甘イ甘イ夜



「ねぇ、私たちと一緒に一杯どぉ?」
この店に入って1時間弱。悟空が静かになったと思ったら、
今度はあちこちから伸びてくる誘いの声が絶えなくなった。
その中心にいるのは、言わずと知れた紅い髪の男。
食べ物に集中している悟空はさておき、
八戒・三蔵・悟浄の3人纏めてお近づきになりたいという女は少なくない。
その中でも、一言も発しない三蔵や、やんわりと断る八戒に比べて、
悟浄に人が群がるのは仕方の無いことなのかも知れない。
遠目からでも鮮やかな髪、ざわついた店の雰囲気に合った会話、遊び慣れている雰囲気。
そのどれもが女の目を悟浄にひきつけ、さらには無意識に人との触れ合いを求める様子が、
賭博に明け暮れる男たちからの誘いまで買っていた。

「三蔵、ちょっとピッチが速すぎませんか?」
八戒がそういうのも無理はない。
ふと見れば、片手では足りない数のグラスがテーブルに残っている。
「うるせぇ。」
余計なお世話だとでも言わんばかりに、手に持っていたグラスを勢いよく空けた。
「なぁなぁ、なんで悟浄ばっかり呼ばれるわけ?」
八戒が止める間もなく、悟空の素朴な疑問が口を付いて出た。
「三蔵もそう思うだろ?」
無邪気に訊いてくる悟空に反比例するように、三蔵の機嫌は下降線を描く。
「うるせぇ。」
それだけ言って手に持っていたグラスを音を立てて置くと、さっさと席を立ってしまった。
「やっぱり、相当ご機嫌斜めですね」
八戒が言うと
「絶対に悟浄のせいだよな。」
と悟空も頷く。
「悟空、知ってて三蔵に訊いたんですか?」
「うん、だってさぁ、三蔵って全然素直になんないんだもん。悟浄のこと好きなくせに。」
悟空が思っていた以上に色々なところを良くみていることに、八戒は少なからず驚いた。
「そうですね…。三蔵はあの通りだし、悟浄の方も遠慮があるって言うか…。」
「うん、俺この間悟浄に聞いた。三蔵は、悟浄の気持ちは受け入れてるけど、自分の気持ちは考えてな
い気がするって。」
「そんなこと言ってたんですか。まあ、悟浄の気持ちも分からなくはないんですけどね。それより悟空、
もうそろそろ部屋戻りましょうか。」
「うん。あ〜、じゃあなんか喰いもん買ってっていい?」
「今まで夕飯食べたのに、ですか?三蔵にバレたら煩いですよ。」
「どうせ三臓もとから機嫌悪いし。俺と同じ部屋じゃないしさ。」
すっかり子供の顔に戻った悟空に、保父さんの顔で微笑みかけて。
「じゃあ好きなもの買ってきていいですよ。僕は悟浄に言ってきますから。」
そういうと、悟空は満開の笑顔で頷いて席を立った。

「悟浄、お楽しみのところ悪いんですが僕たち先に部屋戻りますね。」
数人の男たちとテーブルを囲んでギャンブルに興じている悟浄に、声を掛ける。
「んぁ?ああ、分かった。」
そのままゲームを続けようとして、もう一人の目立つ連れの姿がないことに気付く。
「あ、八戒。…三蔵、は?」
「えーと、一足先に部屋に戻るって言ってましたけど?」
今戻ったらあまり良い展開にはならないだろうと、極力気にさせないように言葉を選ぶ。
「そっか、それじゃ俺はもうちょっとここにいるわ。」
「えぇ、じゃあお休みなさい。」


同じ頃、八戒から渡されたお金で肉まんを買った悟空は、タバコを買うために戻ってきた三蔵と鉢合わ
せていた。
「おいサル、てめぇいい加減喰うの止めろ。」
三蔵の声は正に不機嫌そのもので、いつもの悟空ならばここで謝りもするのだが。今日はそうはしなか
った。
「三蔵、なんでそんなに機嫌悪いんだよ。悟浄のせいだろ?」
「うるせぇ。さっさと部屋戻ってろ。」
「なんでそうなんだよ!悟浄のせいだって認めれば良いじゃん。」
「あのバカ河童のせいで俺の機嫌が悪いだと?もしそうだとしても、それが何だ。」
人気のない廊下に、一段と低くなっていく三蔵の声が響いた。
「三蔵のバカ!意地っ張り!ハゲ!もう…いいよ。」
言いかけた言葉を途中で止め、悟空は足早に部屋へと戻ってしまう。
「ちっ 何だって言うんだ、あのサル。」
掻き消されそうな声で呟いた言葉は、寸でのところで独り言にならずに拾われた。
「悟空も色々感じてるんですよ。今回に関しては、悟空の言う方に部があると思いますけど。」
通りすがり際、八戒がポツリと言う。
「お前まで何なんだ。」
憮然としたように、そして少しの困惑も混じらせながら、三蔵が吐き出した言葉に
「悟空はおなががすけば食べ物って言うでしょう。それと一緒ですよ。欲しいものは欲しい。ちゃんと
認めないとダメってことです。」
にっこりと微笑まれて、なんだかバカにされているような気分になる。
「この世で一番分からないものは、人間。なかでも、自分自身のことなんですよ。」
どこか学校の先生のような言葉を残して、八戒も悟空と同じ部屋へと消えていった。



