学校の聖母シリーズ

落書き


作:逃げ馬




 ここは純愛女子学園。 幼稚園から女子大学まで揃った女子学園だ。
 今日も朝の爽やかな日差しが降注ぐ道を、中年の女性が学園に向かって歩いてくる。
 彼女は小島礼子。純愛女子学園の高等部で家庭科を教えているこの学園では一番古い教員だ。
 今日も小島はいつものように一番最初に学園にやって来た。学園を囲む白い塀に沿って校門に向かう。塀の向こうには良く手入れをされた青々と若葉を茂らせた木々と礼拝堂の赤い屋根が見えている。塀に沿って道を曲がった小島の目に飛び込んできたのは・・・・。
 「・・・な・・・何よ・・・・これは?!」
 体が震えだす小島。その小島に、
 「おはようございます♪」
 高等部の一年生・・・・星井と倉田が声をかけてきた。綺麗なショートカットの髪を揺らしながら小島の顔を見る星井。こわばった表情のまま答えない小島を見て首を傾げる二人。小島の振るえる視線の先にあるものを見た二人は、
 「「何よ・・・これ?!」」
 学校のよく手入れされていた白い塀には、意味の分からないアルファベットや絵がいろいろな色のスプレーを使って所狭しと描かれていた。
 「・・・とにかく・・・・消さないと!」
 小島は急ぎ足で校門に向かっていく。星井と倉田はお互い顔を見合わせると、慌てて小島の後を追った。



 午後
 
 「何とか消えたわね・・・・」
 疲れきった表情の小島が汗を拭きながら笑っている。
 「でも・・・・かなり汚くなっちゃいましたね・・・・」
 若い教員の白原薫が雑巾を片手にため息をつきながら学校の塀を見つめている。
 白い塀に描かれた落書きは、彼女達が薬品を使って、何とか全てを消すことが出来た。 しかし、綺麗な白い塀は描かれた落書きを消すために使った薬品で斑模様になってしまっていた。
 「・・・また、塗りなおしてもらわないといけないわね・・・・」
 大きくため息をつく小島。
 「・・・また、落書きに来ないでしょうか・・・?」
 白原がちょっと心配そうに小島の顔を見つめている。
 「どうして?」
 「以前にテレビで見たことがあるんです。 こういう落書きは、消すと書いた人間がまたやってくるって・・・・」
 「そうなると、また消すしかないわね」
 「いたちごっこですね・・・・」
 白原が、またため息をついた。 小島は優しく微笑むと、小島の肩をポンと叩いた。
 「お疲れさま・・・・お茶にしましょう!」
 二人が校門に入っていく。 しかし、少し離れた場所からその背中を見つめる視線があることに、この時二人は気が付かなかった・・・。



 夜

 二人の若い男が、人目を避けるように周りを気にしながら夜の道を学校に向かって歩いてくる。二人は学校を囲む塀の前に立った。
 「なんだよ・・・・せっかく描いたのに消していやがる・・・」
 髪を金色に染めた男が舌打ちをしながら塀を足で蹴り上げた。茶髪の男が鼻で笑いながら、
 「まあ、また新しい”アート”を描けるからいいじゃん!」
 そう言うとヤニで黄色くなった歯を見せながらニヤリと笑った。 スプレーを取り出すと斑模様になった塀に吹き付けていく。二人は他の人が見れば意味の分からないような文字や模様を短時間のうちに塀に次々に描いて行く。 今朝、落書きを消した学校の塀は、短時間のうちに今朝以上の落書きを描かれてしまった。
 それを見ながら満足そうに笑う二人の若い男。 その時、
 「そこで何をしているの?!」
 暗闇に女性の声が響くと同時に、光が二人を照らし出した。 男達は手で目を覆い、目を細めながら光の方を見つめている。 その先には、手にライトを持った中年の女性が厳しい顔つきで立っていた。
 「何をしているの?!!」
 ライトで男たちを照らしながら詰め寄る小島。
 「何を・・・だって?」
 大声で笑い出す二人の男。驚きと困惑の入り混じった表情で二人を見つめる小島。
 金色に髪を染めた男が、半ば軽蔑した表情で小島を見つめている。ニヤリと笑うと、
 「何をしているというんだい?」
 「うちの学校の塀に落書きをするなんて・・・・!」
 「「落書き・・・?」」
 二人の男はお互い顔を見合わせると、また笑い出した。 茶髪の男が手で塀を指し示しながら、
 「これが”落書き”だって・・・?」
 「アートだよ、アート! 分かる?!」
 金色の髪の男が笑った。
 「おいおい・・・・この”婆さん”に分かるわけ無いだろう?!」
 「ば・・・・婆さんですって?!!」
 目を吊り上げて怒る小島。しかし、そんなことにはお構いなしに、
 「塀が”綺麗”になって良かったな婆さん。 それじゃあ、またな!」
 二人の男の笑い声が暗い夜道に響いている。 小島は怒りに震えながら、ただ、その場に立ち尽くしていた・・・。



