ5!ユニコーン2を"キル"しました!」
 いつものおっとりした顔で、報告していた・・・一方のF−15のコクピットで呆然としている北田・・・。

 「くそ!北田の奴・・・何やってんだ!」
 竹間が、管制塔で怒鳴る。
 「まあ、あとは各飛行隊のリーダーが相手だからな・・・そう簡単には、行かんよ・・・。」
 宮下は、まだ笑っていた。

 「コントロールより、ファルコン・リーダー、ジャンヌ2へ・・・演習を開始せよ!」
 「ファルコン・リーダー、了解!」
 「ジャンヌ2、了解!」
 離陸上昇中のF−2のコクピットで、石部は操縦桿を握る手に力をこめた・・・。
 「ファルコン・リーダーより、ジャンヌ2へ・・・。」
 石部の、インカムに、米村の声が響いた・・・。
 「今まで、真田が一生懸命に鍛えた成果を見せてくれよ!」
 石部は、いつか格納庫の脇で、米村たちに言われた事を思い出していた・・・
 気合を入れ直して答える。
 「OK!ファルコン・リーダー!よろしくお願いします!」
 「行くぞ!」
 米村の号令で、左右に分かれる2機・・・。
 左右に分かれた2機のF−2は大きく旋回すると、正面から向っていく・・・
 急速に接近する2機のF−2・・・米村は、石部のF−2を捕らえようとするが、石部は、スッと射線を外す・・・。
 思わず笑みがこぼれる米村・・・彼も、正美に請われて彼女達を指導したこともあった・・・その成果を実感していた。
 「真田の奴・・・よくここまで・・・。」
 旋回して、石部のF−2を捕らえようとするが、石部は、なかなか米村にバックを取らせない・・・それどころか、急旋回をして、逆に米村のバックを取ろうとしてくる。
 石部は、米村を何とか捕らえようとしていた・・・彼女は、今までに正美たちから教えられた事を、全て使って米村を捕らえようとしていた・・・しかし、長時間の空中戦で、疲れが出始めていた・・・コクピットの中で肩で息をしている石部。
 「こうなったら・・・。」
 石部は、エンジンの出力を上げて米村を引き離すと、旋回して、今度は正面から突っ込んでいく。
 米村も、石部の意図を悟っていた・・・こうなれば、一瞬の勝負だ。
 2機のF−2が、正面衝突をしそうな勢いで接近していく・・・地上から息を飲んで見守る正美たち・・・。
 石部が、米村をロックした・・・同時に、米村も石部をロックしていた。
 「ファルコン・リーダー、ジャンヌ2を"キル"!」
 「ジャンヌ2!ファルコン・リーダーを"キル"しました!」
 二人の報告が、同時にコントロールに飛び込む。
 「よし・・・ファルコンが勝ったな!」
 宮下たちが喜ぶ。
 「同時ですね・・・ガン・カメラを解析しなければ・・・。」
 管制官の言葉に、
 「ファルコン・リーダーが負けるはずは無いだろう・・・何を言ってるんだ!」
 竹間が、管制官をにらみつける。

 基地に、2機のF-2が戻ってきた。
 「申し訳ありません!」
 機体を降りるなり、石部が朝倉と正美に頭を下げて謝った。
 「何を言うんだ・・・良くやったぞ!」
 朝倉が、石部を労った。
 「そうだよ・・・今までの成果が、しっかり出ていたよ!」
 正美が、石部の肩に手をやりながら言った・・・石部は、目を潤ませている。
 「すごいじゃないか・・・。」
 ヘルメットを手に、米村が歩いてくる・・・三人は、米村を見つめた。
 「良く、ここまで腕を上げたな・・・実戦なら、相打ちってとこだな・・・言っておくが、俺は手を抜いてないぞ・・・今日の空戦の結果は、本当のおまえの実力だぞ!」
 石部に向かって言った後、正美に向って・・・
 「真田・・・本当に、よく部下をここまで育てたな!うらやましいよ!」
 正美は、にっこり笑って頷いた。

 「真田大尉!発進してください!」
 整備員が、正美に声をかけた・・・朝倉と石部が、正美を見つめる・・・正美は二人に頷いた後、ヘルメットを被ると暖機運転中のF−2に乗り込もうとした、
 「真田!」
 梶谷が声をかける・・・ステップの上で正美は梶谷の方を向いた・・・正美のヘルメットから出た背中の中ほどまで伸びた綺麗な髪が、風に靡く・・・。
 「俺は、本気でやるからな!一切、手加減をしないぞ!」
 正美は、頷くと、F−2に乗り込む・・・村田少佐が、ベルトを締めるのを手伝う・・・笑顔の出る正美に・・・。
 「どうした・・・楽しそうだな!」
 村田少佐も、笑いながら尋ねた。
 「うん・・・ワクワクするよ・・・。」
 正美が答えると、
 「女の子になったんだから、本当は、もっと、おしとやかになって欲しいんだけどな・・・。」
 村田が苦笑いをしながら言う。
 「でも、女の子になっても僕は、僕だから・・・。」
 正美の言葉に、村田も頷いた・・・そして、
 「車輪止めを外せ!」
 機体の下にいる、圭子に向って号令をかける。
 圭子が車輪止めを外すと、正美は、キャノビー(風防)を閉めた。
 村田と圭子が正美を見つめている・・・正美は右手の親指を二人に向ってぐっと立てた。
 エンジンの出力を上げて、ゆっくり格納庫の外に出る・・・朝倉をはじめ、飛行隊のメンバーが正美に声をかける・・・正美は、みんなに手を振った。
 「頑張ってくださいね〜!」
 奥田が叫ぶ。
 「仇をとって下さいね!」
 石部が叫ぶ。
 前を行く梶谷のF−15を見つめる正美・・・さて・・・梶谷は、どんな戦法で来るかな・・・正美は、考えていた・・・。
 滑走路に出ると、梶谷機の斜め後方につく・・・エンジンの出力を上げて離陸すると、2機の戦闘機は急上昇していった・・・。

 「コントロールより、ユニコーン・リーダー、ジャンヌ・リーダーへ・・・・演習開始!」
 「ユニコーン・リーダー了解!」
 「ジャンヌ・リーダー了解!」
 正美は、梶谷のF−15をチラッと見ると、急旋回をして離れていく。
 梶谷も、反対方向に旋回していく・・・2機の戦闘機は旋回すると速度を上げて正面から突っ込んで行く・・・梶谷は、正美の突込みを機体を捻ってかわした。正美は、急旋回をすると、梶谷機の後ろに付こうとする・・・。
 「くそ!」
 梶谷は、旋回をしてかわそうとするが、正美のF−2は、なかなか後ろから離れない・・・このままでは、ロック・オンされてしまう・・・。梶谷は、アフターバーナーを全開にして急上昇をした・・・正美は、付いて行かない・・・。
 「さあ、梶谷・・・どうする・・・。」
 正美は、急上昇していく梶谷のF−15を見上げながら呟いた。
 梶谷は、ゆっくりと上方で旋回すると、今度は正美のF−2めがけて急降下してきた。
 「来たな・・・。」
 正美は、にっこり微笑んだ・・・。地上では、朝倉が2機の動きをじっと見つめていた・・・石部は、
 「真田さん!かわして!!」
 声を枯らして叫ぶ。
 梶谷は、降下しながらガン・カメラで正美のF−2を捕らえようとするが、なかなか捕らえられない・・・。
 正美は、微妙に左右に位置を代えながら射線をかわしていた・・・。充分に梶谷をひきつけると、操縦桿を前に倒して急降下に移る・・・ちょうど、2機は、交差する形になった・・・降下すると、機体を捻って急旋回をして、梶谷のF−15の後ろに付く。
 「速い!!」
 梶谷は、機体を振って逃げようとする・・・正美のF−2は、ピッタリ付いてはなれない・・・正美のガン・カメラが梶谷機を中心に捕らえた・・・スイッチを押した・・・。
 「ジャンヌ・リーダーから、コントロールへ・・・ユニコーン・リーダーを"キル"しました!」
 正美は、酸素マスクをはずして言った。
 「「「「やったー!!」」」」
 基地では、ジャンヌダルク飛行隊のメンバーが大喜びだ。
 「・・・」
 朝倉は、空を眺めながら、にっこり笑った。
 「おめでとうございます・・・大佐!ジャンヌダルク隊が、成績トップですよ!」
 村田少佐が、朝倉に声をかける。
 朝倉は、村田に向ってにっこり笑って頷いた・・・。

 基地に、正美のF−2がゆっくり着陸した・・・管制塔から、苦々しげに見る二人の幕僚達・・・管制官達は、ニヤニヤしながらそんな二人を見る・・・。

 「「「おめでとー!」」」
 飛行隊のメンバーが、F−2の周りに集まった・・・エンジンを止めて正美がステップから降りると、みんなが口々に、
 「すごいですね、真田さん!」
 「見ていて、はらはらしました!」
 ヘルメットを取ると正美は、笑いながら、
 「男の子だからね!ああいうときは、強いんだよ!」
 周りで、爆笑が起きる・・・朝倉が正美の前に来た。
 「よく、飛行隊をここまで育ててくれた・・・ありがとう!」
 右手を差し出した・・・その手をしっかり握る正美。
 「真田・・・。」
 梶谷が、正美の所にきた。
 みんなが、梶谷を見た・・・飛行隊のメンバーは、以前に正美に対して梶谷の言った事を知っていた・・・皆が身構えている・・・今度言ったら・・・。
 「以前、おまえに言った事・・・撤回するよ・・・悪かった・・・確かに空の上では、男も女も関係なかったようだな・・・。」
 梶谷は、歩いていく・・・振り返って正美に言った・・・。
 「今日は、楽しかったよ・・・ありがとう!」
 梶谷は、ヘルメットを腕から下げて、歩いて行った・・・。
 「よし・・・明日は、みんなでパーティーをしよう・・・私のおごりだ!」
 朝倉がみんなに言った・・・。
 「本当ですか?」
 内田が驚いて朝倉に尋ねた。
 「もちろん本当だ。」
 「「「わーい!」」」
 みんなの明るい声が、格納庫に響いた。


 翌日・・・。
 村田少佐宅

 「そんなの着たくないよ!」
 「だめ!今日は、パーティーなんだから、みんな、おしゃれをしてくるよ・・・これ位着なきゃあ・・・。」
 「圭子も、行くんだろ!圭子が着ればいいじゃないか!」
 「ダーメ!着なきゃ行かせませんからね!」
 いつものように、二人で言い合っている・・・。村田少佐は、呆れながら二人を見ている・・・正美は、いつものように、ジーンズをはいていこうとしていたが、圭子は、今日は、スカートを履いて行くように言っていた。
 「これなんか、いいんじゃないかなあ・・・。」
 圭子は、クローゼットから、黄色のワンピースを取り出した。
 「エーッ・・・そんな女の子みたいな・・・。」
 「今は、女の子でしょ!ねえ・・・正美ちゃん!」
 最近の正美は、圭子に勝てなくなってきていた・・・男だったときには、正弘が引っ張っていっていたが、今では、女の子の体に戸惑う正美を圭子が優しく引っ張っていく・・・ちょうど、姉妹のような関係になりつつあった・・・。もちろん、圭子が姉だが・・・。
 「はい!着てね!」
 圭子が、正美にワンピースを渡した・・・。
 「ハーッ・・・」
 正美は、ためいきを付いて、ワンピースを着た・・・スカートの部分は、フレアーになっていて、綺麗に広がっている・・・清純な雰囲気だ・・・鏡を見る正美・・・そこに映る自分を見て、自然に笑顔になっている・・・。
 「まんざらでもない・・・と思っているでしょ!」
 ズバリと言い当てられて、ドキッとする正美・・・。
 「そ・・・そんな事無いよ!」
 「フフフフッ・・・。」
 圭子は笑うと、玄関に向って歩いていく。
 「さあ、行きましょう!」

