とどかぬ指先  作:しにを 「本当に、兄さんと琥珀がこちらへ向かったのね?」 「はい」 「先に琥珀、少し間を置いて兄さんが、離れへ。……。なまじ一緒じゃないだけにか えって怪しいわ」  不穏な空気を漂わせている秋葉とちょっと困惑顔の翡翠、二人して離れに向かって いる。 秋葉が志貴の居場所を尋ね、翡翠がためらいつつも窓からたまたま見かけた光景を 口にした結果である。  人目につかない処に兄と琥珀がいるという事実に、秋葉の頭の中には警報が鳴り響 いていた。 「兄さんは、あの女だけじゃ飽き足らず……」  秋葉は口にして、ぎりと唇を噛む。  あの女……、シエル。  瞬時に兄と一緒の姿が違和感無く目に浮かぶのが忌々しい。  確かに、むねーとか、おしりーとか、多少は、そうほんのちょっと……だけでっぱ ってはいるが、日本人なら国産でしょう、兄さん。だいたいあんな地味めでぱっとし ない……、 「遠野先輩、現在における眼鏡娘をなめては駄目です。ただのイライラさせるだけの ドジっ子が、眼鏡を掛けさせれば立派なヒロインになれる時代なんです。  特に属性ある男の人には不可避の存在なんですから」  ショートカットの少女がやれやれというポーズを取る。  ……なに、今のビジョンは?  秋葉はぷるぷると頭を振る。 「もしかして、あの偽善者面の正体に気がついて、別れたのでは……」  そう、そうよ。兄さんは正道に立ち返ったのよ。でも、一抹の寂しさを感じている 隙を狙って琥珀が言葉巧みに……、嗚呼、あり得る、あり得るわ。 「だいたい翡翠、あなたが姉の管理をきちんとしておかないから、こんな事に」  急に立ち止まって自分をなじり始めた主に、翡翠は素直に頭を下げる。 「申し訳ありません、秋葉さま。私がついていながら……」  双子とはいえ妹が姉の監督責任を問われるのもおかしな話だし、そもそもその論法 でいけば兄の管理が行き届かなかった点で秋葉も同罪である。  だが言った方も言われた方も何ら不自然さを感じていない。  秋葉も唐突に矛先を向けてみただけで、それ以上くどくどと追求はせず、また歩き 始める。  でも、よりによって何故に琥珀?  兄さんの傍には、傷心の兄を気遣う健気で優しい妹がちゃんといるじゃないですか。  妹ですよ、妹。  いとこ同士は鴨の味、なんて言葉があるけど、私達なんか兄妹なんだから、はるか に美味しい筈です。それに実際は血が繋がっていないから何か間違いが起こっても全 然OK、と言うか、起これ。  ……煮つまって矛盾した思考に気づかないまま秋葉、離れに到着。  翡翠も「何故、姉さんなんですか、私では駄目ですか、志貴さま……」といった可 愛らしい物思いに耽りながら秋葉の後をついていたが、夢から覚めたように顔を上げる。  障子の向こうに二人がいる。  桟に手をかけ、秋葉は躊躇った。  決定的な何かを見てしまったら……、と。  その時、奥からの声が秋葉と翡翠の耳に届いた。 「琥珀さん、そんな……」 「うふふ、そう言われても待てませんよ。えいっ」 「ああああっ、駄目だよ。んんんっっっ」  秋葉と翡翠は凍りついた。  氷像のように固まった秋葉の頭の中だけがフル回転する。意外に耳年増な秋葉の持 てる知識全てが動員され脳内シアターで志貴と琥珀の姿が上映された。それはもう、 とても口に出すのがはばかられる様な映像が凄まじい勢いでぐるぐると廻っている。 画面の基調は肌色。  はるかにソフト描写ながら、翡翠も何やら思い浮かべて顔を赤くしている。  しばし時が止まる。  ・  ・  ・  その間も、はっきりと聞き取れないが志貴と琥珀の嬌声と思しき声が流れてくる。  凍りついた時が動き始めた。  なんとか自分を取り戻したのは秋葉が先だった。  全ての血が消え失せたように蒼褪めていた顔色が、突如紅潮する。 「な、な」  ぎし、と障子の桟が嫌な音を立てる。 「何をやっているんです、兄さん、琥珀」  あらん限りの力で障子を開け放ち、喉も裂けよと声を張りたてる。 「え……」  目の前の光景に、秋葉は思考を停止させる。  すぐ後ろで翡翠が息を飲む音がする。 「……何をやっているんです、兄さん、琥珀」  言葉は同じながら、はるかにトーンダウン。  半裸というか下半身を露わにした志貴が四つん這いでケダモノのような姿勢になっ ている。これはまあ、予想の範囲。  対する琥珀はいつもの着物姿で、袖をめくって肘辺りまでを剥き出しにしている。  