学校の聖母シリーズ

 
盗撮



 
:逃げ馬









 夜の街をスーツ姿の若い女性が、ヒールの音を響かせながら歩いている。
 時計は既に、夜の11時を過ぎている。辺りには街灯の淡い光があるだけで人通りもない。女性は足を止めて後ろを振り返った。黒い影がサッと電柱の後ろに消えた。不安そうな表情で電信柱を見つめる若い女性。彼女は再び歩き始めた。ヒールがアスファルトにあたる音が辺りに響く。彼女は後ろを振り返らずに早足で歩くと、マンションの玄関に駆け込んでいった・・・。
 
 女性は自分の部屋のドアの前に立つと、落ち着きのない視線を廊下の向こう側に向けている。廊下は蛍光灯の明かりで青白く照らされている。しかし、夜遅いマンションの廊下には人影はない。女性はハンドバックを開けると鍵の束を取り出した。その中から一本を選ぶと乱暴に部屋のドアの鍵穴に差し込む。
 『カシャン!』
 鍵が外れる音が真夜中の廊下にやけに大きく響く。女性はその音に驚き飛び上がりそうになった。辺りをもう一度見まわすと慌てて部屋の中に入り鍵を閉めた・・・。
 「フウ〜〜〜ッ・・・・」
 後ろ手にドアを閉めてドアにもたれながら大きなため息をついた。耳を澄ました・・・・しかし、廊下には人の気配はしない。彼女はドアを離れて部屋の明かりをつけた。蛍光灯の明かりが彼女の部屋を明るく照らし出した。
 「まったく・・・・仕事で疲れているのに・・・・あの男・・・いったい何者なんだろう・・・?」
 彼女は上着を脱ぐとスカートのファスナーを下ろした。スカートがするすると足にまとわりつきながら落ちていく。そしてブラウスのボタンに手をかけた・・・・。

 誰もいない向かい側のマンションの屋上から、無機質なカメラのレンズが彼女の部屋の明かりを反射して光っていた。
 黒い服を着た男が、カメラのファインダーを覗きながらニヤついている。ファインダーの中では、下着姿の若い女性がパジャマに着替えている。
 『カシャッ!・・・・カシャッ!』
 カメラから乾いた音が響く・・・男はニヤニヤと笑いながらシャッターを切りつづけていた。



 翌日
 
 「お疲れ様!」
 「ああ・・・お疲れ様!」
 今日も一日の仕事が終わった。紺色のベストと膝丈のタイトスカート・・・・そして胸に赤いリボンのアクセントをつけた彼女は机を片付けると机の下からバッグを取り出して席を立った。その時、
 「よお・・・・長谷川! お疲れ!」
 横から男の声がした。振り返るとスーツ姿の青年がニヤニヤ笑いながら彼女を見つめている。
 「ああ・・・・お疲れ様!」
 そう言って横をすり抜けようとしたその時、
 「待てよ・・・!」
 彼女の肩を男が掴んだ。振り返ると同時に彼女はその腕を振り解いた。
 「やめてよ・・・・伊藤君、私に何か用なの?」
 伊藤と呼ばれた青年は、彼女の肩を再びしっかり掴むと、
 「そんなことを言っていいのか・・・・?」
 嫌らしい目で彼女を見ながらにやりと笑うと、嫌がる彼女をオフィスの隅にある給湯室に連れ込んだ。彼女は必死に逃げようとした。しかし、華奢な女性の力では屈強な青年の力には到底かなわない。伊藤は嫌がる彼女の唇を奪おうとしている。
 「やめて! 人を呼ぶわよ!!」
 「呼べるものなら呼んでみな・・・・」
 伊藤は低い声で言うと同時に、彼女の目の前に何枚かの写真を突き出した。その写真を見た瞬間、彼女の顔はたちまち真っ青になっていった。それは、彼女の着替えている様子を盗撮した写真だった・・・・。
 「なんだったら・・・この写真を会社中にばら撒いてもいいんだぜ・・・・それとも、インターネットで世界中にばら撒こうかな?」
 ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべている伊藤の顔を睨みつけながら、彼女は気を抜けば崩れ落ちてしまいそうな足を必死で踏ん張っていた。
 「返しなさいよ!」
 彼女は伊藤の手から写真を奪おうとしたが、伊藤は簡単にその手をかわして反対に彼女の体を給湯室の壁に押し付けた。彼女はおびえた表情で伊藤の顔を見つめている。
 「返してやってもいいよ・・・しかし・・・・その前に・・・・・」



