空間
コンコン,と二回ノックしてから,もう一回。すると,中からどうぞ。という声が聞こえる。 そっと,ドアを開けて中にすべりこむ。 そんなに慎重に入ってこなくてもいいのに,とトウヤは読んでいたらしい本を閉じてこちらを見て微笑む。 別にかまわないだろう,そっけなく言ってトウヤの横に座る。 「どうしたの?」 何か用があってきたとおもっているんだろう,こちらを見てそう問い掛ける。 微笑む。 その言葉がぴったりくる表情だった。 どうしてそんな顔ができる?俺はおまえに仇をなすものかもしれないんだぞ そんなことを心の中で思う。 裏切られるかもしれない,そんなこと考えたことないのかもな。 「ソル?」 何も言わない俺を不思議に思ったのか,少しだけ表情を不安げにしてこちらを見ている。 「なんでもない」 そう言ってぽふり,と俺はトウヤに寄りかかった。 「そう?」 その状態のままトウヤは何もいわない。 いつだったか,外の戦闘から帰ってきて,そのまま文献に没頭したときがあった。実際,今まで自分がいたところとはまた違う書物がこの街にはあったから。 食事も忘れて没頭していたので,リプレが心配してなのか,トウヤが気を利かせたのか,食事をトウヤが運んできてくれた。そのときすでに自分はふらふらで,まさにトウヤにもたれかかるようにして倒れてしまった。 今思い出しても恥ずかしい経験だったけれど,目が覚めたときはさらにびっくりした。なんせ,トウヤの上に乗っていたのだから。(正確にいえばトウヤの足の上に乗っていたというんだろうか・・・?膝枕だとトウヤは言っていたけれど) 慌てて謝って,けれど,トウヤは笑って疲れているものね。と俺の頭を撫でてくれた。 それ以来,疲れているとつい,なんとなくトウヤに寄り添ってしまいたくなっている。 トウヤも何も言わずに自分を受け入れてくれている。 俺が何もしゃべらなかったからだろうか,単に寄りかかりに来たと判断したトウヤはまた本を読み出した。よくある児童書だ。それでも,トウヤにとっては大事なこちらの言葉の教本なのだろう。 何も話さない空間。けれど,なにかが満ちている空間。 今の俺にはこの空間が唯一癒してくれる場所となっている。 最初に気を失ってから起きたときも,なんでだかわからないけれど,とても心地よかった。 今も,こうしているだけで安心できる。 いつかは,トウヤに恨まれるかもしれないんだぞ。 そう頭の中で俺の分身が俺を叱る。 けれど,気持ちいいんだ。この空間が。 いつか訪れるそのときまででいい。どうか,この空間にいさせてください。 |