儀式
笑い声が聞こえてくる。 居間から。 また,笑っている。 ぱたん,とドアを開けられた音がした。居間の入り口にネスが立っている。 「マグナ,ちょっと部屋にきなさい」 それだけを言うとすぐに行ってしまった。 「マグナ,また何かやったのー?」 ミニスが遠慮なしに,言ってくる。 今日はまだ何もしてないよなぁ・・・と,思いつつとりあえずネスの部屋へと向かった。 ドアの外。フォルテがいた。 「何か」 彼もいつも笑っている顔が多い。けれど,表面のそれを彼のすべてととってはいけないことはもう十分にわかっている。 「いや,保護者っぽくみせるのも大変だなぁってことかな」 彼はその表情を変えずに言う。 「師範のいないこの状態にて,私はマグナの保護者だ」 「そうだな,兄弟子だもんな」 フォルテは,”兄”の部分を強調して言う。わかられている,と思った。けれど,彼ならまたそうあったとしても問題はない,とも思った。 「そうだ。そのとおりだ」 そのまま彼の横を通り過ぎようとした。そのとき彼の表情がふっと変わり,そしてぽそりと聞こえるかどうかの声が聞こえた。 「一人でわからなくなったら言えよ」 こんこんこん,とノックがあった。返事をすると,ゆっくりとドアが開けられる。 「ネス,来たよ」 しかられると思っているのか,真摯な顔をしてマグナはやってきた。 「こちらに」 マグナは自分の手の動きを見てすぐに近寄ってくる。 「俺何かまたやったかなぁ?」 自分では覚えないんだけど・・・・と,困った顔をしてこちらを見てくる。 呼んだのはそんなことじゃない。そのままマグナをきゅ,と引き寄せる。 「ネっ・・・ネス?」 少し慌てるマグナをそのままきゅと抱き込む。ちょうど,顔が肩のあたりになるようにして。そして,ゆっくりゆっくりと背中をなでてやる。 「ネ・・・・ス?」 何も言わずに,ただその動作を繰り返す。 「っ・・・・く・・・ネス・・」 次第に,肩のあたりが暖かくなってくる。抱きしめたまま,背中をさすることをずっと繰り返す。それは,彼が顔を上げるまでずっと続く。 「大丈夫か」 顔をぬれタオルでふいてやる。少しだけはれているその顔を冷やすために。 「ん,大丈夫・・・・・ごめん」 「気にするな」 果たして,何に謝って,何を気にするなといっているのか。もう何度も繰り返したこと。ただ,いつもそうやって,締めくくる。 また,マグナはみんなの元へと戻っていった。 一人になってため息をつく。 彼が泣かない子だとわかってどのくらいたっただろう。そして,彼が泣きたいときの合図がわかるようになってからはどのくらい・・・ 泣けない彼を泣けるように,吐き出してしまえるように,と,そんなことをさせるようになってからどのくらいたったのか・・・ 今も,それはまだ続いているようだ。 自分だけの特権。 保護者としてだけではない。なんといえばいいのか,それこそ兄弟のように,それ以上に情が湧いてくるような。 これだけは,昔の記憶でないと信じたい。 ふと,フォルテの言葉が頭をよぎる。 一人でわからなくなったら・・・・・・・ けれど,まだ人に言うこともできない。まだこの身の秘密が明かされていないのだから。 泣いて軽くなったマグナの心の重さを一手に引き取ってしまったような・・・ネスティはそんな感覚を覚えていた。 |