 深夜

 夜の礼拝堂の窓からは、暖かい明かりが漏れていた。
 礼拝堂の中では、小島が静かに聖母像の前に跪いていた。 怒りと悲しみの入り混じった表情で大きな聖母像を見上げる小島。
 「聖母様・・・・」
 小島は、両手を胸の前で組むと懸命に祈りをささげている。
 「わたしは・・・・わたしは・・・・・聖母様のおられるこの大事な学園を守ることが出来ませんでした!」
 小島の目からは、熱い涙がとめどなくが流れている。
 「聖母様・・・・お願いです・・・この大事な学園を汚したあの男達に・・・天罰を!!」
 小島が固く組んだ両手に念を込めたその瞬間、聖母像から眩い光が放たれた・・・。



 翌日の深夜

 暗い夜道を、二人の男が純愛女子学園の校門に向かって歩いてきた。 電柱に付けられた街頭の淡い明かりが校門の周りの塀を照らしている。
 「なんだよ・・・・せっかく描いたのに消していやがる!」
 金色の髪の男が、吐き捨てるように言った。 茶色の髪の男がニヤニヤ笑っている。
 「フン・・・・あの婆さん・・・昨日は消しただけだったのに、今度は白いペンキまで塗っているじゃないか・・・・」
 スプレー缶を取り出すと、
 「全く・・・・無駄なことを・・・」
 「そこで何をしているの・・・?」
 突然聞こえた可愛らしい声に、二人の男が振り返った。 紺色のブレザーと青いチェックのプリーツスカート。そこから伸びる綺麗な足とそれを包む紺色のソックス。胸元に赤いリボンをつけた女子高校生が立ってこちらを見つめている。
 「なにをって・・・・見れば分かるだろう?」
 二人の男がお互い顔を見合わせてニヤリと笑うと、少女に向かって歩いてきた。
 「アートだよアート・・・・わかる?」
 金色の髪の若い男が、少女の小さな顔に顔を近づけるとニヤリと笑った。
 「アート・・・?」
 「そう・・・・アートだよ」
 「それなら・・・・」
 少女がニッコリと微笑んだ。突然の少女の変化に驚く男達。次の瞬間、
 「アッ・・・・・?!」
 突然二人は、腹部に違和感を感じた。自分の体を見下ろす二人。
 二人の腹には、シャツの上からチューブのようなものが張り付いていた。
 「なんだよ・・・これは?!」
 二人は力任せにチューブを腹からはずそうとしているが、弾力のあるチューブは引きちぎろうとしても伸びるだけで二人の腹に張り付いたままだった。 そして、そのチューブの先は・・・・?
 「・・・?!」
 彼らの腹についているチューブは、女子高校生の腹から伸びていた。理解を超えた状況に呆然とする二人、次の瞬間、
 「アッ・・・?」
 チューブの中から暖かいものが彼らの体の中に流れ込んでくる。恐怖感が消え去り、恍惚とした表情を浮かべる二人。そして、淡い光が二人の体を包み始める。
 二人のがっしりとした体が少しずつ小さくなっていく。それとあわせるように肌がまるで陶器のようにすべすべになっていく。体のラインは滑らかな曲線を描き、胸は柔らかく膨らみ、ウエストが細くなっていく。
 変化は彼らの衣類にまで及んでいた。
 彼らの着ていたシャツは見る見るうちに小さくなり、胸の部分を覆っているだけだった。それにあわせるようにジーンズもまるで半ズボンのように短くなっていく。
 少女は微笑みながら彼らの変化を見つめていた。

 「う・・・・う〜ん・・・・」
 正気に戻った男が立ち上がった。 目の前で少女が微笑んでいる。
 「・・・・この野郎!!」
 そう凄んだつもりだったが、その声はかつての自分の声とは似ても似つかぬ可愛らしい声だった。 そう・・・まるで思春期の女の子のような・・・・。
 「あれ・・・? いったい何が・・・・?!}
 戸惑う二人の”男”を前にしてニッコリと微笑む少女。
 「自分の体を見て御覧なさい」
 言われて自分の体を見下ろす“男達”。
 「エッ・・・・エ〜ッ?!」
 そこには見慣れた”彼ら”の鍛え上げられた体は無かった。 何もなかったはずの胸には大きな膨らみがあり、ウエストはキュッと引き締まり、その下には大きなヒップがある。そして何よりも、彼らの“象徴”は“跡形も無く”綺麗さっぱり消え去っているのだ。そして彼らが今、身に付けているのは、カラフルなビキニ・・・そう、女性が身に付ける“水着”だ。
 「いったい・・・・どうなっているんだよ?!」
 胸のふくらみに手をやる二人。今まで体験をしたことの無い感覚に困惑している二人を見て少女が微笑んだ。
 「あなた達、“アート”を描いていたのでしょう?」
 少女が悪戯っぽく微笑む。
 「それならば、今のあなた達の体のライン・・・・最高の“アート”だと思うわよ・・・・じっくり味わってみるのね・・・」
 「そんな?!」
 驚く“男達”に向かって微笑みながら、少女が光の中に消えていく。
 男達はこの瞬間、“落書き”のあまりに高い“代償”に途方にくれていた・・・。



 落書き(終わり)







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