釣り




つり道具をもって,フォルテ様が出かけていったと聞いた。
とすると,川だろう,と私は足を向ける。
別に何か用があるわけではないのだが,やはりおそばにいたいと思うから。
川岸でぼんやり,と釣り糸をたらしているのを見つけたのは,それからすぐのことだった。
名前を呼んで声をかけると,生返事が一つ。
おや?
すぐ後ろまで来て,バケツの中を見ると,見事にすっからかんだった。
「なんか用か」
「いえ,特には」
「そうか」
短い会話が終わると,しん,とする。水の流れる音,風の音だけで,この世界が構成されていた。
しばしの間,私はフォルテ様の姿を眺めていた。すると,不思議なことに気が付く。
つりをしているようではない,ということに。
ただ,ぼんやりと釣り針をたらしているだけで,とくに駆け引きもないし,魚を追ったりもしていない。
考え事をされていたのか。と,いまさらながら気づく。まったく自分の鈍さにあきれてしまう。
それならば,一人にしてあげたほうがよいだろう,と私は立ち上がろうとした。
「待てよ」
その瞬間フォルテ様から声がかかる。はい,とまた体勢を戻し,そちらを向く。
「まあ,もう少しここにいろや。荷物もちさせてやるから」
「バケツの中には,水しか入っていないように見えますが?」
「これからだよ,ほらそろそろ本気だしていくぜ」
すっと,体勢が変わり,そして表情も変わった。
いつものフォルテ様に。
「では,お手伝いしましょう」
にこり,と微笑んでその隣に座り込む。
「おまえはたもを持っとけよ。すぐにそん中にいれっからな」
「はい。ところでフォルテ様」
「ん?」
ぱしゃり,と餌を付け替え竿を投げ込んだ音がする。それにあわせて,軽く頬に口付けをした。
「おまっ...ここは外だぞ!」
「私は空気のようなものですから,いろいろ気になさらなくてもいいのですよ」
「...空気がキスするかよ」
「それは,言葉のあやと申しましょうか...」
少しだけ赤くなった顔をまたすぐに戻しつつも,ぷい,と川のほうを向いてしまった。
「まあ,おまえとは緊張しないでいられるからな。それはそれで空気なのかもしれないな」
そうおっしゃってくれたのが嬉しくて,はい。と返事をする。
「けれど,時には緊張した関係でいたいと思うのですが・・・」
ぽつり,とつぶやいたそれは,フォルテ様にはあまり届かなかったようで,なんかいったか?,と問われる。
「いえ,何も。ほら引いてますよ」
「おおっ」

それから,バケツに半分くらいまでつりをいそしんでそしてあの家へと帰った。

悩みを打ち明けてほしいなんて,おこがましいことは思いません。
けれど,あなたが悩んでいるときに,少しだけでも助けになれば,とそう思っていることが伝わったでしょうか。




釣り場で考えるフォルテさん。
そして,忠犬シャムさん。
空気を換えます。

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