 
 パーティー会場

 パーティー会場には、すでに飛行隊のメンバーや整備班のメンバーが集まっていた・・・朝倉が、いつもの整備班の好意に感謝するために呼んだのだった。
 「へ〜・・・今日の真田さん、可愛いですね!」
 若い整備員がビールを飲みながら言った。
 「真田さんは、本当はすごく可愛いんだよ!みんなパイロット・スーツ姿の真田さんしか知らないけど・・・。」
 岡村が応じる。
 正美は、頬を赤く染めていた・・・いやだなあ・・・やっぱりスカートには、馴染めない・・・そう思っていた・・・それが周りの男性達には、恥じらいと写ったのだろうか・・・みんなの目は、正美に集まっていた・・・その中には、梶谷の視線もあったのだが、正美にはわからない。
 飛行隊のメンバーが、正美の周りに集まってくる。
 「真田さん、やっぱり今は女の子なんですから女の子の服を着たほうがいいですよ!」
 石部が言うと、
 「そうですよね〜ナンパもされたし〜。」
 岡村が応じる。
 「エッ・・・ナンパされたって?」
 村田少佐が驚く
 「そうなの!」
 圭子が笑う。
 「もうやめようよ・・・。」
 頬を赤くして正美が止める。
 「それも、梶谷さん達!」
 圭子が笑いながら言った。
 「ハハハ・・・それは面白いなあ。」
 朝倉大佐も笑う。
 「でも、そろそろ真田も、少しは女の子らしくしないとな・・・。」
 朝倉が優しい目で正美を見た。



 数日後・北九州基地・ロッカー・ルーム

 訓練を終えたファルコン飛行隊のパイロットたちがロッカーに入ってきた・・・。
 
 「いつもきついなあ・・・。」
 「高速空中戦の訓練が最近多くないか?」
 「あれは、Gがきついからなあ、本当に疲れるよ。見ろよ、スーツの下は汗びっしょりだぜ!」
 パイロット達が、口々に言いながら着替えている・・・。米村は、そんなパイロット達の話を笑顔で聞きながらロッカーを開けようとした。
 「・・・?」
 床に写真が落ちている、拾ってみると・・・。
 「これは・・・?」
 それは、パーティー会場で撮ったワンピース姿の正美の写真だった・・・こっそり撮ったのだろうか、視線はカメラの方を向いていない・・・その写真が落ちていたのは・・・。
 「梶谷・・・まさか・・・おまえ・・・。」
 米村が呟いた。
 「リーダー・・・どうかしたのですか?」
 パイロットの一人が聞いた。
 「いや・・・なんでもないよ・・・。」
 そう言うと、米村は手に持っていた写真を梶谷のロッカーに突っ込んだ。



 数日後、北九州基地

 米村は、格納庫で圭子と話をしていた。
 「本当ですか?!・・・あの梶谷さんが?!」
 圭子は、驚きの声を上げる。
 「ああ・・・そうなんだ。あいつと真田は、男だった時から同期生だし親友だろう。真田が女にされてしまってからは、一時はギクシャクした時期もあったけど、最近は二人とも普通にしているからな。何とかしてやりたいんだけどな・・・。」
 米村の言葉に、圭子は考え込んでしまった・・・。
 「でも・・・正美は女の子といっても、まだ男だった時の事を引きずっていますよ・・・そんな正美に・・・。」
 「だからこそ、梶谷とつき合せたいんだよ!そうする事で過去が断ち切れるかもしれないじゃないか・・・何もしないで過去を断ち切るなんて無理じゃないかな?」
 米村が圭子の言葉にかぶせるように言った。
 米村を見つめる圭子。
 「わかりました・・・お手伝いします。ダメでもともとだしね・・・。」
 圭子の言葉に、米村は笑顔で頷いた。


 数日後、村田少佐宅。

 「映画を見に行くって?」
 正美が圭子に言った。
 「うん!チケット貰ったんだ・・・一緒に行かない?」
 正美は、ちょっと考えた。
 「そうだね・・・映画なんて、ずいぶん長い間行ってないなあ・・・よし、行こう!」
 正美は立ち上がると、ジーンズのポケットに財布を入れようとした。
 「ダメ!着替えないと!」
 「何でだよ!映画に行くだけだろ!それなのに・・・。」
 「いいの!とにかく・・・。」
 圭子は、クローゼットの前まで正美を引っ張っていくと、以前に石部たちと買い物に行った時に買ったワンピースを引っ張り出して正美に渡した。
 「どうして・・・映画に行くだけなのにこの服を・・・?」
 正美が聞くと、
 「いいの!早く着て!」
 正美は、ぶつぶつ言いながら仕方なく着替えている。
 圭子は、正美を着替えさせると、髪を整えてメイクをしてあげた。
 「何でだよー!」
 正美は、訳がわからないといった表情をしていたが、圭子はかまわず正美を連れ出した・・・。

 映画館の前まで二人は来た。
 「おはよう!」
 圭子が声をかける。正美も驚いてそちらを見た。
 「あれ?なぜ・・・!」
 声を上げる正美。
 「よう!真田!」
 米村が笑顔で声をかけた。
 「おはよう!」
 もう一人が挨拶した・・・梶谷だ。梶谷は、ミニのワンピース姿の正美を見て驚いている。正美の頬は真っ赤になっていた。
 「さあ、中に入ろう!」
 米村はみんなを促して中に入った。

 映画を見た後、4人で食事をした。米村と圭子が話の中心になる。正美も、ようやく硬さが取れたのか話の輪に入ってきた。
 梶谷は、ずっと正美を見ていた・・・彼の中には、正美が親友という意識と、一人の女性としての正美を見る意識が交錯していた。明るく冗談を言って圭子と笑い転げる正美・・・この可愛らしい少女がひとたびF−2に乗り込んで空に上がると、男性を凌駕するテクニックで戦闘機を操る。そのギャップにも梶谷は惹かれていた。
 「もうこんな時間か・・・。」
 米村が腕時計を見て言った。
 「俺は、今日はスクランブル要員だからな・・・そろそろ基地に行くよ。」
 米村が腰を上げた。
 「わたしも行かなきゃ!」
 圭子も立ち上がった。
 「エッ・・・みんないっちゃうの?」
 正美は、心細そうな顔をした。
 「じゃあ、僕も・・・。」
 帰ろうとする正美を見て米村は、
 「梶谷!真田をちゃんと送って帰れよ!」
 「そんな・・・一人で帰れます・・・」
 正美の言葉を米村は最後まで言わせなかった。
 「今の真田は女の子だからな・・・男としてきちんと送ってやれよ!」

 梶谷の運転で、二人はドライブしていた。二人は、浜辺に車を止めて夜の海を見ていた。二人は何も言わない・・・砂浜に腰をおろして、お互い見つめ合っていた。
 「いろいろあったなあ・・・。」
 梶谷が言った。
 「うん・・・本当にいろいろあった・・・。」
 正美が呟いた。
 正美の胸はドキドキしていた・・・かつての自分もそうだったのだろう・・・今、女性の体になってしまって梶谷を見ると、その逞しさに驚いていた。
 正美も、戦闘機に乗るために鍛えている・・・しかし、女性の体では、どうやっても男性のような筋肉の付き方はしない・・・。
 正美は、梶谷を見ていると自分が弱い存在であるように思えた・・・。
 正美の体が梶谷にもたれかかった・・・二人の瞳は夜の海をいつまでも見つめていた・・・。

 

 1ヶ月後・深夜・停戦ライン

 停戦ラインでは、連合軍に属する部隊がかつての侵略国を警戒していた。
 最近では、停戦ラインへの戦力の増強や、空軍部隊の再展開が見られていた・・・空軍にも、新型機がかなり増えているようだ・・・。連合軍部隊の守備隊長は、暗視双眼鏡で停戦ラインを見ていた・・・彼は、今夜は何か起きるのではないかという胸騒ぎがしていた・・・ここ数日、侵略国の側で通信量がかなり増えていたのだ。
 「・・・!!」
 停戦ラインの方向に、たくさんの閃光が輝いた。次の瞬間、轟音と共に陣地のあちこちで爆発が起きた。
 「来たぞ!戦闘配置につけ!」
 彼は、マイクに向かって怒鳴ると、走って指揮車に使っている90式戦車に乗り込んだ。
 その間にも、休み無く砲弾が飛んでくる・・・あちこちで兵士が倒れている・・・これからまた戦いか・・・彼は一瞬考えると、戦車の砲塔の狙いを停戦ラインに向けた・・・暗視モニターには停戦ラインを突破してくる戦車の大群が写っていた・・・。



 翌日・空軍・北九州基地

 基地は、再び起きた戦いに対応するため、動きがあわただしくなっていた。
 
 「状況は?」
 宮下の問いに、朝倉は、
 「敵は、停戦ラインを突破しようと機甲部隊を投入しています。敵の戦車は、質、量ともに前の戦いよりよくなっているようです。現在のところは守備隊が持ちこたえていますが、夜が明けたため、これからは敵の空からの援護が増加すると思われます。」
 朝倉の説明に竹間が補足する。
 「空軍総司令部は、茨城、石川、青森の各基地から部隊を前線に投入するようです。陸軍は、九州各地の部隊に移動準備を命じました。対馬を経由して前線に輸送するようです。」
 「そうか・・・我々も、いつでも出撃できるようにユニコーン・ファルコン各飛行隊は準備しておくように!」
 宮下が命じる。
 「司令!ジャンヌダルク隊は?」
 朝倉の質問に、
 「あれは、使わん!」
 宮下は、はっきりと言った。
 「朝倉君!女を戦場で戦わせるなんて、君は何を考えているんだ!」
 竹間が言うと、
 「朝倉君、君は今まで全飛行隊の指揮をとっていたが、明日からはジャンヌダルク隊だけ指揮をとってくれたまえ・・・ユニコーンとファルコンは、私が優秀な指揮官を連れてきた・・・正垣君!」
 正垣と言われた男が入ってきた、朝倉はその男をよく知っていた。確かに優秀だが、官僚経験が多く、部隊勤務は少ない男だった・・・。
 「彼は、私の下でよく働いてくれていてな・・・戦闘中は意思の疎通が大事だからな・・・。」
 宮下は満足そうに言うと、
 「そういうわけだ・・・ジャンヌダルク隊は、通常どおり訓練をしていてくれ・・・戦闘はさせないぞ!」


 
 深夜・京都府の原子力発電所

 その日は月が出ていなかった・・・真っ暗な闇の中を警備兵が歩いてパトロールをしていた。戦争が再び始まったため、重要施設は軍が警備をはじめていた・・・。
 突然、発電所の門に火だるまになったトラックが突っ込んできた。トラックは、門を突き破ると同時に爆発して夜空に火柱を吹き上げた・・・悲鳴をあげながら吹き飛ばされていく警備兵達。
 「なんだ!」
 警備隊長も現場に走って行こうとして、立ち止まった・・・彼の耳には銃声が聞こえ出した。
 「敵襲です!」
 警備兵の一人が走ってくる。
 「敵の工作員が・・・」
 彼の言葉は、爆発音でかき消された。
 二人は、物陰に転がり込む。
 隊長は見た・・・20人ほどの服装もまちまちな男達が銃を撃ちまくりながら手榴弾を投げて警備兵達を突破しようとしている。
 「くそ!」
 隊長は叫ぶと同時に、敵の工作員に自動小銃を撃ちながらもう一人の警備兵に叫ぶ。
 「おい!司令部に状況を知らせて応援を要請しろ!!」
 発電所には、銃声と爆発音がいつまでも響いていた・・・。



 早朝・福井県沖の日本海

 石川基地から発進した30機あまりの戦闘機は、早期警戒機E−767の誘導で敵を迎撃する位置にいた。
 昨夜には、数箇所の原子力発電所が敵に襲撃された・・・幸い、内部への侵入は許さなかったが、今やってくる敵が同じ目的なら・・・いわば巨大な核爆弾を日本は自分の手の中に持っているようなものだな・・・隊長は思っていた。
 「ペガサス・リーダー、敵機接近、ミサイルの射程に入った。」
 「了解!」
 隊長は、E−767に応答すると、全機に命じた。
 「全機攻撃開始!」
 編隊の各機は、次々ミサイルを発射する・・・敵は、それにもかまわず全速で突っ込んでくる。
 「・・・?!」
 隊長は驚いた、彼の目の前に前の戦争の時、前線でパイロット達に恐れられていた死神と呼ばれたミグ29が現れたのだ。
 「馬鹿な・・・なぜ奴がここに・・・?」
 隊長は震えながらミサイルをロックして発射する・・・ミグは楽々とミサイルを振り切ると、次々に味方のF−15を血祭りに上げていく・・・やがて、突破を諦めたのだろうか・・・敵が引き上げていくと、味方は10機前後にまで減っていた・・・損害が60%・・・隊長は、コクピットで震えていた。