 深夜・・・・街はすっかり寝静まっている。
 その夜の街を、スーツ姿の彼女は空ろな視線を漂わせながら歩いていた。
 彼女は、いつしか彼女の卒業した大学の校門の前に立っていた。彼女は開いていた通用口から校門の中に入っていった。校門には『純愛女子学園高校・大学』と書かれた看板がかかっている。彼女は誰もいない真っ暗なキャンパスの中を歩いて行く。やがて、彼女の前に大きな礼拝堂が見えてきた。もう深夜だと言うのに礼拝堂の窓からは明かりが漏れている。彼女にはその明かりがなんとも言えず暖かく感じた。
 彼女は礼拝堂の扉の前に立つと、古い樫の木で作られた扉をゆっくりと開けた。
 『ギギギギギ〜ッ・・・・』
 重々しい音と共に扉が開いていく。扉を開くと彼女の正面には祭壇が・・・・そしてその向こうには、大きな聖母像が彼女を優しく見下ろしていた。彼女は小走りに聖母象の前まで行くと、その前に跪いた。彼女は中学から大学までをこの学園で過ごした。その学園生活の中で、先生たちから『あなた方が苦しいときには、必ず“聖母様”がお助けになってくれますよ・・・・』と聞かされていたものだ・・・・その時には、『何を馬鹿なことを・・・』と笑っていたものだが、いざ自分が傷ついたり苦しい立場になった時には、人間は何か縋れる物が欲しいものだ。それが彼女にとっては、長い学園生活を見守ってくれていた・・・・この聖母像だったのだ・・・。
 「あんな男に・・・・・あんな汚いマネをした男に・・・・私の体は汚されてしまった・・・・」
 彼女は小さい肩を振るわせながらないていた・・・・・彼女の綺麗な瞳から大粒の涙が磨き上げられた床に落ちていく。
 「聖母様・・・・私を助けてください・・・・また、会社に行ってあんな男と顔を合わせるのは・・・・絶えられません! そしてあの男に・・・・天罰を!!」
 彼女は両目を閉じて懸命に祈りをささげている。その時、聖母像から夜の街を照らすほどの光が放たれたことに、彼女はまったく気づかなかった・・・・。



 彼女の帰った後の礼拝堂・・・・蝋燭の明かりが聖母像をおぼろげに照らしている。やがて、光の粒が現れて次第にその数を増やしていく。そしてその光は祭壇の前に集まると少しずつ人の形に変わっていく。やがて光が消えると、そこには彼女の会社の制服を着た美女が立っている。やがて美女は自分の体を見下ろすと微笑を浮かべて礼拝堂を出ると夜の街に消えていった・・・・。



 翌日

 いつものように、オフィスには活気があふれている。大きな窓の外では、ビルの向こうに沈む秋の夕日の日差しが、周りのビルを赤く染めていた。
 「今日は・・・・長谷川さん・・・・どうしちゃったんだろうね・・・・?」
 「そうだよね・・・・昨日もあんなに元気だったし・・・・無断欠勤なんてする娘じゃないのに・・・」
 OL達の噂話を伊藤は鼻で笑いながら聞いていた。

 夜になった。
 「さて・・・・帰るか・・・・」
 伊藤はかばんを持つと、壁についたスイッチでオフィスの電気を消して廊下に出た。既に社員の大半が家路についたのだろうか? 廊下には人影もなく静まり返っている。伊藤はエレベーターホールに向かって歩き始めた。
 「・・・・しかし、長谷川も馬鹿だよな・・・・あれくらいのことで会社を休むなんてよ・・・」
 歩きながら伊藤は一人で思いだし笑いをしていた。
 「しかし・・・・昨日は最高だったな・・・」
 エレベーターのボタンを押してしばらく待つと・・・・、
 『チーン・・・・』
 エレベーターのドアが開く。乗り込もうとした伊藤は思わず足を止めた。腰の辺りまである綺麗な長い髪を後ろでまとめた制服姿のOLが書類を抱えて降りてきたのだ。彼女は伊藤に向かってニッコリ微笑みながら会釈をすると廊下を歩いて行く。伊藤も会釈をしたが、彼の視線はエレベーターを降りてきたOLに釘付けになっていた。歩き去る彼女の後姿を見ながら、思わずため息が出てしまう伊藤。制服の上からでも彼女のプロポーションの良さはよく分かった。
 「アッ・・・・」
 彼女に見惚れているうちにエレベーターのドアが閉まってしまった。伊藤は小さくため息をつくと、意を決したように彼女の後を追った・・・。
 
