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学校の聖母シリー

座る男


作:逃げ馬




9月も半ばに入り、酷暑と言われた厳しい夏の暑さもようやく和らいできた。
朝もようやく涼しさを感じるようになり、学校への通学も爽やかさを感じるようになってきた。

純愛女子大学教育学部1回生、福井奈々子(ふくい ななこ)は、今日も大学への通学のために駅の改札口を通り、プラットホームで電車を待つ人の列に加わった。
プラットホームに放送が流れると、銀色の車体にクリーム色と紺色のストライプの入ったスマートな電車がホームに滑り込んできた。
ドアが開き中から乗客たちが降りてくる。
奈々子は乗客たちの乗降の邪魔にならないようにドアから離れて立っていた。
「・・・?」
奈々子は周りの様子を見ながら首をかしげた。
他のドアは乗客たちの乗降が既に終わっているのに、このドアからは乗客が一人ずつしか降りてこない。
ようやく並んでいた乗客たちが乗り始めたが・・・・。電車に乗り込む乗客たちも、一人ずつ乗り込んでいく。
奈々子が乗り込もうとした時、彼女はこのドアの乗降があまりに遅かった理由を理解した。

ドアの両側に“剛気体育大学付属高校 野球部”と書かれた大きなボストンバックを床に置き、大きな体で床に座りスマートフォンでゲームをしている男がいた。
彼ら二人は、乗客たちが困っているのも気にならないようで、じっとスマートフォンの画面を見て指を動かしている。
その様子を見ていた奈々子の目が鋭くなった。

「ちょっと、君たち!」

しかし、二人は奈々子を見もしなかった。ひたすらスマートフォンの画面の上で指を動かしている。

「ちょっと?!!」

奈々子の声が鋭くなる。
ようやく、二人の男子高校生が“ドアの両側”から奈々子の顔を見上げた。
奈々子は自分を見上げる二人の目を見て、爬虫類の目を思い浮かべていた。

「なんだよ?」

右側に座る男が、奈々子の顔を見上げながら言った。
その目を見て、奈々子は一瞬ひるんだが、勇気を奮い起して言った。

「そこに座っていると、電車に乗る人たちの邪魔になるでしょう?」
こんなに混んでいるのだから、立つのがマナーじゃないかな?・・・奈々子は“やさしい声”で言った。
それを聞いていた左側に座る男が、フンと鼻を鳴らした。
「吉沢・・・・ほっとけよ」
周りの乗客たちは、どうなる事かという表情で奈々子と男子学生たちのやり取りを見ている。
「そうだな・・・平本・・・・」
そう言うと二人はニヤニヤ笑いながら、奈々子を見上げた。
奈々子は薄気味悪そうに左右から奈々子を見上げる二人を見た。
平本がニヤニヤしながら、
「こうして座っていると、あんたのきれいな脚が見えるだろう?」
そう言うと同時に、まるで何かを覗き込むような動きをする平本を見て、奈々子はハッとした。
「?!」
奈々子がスカートを抑えた。
その様子を見てゲラゲラと笑う平本と吉沢・・・・二人の男。

電車のスピードが落ち、ドアが開く。
奈々子は眼を赤く腫らし、唇を噛みしめながら電車を降りた。

その後ろから、二人の男子高校生の笑い声が聞こえていた。



夕日がレンガ造りの立派な礼拝堂を照らしている。
福井奈々子は礼拝堂の大きなドアを開けると、磨きあがられた床の上を歩き、大きな聖母像の前に歩いて行った。
ステンドグラスから差し込む光が、聖母像を照らしている。
中学校からこの学園に入学し、先生たちからはいつも『皆さんに苦しみが訪れたときには、聖母さまにお祈りしなさい・・・・きっと助けてくれますよ』そう聞かされていたものだ。
『だから、あなたたちも聖母さまに恥じることのないように誠実に生きなさい・・・・』と話は続く・・・・先生の言いたいことはこちらだろう・・・・いつもそう理解していたものだが…。
しかし今は・・・・傷ついた自分の心を、悔しさを癒して欲しい・・・・彼女は両手を組むと、その大きな瞳を閉じた。
「聖母様・・・・わたしは・・・・わたしは・・・・・!」
奈々子の心の中に、今朝の出来事がよみがえり、悔しさがこみ上げてくる。