そして、高く持ち上げた志貴のお尻を覗き込むようにして何かやっている。  そこまでは良い。いや、良くはないのだけど……良い、としておく。  でも、周りに懐中電灯だの、よくわからない鉄の道具だの、薬のビンだのが散在し ているのは、いったい何?  秋葉の思い浮かべていた行為とは少々趣が異なっている。  琥珀が逆の立場なら、 「ずいぶん志貴さんたら通好みのプレイを楽しまれるのですねー」 とか呟いただろうが、秋葉にはさすがにアブノーマルなプレイに類する事の知識は少 ない。  それに何より、二人の間に淫靡な雰囲気がほとんど感じられなかった。  秋葉の目に映るのは性行為めいたものと言うより、どことなく生体実験といった印象。  ……何、これは?  二人してみだらな、いかがわしい行為に耽っていたのではないの?  秋葉は混乱した。  見た方も困惑していたが、見られた方の驚きは段違いだった。  その姿勢のまま、思考停止で秋葉と翡翠の顔を眺めていた志貴であるが、幾ばくか の時間を消費してようやく我に返る。 「な、なんだ、秋葉、いきなり」  そして、自分の姿に気づき、慌てて脱ぎ捨てたパンツとズボンを掴み股間に当てて 座り込む。 「……、どうなさいました、秋葉さま、翡翠ちゃん」  琥珀ですら、突然の秋葉達の登場にしばし対応できず、ようやく言葉を発する。  逆に問い返されて「兄さんが……」とか「姉さんが……」とか困惑しながら口ごも る二人を見て、琥珀は溜息をついた。  どうやら、志貴と二人でここに来ているのを見られていたのだろう。そしてそれを 知った秋葉が乗り込んできたのだろうと事実を看破していた。  こうなると自分が状況説明しないと場が固まったままと判断し、琥珀は簡潔に話し 始めた。  ・  ・  ・                §    §    § 「琥珀さん、ちょっと相談したい事があるんだけど」 「はい、何でしょう」 「ええと、ここじゃなんだから場所を変えてもいいかな」 「じゃ、志貴さんの部屋に参りましょうか。それとも私の部屋に致しますか?」 「うーん。そこよりもっと目につかない……、そうだ離れにしよう。あそこなら…… くぅぅっ」  突然かくんと膝を折り倒れかけた志貴を、慌てて琥珀は支える。 「どうしたんです、どこかお加減が?」  笑みが消え、真剣な表情になった琥珀に、志貴は頭を振る。 「大丈夫。いや、大丈夫じゃないのか。相談ってのは、これの事で……、ううっっ」  息を荒げ何かに耐えている。    そして、しばらくそうしていてから決して大丈夫でない顔色のまま志貴はふらふら と歩いて行ってしまった。  先に行っているから、少し間を置いて来てくれと琥珀に言い残して。  心配そうな顔でその後姿を見つめ、琥珀は足早に自分の部屋に戻った。とりあえず 薬や診察機器を一式カバンに詰めて約束した場所へと向かう。  離れの一室。  既に待っていた志貴は別れ際と打って変わって普段どおりの様子だった為、琥珀は 内心で安堵の溜息をつく。  前に座り、志貴の言葉を待つが、何度も口を開いて何かを言いかけては、やめてし まう。  琥珀はせかしても逆効果と、黙っていた。 「これを見てくれるかな」  志貴は背後に隠していたものをずいと琥珀の前に出す。  身を乗り出して琥珀は志貴の手のソレを見つめる。  幾つかの樹脂の珠が紐で数珠状に連なっている。数珠と違うのは、珠の大きさがて んでバラバラな点。小さなビー玉クラスのものから、ピンポン球以上のものまである。 「えっ。これは、アナルビーズ……ですよね。なんでこんなものを。  ……あっ、シエルさんに使ってみようと購入したは良いけど拒絶されて、私を呼び 出して代わりにこれで陵辱の限りを……、ってお話じゃないみたいですね」  あまりに場違いな代物を目の前にして琥珀は冗談めかしてみたが、志貴は真顔のま まだった。 「ええと、それシエル先輩のなんだ、いや俺のとも言えるのかな」 「へ?」  きょとんとした顔で琥珀は志貴の顔を見つめる。  冗談ではないと見て、驚きの顔に変わる。  本当にシエルさんとこんなのを使って……?  アルクェイドとのやりとりを見て決して常人ではないと琥珀は承知しているが、普 段のシエルと言えば理知的で穏やかな感じの人という印象だった。  時折言葉を交わすことがあるが、かなり相手にしておもしろいという感覚がある。  