約束破り
「フォルテ様」 ああ,まただ。何度言えばいいのか。 「だーから,”様”づけはやめろって言ってるだろ?」 ここでは,一介の冒険者なのだから,様付けされるなんてどう考えてもあわないんだと。 そういうと,奴は,またいつものように少し困った顔をして,しかし,わたしは・・・なんて,言い訳というよりも演説だな,話し出そうとするから慌ててとめる。 これを聞いてたら日が暮れちまう。 「まったく・・・」 「すみません」 ナニがタチが悪いかというと,奴は俺がいやだといっても,自分が正しいと思うと絶対止めないところだ。お堅いというか,四角いというか・・・まぁ,騎士なんてものはそうでないとやっていけないのかな,などと思ってみたりもする。 別に,奴が嫌いなわけじゃないし,嫌いなはずもないし,そういう奴だと認めてはいるし,騎士として立派な奴だとも思う。 ただ,少しは人の言うことを聞け,とも思う。 丁寧な言葉で,へりくだった態度で,俺を敬うかのような態度で。けれど,俺の言うことは聞いてくれない。 いや,普段は聞いてくれるんだよな。ただ,その例の「様」とか,俺を下に置かない態度とか,はたから見たらおかしいからやめろ,といってもやめない。 今の俺たちを見たらどう見たって,奴のほうが格が上に見えるだろうに。下手にかんぐられたらどうするんだ。 とと,奴がじっと俺を見ている。俺の次の言葉を待っているというべきか。 あの目に弱いんだよな,とも思う。なんていうか・・・言い方は悪いが雨の中でたたずんでいる犬っていうか・・・なんていうか・・・。だから,いつまでもきついことがいえない。 さて,どうすれば「様」付けをやめるだろうか,俺はしばし思案した。 「そうだ!」 いきなり声をあげたので奴はびっくりしたようだ。そして,なんですか?,と問いかけてくる。怒られなくてよかった,と安堵する犬の目に似た瞳で。 「今度っからな,様呼ばわりしたらキスしてやる」 どうだ,これならおまえも様って呼べないだろう!と朴念仁でお固いシャムロックにはてきめんに違いない,我ながら名案などと,思っていた。 そう,思っていた。 「フォルテ様」 シャムロックはしばし考えたあとにそう,呼んできた。 「おまえ,さっき言ったこと聞いてなかったの・・・!」 なかったのかよ。と言いたかったのだが,途中で口をふさがれた。待て,こら・・・俺は罰ゲームとしてキスと言ったのに,なんで・・・! 奴を押し返して息をつく。奴の顔を見ると真っ赤になっている。 真っ赤になるくらいならすんな!といいたいところだったが,言い出したのは俺だし,まさか奴から仕掛けてくるとは思わなかった。どう考えても,シャムロックがこんなことを普通にするとは思わなかったから。 「フォルテ様?」 そう言ってから,また奴は近づいてきた。 「こらっ,やめんか!」 何度もそんなにキスされてたまるか,となんとか奴を押しのける。 「だめですか?」 また,そういう目で見る・・・。 だめじゃない,とは言ったものの,良いわけでもないぞ,と付け加えておいた。 「だって,キスしてもいいのでしょう?」 ごん,と頭に石が落ちてくるような感覚に陥った。 こいつ,こんな奴だったか・・?たかだか数年離れるとこんなになるもんなのか・・・? 昔は,コドモ向けの猥談でさえ真っ赤になって逃げ出すような奴だったのに。 自分の知っている奴と今目の前にいる奴とのギャップに頭を悩ませているというのに,性懲りもなく奴は近寄ってくる。 「こら。だめだと言ってる。第一なんでそんなキスしたがるんだ!」 答えがわかっているのに,つい口から出てしまった言葉。昔の奴なら返事もできずに真っ赤になって立っているはずなのに・・・・ 「好きだからです。フォルテ様」 そういって,俺の手を取って手のひらにとキスをする。 月日は人をこうも変えるもんなんだな,などとおっさんくさいことをつい考えてしまった。しかし,考えていたのは俺の奥のほうであって,表面にある意識は目の前にいる奴をどうすればいいのかわからずに少しばかりパニックに陥っている。 「ああ,もう!さっきのはなし!キスはやめ!」 とにかく,この状態を解除するべくそう言った。奴は,「はい」とおとなしく従った。 「けれど,様付けもなしだぞ,わかったな!」 俺はそう言うだけ言ってばたん,と部屋を出た。後ろでは,奴がこちらを見ていたけれど,また見ると戻ってしまいそうな自分がいたのでそのまますたすたと部屋を出た。 これから,いろいろな意味で前途多難だ。 |