「聖母さま、あの男たちに天罰を!!」

その瞬間、聖母像から眩い光がほとばしったことに、奈々子は気がつかなかった。



翌日

その日も朝の通学時間帯のE217系電車の中は、通勤通学客で混み合っていた。
ロングシートにびっしりと座っているサラリーマンやOL.吊革を持って立っている人たちは文字通りの“すし詰め”状態だ。
しかし、ある一角・・・いや、正確には2か所に“空間”がある。
この朝も二人の男子高校生、吉沢と平本はドアの両サイドにまるで“神社の狛犬”のように座り込み、足を前に投げ出してスマートフォンのゲームに励む“忙しい朝”を送っていた。
電車が駅に滑り込みドアが開く。
いつものように降りる客は両側の二人の大男の体と、大きなボストンバッグを避けるように降りていく。
「・・・?」
二人の男子高校生が顔をあげた。
そこには制服姿の女子高校生が立ち、床に座る二人を見下ろしていた。
背中まで伸びたストレートの艶やかな黒髪。
純白のスクールブラウスを押し上げる、胸のふくらみ。
そしてブルーのチェック柄のプリーツスカートから伸びる白い太股と脚線美。
吉沢と平本・・・“女子生徒のいない“剛気体育大学付属高校の二人の学生は、思わず感嘆のため息を漏らしていた。
「どうして床に座っているの?」
女子高校生が言うと吉沢は、
「おれたちの自由だろう?」
平本は鼻を鳴らして爬虫類のような目で少女を見ると、
「眺めもいいしね・・・」
いやらしい笑いをその顔に浮かべた。
「そう・・・」
その瞬間、少女の目に鋭い光が宿ったことに、二人は気がつかなかった。
「?!」
二人の男子高校生は、自分の体に異変を感じた。
体が何かに抑え込まれるような感覚を感じると、ズボンがぶかぶかになってしまった。
その“縮んだ体”をまるで補うように胸がふっくらと膨らみ、ズボンのおしりの部分がきつく張り詰める。
驚いて自分の体を見下ろしている二人の目の前で、汗臭いYシャツは清潔なスクールブラウスに変わり、できたばかりの胸のふくらみをスポーツブラがサポートする。
そしてズボンの中でもぴったりとフィットするなめらかな肌触りの下着が、大きく膨らんだヒップを包み込み、同時に“男性としての象徴”を失ったことを、二人に理解させた。
「そんな・・・・」
つぶやいたその声は、野球部で大きな声を出し、どすの利いた男の声ではなく、自分たちがあこがれていたはずの可愛らしい女の子の声だ。
そしてズボンの両足は一つにまとまると、どんどん短くなり、やがて太股の大半を露出して濃紺のプリーツスカートになってしまった。
そう、二人は“剛気体育大学付属高校の幻の女子の制服”を身につけた、ショートカットの女子高校生になってしまったのだ。
「そんな・・・・ばかな・・・」
茫然としている二人を、電車の乗客たちと美少女が見つめている。
「二人とも、スカートの中が丸見えよ」
少女がクスクス笑っている。
そして二人は我に返った。 そう、自分たちはさっきまで足を投げ出して大股開きの状態で”くつろいで”座っていたのだ。
「いや、見ないで!!」
スカートを抑え、恥ずかしさのあまり平本と吉沢・・・・二人の少女は泣き出してしまった。

電車が駅に滑り込む。
福井奈々子は、昨日のこともあり少し憂鬱な表情でホームに並ぶ乗客の列に立っていた。
電車が止まりドアが開くと、二人の女子高校生が慌てたようにホームに降りて駆け去っていく。
奈々子は驚き、その後ろ姿を見送った。なにかあったのだろうか・・・・そう思い首をかしげ電車に乗ろうとすると、制服姿の女子高校生が降りてきた。
彼女はすれ違いざまに奈々子を見ると、微笑みながら会釈をして歩いていく。
奈々子も会釈を返すと、電車に乗り込んだ。
今日はあの二人はいないようだ・・・・奈々子はバックから参考書を取り出すと、目を通し始めた。

ホームに降りた二人の女子高校生は、変わり果てた自分の姿をしげしげと見つめていた。
『これが・・・・俺なのか・・・・?』
痺れたような頭で考えていたのだが・・・・・ふと前を見ると・・・・同じようにショートカットの髪の、活発そうな少女が立ってる。
お互いを見つめあう、二人のショートカットの少女。
「あなた・・・・平本なの?」
「そういうあなたは、吉沢さん?」
以前と同じように話そうとするのだが、何かの力”で勝手に女言葉”になってしまう。
そしてその事実が、『男なのに女言葉を話してしまう自分』と、『男なのに女の子の制服を着ている自分』への恥ずかしさから、二人の自尊心を傷つけていく。
そして、可愛らしい女子高校生”になってしまった自分たち。
しかもそれは制服や持ち物にまで及んでいる。
自分たちの通う剛気体育大学付属高校は、『共学なのに女子学生のいない高校・大学』だ。
今、自分たちがこの姿で学校へ行くとどうなるのだろうか・・・・そんな思いが、二人の頭をよぎる・・・・・。
普段の自分たちの行動を考えると・・・・・二人は、これから自分たちに起きるであろう身の危険を感じて”思わず身震いした・・・・しかし?
「ああ・・・・なぜ?!」
二人が声を上げた。
二人は駅のガラスに映る自分の姿を見て、身だしなみを直すと、可愛らしい微笑みを浮かべて、再びプラットホームで電車を待つ乗客の列に加わった。
『ちょっと待て? こんな姿で学校に行ったらみんなに・・・・? やめてくれ!!』
二人が心の中で悲鳴を上げるが、二人の体は意思に反して電車に乗ると、学校へ向かった・・・・。





ここは天界。
色とりどりの光に包まれた空間で、白く輝く服を身にまとった青年が、液晶モニターを見つめている。
「さて、今日の神様のスケジュールは・・・・?」
最近は、なんだか出番が増えてきたから・・・・下界の“アキバ”というところに出かけてi7のパソコンを買ってきた。
タブレットPCも買ったし、これで分厚い紙のファイル処理から解放されたから仕事も減るだろう・・・・そう思っていた青年のコンピューターに、一通のメールが入った。

「エッ・・・? また二人ほど女の子にしたから、調整をよろしくって?!」

聖母さま・・・また仕事を増やしてくれたのかよ?!  
青年は頭を抱えた。
「・・・今回は・・・事情があるからね・・・・」
しかたがないか・・・・そう思い直した青年の体を、淡い光が包んでいく。
やがて、青年の姿は光の中に消えていった。




学校の聖母シリーズ

座る男

(おわり)





この作品に登場する団体・個人は実在のものとは関係のないことをお断りします。


2013年9月 逃げ馬






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