 「どこに行ったんだ・・・・」
 伊藤は彼女が歩いて行ったはずの廊下を歩いていた。しかし、いくら周りを見まわしても彼女の姿は見当たらない。その時、伊藤は何かを感じた・・・。反射的に後ろを振り返ると、
 「アッ?!」
 彼女が伊藤の後ろに立っていた。思わず彼女のほうに向き直る伊藤。そんな伊藤を見つめながら彼女は微笑を浮かべている。
 「どうか・・・・されましたか?」
 透き通るような綺麗な声で、彼女が尋ねた。
 『こんなに綺麗な娘・・・・うちの会社にいたのか・・・?』
 伊藤は一瞬そんなことを考えたが、彼女を見ているうちに欲望が理性を上回っていった・・・・。ニヤリと笑うと彼女を押し倒そうと・・・・。
 「・・・?!」
 彼女は素早い動きで、肩を掴もうとした伊藤の腕をかわしていた。顔には妖しい微笑を浮かべている。
 「そうやって長谷川さんを傷つけたのね・・・・」
 彼女の言葉に、
 「ああ・・・・可愛がってやったのさ・・・・だからおまえも!」
 もう一度捕まえようとしたが、彼女はその腕を潜り抜けて伊藤の後ろに立っていた。驚愕の表情をうかべる伊藤に向かって彼女は、
 「?!」
 彼女が差し出した右腕が伊藤の腹に食い込んでいる。彼女が微笑を浮かべたまま、右腕を動かす。
 「うう・・・・ううう・・・・」
 痛みを感じるわけではない・・・・しかし、体の中を何かが動き回る違和感に伊藤は思わずうめき声を上げていた。彼女は一気に右腕を伊藤の体から引き抜いた。
 「あ・・・・ああああ・・・・・」
 ガクガクと体が震えだす伊藤。伊藤に向かって右手を差し出す彼女。彼女の掌の上には、淡い青色の光を放つ小さな球体があった。
 「そ・・・・それはいったい・・・?」
 「これ? これは、あなたの男としてのエナジー・・・・」
 「エナジーだって?!」
 震える足をなんとか踏ん張って彼女を睨みつける伊藤。彼女は微笑みながら頷いた。
 「そう・・・・人の体の中では、男と女のエナジーがバランスを保ってその姿を作っているの・・・・今、私の手の中には、あなたの男としてのエナジーがあるわ。これを・・・・こうすると・・・・」
 彼女が右手で青い光を放つ球体を握りつぶした。
 『パリッ!!』
 音をたてて光の球体が砕け散った。次の瞬間、
 「アアアッ?!」
 伊藤の体を淡い赤色の光が包み始めた。胸がムクムクと膨らみ始め、伊藤のスーツの胸の部分を下から押し上げていく。
 「ウワッ・・・な・・・・なんだ?!」
 頭がムズムズする・・・・・手で頭を押さえようとした伊藤の指先に、細く長い髪が絡みつく。ウエストは細く括れ、ズボンのお尻の部分は、はちきれそうなほど大きくなっている。股間にあった伊藤のシンボルは、まるで溶けるように消え去っていく。
 「馬鹿な・・・・俺が女に?!」
 そう叫んだ声は、聞きなれた自分の声ではない。高く澄んだ・・・女性の声だ。視線を落として自分の体を見る伊藤。彼の着ていたスーツはすっかりダブダブになり、スーツの袖からは細い指が見えているだけだ。その時、
 「アッ?!」
 伊藤の胸の辺りを何かが締め付けた。まさか・・・・俺の胸にブラジャーが? そして、シンボルの消えてしまった下半身を、ぴったりすべすべの下着が包んでいく。その理由を想像した瞬間、伊藤の顔は赤くなってしまった。
 変化はそれだけではない。男物のスーツの袖が短くなり、紺色のベストに変わっていく。カッターシャツは柔らかいブラウスに、そしてネクタイは赤いリボンに変わってしまった。
 「まさか?!」
 足元を見下ろすと、革靴はヒールの高い靴に変わって、綺麗な足にストッキングが被せられていた。そして、ズボンは膝の上まで短くなってタイトスカートになってしまっていた・・・・そう、伊藤は彼女と同じ・・・・可愛らしいOLの姿になってしまったのだ。
 「・・・・・」
 呆然と自分の体を見下ろしながら、美しい手で自分の体を撫で回す伊藤。そんな伊藤を見つめていた彼女は、
 「どう? これであなたは長谷川さんと同じ立場になったのよ・・・・」
 「なに・・・? さっさと俺を元に戻せ!」
 その姿に似合わない口調で怒鳴る伊藤だった女の子。しかし、彼女はそんな伊藤にかまわず、妖しい笑みをうかべると、
 「そうはいかないわ・・・・あなたにはこれから昨日の代償を払ってもらうのだから・・・・」
 「エッ?」
 『コツ・・・コツ・・・・』
 真っ暗な廊下から、革靴の音が聞こえてきた。その正体がわかった瞬間、伊藤だった女の子の顔は恐怖に強張ってしまった。伊藤の前には、がっしりとした体の男性が現れたのだ。
 「昨日、あなたが彼女にした仕打ちがどう言うものだったのか・・・・自分で体験してみることね・・・・」
 そう言うと、彼女は暗い廊下を歩いて行く。彼女は、まるで闇に溶けるように姿を消してしまった。取り残された伊藤の肩が、男のがっしりした腕に掴まれた。
 「いや・・・・やめて・・・・」
 涙で瞳を潤ませて・・・か細い声で懇願する伊藤だった女の子・・・・。