 対馬近海・海軍・第二護衛艦隊旗艦『たかお』艦橋

 海軍は、佐世保に在泊していた第2護衛艦隊に日本海方面の警備と、連合軍のシーレーンの確保を命じた。
 命令を受けた艦隊は早朝に出航し、今は対馬近海に進出していた。
 旗艦の『たかお』は『こんごう』級のイージス護衛艦で今、海軍の保有する護衛艦では最強の艦だった。艦橋の司令官席に座っている小沢提督は視界に広がる日本海を見ていた。彼の率いる8隻の艦隊のうち、彼の乗る『たかお』と、もう一隻の『あたご』が『こんごう』級のイージス艦だ。しかし、小沢はこの艦も万能ではない事も知っていた・・・多数の方向から同時に多くのミサイルを打ち込まれれば、いくらイージスでも・・・。
 『ビーーッ』警報が突然鳴った。
 「敵機多数、北西方向から接近!機数50!」
 CICからの報告に艦長は、即座に命じる、
 「総員戦闘配置!」
 艦隊の各艦の艦内では乗組員が慌しく戦闘配置についていく、
 「艦長!空軍に援護を要請しろ!」
 小沢が艦長に命じる。



 九州北方・日本海上空・航空輸送団C−130輸送機

 日本海の上空を10機の輸送機がエンジン音を響かせながら飛んでいた。
 輸送機には、前線への補給物資を満載していた。彼らは、美保関の基地を離陸して前線への補給物資の輸送を命じられていた。隊長は良く知っていた・・・最新鋭の兵器も、補給が途絶えるとただのお荷物になってしまうことを・・・隊長は副操縦士の声に突然想像を破られた。
 「進路上に、敵の戦闘機がいます!」
 「なに?!」
 隊長は、レーダーのパネルに目をやった。
 「まずいな!」
 隊長は声に出して言った。



 日本海上空・ジャンヌダルク飛行隊

 正美たちは、模擬空戦をするために日本海上空にいた。戦闘に参加させないという上層部の方針に隊員達はストレスをためていたため正美は、朝倉に空戦の訓練を提案したのだった。
 「・・・!」
 正美は、通信機から艦隊から空軍への援護要請を受信した。基地からは、折り返しユニコーン隊を出撃させると言っているが・・・レーダーを見る、敵の編隊は分離して10機あまりの編隊が東に向っている・・・その先にいるのは?
 「アッ!」
 正美は声を上げた、一方の編隊から多数の光点が凄まじい速さで艦隊に向っていく。
 「いけない!」
 正美は思わず叫んでいた。



 『たかお』艦橋

  「ミサイル多数!艦隊に向かってきます!!」
 管制員の報告が艦橋に響く。コンピューターは、直ちにミサイルの狙いをつける。
 「迎撃開始!」
 艦長が命じると、艦橋の前からミサイルが次々と空に舞い上がっていく。
 「だめです! 敵のミサイルが多すぎます!」
 管制員が悲鳴をあげる。レーダー上では敵のミサイルは半減したが、まだこちらに向ってくる。艦隊の各艦からバルカン砲が迎撃をはじめる・・・次々爆発していくミサイル。しかし、何発かのミサイルは、迎撃網を突破して目標を捕らえた。艦上では次々に爆発が起きる。
 「『あたご』被弾!火災発生!!」
 「『しらね』に一発が命中!航行不能!」
 次々と艦隊の被害状況が報告される・・・まだ『たかお』は無事だが・・・。
 小沢は、黙って前方を見据える、額には汗が滲んでいた・・・このままでは艦隊は・・・。



 F−2コクピット

 「ジャンヌ2は、第3、第4小隊をつれて分離した編隊を迎撃して! 第1、第2小隊は、僕と一緒に艦隊を守る!」
 正美は、酸素マスクをつけながら命じていく。
 「しかし、戦闘参加は・・・。」
 岡村が心配して聞いてくる。
 「今、僕達が戦わないと、たくさんの人が死んじゃうんだよ。責任は僕がとる!」
 正美は、一呼吸おいて叫ぶ。
 「行くぞ!」
 「「「了解!」」」
 みんなが元気に答える。
 編隊は二つに分離して速度を上げていく。
 正美は、『たかお』を無線で呼び出した。
 「ジャンヌ・リーダーより『たかお』へ・・・これより援護に向います!」
 正美は、レーダーで敵を捕らえていた。
 「全機、ミサイル発射用意! これ以上敵にミサイルを撃たせるな!」
 力強く命じる。



 『たかお』艦橋

 艦隊の上空をジェットエンジンの音を響かせながら、8機のF−2が敵に向かっていく。
 「あれは・・・。」
 艦長が尋ねると小沢は、
 「話題の女性パイロットチームだ・・・。」
 にっこり笑って言った。
 「大丈夫でしょうか?」
 艦長が心配そうに言うが、小沢は笑いながら、
 「大丈夫さ!」
 飛び去っていくF−2を見ながら答える。



 F−2コクピット

 正美は、兵器管制レーダーを操作して敵にミサイルの狙いをつけた。
 「ジャンヌ・リーダー、ターゲット・ロックオン、発射!」
 「ジャンヌ5、発射!」
 「ジャンヌ16、発射!」
 ミサイルが、一直線に敵の編隊に飛び込んでいく・・・無警戒だった敵の攻撃隊は大混乱になった。その中に彼女達はまっしぐらに飛び込んでいった。
 「攻撃機ばかりだ・・・でも油断しちゃだめだよ!」
 正美は、パイロット達に注意を与える。
 正美は、目の前のSU−24にバルカン砲を撃つ・・・SU−24はエンジンから炎を噴出しながら落ちていく・・・。隊員達は、今までの訓練の成果を発揮していた。次々に敵の攻撃機が日本海に向かって落ちてゆく。
 敵の攻撃隊は、退却に入った・・・追いかけようとする隊員達に正美は、
 「深追いしちゃだめだよ!引き上げるよ!!」
 正美は、笑顔で命じていく・・・。
 やがて、輸送隊の援護に向かった石部たちも合流した。
 誰も落ちなかった・・・それが正美には一番の喜びだった・・・。



 空軍・北九州基地

 ジャンヌダルク飛行隊のF−2が次々に基地に戻ってきた。石川基地の飛行隊が大損害を出した後だけに、基地の整備員達は、彼女達の初陣の大勝利に沸き返っていた。
 戦闘機から降りてくるパイロット達の顔も明るい・・・正美は、戦果以上に部下を失わなかった事が嬉しかった。
 「やったじゃないか!」
 梶谷が正美に話しかけてくる。
 「うん・・・誰も落ちなかったからね!嬉しいよ!」
 正美の反応に、梶谷は、
 「それよりは撃墜数だろ!おまえもかなり落としたそうじゃないか!」
 笑いながら言う。正美は、ちょっと真剣な目をしていった。
 「人の価値観だからいいけどね、僕は、もう一人も部下を失いたくないんだ。一人でも死んだら戦いには勝っても、僕にとってはその戦いは負けなんだ・・・。」
 正美は、寂しそうな目をしていた・・・隊員達は、真剣な目をして正美の顔を見ていた。そして頷く・・・梶谷は下を向いて何も言わない。
 「甘いって言うのなら言ってもいいよ・・・。」
 正美は、笑った。

 やがて輸送機と、海軍のヘリが基地に着陸した。

 輸送隊の隊長と小沢提督は、司令官の宮下に会っていた。
 「素晴らしい腕ですね・・・。」
 小沢が笑顔で宮下に向って言う。
 「危ないところで援護してもらいました。ありがとうございます。」
 輸送隊の隊長が言った。
 「ハハハ・・・私がしっかり鍛えておきましたからね!」
 宮下が笑って答えた。

 二人が帰っていくと、宮下は朝倉と正美を呼んだ。
 「交戦は禁じていたはずだぞ!」
 宮下は二人に言った。
 「僕が、独断で指示しました・・・あのままでは、艦隊や輸送隊が大損害を受けると判断して部隊に迎撃を命じました。」
 正美の言葉に朝倉も、
 「私も、あの状況では適切な判断だと考えます!」
 宮下は、額に青筋を浮かび上がらせていた。それを見た竹間が言った。
 「君達は、命令を何だと思っているんだ!判断は司令官がされる・・・ユニコーン飛行隊に迎撃させると言っただろう!」
 「ジャンヌダルク飛行隊には、謹慎を命じる・・・しばらくは、武器を搭載せずに訓練をしろ!」
 宮下は、吐き捨てるようにいった。


 正美は、格納庫へ行った。格納庫では、相変わらず整備員達が忙しく動き回っていた。
 「よう・・・聞いたよ。こっぴどく言われたらしいな。」
 整備中のF−15の主翼の上から村田少佐が、正美に声をかけた。
 「うん・・・よけいなお世話だったみたいだね・・・。」
 正美の言葉に、村田は。
 「おまえのやった事は間違いでは無いよ・・・あの状況では、おまえ達が行かなければ、一体誰がみんなを助けるんだ?本当の事は、その場にいる人間じゃないとわからないものさ・・・安全な所でのんびりしていてもわからないよ。」
 村田は、手を拭きながら正美の前に来た。
 「違うかな?」
 村田は優しく言った。
 正美は、涙ぐんでいた・・・あれ・・・心まで女になってきているのかな?・・・正美は、村田に抱きついていた・・・村田も、正美を優しく抱いていた。
 「思いっきり泣けよ・・・。」
 村田が、優しく言った。村田の腕の中で正美は涙を流しつづけていた。

 夜、待機所の中で、飛行隊のリーダー達と朝倉はコーヒーを飲みながら話をしていた。
 「敵の狙いは、一体どこなのでしょうか?」
 米村が朝倉に尋ねた。
 「それは、原発でしょう・・・工作員を遮二無二突っ込ませているし、攻撃隊も向かわせたでしょう?」
 梶谷が言うが、朝倉がさえぎった。
 「僕は、違うと思うな・・・狙いは、おそらく対馬あたりだな・・・。」
 米村、梶谷、正美の3人は、意外そうな顔をする。
 「なぜ、対馬なのですか?」
 正美の問いに、朝倉は、コーヒーをテーブルの上に置くと静かに答えた。
 「原発をもし本当に破壊すれば、国際的な非難が集中する・・・核兵器を打ち込まれても、文句は言えないだろう。威嚇としては、いいけどね・・・それより、現実的な戦闘を考えれば補給を断ち切るのが一番だ。そのためには対馬を押さえてしまって、あそこに対艦ミサイルや対空ミサイルを配備する・・・大した守備隊がいるわけでもないから、あの国でも充分に上陸作戦が出来るだろう。そうすれば、連合軍の補給路に大きな負担をかけられる。そのためには、第2護衛艦隊や、補給隊が邪魔だったわけだ。場合によっては、占領後に和平交渉に持ち込めば、交渉を有利に運べるかもしれないしな。」
 朝倉の説明を聞きながら、正美は、そうかもしれないと思っていた。
 「それを上層部に説明されたのですか?」
 米村が心配そうに聞くと、朝倉は笑いながら言った。
 「一笑にふされたがね!」



 数日後、北九州基地
 
 
 「総司令部から命令が来た・・・ユニコーン・ファルコン各飛行隊は、準備が出来次第、石川基地に移動、敵の迎撃にあたれ。指揮官として正垣も、E−767で移動しろ。」
 宮下が、司令室に幕僚と各飛行隊のリーダーを集めて指示を出していた。
 「お待ちください。敵の狙いが北陸方面だという確証は・・・。」
 朝倉が言うと、宮下と竹間は顔をしかめた。
 「先日、海軍の第2護衛艦隊も攻撃されました・・・敵の狙いは、日本海の西部海域にあるのではないでしょうか。」
 米村が言うと、
 「「私達も同意見です。」」
 梶谷と正美が言った。
 「君達には、意見を求めていない!」
 竹間が怒鳴った。
 「現実に、石川基地の部隊は壊滅状態に近い打撃を受けたし、原発が襲われたんだぞ!敵の狙いが原発だと言うのは明らかじゃないか!」
 宮下が青筋を立てながら怒鳴る。
 「あれは、陽動作戦です!原発を破壊しても、あの国には全くメリットがありません!」
 正美が抗議をする。
 「君が保証をしても、これは総司令部の命令なんだ!女になった奴に何がわかる!」
 竹間が見下したような目で正美を見た。
 「総司令部に、意見を具申されては・・・?」
 朝倉が言うと、
 「その必要はない・・・そんな事をしても印象が悪くなるだけだ・・・各飛行隊は、本日中に移動を完了するように!」
 宮下が言うと。
 「わかりました!ユニコーン、ファルコン飛行隊は、本日中に石川基地への移動を完了、敵の迎撃任務に就きます。」
 正垣が復唱した。宮下達は、満足そうに頷いている。正美たちは、お互いに顔を見合わせていた・・・このままでは大変な事が起こるのではないか・・・そんな考えが、頭をよぎっていた。


