Side : S
耳元で何度となく囁かれる言葉
その少し擦れたような響きが嫌いだといったら嘘になる
でも…
まだこの言葉を、こいつの口から漏れる言葉の意味を
俺は信じきれずにいる
「愛してる…さんぞ…」
行為の最中も、そうでないときも。
俺に纏わりついて離れない声。
でもそれを、お前はどんな意味で言ってるんだ?
「てめぇ、他にねえのか?語彙少ねぇな、バカ河童。」
「そんなこと言うと、おれ傷付いちゃう〜」
そう言ってはぐらかす。
それが俺を救っていて、俺を不安にさせていて・・・
お前を繕ってるんじゃないかと。
未だに信じられない。
こいつの、コトバ。
俺を見る紅い眼も、抱きしめる腕も、背中に響く鼓動も。
嘘を言ってるとは思えないけれど。
それでも言葉にした瞬間、俺の思考はそこで止まる。
まるで何かが袖を引っ張るように。
Side : G
許されてないとは思わない。
認められてないとも違う。
強いて言うなら・・・
信じられていない。
そう、俺の言葉・・・いや気持ちかもな、
拒否する様子はないけど、そこに浸ろうとはしないんだ。
「愛してる…さんぞ…」
俺の本音、なんだけどね。
安っぽく聴こえるかも知れない、在り来たりだと笑われるかも知れない。
それでも、他に知らないんだよ。
本当は、愛するってことすら分かってないのかもしれないけどさ。
でも、他に思いつかねぇんだわ、コトバが。
「てめぇ、他にねえのか?語彙少ねぇな、バカ河童。」
「そんなこと言うと、おれ傷付いちゃう〜」
三蔵の言葉が表面どおりの意味じゃないことくらい、判ってる。
信用しきれないんだってことも。
だけど、ここで本当だって言ったって信じないだろうからさ。
「いつもの悟浄さん」に戻ってみる。
軽薄で女好きで。おまけにヘビースモーカーの、俺。
「三蔵一行だな、覚悟しろ!!」
いつもお約束の言葉とともにやって来る敵さんたち。
「覚悟しろったって、ろくに傷もつけられねぇくせにな。」
小馬鹿にしたように笑って、煙草をくわえたまま振り返った。
「そうですよね・・・でも。」
八戒が気を放ちつつ言葉を続ける。
「嘘も100回も続くと本当になっちゃうらしいですよ。」
「あ・・・?」
なんだよ、それ。そう言おうとした矢先に悟空の声が鼻先を掠めた。
「それって、飯も出てくんのかなぁ?」
・・・はい?
「だから〜、飯があるって100回思えば飯でてくんの?」
俺もう腹減った〜。敵さんの断末魔の声とともに小猿ちゃんのおなかも自己主張する。
「んなわけねぇだろ、猿。」
「はいはい。恨むならさっきの人たちにしてくださいね。予定を遅らせたのは彼らですから。」
にっこりと微笑む八戒にみなの声が止んだ。
今日の部屋割りは、三蔵・悟空に俺と八戒。
夜に備えて昼寝でも・・・と思っていたら、
「買い出し手伝ってくれますか?」
と質問という名の半断定形で訊かれたので、已む無く街に出ることになった。
「ねぇ悟浄、さっき僕が言ったこと覚えてますか?」
「んあ?さっき・・・えっと・・・」
「敵さん方が来たときのやつですよ。」
・・・ああ。
「あの、嘘が本当になるってやつか?」
「ええ、まあ。」
本当はちょっと違うんですけどね、と八戒が続ける。
「あれって、嘘もたくさん言ったり聞いたりしているうちに、本当のように思えてきてしまうんですよ。
心理的作用って言うか・・・まぁ、勘違いとも言うんでしょうけどね。」
そう話す八戒はなんだか楽しそうで。
俺は背中を何か冷たい物が降りていくのを感じたりもして。
「で、何がいいたいわけ?」
地雷を踏む予感はあったが、一先ず切り出してみた。
「気づかない振りをしてるんですか?それとも本当に気づいてないんですか?」
三蔵を見る目はあんなに素直なのに・・・。
ため息と苦笑を交えながら八戒から返ってきた言葉に、
予感していたとはいえ思わず煙草を深く吸い込みすぎてしまう。
「・・・っ、でそれとこれとどういう関係なのよ?」
こいつを欺こうったってそれはほぼ不可能だ。
そうなったらあとは・・・開き直り。
