「好きだ」と告げたあと
あなたと私の二人だけの空間で
これ以上近づくためにはどうしたらいい・・・?
Vol.13 実り(fruits)
「アンタには敵わない。」
困ったように言う男が、それでもどこか嬉しそうで。
近づいてくるのを拒むなんて考えもしない。
いや、そもそも拒む必要もないのだが。
ベッドに腰掛けていた俺の前で膝をつくと
そのまま俺の肩に手をかけて。
「三蔵、好きだよ。」
と、言う。
そう・・・あの時俺の拾ってきた猫と視線を合わせるようにしたときと同じ、
あの、「愛しい」という気持ちを隠すこともしない目。
俺が、一番初めに、気になった、表情。
目の前の風景が、男と、そして天井に移り変わるのを。
どこか他人のことのように見ていた。
ベッドに倒されたのだとわかっても、男の顔が近づいてきても、
特に焦ることはなかった。
「いいの?」
そのひとことが耳に届くまでは。
はっとして、そして後悔する。
俺は何をした?何をしようとした?
コイツが嫌い?そんなことはあるわけがない。
でも・・・。
自分が言った言葉が、まるで演劇の台詞のようで、
アルコールが回っていた身体から、それが一気に抜けたような、
突如として凄まじい現実に襲われる。
「三蔵・・・好きだよ。」
そう確かめるようにつぶやいて、目の前の男の顔が近づく。
重なる、唇
思っていたよりも柔らかいその感覚に、目を閉じる。
そのまま、重なった唇がもっと深く交じり合おうとする。
口内を侵そうとするものに気づいて・・・
「んっやっ」
力を込めてアイツの方を引き剥がした。
少し見開かれた目を見るのが怖くて・・・
きっとアイツは、なんなんだ、ここまで来てと思っているだろうから・・・
そのまま、俯いたまま動けなかった。
それでも、掴んだ肩を離すことも出来なくて。
「三蔵」
俺の右手を掴んで、自分の肩から引き離そうとする。
やっぱりあのままスルべきだったんだと、そう思った。
「三蔵ってば。」
掴んだ腕を自分の胸に引き寄せながら、
「ね、こっち向いてよ。」
情けない声で言う。
「さんぞう・・・」
3度目に名前を呼ばれてやっと、顔を上げた俺の目に入ったのは、
情けない、申し訳なさそうな顔をしたアイツで。
「なに情けねぇ顔してやがる・・・」
余裕もない俺にそんなことを言わせるに十分だった。
「うん・・・でもさ、俺ちょっと余裕なさすぎだなと思ってさ。」
そういって、俺を引き寄せる。
傾いだ身体が行き着いた先では、アイツの心臓がうるさいくらいに音を立てていた。
「なんか、三蔵とそういうコトできるって思わなかったから・・・」
超緊張してんの、俺。
と苦笑いを浮かべた。
「でもさ、やっぱりもう少し時間かけてもいいんじゃないかと思ってさ?」
三蔵の気持ちは嬉しかったけど・・・。
まるで子供にするように、目を細めて笑みを作る。
本来ならば俺の台詞だろうそれを、コイツはいとも簡単に言うのだ。
あそこまで来て止めるなど、怒られてしかるべき俺の行動を。
「でも・・・」
やっぱり悪いのは俺だと、言おうとしたけれどそれは、
舞い降りてきたキスに阻まれた。
「いいじゃん、俺、好きなものは最後までとっておくタイプなんだわ。」
ニヤリと笑ったアイツに、さっき言われた台詞をそのまま返してやった。
「ったく、てめぇには敵わなねぇな。」
「そ?お褒めの言葉として受け取っておきます。」
そういうと、アイツはゴソゴソとベッドに潜り込んできて。
「とりあえず今日はもう寝ない?三蔵も疲れてるだろうし、明日は休みだし。
ゆっくり寝てられるだろ?」
そして、当然のように広げられた腕の中に、恥ずかしさを押し殺して滑り込んだ。
「おやすみ、三蔵。」
髪の毛を梳く手が心地いい。
そのまま夢の世界に引き釣り込まれそうになって思う。
コイツにおやすみと言われたのは2度目だと。
明日起きたら、初めての「おはよう」を言ってやろうと。
周囲の音とか色が、段々と褪せていく中で、
何とか搾り出した言葉がアイツに届いたのか分からないけれど。
とにかく今は、幸せな眠りを・・・
「おやすみ、ごじょ・・・」