 夕方・北九州基地

 基地の格納庫では、ユニコーン、ファルコン各飛行隊に所属する戦闘機が移動準備をしていた。
 「心配するなよ・・・多分大丈夫だと思うよ。」
 米村が、作り笑いをしている・・・彼は、納得していなかった・・・。
 「もしもの時は・・・頼むぞ、真田!」
 そう言って笑う。
 「それじゃあ・・・。」
 梶谷が正美に言った。
 「無事に帰ってこいよ・・・。」
 正美の言葉に、梶谷は力強く頷いた。
 各飛行隊のメンバーが、集まっていた。
 「みんな・・・きっと生きて帰ってきてくれよ・・・また、ここで会おう!」
 正美の言葉に、みんなが頷く。
 「よし、出発だ!」
 米村が言うと、皆が愛機に乗り込む。エンジン音が高くなり、次々に滑走路に移動をはじめる。正美たちは、帽子を振りながら次々に離陸して行く戦闘機を見送る・・・最後に、E−767が離陸すると、上空で編隊を組んで東に飛んでいった。
 「みんな・・・戻って来ると良いがな・・・。」
 村田少佐が正美の横で言った。
 「大丈夫だよ・・・ねっ・・・。」
 圭子が正美に言う。
 正美は、いつまでも東の空を見つめていた・・・。

 かつて、正美がよく飛行機を見ていた堤防・・・そこにアンテナを立てたワゴン車が止まって中から男が双眼鏡で基地の中を窺っていたのを、このとき誰も気付かなかった・・・。



 深夜・日本海西方海域

 侵略国の日本海に面した港から10隻あまりの貨物船が出航した。貨物船には、対空ミサイルや、対艦ミサイル、そしてトラックや武装兵、補給物資を満載していた・・・豪華な船室では、将校が地図を見ていた。それは対馬の地図だった・・・朝倉の危惧していた事が現実になろうとしていた。


 
 佐世保沖・海軍・第2護衛艦隊・旗艦『たかお』

 人工衛星の捉えた貨物船出航の情報を受けて、第2護衛艦隊が出航した。しかし、先日の戦闘で沈没艦は出なかったが損傷した艦が多く戦力は半減していた。『たかお』の艦橋では小沢提督が夜の海を見つめていた。
 「大丈夫ですよ、相手は貨物船です。対艦ミサイルで一隻残らず沈めてご覧に入れます。」
 艦長が小沢に笑いながら言った。
 「それまで『たかお』が浮かんでいればな・・・北九州基地の部隊が石川基地に再展開したそうだ・・・おまけに、この前援護してくれた彼女達は謹慎をくらったそうだぞ・・・全く外面のいい男だよ。航空攻撃をもし受ければ・・・この前より分は悪いぞ。」
 小沢は、苦々しげに言った・・・この男は正義感が強く情に厚い、そして冷静な判断力を持っている。部下の信頼は厚かった。だから提督にまでなったのだが・・・。
 「あれが陽動だと見抜けないような司令官では・・・後は、俺達がベストを尽くすだけだな。」
 小沢は、再び海に目を移した。


 
 侵略国・ミサイル部隊

 侵略国の国境線では、弾道ミサイルが空を睨んでいた・・・ミサイル管制士官が、データを手早くコンピューターに入力していく。ディスプレイには、日本地図が表示されていた・・・やがて、10発あまりのミサイルが炎の尾を引きながら夜空に消えていった。


 
 第2護衛艦隊・旗艦『たかお』艦橋

 最初に状況を掴んだのは、『たかお』に搭載された最新鋭のフェイズド・アレイ・レーダーだった。このレーダーは以前にも、弾道ミサイルの発射テストをキャッチした事があった。
 「ミサイル多数!九州に向かっています!」
 CICからの報告に、小沢は情報パネルを見た。5つのグループに分かれたミサイルが九州に向かっている。
 「関係個所に連絡しろ!急げ!!」
 小沢が命じた・・・言わんこっちゃない・・・そう罵りたいのをおさえていた、これから一体なにが起きるのか・・・小沢は、手のひらにじっとりと汗をかいていた。



 北九州・空軍・レーダー基地

 そのレーダー基地は、九州の日本海側の空を監視する目の役目をしていた。レーダーで、それをキャッチしてはいたが、高速で飛んでくる弾道ミサイルを迎撃する武器は持っていなかった・・・3発のミサイルが着弾し、一発は、薄いレーダー・ドームを突き抜けてレーダーを吹き飛ばした。
 この瞬間、九州の日本海側を監視する目を失ってしまったのだった。



 北九州・空軍・ミサイル基地

 次に狙われたのは、北部九州をカバーする対空ミサイル基地だった。
 レーダー基地を破壊されたため、基地から狭い範囲しかカバーできないレーダーの誘導で、迎撃ミサイルを発射した。
 湾岸戦争では、万能なように言われたミサイルだが、実は迎撃の成功率は10%にも満たなかったと言われている。
 ミサイルは、基地に着弾し、次々とミサイルを誘爆させていった。基地からの火災の炎が暗い夜空を赤く焦がしていた。



 空軍・宮崎基地

 3発のミサイルが飛来し、滑走路の中央と端に1発づつ命中して巨大な穴をあけた。もう1発は基地の敷地外に落ちて民家などを破壊したが、この瞬間に基地は航空機の発着が出来なくなり、空軍基地としての機能を失ってしまったのは確かだった。



 対馬、守備隊駐屯地

 2発のミサイルが飛来していた・・・1発は水田に落ちて不発弾となったが、1発は兵器庫の脇に命中して中に貯蔵された弾薬を爆発させた。守備隊の司令官は、呆然と立ち尽くしていた。この時、守備隊は戦う手段をほぼ失ってしまったのだった。



 空軍・北九州基地

 基地にはサイレンが鳴り響いていた。正美の目は、格納庫からあがる炎を見ていた。消火班が、必死に消火活動をしている。
 ここにも3発のミサイルが飛来した。1発は、格納庫に命中したが、本来格納されているユニコーン隊は移動していたため小規模な火災が起きただけだった。もう1発は、滑走路の外に落ちて穴をあけていた。残りの1発は川に落ちて大きな水柱を上げていた。
 ミサイルの着弾後、正美たちはシェルターを出ると負傷者の救護にあたった。初めて実際に目にする負傷者に、隊員達は動揺していた。
 「とうとう、ここまで戦場になったな・・・。」
 いつの間に来たのか、村田少佐が横に立っていた。
 「被害は?」
 正美の問いに、村田は、
 「大した事はない・・・しかし、宮崎や、ミサイル基地、レーダーサイトは手酷くやられたそうだ・・・。」
 「そう・・・。」
 正美は考えていた・・・とうとう、朝倉の心配が現実になった・・・部隊は転用されて九州の空を守るのは彼女達しかいなくなった・・・この飛行隊が、最後の砦ということにもなりかねない・・・いつかの朝倉の言葉が耳によみがえってきた。
 「敵は、これで納得するかな・・・。」
 いつの間に来たのか、朝倉が脇に立って言った。
 「司令官は、どうされてますか?」
 村田が朝倉に聞くと、
 「ああ、作戦室で怒鳴り散らしてますよ。基地を傷つけたってね。」
 朝倉は、苦笑しながら言った。
 「問題は、夜が明けたらどうなるかだな・・・これで攻撃をやめて次の一手を打って来るのか、それとも止めを刺しに来るのか・・・いずれにしても今日は、長い一日になりそうだな・・・。」
 朝倉は静かに言った。正美の瞳は、再び炎を見つめていた。



 朝、京都府沖・日本海上空

 敵大編隊接近の情報に、石川基地からユニコーン、ファルコン飛行隊は、E−767の誘導で出撃していた。
 早朝に九州各地に弾道ミサイルの攻撃を受けた事から、敵の狙いは対馬だと確信していたが、今度はこちらに70機余りの編隊を向かわせているという・・・米村も、梶谷も混乱していた。
 「ゴッド・アイより各機へ、敵は西方150Km、射程距離到達まであと5分。」
 正垣が連絡してくる・・・もうすぐまた、戦いが始まる・・・誰もが緊張していた。


 
 日本海・第2護衛艦隊旗艦『たかお』

 4隻の艦隊は、対馬西方に到達していた。
 「敵編隊約60機、九州に向かっています!」
 CICから連絡が入る。小沢は、レーダーパネルを見た。多数の光点が移動している、これは・・・。
 「通信士! 空軍に緊急連絡だ!」
 「はい!」
 通信士が走っていく。しかし、九州の空軍は、ほぼ部隊を喪失している・・・一体どうやって防ぐのだ・・・小沢は自分の体が震えているのに気付いた。


 
 空軍・北九州基地

 『たかお』からの連絡は、司令部を混乱させていた。
 「どういうことだ、敵は原発に向かっているのではなかったのか?!」
 宮下の言葉に、竹間は青ざめた顔で、
 「別働隊がこちらに向かっているようです。おそらく狙いは、この基地かと・・・。」
 「宮崎基地に連絡して迎撃機を出してもらえ!」
 宮下の言葉に竹間が、
 「残念ながら、今日一日は、滑走路の修復にかかるようです・・・。」
 「くそ!」
 宮下は、作戦室にいる朝倉と正美を見た・・・こうなってしまっては、こいつらに頼るしかない・・・そう思った。
 「命令だ! ジャンヌダルク飛行隊は、全力を上げて出撃。敵を迎撃せよ! 一機たりとも九州には入れるな! この戦いには、空軍の面子がかかっている!」
 周りにいた者は、呆れながら宮下を見ていた・・・かかっているのは、あんたの面子だろ。まんまと陽動作戦に引っ掛かって九州を空にしてしまって・・・そう喉まで出かかった者もいた。
 正美は、敬礼をしながら復唱した。
 「ジャンヌダルク飛行隊は、敵攻撃隊の迎撃のために出撃します!」
 敬礼をしていた手をおろすと、はっきりと宮下たちに言った。
 「しかし、僕達は面子のために戦うのではありません。人々を守るために戦うのです。」
 そういうと、振り返らずに作戦室を出て行った。皆が宮下たちを見る。宮下の額には、青筋が立っていた。