「三蔵と俺の関係と、その心理作用?どこでつながってんの?」
「簡単に言うと・・・」
買い物の合間に続けられる会話。いや、会話の合間に買い物、かも。
どっちにしろ、それは俺をへこませるのには十分で。
八戒の妙に説得力のある言葉に、知らず知らずのうちに操られていたのかもしれない。
その説明はつまりはこうだ。
俺が三蔵のことが好きでそれをことばにしても三蔵は信じない。
で、俺はそこで言うのをやめる。
だけど、例え信じまいとしていても、何度も何度も・・・
そう100回くらい言われてくうちに、本当のような気がしてくる。
だから、俺はその気持ちを隠さずに言葉にしてればいい。そういうこと。
最初のうちは、なんだよとか思っていたはずなのに、
日が沈む頃には俺の気持ちもすっかり傾いていた。
八戒に文句を言われるのを恐れた悟浄が宿の中庭にある喫煙所へ足を運ぶと、そこにはもう先客がいた。
微かな月の光の下でさえ光を放つその金色に、思わず息を飲む気配は数メートル先にまで伝わったようで。
「なんだ、てめぇか。」
小さく舌打ちをして、自分の横をすり抜けようとした三蔵を、
悟浄は指先が触れ合うギリギリのところで引きとめた。
「三ちゃん、俺が来た瞬間に帰るだなんて、それはないんじゃない?」
「俺は煙草を吸いに来て、吸い終わったから帰る。それだけだ。」
我が儘で、いかにも三蔵らしい言い訳に思わず苦笑する。
「ん〜、じゃあ俺のお願い聞いて。しばらく付き合ってよ。そう・・・煙草一本分だけ。」
な?
と捲くし立てるかのように言うと、悟浄は三蔵の手を引いたまま近くのベンチに腰掛けた。
三蔵は三蔵で、自分より少し背の高い悟浄に覗き込まれてお願いされると、
断れないのだが、敢えて「仕方ない」というポーズを崩さないように注意を払って、同じベンチに座った。
わざと隙間を空けて。
大人一人座るには狭すぎる、微妙な距離で。
しばらく続いた静寂を破ったのは悟浄の方。
「なぁ、三蔵。・・・やっぱり"愛してる"なんて言葉信じられない?」
「はぁ?」
突然の展開に思わず、三蔵の眉間に皺がよる。
それに構うことなく、悟浄は続けた。
「それとも、"俺の言葉"は信用できない?」
そういった悟浄の顔はやけに晴れ晴れしているように、三蔵には感じられた。
並んで座っているから表情は見えないが・・・。
薄い雲が月の光を遮って、客室からもれる明かりと悟浄の煙草の火だけが、
ぽうっと浮かび上がって見えた。
三蔵は一言も声を発しない。
本人にも分からない、悟浄の質問の答えが。
信じられないわけじゃない。信じたいとも思っている。でも、今一歩確信が持てないのだ。
「別に、責めるわけじゃねぇよ。俺だって、自分のことお世辞にも誠実だなんて言えねぇし。
でも、ちょっとずつでも良いから信じてみてくれない?」
こういうときだけあまりにも純粋で真っ直ぐで、
そして優しい悟浄に三蔵はその動揺を隠すかのように深くため息をついた。
「さっき八戒も言ってただろ?嘘だっていっぱい言ってるうちに本当になるって」
だから、信じられなかったことでもいっぱい聞くうちに信じられるようになるかも知れないじゃん。
だから・・・
しつこく言うけど逃げんなよ
暗闇に向かって呟くように、悟浄は言った。
「三蔵・・・好き・・・」
端が擦れた、甘い声。じわじわと身体を侵していくような。
「悟浄・・・お前何回その科白を言った?」
雲の切れ目から月が顔を出すと同時に三蔵が口を開いた。
「ん・・・どうだろうな。まあ、99回くらいは言ってるかもしれない。」
「そうか。それならまだ"本当"になってないってことも考えられるんだな。」
三蔵はそう言って微笑んだ。少し不敵に、ものすごく綺麗に。
薄明かりの中でさえ、はっきりわかるほど。
「なに?それ誘ってたりする?」
からかうように言った悟浄に向かって
「バカ河童・・・」
といった三蔵の声は言葉ほどきつくはなく。
どこか甘いその響きに誘われて近づいた唇は、角度を変えて何度も重なり合って。
キスの熱に包まれた100回目の言葉を聞くのは、
そう遠くない未来のこと