一方、八戒の言葉を真に受けた悟浄はあのまま賭博を続け、
「兄ちゃん強いなぁ…」
自分の気分も良くなり、且つ相手の機嫌も損ねない程度に勝ち。
「さぁてと、それじゃ俺はこれで上がるわ。明日出発だしな。その酒はみんなで飲んでくれよ。」
そういい残して席を立った。階段を上ってくると、自分と三蔵の部屋の扉から細く光が漏れている。
三蔵、珍しいな。開けっ放しにするなんて。
微かに開いた戸の隙間から、ベッドに腰掛けて物思いにふける三蔵が見える。
目を伏せて溜息を付く三蔵は、いつにも増して綺麗で近寄りがたい雰囲気で。思わず悟浄は声を掛ける
タイミングを逃して、廊下で立ち止まってしまった。

「自分の気持ち……俺の、本心か。」
悟浄の周りには人の輪ができると、知らないわけではなかった。今までだって、よく見かけた光景だ。
ただ、今まではその輪の中心で個人行動している悟浄に腹が立った。
でも今日は。
悟浄に纏わりつく女が、親しげにゲームに興じる男たちでさえ、邪魔だと思った。
その中に入っていきたいという欲求と、それを押し留めようとする理性、もしかしたらプライドかも知
れない。その両方を無理やり酒と一緒に腹の底に流し込んだような。

『意地っ張り。悟浄のせいだって認めれば良いだろ。』

悟空の声がこだまする―――――

早く認めてしまえと、急かされている気がする。
「ざまぁねぇ…あんなバカ河童に。」
自分の気持ちを解ろうとしろ、と。
「ったく、なんだってんだ。これは……」
そう、言ってしまえ。
「嫉妬、してるのか。」
声に出してしまって恥ずかしくなる。
「誰にだ、女か?それとも…」
誰にでも温もりを求める、あの男自身にか。

「  ごじょう…… 」

言葉と共に吐き出された溜息は、さっきとは一転して穏やかなものだった。










「  ごじょう…… 」


ぽつりと、まるで自分がいるのに気付いているかのように吐き出された言葉。
悟浄は知らず知らず体温が上がるのを感じた。
温まったのは身体だけではないのだが。
一人の人間の意識を、一瞬でも自分が埋め尽くしているという優越感。
それが、自分が最も大切に思っている人だという幸福感。
たった一つの響きが賭けでは感じ得ない満足感をくれた―――――

悟浄はともすれば弛んでしまいそうになる頬を叱咤して、何気ないフリをして部屋をノックする。
「ただいま、さんぞ。扉開けっ放しだったけど…」
「あ、いや何でもない。」
そこには、お互いに自分の鼓動の速さを相手に悟られないかと、必死の二人がいて。
お互いが自分のことで精一杯だから、それには気づかないものの、会話のタイミングもテンポもどこか
ちぐはぐだった。
そして。
最初に折れたのは悟浄の方で。
「さんぞ、キス…していい?」
さっきの女に見せていた楽しそうな顔とは違う。
自分には良く見せる嬉しそうな笑顔で尋ねられて、三蔵は頷く代わりにゆっくりと目を閉じた。


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Turn to Next(注!性描写を含みます)




麻耶さまからリクを頂きました。
「三蔵が悟浄を幸せにする話」です。
ごめんなさい、今のところまだ何が何だか…という感じですね。
悟浄が幸せになる方法、色々考えたのですが、私なりにひとつの形を書けたらと思います。
悟浄が三蔵に対して望んでいること。それを満たしてあげようと。
全ては後編で…ということになります。
キリリクなのに、一回でUPしきれなくて申し訳ありません。
蒼 透夜でした

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