 格納庫には、飛行隊のメンバーが集まっていた。皆が緊張した顔をしている。正美は、メンバー達に言った。
 「これから、僕達は敵攻撃隊の迎撃のために出撃する。今度は、おそらく前の戦いほど楽ではないだろう・・・しかし、僕はみんなにこの基地に生きて帰ってきて欲しい! いいか! 被弾して戦闘不能になった機は、直ちに戦場を離脱して基地に帰るように! そして、基地まで帰還が出来ない者は、機を捨てて脱出して救助を待つんだ! いいか、絶対に諦めるな! 朝倉大佐も、戦闘終了後には救助隊を必ず出すと言ってくれている。必ずみんなで生きてここでまた会おう!」
 「「「「ハイ!」」」」
 みんなが元気に応えた。そんな彼女達を見守る朝倉や、村田、そして圭子たち・・・。
 「エンジン始動!暖気運転開始!!」
 号令がかかる。対空装備をしたF−2、16機がエンジンを始動させる。ジェットエンジンの轟音が、格納庫に響いている。
 正美が、愛機に乗り込むと圭子がベルトを締めるのを手伝う・・・ベルトを締める圭子の目は涙で潤んでいた。
 「泣くなよ・・・。」
 正美が言うと、圭子は、
 「だって・・・。」
 圭子は知っていた・・・この戦いが、絶対不利な状況だということを。
 「大丈夫、絶対帰ってくるさ!」
 正美は、笑って言う。
 「だって、前だって落ちても帰ってきただろ。」
 圭子も、笑って言った。
 「そうだね・・・待ってるよ・・・。」
 圭子は深呼吸をすると、大きな声で命じる。
 「車輪止め外せ!」
 機体の下では、服部が手早く車輪止めを外していく。
 エンジン音が大きくなってくる、正美の前では、村田少佐が誘導をはじめた。
 ゆっくり動き出す正美のF−2。正美は、右腕を圭子の方に突き出すと、ぐっと親指を立てた。圭子はそれを見て頷く。
 村田は、インカムで正美に言った。
 「ジャンヌ・リーダー・・・グッド・ラック!」
 正美は、村田の方を見ながら頷いた。
 誘導路を移動する正美たち16機のF−2。翼のフラップを動かして離陸前のチェックをする。正美のリーダー機を先頭にして滑走路に入る。斜め後方に石部のF−2が入る・・・。正美は、無線で管制塔を呼び出した。
 「コントロール!こちらジャンヌダルク飛行隊、出撃します!離陸許可をお願いします!!」
 「コントロールよりジャンヌダルク飛行隊、離陸を許可します・・・グッド・ラック!!」
 正美は、深呼吸すると斜め後方の石部の機体をチラッと見た。フラップを1回動かして合図をする。石部は、親指を立てて合図をしてきた。2機のF−2は、アフターバーナーを全開にすると滑走路を離陸して90度近い角度で急上昇していく。滑走路を2機ずつ離陸して行くF−2。村田や、服部、そして圭子たちは帽子を大きく振って見送る・・・頑張ってくれ、そして生きて帰って来いという想いをこめて・・・最後に、朝倉を乗せたE−2Cが離陸すると、編隊を組んで日本海の方へ飛んでいった・・・。


 
 京都府沖・日本海上空

 「ゴッド・アイより、ユニコーン、ファルコン・リーダーへ、九州では、ジャンヌダルク隊が出撃した・・・もう大丈夫だ。」
 正垣が言った。
 「大丈夫じゃないだろう・・・敵は60機以上。あいつらは、たった16機だぞ、腕や戦闘機の性能の差を考えてもそれだけでは埋めきれない圧倒的な不利だ・・・でも、正美は恐れないだろうな・・・あいつは以前からそうだったからな・・・。」
 梶谷は、呟くように言った。
 「敵編隊・・・ミサイルの射程距離に入った!攻撃を開始せよ!!」
 正垣が指示を出す。
 「了解!全機ミサイル発射!」
 米村の号令で、編隊の全機が長射程のミサイルを発射した。



 対馬近海・第2護衛艦隊旗艦『たかお』艦橋

 小沢提督は、情報パネルを見つめていた。そのパネルには、『たかお』のフェイズド・アレイ・レーダーの捉えた情報がコンピューターで処理されて表示されている。
 今、パネルには京都府沖の日本海にいる敵の攻撃隊と味方の迎撃機の編隊、そして、九州に向かってくる60機余りの敵の編隊が表示されている。
 新たに、パネルの表示が増えた・・・16機の編隊が九州の方向から飛んでくる。その後方に速度が遅いがもう1機。
 「やっと来たな・・・。」
 小沢の顔に、ようやく笑みが浮かんだ。
 「提督・・・これは・・・?」
 艦長も、笑顔で小沢に尋ねる。
 「そう・・・空のジャンヌダルクたちだよ・・・。」
 小沢もこの時、情報パネルを見て一つの決断をしていた・・・。
 「艦長・・・艦隊を対馬と九州の中間に移動しよう。」
 「エッ・・・なぜですか?敵の貨物船は、どうするのですか?」
 艦長の言葉に小沢は、
 「彼女達だけを危険な目に遭わせるわけにはいかないだろう・・・。」
 「わかりました!」
 艦長は小沢の考えを理解すると、すぐに指示を出していった。


 
 京都府沖・日本海上空

 ミサイルの打ち合いで、ユニコーン、ファルコンの両隊で5機の損害を出していた。乗員は、パラシュートで脱出した。しかし、敵も30機近くを失っていた。それでもこちらの2倍の数だ。
 「さあ、ドッグ・ファイトか・・・!」
 米村が気合を入れる・・・やがて、空にゴマ粒を蒔いたような黒い点が見えた、
見る見る大きくなってくる・・・。
 「これは?!」
 米村の顔が険しくなる。
 「米村さん?!」
 梶谷も驚く・・・彼らの前に現れたのは、戦闘機ばかりだった・・・ミグ23と、29の混成編隊。
 「俺達はまんまと引っ掛かったな。こいつらは、おとりだ・・・。俺達をここから動かさないための・・・。」
 米村は悟った・・・九州に向かった部隊が主力だ。敵の編隊は、ちょうど彼らと正美たちを分断する位置にいる。
 たちまちのうちに敵、味方入り乱れての乱戦になる・・・梶谷も、米村も必死に戦うが敵の数はあまりにも多い。
 「ファルコン・リーダーよりゴッド・アイへ! ユニコーン隊を九州に向かわせろ!」
 「それは出来ない!我々が受けたのは、この地域での迎撃の命令だ・・・部隊を戻すには司令官の許可がいる!」
 正垣は、まるで官僚のような答えをかえしてきた。
 「敵は、戦闘機ばかりだ! 爆撃に来たわけじゃないんですよ!」
 北田がF−15で急旋回をしながらインカムで叫ぶ・・・スコープに入ったミグに向かってバルカン砲を撃つ・・・主翼を叩き折られて日本海に落ちていくミグ・・・。
 「しかし・・・命令は命令だ・・・今から基地に問い合わせて指示を・・・。」
 正垣の返事に、
 「梶谷! 今から俺達が突破口を開く、おまえは、何機か連れて九州まで行け! あいつらを死なせるな!!」
 米村が叫ぶ。
 「ファルコン・リーダー! それは・・・。」
 正垣が止めようとするのを、
 「黙れ! 梶谷! 行くぞ!!」
 「しかし・・・。」
 梶谷が躊躇うと、
 「リーダー、ここは俺達が引き受けます。リーダーは真田さんを・・・。」
 北田の言葉は、爆発音でかき消された。
 「北田、米村さん!・・・ユニコーン5・6・7俺に続け! 交戦は控えろ、突破したらひたすら逃げるぞ! いいな!!」
 梶谷が指示を出す。
 「行くぞ!!」
 米村のF−2が敵の中央に突っ込んで行く。
 「浅原! 高村! 三角フォーメーションで突破口を開くぞ!!」
 米村が気合のこもった声で命令を出す。
 「ファルコン2、了解!」
 「ファルコン3、了解!!」
 米村のF―2の左右後方に浅原と高村のF―2が付く。米村の射撃に呼応してバルカン砲を発射すると、たちまち3機のミグ29が火だるまになって日本海に落ちていく。
 「さすがは米村リーダー」
 北田のF―15も敵に向かう。前方から迫る敵の戦闘機を見据えながらインカムで叫ぶ。
 「新谷! 行くぞ!!」
 「ユニコーン3了解! ユニコーンの腕を見せてやろうぜ!!」
 ユニコーン3のパイロット、新谷のスコープを見つめる目が鋭く光る。
 北田と新谷のイーグルが突っ込んでいく。すれ違いざまにバルカン砲を浴びせると攻撃を受けたミグは巨大な火の玉に変わっていた。
 ファルコン隊、ユニコーン隊の戦闘機が次々に敵の中央に突っ込んで行く。バルカン砲の弾幕を張ると、敵も慌てて退避して編隊を組みなおす。中央に穴が開く形になった。
 「いまだ! 梶谷、行け!!」
 米村が叫ぶ。
 梶谷たちは4機編隊でダイヤモンド編隊を組むと、アフター・バーナーを全開にして突っ込んで行く。敵が梶谷たちを追おうとすると、
 「邪魔させるかっ!!」
 北田が梶谷のイーグルを追おうとしたミグをスコープに捉えるとバルカン砲の発射ボタンを押した。吸い込まれるようにバルカン砲弾がミグに命中する。そのミグは黒煙を噴出しながら彗星のように落ちていった。
 「リーダー! 正美さんを頼みます!!」
 北田がコックピットの中で遠ざかって行く梶谷たちのイーグルを見ながら叫んだ。
 梶谷は、コクピットの中のバック・ミラーで後を見た。交戦空域ははるか後方になった・・・青い空に、飛行機雲が絡み合ってその中に時々、炎や黒煙が見える・・・。
 「北田・・・米村さん・・・みんな生きて帰ってこいよ。」
 梶谷は、呟いていた。



 対馬沖上空

 「ホーム1よりジャンヌ・リ−ダー!目標は、前方150Km!ミサイルの有効射程距離まで3分。」
 朝倉のE−2Cから連絡が入る。
 「ジャンヌ・リーダー了解!・・・大佐!あまり接近しすぎると・・・。」
 正美は、朝倉を心配していた。朝倉も、元はファイター・パイロットだけあって恐れを知らない。しかし、彼の乗るE−2Cは、E−767よりレーダーの有効範囲が狭いため、情報を得ようとすると戦闘空域に接近しなければならない。今の状況では、護衛のために戦力もさけない。速度の遅い機体だけに戦闘機に襲われるとひとたまりもない・・・かなり危険だった。
 「心配するな!君達だけを危険に曝すわけにもいかないだろ。僕も、一緒に戦うわけだ。」
 正美たちは、コクピットの中で笑っていた。この人となら、一緒に戦える・・・誰もが、そう思っていた。
 「ホーム1よりジャンヌ・リーダー!攻撃のタイミングは任せる。自由に攻撃せよ!目標まで130Km、射程距離に入った!」
 「了解!みんな行くよ!」
 「「「「「了解!」」」」」
 メンバー達が答える。皆が、酸素マスクを装着していく。
 正美は、兵器管制レーダーを手早く操作する。
 「ジャンヌ・リーダー、ターゲット、ロック・オン!発射!」
 F−2から長射程のミサイルが飛び出していく。
 「ジャンヌ2、発射!」
 「ジャンヌ5、発射!」
 炎の尾を引きながら、ミサイルが飛んでいく。この時、彼女達の発射したミサイルは、1機あたり4発、合計64発・・・理論上は、全ての敵を叩き落とすことが出来るはずだが・・・。
 「ホーム1より、ジャンヌ・リーダー! 敵もミサイルを発射した!」
 朝倉の緊張した声が、インカムに響く。
 「了解! ホーム1!」
 正美が答える。F−2のレーダーも、接近するミサイルを捕らえて警報が鳴った。
 「全機、回避行動!」
 正美は、機体を横転させると急降下した。頭の上をミサイルが通っていった。
 『ビーーッ』
 後方警戒レーダーが鳴った。正美は、コントロールパネルのスイッチを操作した。機体の後部から、風船や、発光弾がミサイルを妨害するために飛び出した。ミサイルは、レーダーの電波を反射する風船を追いかけていった。
 「各機、被害状況を知らせろ!」
 「ジャンヌ3、至近距離でミサイルが爆発、右水平尾翼が無くなりました。」
 岡村が知らせてきた。
 「ジャンヌ7、主翼を破損・・・飛行には支障ありませんが、機体が安定しません・・・。」
 内田もダメージを受けたようだ・・・レーダーで見る限り、こちらに撃墜された者はいないようだ。
 「了解!ジャンヌ3と、ジャンヌ7は基地に退却せよ!」
 「「しかし!」」
 二人が抗議してくる。
 「これは、命令だ・・・その機体で戦っても、落とされるだけだ・・・ここは我慢して退却しろ!」
 正美は、きつい言い方で言った。
 「「わかりました・・・すいません!」」
 2機のF−2が、反転して基地に戻るのを見届けてから、正美は命じる。
 「これからの戦いは、攻撃機が目標だ・・・1機も通さないよ!」
 「「「了解!」」」
 全員が答えた。
 「ジャンヌ・リーダー・・・現在、敵は41機・・・高速で接近中!」
 「了解!」
 正美が答えた・・・20機近く落としたわけか。しかし、こちらは14機しかいない。3倍近い差をどうするか・・・不利には違いない。やっぱり戦闘機との戦いを避けて、攻撃機を防ぐしかないな・・・正美は思った。
 前方に、敵の編隊が近づいてくる。
 「フォーメーション・オープン! 全機、突撃!」
 ジャンヌダルク隊は、編隊を解くと一直線に敵の攻撃機に突っ込んでいった。
 たちまち、青い空に飛行機雲が絡み合う。
 「敵の主力は、攻撃機だ!1機も通すな!」
 正美が指示を出す。F−2を旋回させてSU−24のバックに付くと、バルカン砲を撃つ・・・爆発して、しだれ柳のように破片を海に撒き散らしていく。
 突然、後からバルカン砲を撃たれた。振り返ると、10機ほどのミグ29が接近してくる。
 「戦闘機接近! 各機、注意!」
 正美が叫ぶ。
 奥田のF−2が、反転してミグに向かっていく。3機のF−2が続いた。その時、正美は見た・・・尾翼に死神のマークをつけたミグ29・・・。
 「ジャンヌ5!そいつには気をつけて!」
 正美が指示を出す。その間にも、SU−24を撃墜していく正美。