 数日後
 長谷川がようやく会社に出社してきた。小さくため息をつくと、オフィスのドアを開けた。
 「真美!!」
 「どうしたのよ・・・突然、無断欠勤をするなんて・・・みんな心配していたのよ!」
 同僚たちが、心配そうに長谷川の周りに集まってきた。長谷川には、それがとても暖かく感じられた・・・・思わず大きな瞳が潤んでくる。
 「ありがとう・・・・大丈夫・・・・」
 ようやくそれだけを言うと、別のOLが、
 「ねえねえ・・・それよりも、伊藤君・・・一昨日から無断欠勤をしていたんだけど、さっき辞表だけが送られてきたらしいわよ!」
 「「「エッ?!」」」
 みんなが驚く。お互いに顔を見合わせて首を傾げると、
 「・・・・いったい・・・・どうしたんだろうね?」
 その時、オフィスのドアが開き、中年の男と若い男が入ってきた。
 「みんな、おはよう!」
 中年の男が、スタッフたちを見まわすと、
 「彼は、今日からこの課に配属された鈴木幸一君だ。東京本社では、なかなか優秀なスタッフだったんだが、私が無理やり引きぬいてきた!」
 中年の男が笑った。スタッフにも笑いが広がる。中年の男の視線が長谷川を見た。
 「オッ? 今日は長谷川君も来ているな・・・丁度良かった。君が鈴木君を指導してくれたまえ」
 「エッ? 私がですか?」
 中年の男に促され、鈴木が長谷川の前に立った。頬を赤く染める長谷川。そんな長谷川をしっかり見つめながら、
 「鈴木です・・・・よろしくお願いします!」
 「こちらこそ・・・・」
 恥らう長谷川を見ながらニッコリ笑う好青年・・・。



 そのころ・・・純愛女子学園では・・・・。


 
 「おーい・・・・ゆっくりだぞ!」
 礼拝堂の前に止められたトラックに、梱包された巨大な荷物がゆっくり載せられていく。
 少し離れたところから、初老の女性がその様子を見つめている。
 「小島先生・・・・あの像をどうされるのですか?」
 スーツ姿の若い女性教員が初老の女性に尋ねた。小島と呼ばれた女性は彼女を振り返りながら微笑んだ。
 「聖母様は、その教えを広めるために、新たな場所に移られるのです・・・・」
 小島先生は、トラックに載せられる聖母像に手を合わせた。
 「・・・・私達も、聖母様の教えを広めるために、もっと努力しなければなりません・・・・」
 トラックが動き出した・・・・・小島先生をはじめ教職員・・・・そしてこの学園の女子学生たちは、トラックに載せられて走り去る聖母像を手を合わせながらいつまでも見送っていた・・・・・。









 学校の聖母シリーズ 『盗撮』  (おわり)





 こんにちは! 逃げ馬です。
 
 久しぶりに“学校の聖母シリーズ”の新作を書いてみました。
 最近は“占い師の爺さん”にお株を奪われていた聖母様・・・久しぶりに書いてみて、作者も力が入りました。
 変身シーンは・・・・逃げ馬としては新しい展開を試したつもりですが、いかがでしたか? いつもとは違って、今回は逃げ馬としては少しアダルトタッチになっていますから・・・・少し好みは分かれるかもしれませんが(^^;
 ラストで、聖母様はどこかに旅立ってしまいました・・・・このままどこかに行って大人しくしてくれるのか? それともまた“ひと暴れ?“するのか・・・・それは作者にもわかりません(^^; また、読者の方の反応を見て決めようかと思っています(^^)

 この後は・・・・そろそろ“マネージャー体験記”を仕上げてしまおうと思っています。書きたいものがいろいろあるので、また他の作品が先に出てくるかもしれませんが・・・。

 それでは、今回の作品も最後までお付き合いいただいてありがとうございました。また、次回作でお会いしましょう!(^^)/~


 なお、この作品に登場する団体・個人は、実在のものとは一切関係のないことをお断りしておきます。
 また、この作品に間する権利は、作者に帰属します。この作品の無断転載・全部、または一部を改変するようなことはご遠慮ください。


 2002年11月 逃げ馬







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