 奥田は、死神を追っていた・・・彼女も死神の噂は聞いていた。しかし、彼女も訓練を通して自信をつけていた・・・今の、私なら落として見せる・・・彼女は、そう思っていた。急旋回をしてミグのバックをとった。
 「いただき!」
 バルカン砲を撃った瞬間、スコープから死神のミグが消えた。
 「・・・!」
 後方警戒レーダーが鳴った。死神が後にいる。
 「そんな?!」
 『ガンガンガン・・・』
 機体が振動した瞬間、爆発音がしてコントロールパネルに赤ランプがついて警報が鳴り出した。
 「キャーーッ!!」

 正美は、SU−17にバルカン砲を撃った・・・エンジンが爆発すると、錐もみ状態で落ちていく。機体を旋回させたときにそれを見た。黒煙を噴き出しながら高度を落とすF−2・・・。
 「ジャンヌ5! 脱出して! 早く!!」
 正美は、叫んでいた。

 奥田は、パニックになっていた。警報が鳴り、赤ランプの点滅するコクピット・・・今まで経験した事のない状態に体が硬直していた。インカムに入る声も誰かわからない・・・。機体の振動は増し、高度は下がり、パネルの警報のランプが増えていく・・・その時、インカムに声が入ってきた。聞きなれた声・・・。
 「脱出して!早く!!」
 我に返った。
 「エイッ!!」
 脱出レバーを引くと、軽い音がして射出座席が飛び出す・・・高度が下がった所でパラシュートを開いた。彼女の愛機・・・F−2は黒煙の尾を引きながらなお飛んでいたが、やがて大爆発して破片を撒き散らしていた。



 空軍・北九州基地

 2機のF−2が傷ついた機体をだましだまし飛ばしながら基地に戻ってきた。
 「状況は、どうなんだ!」
 エンジン音に負けないように、村田少佐が怒鳴るように尋ねる。
 「苦戦しています・・・どうやら、死神のミグ29が現れたようです!」
 内田が言った。
 「そうか・・・奴が来るならやっぱり主攻は、こちらだな・・・。ご苦労だったな!」
 村田が、二人を労った後、整備員と一緒にF−2を格納庫に戻そうとした。 突然、
 「少佐!お願いです、予備のF−1に対空装備を付けて発進準備をしてください!」
 岡村が叫んだ。驚いて岡村を見る村田たち整備員・・・圭子も驚いて岡村を見る。
 「でも、岡村さん、今戻ってきたところでしょう。」
 圭子が言うと、
 「でも、真田さんをはじめ、みんなは今、この瞬間も戦っているんですよ。私達も使える戦闘機があるのならすぐにでも戻りたいのです!お願いします!」
 内田が言うと、二人とも村田に向かって頭を下げる。
 村田は、しばらく二人を見つめていた・・・やがて。
 「服部、小川!F−1に対空装備をしろ!発進準備だ!急げ!!」
 「「ハイ!」」
 整備員達が少し離れた格納庫に走っていく。
 「少佐・・・。」
 岡村が瞳を潤ませながら呟いた。村田は頷いて優しく岡村の肩に手を置いた。
 服部たちは、素晴らしい速さでかつて二人が使っていたF−1に対空装備を装着した。
 やがて、対空装備をしたF−1が2機、日本海方向に向かって飛び立っていった。



 対馬沖上空

 死神の率いるミグ29が現れた事で戦況は、正美たちにとって不利になりつつあった、正美たちはミグとの交戦を避けて攻撃機に目標を絞っていたが、それを読んでいる死神の操るミグは執拗にF−2の迎撃を妨害していた。

 E−2Cに乗る朝倉の目の前にある情報表示パネルに表示されたジャンヌダルク飛行隊のF−2は、10機にまで減っていた。九州の方向からは岡村たちのF−1が全速力でこちらに向かっている。朝倉は、岡村たちを迎撃ラインが突破されたときの備えに使うつもりだった。山口県沖では、4機の味方機が音速でこちらに向かっている・・・朝倉の顔が厳しくなった・・・ついに迎撃ラインが突破された。

 正美たちは、不利な状況の中で健闘していた。しかし、高速での空中戦を長時間戦うのは女性の体には過酷だった・・・時間が経つに連れてジャンヌダルク隊の損害は増しつつあった。出撃前の正美の指示通りにパイロット達は射出座席で脱出していた。
 正美は、目の前のSU−17と2機のSU−24を追っていた。SU−17にバルカン砲を撃った。命中すると、たちまち破片を空に撒き散らしながら爆発していく。
 「10機めか・・・きりがないな・・・。」
 肩で息をしながら呟く正美。また、前を行くSU−24を追う・・・。
 「・・・!」
 1機のミグが、横から攻撃してきた。正美は機体を横転させて急降下をしてかわした・・・バルカン砲をミグに発射する。主翼を叩き折られてミグ29は錐もみ状態で雲の中に消えていった。しかし、SU−24との差が開いてしまった。
 遠ざかって行く2機のSU−24・・・。
 「ここまでか・・・!」
 正美が叫んだ。



 対馬近海・第2護衛艦隊旗艦『たかお』艦橋

 「迎撃ライン、突破されました!!」
 管制員が叫んだ。
 「よし!通信士!ホーム1に連絡!」
 艦長が指示をする。
 「了解!」
 通信士が答えた。
 「各艦、敵機にミサイルのロックオン完了!」
 管制員が報告する。
 「全艦攻撃開始!」
 小沢が艦橋に仁王立ちになって命じる。
 「発射!」
 砲術長が発射ボタンを押した。
 『たかお』をはじめ、第2護衛艦隊の各艦から次々とミサイルが発射された。



 対馬沖上空

 正美の目の前で、迎撃ラインを突破したSU−24が突然、ミサイル攻撃を受けて次々と爆発していった。
 「これは・・・?」
 正美は驚いた・・・一体どこからミサイルを・・・。
 「お嬢さんがた・・・突破した奴らは任せてくれ!」
 インカムに声が響いた。
 「小沢・・・提督・・・?」
 パイロット達が驚く・・・先日の戦いで、イージス艦といえども損害をうけることがわかったのに、危険を承知で航空機相手の戦いにあえて挑む小沢たちの心意気に、パイロット達は疲れた体に勇気が湧いてきた。
 「お嬢さんがただけに任せておくのも申し訳ないんでね。撃ちもらした奴はこちらで引き受けるから、思う存分暴れてくれ!」
 小沢の言葉に正美たちは勇気が沸いた。
 「みんな、行くよ!」
 「「了解!」」
 10機のF−2が翼を翻して再び敵に向かって行った。

 小沢の率いる第2護衛艦隊が戦いに加わったことで、迎撃の態勢が整いつつあった。
 正美たちの迎撃を突破した攻撃機は、小沢の率いる艦隊からミサイルを浴びせられた。そこを何とか突破したとしても、次には岡村と内田のF−1が長射程のミサイルで迎撃していた。
 しかし、正美たちの不利は変わらない・・・敵の数に比べてあまりに少ないF−2のパイロットの疲労は限界にきていた・・・朝倉の前の情報パネルに表示されているジャンヌダルク隊のF−2は8機にまで半減していた。朝倉の額には汗が滲んでいる・・・拳は握られたままだ・・・このままでは彼女達は・・・。
 
 正美は、SU−24の後に付いた・・・バルカン砲を撃とうとした瞬間、後方警戒レーダーが作動した。操縦桿を倒して急旋回をする。Gに体が締め付けられる。
 「・・・。」
 疲労が極限まできているために、もう声も出ない。体がバラバラになりそうだ・・・パイロット達は気力だけで戦っていた。
 ミグ29か・・・正美は再び発射ボタンに指をかけた。
 「・・・?」
 空に赤い線が走り、ミグにあたった瞬間、ミグ29のエンジンが爆発して破片を空に撒き散らしていた・・・一体なにが・・・正美はその方向を見た・・・東の空からF−15がダイヤモンド編隊を組んでこちらに向かってきた。
 「ユニコーン・・・!」
 正美の顔が笑顔になった。
 「待たせたな! 真田!」
 梶谷たちは、正美のF−2の前を横切っていくと敵のミグを追い始めた。

 戦いの流れは変わった・・・敵の攻撃隊は損害の多さに耐えかねたのだろうか・・・退却に入った・・・死神の率いるミグ29部隊が退却を援護するため、正美の率いる戦闘機隊をひきつけていた。


 「行くぞ!」
 梶谷が死神のミグ29に向かっていく。死神は、からかうように翼を振っている。
 「くそ!」
 梶谷は、アフターバーナーを全開にして後を追う・・・バルカン砲を撃つがミグの翼をかすめるだけだ。突然、ミグは速度を上げると急上昇した。梶谷は、死神を追う・・・。
 「ウワッ!」
 梶谷の目が眩んだ・・・死神は太陽の方向に旋回しながら上昇したのだ。
 『ビーーッ』
 後方警戒レーダーが作動した。梶谷機の後ろに死神が現れた。死神がバルカン砲を撃つ・・・死神の射撃は、確実にF−15の機体を捉えていた。機体が振動して警報パネルが点灯した・・・右のエンジンがやられた・・・黒煙を噴き出しながら速度が落ちていくF−15。
 「くそ!」
 梶谷が叫ぶ・・・このままでは・・・。突然、インカムに声が響いた。
 「梶谷! 左に急旋回しろ!!」

 正美は、F−2を全速力で飛ばしていた。目の前で梶谷のF−15がやられている。相手は死神だ・・・正美は戦い方を決めていた。女の子の体の、今の正美には死神を相手にドッグファイトをする事はもう出来ない。F−2の速度性能を活かした”一撃離脱戦法”・・・一瞬の勝負に賭けるしかなかった・・・おそらく2度目はないだろうが・・・。
 正美は、梶谷のF−15と正面衝突をしそうなコースで飛んでいた。こうすれば死神のミグ29のレーダーでも正美は捉えにくくなり、肉眼でも死角になるはずだった。お互いの腕を信じた戦い方だ・・・梶谷が黒煙を引きずりながら左に急旋回する。

 ミグ29のコクピットでは、パイロットがバルカン砲の発射ボタンに指をかけていた・・・F−15の垂直尾翼に入った赤いラインで相手が隊長機だとわかっていた・・・いつか戦ったF−15のパイロットより腕は落ちるな・・・そう思いながら発射ボタンを押そうとした瞬間、F−15が急旋回した。
 「・・・?!」
 目の前にF−2が突然現れた。凄まじい勢いで突っ込んでくる。F−2のバルカン砲に発射の火花が散った。パイロットは反射的にボタンを押していた・・・。

すれ違って行く2機の戦闘機・・・。

 梶谷の乗るF−15のコクピットの上で2本の真っ赤な線が交錯していた。
旋回しながら見た梶谷の視界に入ったのは、黒煙を引きながら日本海に落ちていくミグ29の姿だった・・・やがて、大爆発をして死神を描いた尾翼が日本海に落ちていった。
 「やったぞ!真田!さすがだな・・・死神を落としたぞ!!」
 笑顔で振り返った梶谷は、次の瞬間、言葉を失った・・・。
 「真田?!」

 梶谷の叫び声にジャンヌダルク隊の生き残ったパイロット全員がそちらを見た・・・彼女達の目には、機体から黒煙を噴き出しながら高度を下げるF−2が見えた。尾翼のジャンヌダルクのマークに穴があいている。
 「真田! 脱出しろ!!」
 梶谷が叫ぶ。
 「真田さん! 早く!!」
 石部が悲鳴のような声を上げる。E−2Cの中では、朝倉がインカムから聞こえる声に反応した。
 「ジャンヌ・リーダー! 脱出しろ! 早く!!」
 しかし、F−2のコクピットの中では動きがない・・・やがて、正美のF−2・・・ジャンヌダルク飛行隊・リーダー機は黒煙を噴き出しながら雲の中に消えていった・・・。
 「まさみーー!」
 梶谷が叫んだ。
 呆然として言葉が出ない梶谷・・・インカムの中に聞こえる石部の声も耳には入らなかった。
 「ホーム1・・・こちらジャンヌ2・・・ジャンヌダルク・リーダーは墜落・・・ポイント、PX01の南側です・・・。脱出は、確認できず・・・。」
 震える声で報告する石部・・・。
 「了解・・・ジャンヌ2・・・。」
 冷静な朝倉も、そう答えるのが精一杯だった。



 戦闘は終了した・・・残った戦闘機は、それぞれ北九州基地に帰還して行った・・・囮部隊との戦いを終えた米村のファルコン飛行隊や、ユニコーン飛行隊も北九州基地に戻ってきた。
 朝倉は、安全を確認すると、基地に所属している救難ヘリコプター部隊に、脱出したパイロットの救助を命じた・・・燃料の残りが少ないため、朝倉の乗るE−2Cは、いったん基地に戻ることになった。



 夕方・空軍・北九州基地

 E−2Cは、整備班の手で点検作業と、燃料の補給が進められていた。朝倉は、それを黙って見守っていた・・・彼は焦っていた・・・大事な彼が手塩にかけたパイロット達が救助を待っている・・・一刻も早く飛びたかった。
 「大佐!準備完了です!」
 村田少佐が、疲れた表情で報告してきた。
 「無理を言ってすまなかった! ありがとう!!」
 朝倉は、村田に礼を言った。
 「よし! 行くぞ!」
 朝倉はパイロットに声をかけると、E−2Cに乗り込もうとした。突然、
 「朝倉さん!」
 後ろから、基地に戻っていた正垣が呼び止めた。
 「なんですか?」
 朝倉が苛立って聞くと、
 「本日、一六〇〇時(ヒト・ロク・マル・マル)に、和平交渉の申し入れがあったそうです! この戦いの失敗で、敵は戦意を喪失したのでしょう!!」
 嬉しそうに言う正垣に、朝倉は適当に相槌を打った。
 「そうか・・・それはよかった・・・じゃあな!急ぐので・・・。」
 「待ってください!そのため、総司令部から、一切の戦闘行為が禁止されました。」
 「あたりまえだろう、それは!」
 朝倉は、苛立って言った。
 「ですから、宮下司令官は、北九州基地の各部隊の飛行を禁止しました・・・今、救難隊も、引き上げつつあります。ですから朝倉さんも・・・。」
 朝倉は、最後まで聞いていなかった。
 「なぜ、救難飛行隊まで引き上げるんだ! 戦闘行為じゃないだろう!」
 普段は常に冷静な、朝倉の怒鳴り声に廻りの人間が朝倉を驚いて見ている・・・正垣は、
 「これは、司令官から出た命令です・・・一切の戦闘行為は、禁止されたのです。戦闘行為と相手がとったらまずいでしょう! 我々は、勝ったのです。戦いは、もう終わったのです!!」
 そういうと、歩いて行った・・・振り返って笑いながらこう言った。
 「これから、祝勝会です!参加してくださいよ!!」
 朝倉は、苦々しげな顔をしていた・・・。


 基地に、3機の救難ヘリコプターが戻ってきた・・・着陸したヘリコプターに、飛行隊のパイロット達や、整備員や看護員が駆け寄った。みんなが勝利を喜び、顔一杯に笑みが浮かんでいた。訓練の成果だろうか・・・ほとんど全員が救助されていた。ただ一人を除いて・・・。

 格納庫の前に、各飛行隊のパイロットや整備員達が集合して整列した。司令官の宮下は、朝倉に戦闘終了後の訓示を命じた。
 朝倉は、整列したパイロット、整備員達の前に立った。硬い顔でみんなの顔を見ながら訓辞をはじめた。
 「みんな・・・よく戦ってくれた、元気に戻ってきてくれて私も嬉しい・・・ありがとう・・・。」
 「大佐・・・真田大尉がおられませんが・・・。」
 奥田のおっとりと話す言葉に、朝倉は下を向いてしまった。
 「まさか・・・そんな・・・大尉をまだ見つけていないのに救助隊は帰ってきたのですか! 酷すぎます!」
 岡村が顔を真っ赤にして抗議をする。
 「大佐! リーダーを見殺しにするのですか?!」
 石部が叫ぶ。皆が口々に抗議をしている。米村は横を見た・・・村田少佐は、拳を握り締めて下を向いている・・・圭子の大きな瞳からは涙が流れている・・・。
 梶谷は、ズボンの横で握り締めた拳が震えている。
 「一八〇〇時に、全員待機所に集合だ・・・以上!」
 朝倉は、みんなの抗議の声を背中に受けながら歩いて行った・・・その拳は、硬く握られていた。



 対馬近海・海軍第2護衛艦隊旗艦『たかお』艦橋

 「司令! 防衛艦隊司令部から入電です!」
 艦橋の司令官席に腰を下ろしている小沢提督は、電文を通信士官から受け取った。小沢は、電文を見て通信士官に言った。
 「君・・・禁止したのは、戦闘行為だな・・・。」
 「はい・・・そうですが・・・?」
 小沢は、救助隊の通信内容から、まだ正美が救助されていない事を知っていた・・・そして、救助隊は、基地に呼び戻されていった・・・あの保身ばかり考える男め!・・・小沢はそう思っていた。
 「艦長! 美保関の航空輸送団を無線で呼び出してくれ! それと、各艦に対潜ヘリコプターの発進準備を命じろ!」


 空軍・美保関基地・航空輸送団

 この基地も、航空戦の勝利に沸いていた。
 隊長は、通信を終えると、ヘルメットを持って歩き出した。パイロット達は驚いて隊長を見る。
 「どこに行かれるのですか?」
 パイロットの一人が聞いた。
 「ちょっと散歩に行ってくるよ。」
 彼らも、正美が生死不明なのを知っていた・・・パイロット達は、一斉に立ち上がった・・・一人がはっきりと言った。
 「隊長! 自分達も"散歩"にお供します!」
 隊長は、ニヤリと笑って頷いた。やがて、10機のC−130がエンジン音を響かせながら、夜の空に消えていった。



 空軍・北九州基地

 待機所には、たくさんの料理が運び込まれていた。パイロットや、基地のスタッフが集まっている。前には、宮下司令官や、竹間参謀長、基地の幕僚達が上機嫌で立っていた。
 「我々は、司令官の見事な指揮で、この危機を乗り切った。」
 竹間が言った。
 「この苦しい戦いを、我々は勝ったのだ!」
 宮下が、上機嫌で言った・・・突然、奥田が我慢しきれずに泣き出した・・・ジャンヌダルク隊、15名のパイロット達の冷たい視線が宮下に注がれる。宮下は、少したじろいだ・・・・胸を張ってもう一度言った。
 「まあ、戦いには犠牲はつきものだ! 残念だが、ある程度の犠牲は仕方がない・・・。」
 竹間もとりなすように言った。
 「死に場所を与えられたとも言えるだろう・・・あんな女にされた姿で生きていても・・・そう思えば良い。」
 石部は、竹間を睨みつけていた。怒りで体の震えが止まらない・・・待機所を出て行く石部・・・ジャンヌダルク隊のパイロットや、整備員達も出て行ってしまった。気まずい雰囲気になった。
 「全く・・・司令官のお心がわからない奴らですね。」
 竹間がとりなした。
 「しょせんは、女だからな!戦いの何たるかがわかっていないのだな!」
 宮下が笑った。突然、米村たちファルコン飛行隊のパイロットが立ち上がって出て行ってしまった。驚く宮下たち。梶谷が彼らの前に立った。
 「何だね! 君は!」
 竹間が言うと。
 『バシッ』
 梶谷の拳が、竹間の顔面を殴った。吹っ飛んで床に倒れる竹間。
 「おまえ! なにを・・・」
 宮下は、最後まで言えなかった。宮下の頬にもパンチが入る。床に転がる宮下。朝倉は、笑いながらそれを見ている・・・もう少し遅ければ、彼が殴っていただろう。
 「まんまと敵に引っ掛けられて、なにが見事な指揮だ! おまけに、簡単に部下を見捨てやがって・・・おまえ達の出世のために、あいつは戦ったんじゃない! それなのに・・・。」

 梶谷は、部屋を出て行った・・・走ってロッカールームにきた。ロッカーにもたれかかり呼吸を整える梶谷。ふと、思い出してロッカーの扉を開いた。ロッカーの中には、あのパーティーの時にこっそり撮った正美の写真が張ってあった・・・その横には仲直りした後、梶谷のF−15の前で、服部に写してもらった二人が笑顔で写っている写真・・・。
 「正美・・・おまえ・・・本当に死んでしまったのか・・・?」
 梶谷は一人で呟いていた・・・。
 梶谷は、正美との思い出を思い出していた。堤防で寝そべって空を見ていた正美。F−15のコクピットに座って喜んでいた正美・・・F−1に乗って久しぶりに飛び立つ正美。制服を着て戸惑っている正美。パーティーのときに恥らっていた正美。夜、一人でトレーニングをしていた正美の姿。
 突然、梶谷の記憶の中に、正美とけんかをした時の記憶がよみがえっていた・・・僕は、人を殺すために、彼女達に空戦技術を教えているんじゃない・・・戦闘機に乗って、生きて帰ってくるためには必要だろ・・・。
 「生きて帰ってくるために・・・。」
 梶谷は、呟いていた・・・。
 梶谷は、ロッカーの上に置いてあったヘルメットを掴むと、廊下を格納庫に向かって歩き出した。
 「・・・?!」
 廊下に、パイロットスーツ姿の北田が立っていた。
 「どこに行かれるのですか? 飛行は、禁止されていますよ・・・。」
 梶谷は、無視をして横をすり抜けようとした・・・北田も一緒に歩き出した。
 「散歩に行かれるなら、僕も付き合います・・・今日は、満月ですから海面が良く見えますよ!」
 梶谷は、北田を振り返ると笑った。

 格納庫に2人がやって来た。
 「遅いぞ!」
 突然、格納庫に響く米村の声に驚く2人。そこには、ファルコン隊とユニコーン隊のパイロット達が全員集まっていた。
 「まさか、俺達を置いて行くつもりじゃないだろうな・・・。」
 米村が笑いながら言った。突然、少し離れた格納庫からエンジン音が響き出した。
 「・・・どうやら、お嬢さんたちに先を越されたようだな・・・。」
 米村の声に、みんながそちらを見た・・・F−2とF−1・・・ジャンヌダルク飛行隊の15機が標識灯を点滅させながら誘導路を移動していく。
 「よし・・・俺達も行こう!」
 米村が言った。
 「「「はい!」」」
 パイロット達が答えた。
 梶谷は、戸惑った・・・こうなると、自分には乗る機体がない・・・彼のF―15、ユニコーン・リーダー機は、片側のエンジンがやられてしまっている。
 「梶谷・・・これを使え!」
 村田が指を指している・・・それは、F−1・・・尾翼にジャンヌダルクのマークと、翼端にピンクのライン・・・かつての正美の愛機だった。
 「少佐・・・。」
 梶谷は、言葉が出なかった・・・そんな梶谷を見て頷く村田・・・。
 「エンジン始動!」
 号令がかかる・・・格納庫には、エンジン音が響いていた。圭子は、F−2に乗り込んだ米村のベルトを締める。
 「必ず・・・真田を見つけてくるからな!」
 米村の言葉に、頷く圭子。
 格納庫を次々と戦闘機が出て行く・・・・梶谷は、滑走路に出るとインカムで管制塔を呼び出した。
 「コントロール!ダメだって言っても俺達は飛ぶぞ!」
 「止めはしないよ!そのかわり必ず彼女を連れて戻って来い!!」
 パイロット達は、笑い出した。
 「行くぞ!」
 米村のF−2と、梶谷のF−1が並んで飛んでいく・・・次々に飛び立つ戦闘機を誰もいなくなった待機所で宮下と竹間が窓から見ていた。
 「なぜ・・・なぜ私の命令を無視してまであんな奴のために・・・。」
 宮下の言葉に、朝倉が、
 「一緒に命をかけて戦った友人が、危機に瀕しているのです・・・何があっても助けに行く・・・それが友達でしょう。あなた達には、理解できないかもしれませんね。」
 そういうと、彼も待機所を出ようとした。
 「どこに行く・・・もし、おまえも行くというなら、懲罰があるぞ!」
 それは、竹間の最後の抵抗だった・・・朝倉は振り向いて笑った。
 「いいですよ・・・私の首で、彼女の命が助かるなら安いものです。」
 そう言うと、格納庫へ向かった・・・呆然と見送る宮下と竹間。

 朝倉は、ヘリコプターの格納庫に来た。
 「お待ちしていました!」
 救難チームの隊長が言った・・・苦笑する朝倉。
 「君達もくびになるぞ!」
 朝倉が笑いながら言うと、
 「それで真田大尉が助かるならいいですよ!」
 パイロットが言い、みんなが頷いた。
 「よし!頼むぞ!!あいつら、ヘリコプター無しで飛び出すなんて・・・考えれば無茶だな!!」
 みんなで笑う・・・エンジンが始動した・・・乗員が、ヘリコプターの扉を閉めようとすると、誰かが走ってきた。
 「大佐!私も連れて行ってください!」
 圭子だった。
 「しかし・・・まだ危険が・・・。」
 朝倉は、そう言って圭子の後の人物を見た・・・村田少佐が頷いている。
 「・・・わかった!乗って!!」
 圭子が乗り込むと、乗員が扉を閉めた・・・エンジン音が高まり、ヘリコプターは、夜の空に浮かぶと標識灯を点滅させながら夜空に消えていった。村田は、それをいつまでも見送っていた。



 対馬近海

 先に出たジャンヌダルク飛行隊は、正美の墜落地点上空に到着していた・・・ この日は、満月で月明かりが海面を照らしている、かなり探しやすい。
 「遅いぞ!お嬢さんたち!!」
 インカムに飛び込んできた声に、石部は驚いた・・・小沢提督・・・?
 「石部さん・・・あれは・・・?」
 岡村が言った・・・海面を見た石部の目には、4隻の護衛艦のシルエットが飛び込んできた。横一列に並んで、標識灯を点滅させている。『たかお』の独特のシルエットが見えた。『たかお』はサーチライトで海面を照らしている。戦いが終わったとは言っても、突然攻撃されるかもしれない、これはまだ危険な事だった。甲板には、たくさんの乗組員の姿も見えた。
 「リーダーを見捨てたのかと思ったぞ!」
 そう言ったのは、航空輸送団の隊長だった。C−130輸送機も、横一列になって低空を飛んでいた。
 「石部さん・・・。」
 奥田が、声を詰まらせた・・・。
 「みんな・・・ありがとうございます!」
 石部は、インカムを通じて礼を言った。


 やがて、梶谷と米村たちも到着した。米村たちも、護衛艦や対潜ヘリコプター。そしてC−130輸送機まで飛んでいるのを見て驚いた。ジャンヌダルクのメンバーは、まるで海面を這うように戦闘機を飛ばして捜索している。
 みんなが必死に正美の姿を探していた。戦闘機の残骸の間を、対潜ヘリコプターが探したりもした。護衛艦のサーチライトが海面を照らす。しかし、発見できなかった。誰もが焦り始めていた、時間が経てば経つほど生存の可能性は低くなる。
 「ホーム1より、捜索全機へ・・・。」
 朝倉から通信が入る、梶谷は驚いた・・・朝倉さんまでが・・・。
 「ジャンヌダルク・リーダー機の尾翼を発見、ポイントQT05の東側・・・オイルも漂っている・・・。」
 全員が思った・・・ここには、海流が流れている・・・時間が経って、ずっと東側に流されていったのだ。
 梶谷は、F−1を旋回させると、海面近くにまで舞い降りて速度を落として探す。みんなも後に続く・・・。
 「正美・・・生きていろよ・・・みんなが心配して、こんなに探しているんだぞ!」
 梶谷は、呟いていた。
 「・・・?!」
 視線の隅に信号弾が上がったように見えた・・・確認するために機体を旋回させる梶谷。
 「いた!」
 ゴム製の筏に乗っている正美の姿が見えた・・・こちらに手を振っている。梶谷もF−1の翼を振って答えた。インカムで呼びかける。
 「ユニコーン・リーダーより捜索全機!ジャンヌダルク・リーダーを発見!ポイントQT05の南東側・・・潮に流されている!」
 朝倉と圭子は顔を見合わせた。ヘリコプターが現場に向かう・・・筏の上でホバーリングをすると、救助隊員が海に飛び込んで救助用具を正美の体につけてワイヤーで引っ張り上げる。
 「正美!大丈夫?!」
 ヘリコプターの機内に収容された正美に、圭子が必死に声をかける・・・正美は、疲れきった顔を圭子に向けると、にっこり笑って頷いた。
 「・・・お帰り・・・正美・・・。」
 圭子は、ずぶ濡れの正美の体に抱きつくと声を上げて泣いた・・・朝倉は、それを見てにっこりと微笑みインカムで言った。
 「ホーム1より捜索全機へ、ただいまジャンヌダルク・リーダーを収容!無事だ!」
 朝倉と圭子の付けているインカムから、みんなの歓声、雄叫びが聞こえた。
 「やったー!!」
 米村が叫ぶ。
 「・・・これで、本当に私達は勝ったんだよ!」
 石部が叫ぶ。奥田は、また、泣き出してしまった・・・今度は、嬉し泣きだったが・・・。

 『たかお』の艦橋では、小沢提督が、にっこり笑って艦長たちの方を見た。
 みんなが、満足そうに頷いていた。
 「対潜ヘリを呼び戻せ!作戦終了!・・・基地に帰るぞ!!」
 小沢は、笑顔で命じた。

 夜が明け始めた・・・朝日できらめく海上を4隻の護衛艦が白い航跡を引きながら進んでいく。その上空を朝日を受けて翼をきらめかせながら、たくさんの戦闘機が編隊を組んで飛んでいった・・・。



 空軍・北九州基地

 基地に正美を乗せたヘリコプターが着陸した。戦闘機隊のスタッフ、整備員達がみんな駆け寄る。正美がヘリコプターから降りると、大歓声が起きた。
 「真田さん!」
 石部が駆け寄って握手をした。
 「ありがとう・・・探しに来てくれて・・・嬉しかったよ・・・。」
 正美の言葉に目が潤む石部・・・ジャンヌダルク飛行隊のメンバーは、みんなが目に涙をためていた。
 「こら・・・奥田さん、泣くなよ・・・。」
 奥田は、嬉し泣きで涙が止まらず声も出ない。
 「真田!おかえり!」
 米村は、握手をすると、正美の肩をポンと叩いた。頷く正美。
 正美の足が止まった・・・その前には梶谷が立っていた。
 「お帰り・・・正美・・・。」
 梶谷が言った。
 目が潤む正美・・・黙って笑顔で頷いた。
 救急車が来た。正美を乗せると病院に走っていった。

 夜、検査の終わった正美は、基地に帰ってきた。
 かつての愛機F−1に、もたれかかりながら夜の滑走路を見つめていた。滑走路には、標識灯がともり幻想的な雰囲気だった。
 足音がした・・・振り向くと梶谷が歩いてきていた。
 「どうしたんだ・・・こんな所で。」
 「うん・・・今日一日を思い出していたんだ・・・。」
 「そうか・・・。」
 二人は、F−1にもたれかかりながら滑走路を見つめていた。
 「正美・・・。」
 梶谷が滑走路を見ながら、呟くように言った。
 「なんだよ・・・。」
 正美が梶谷を見つめる。
 「俺と結婚しないか?」
 突然の梶谷の言葉に驚く正美。
 「何で・・・僕は男・・・」
 「今は女の子だろ・・・前は男かもしれないけど・・・それを含めて今のおまえが好きなんだ。今回のことで良くわかったんだよ・・・ちょっと考えてみてくれないかな・・・。」
 梶谷は、正美を抱きしめた・・・柔らかい自分の体を抱きしめられ、うっとりする正美・・・そして二人はキスをした・・・遠くから朝倉がそれを見つめていたが、やがてにっこり笑うと背を向けて歩いて行った・・・。



 1年後、空軍・北九州基地

 「似合うかなあ・・・。」
 「うん・・・すごく綺麗だよ・・・。」
 「でもなあ・・・やっぱりやめた方が・・・。」
 「いまさら、なに言ってんのよ! もう、みんな集まってるのよ!!」
 「・・・・。」
 正美と、圭子がいつものように言い争っている・・・彼女達がいるのは、基地の会議室・・・そしていつもと違っていたのは、正美がウエディングドレスを着ていたことだ。

 あの夜、梶谷にプロポーズされた事をみんなは喜んだが、正美は断ってしまった。彼女は、自分がまだ男だという思いが抜けなかった。
 正美は、梶谷とは付き合った・・・しかし、何度かされたプロポーズは断りつづけた・・・それでも、梶谷からのアプローチは、強烈だった。村田少佐も言った。
 「そろそろいいんじゃないか?」
 正美も、梶谷の想いに心を動かされてようやくOKした・・・そして、梶谷に言った。
 「それでも、僕は僕だよ。」
 梶谷は、にっこり笑って頷いた。

 そして、今日は結婚式・・・彼女達は、たくさんのお世話になった人、そして友人のいる基地で結婚式をしたいと言った。あの戦いの後、少将に昇進し更迭された宮下の後任の司令官になった朝倉は、二つ返事でOKした。
 「準備できたか?」
 制服姿の村田少佐が入ってきた。正美を見るといった。
 「綺麗だな・・・いろいろあったが幸せになってくれよ!」
 正美の大きな瞳には、涙があふれた。


 「総員整列!!」
 号令がかかり、バージンロードの脇に、制服に身を固めた基地のスタッフ。
 ユニコーン、ファルコン各飛行隊のパイロットたちが並んだ。その間を二人が歩いていく。二人の後ろには、F−15とF−2、彼女達の愛機が並んでいた。
 バージンロードを歩いて朝倉の前まできた二人。朝倉は二人を笑顔で見つめていた・・・。しかし・・・正美は思った・・・どうして彼女達はいないのだろう・・・この場にいて欲しい仲間達。ジャンヌダルク飛行隊のパイロット達の姿がなかった・・・。
 「・・・?」
 突然、後からジェットエンジンの音が聞こえてきた・・・二人が振り返る。そして二人は見た・・・15機のF−2が編隊を組んで飛んできた・・・。

 「真田さんたち、ビックリするかな?」
 ジャンヌダルク飛行隊のパイロット達は、上空からバージンロードの上にいる正美と、梶谷を見ていた。
 「みんな、行くよ!」
 「「「了解!」」」
 石部の号令に、みんなが声をそろえて答えた。
 「スモーク・ナウ!!」
 石部の号令で、15機のF−2の後部から、色とりどりのスモークが出る。
 彼女たちは、滑走路の上空を低空で飛ぶと急上昇していった・・・風に靡くベールを抑える正美・・・振り返って梶谷の顔を見た。にっこり微笑む梶谷。正美は、空を見上げた・・・青い空を色とりどりのスモークの尾を引きながら、15機のF−2が翼に日差しをきらめかせながら飛んで行った・・・。
  
 ガールズ・ファイター おわり





 みなさんこんにちは、逃げ馬です。
 「ガールズ・ファイター」のリミックス・バージョンをお送りしました
 この作品は、いろいろな意味で今の僕の作品の原点になる作品です。それまでいろいろ迷いながら書いていた僕のスタイルが出来た作品ですね。書いていてもずいぶん楽しめました。
 この後は・・・今まで発表した作品ではなくて、新しく書き下ろした外伝を1本発表したいと思っています。
 最後までお付き合いいただいてありがとうございました。また、作品の中でお会いしましょう!(^^)/
 尚、この作品に登場する団体、個人は、実在する団体、個人とは一切関係のない事をお断りしておきます。

 2002年1月  逃げ馬












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