志貴との間の肉体関係はうすうす感じていたが、こんなものを使うプレイまで。  人は見かけによらないものですねえ。  シエルの顔とその樹脂製の性具が結びつかず、琥珀は首を捻る。  それともひとり遊びの際に使うのかしら?  それにしてもローターとかならまだしも、後ろ専用の小道具だし。  そう言われてよく見ると新品ではなく、多少なり使い込んだ物の様にも見える。  ジ、ジ、ジジジ、ヴヴヴヴヴ……。  唐突に珠の幾つかが振動し跳ねるように動き出す。 「あっ、動くんだ。ふううん」  感心したようにそれを眺め、また唐突に止まったのを機に琥珀は顔を上げる。 「ただの珠じゃなくてローター機能もあるんですねえ。あ、そうそう、それでご相談 というのは?」 「うん。あ、その前にお願い。この事は秋葉と翡翠には内緒にしておいてよ。琥珀さ んを信頼しての事だから、頼むよ」 「……はい」  今の僅かな間は? という疑問を持たず志貴は頭を下げる。 「ええとね、その、シエル先輩とその、なんだ、……の時、それ使ったりするんだけ どね、」  一旦言葉を止めて志貴は琥珀の様子をうかがう。  肝心の部分が聞こえませんけど、とは琥珀は言わず誠意ある表情をつくって話を拝 聴している。 「シエル先輩、それでびっくりするほど感じてくれるんだ。それはもう普段からは考 えられないくらい乱れると言うか、どうにかなっちゃうんじゃないかと思うくらい。  それで何度もそんなのを見てたら、ちょっと好奇心が……」  そこで志貴は言いよどむ。  こんな話について来てくれているかな、と琥珀を眺める。  琥珀は志貴の言葉を消化しつつ、そのシエル先輩愛用の一品を手に取り、改めてし げしげと観察する。 「あら、この先っちょ切れているんですね」  一番先端の珠からは短い線の切れ端が出ていた。 「それで、いったいどんな感じなんだろうと……」  琥珀は目を見開く。 「もしかして志貴さん、いえ、まさかとは思いますがご自分で試されて……」 「……うん。それで入れてみたはいいけど、くっっっ」  今度は腰を二つに折り曲げて悶絶してしまう。  琥珀は決してそれが苦痛だけではないと見抜く。  ああ、これは……、と察しがつく。琥珀の耳には聞こえない筈のモーター音が聞こ えるような気がした。  しばし体を震わせのたうった後、息も絶え絶えに志貴はまた姿勢を正す。 「……、それで抜こうと思ったら途中で切れて、中にまだ何個か残っているんだ。そ れでね、ランダムで動く設定なのか、スイッチがおかしいのか、いきなり今みたいに 動き出すんだ、それ」 「ああ、それぞれに電池が入っているみたいですね。ふうん、凝った作り」 「それから自分でもいろいろやったんだけどどうしても取れなくて。それで恥を忍ん で琥珀さんに相談したんだよ。  お願い、何とかしてよ」  額を畳に擦りつけんばかりの志貴。  まあまあ頭を上げてくださいなと琥珀。 「わかりました。でも気をつけないと駄目ですよ。腸とか膣とか、必ずしも体が大き ければそれに応じて大きいという訳ではなくて個人差あるんですから。シエルさんが ジャストフィットでも志貴さんには拡張させてからでないと無理だったりするんです から」 「肝に銘じます。それで、取れるかな、琥珀さん」 「うーん、とりあえず患部をよく見てみましょう。四つん這いになってお尻を上げて 下さい。診療ですから恥かしがらないで下さいね」 「お願いします」  で、結局いろいろ試したが苦境を打開する事が出来ないのが現状である。                §    §    §  ……といった話を、生々しい部分をぼかしつつ琥珀は秋葉と翡翠に説明した。  絶句しつつ秋葉は兄を見つめ、そしてその、あなるびーずとやらに目をやる。  これ、こんな大きなものが、その、入るものなの……?   「ちょうどいいから、翡翠ちゃんも手伝って」 「ええっ」  秋葉が困惑している間に、琥珀はぽんと手を打って話を始める。  突然に話が振られて、傍観者的立場だった翡翠が驚きの顔に変わる。 「志貴さんが困っているのに、放っておけないよね」 「それは……」 「だ、ダメだよ。翡翠にそんな真似……」 「いえ、志貴さま。姉さんの言うとおりです。志貴さまを主としてお仕えする身とし て、いかなる事にも従うのが私の務めです」  メイドとしての使命感とそれ以外の何かに急き立てられて、翡翠は答えた。 「そうですよ、志貴さん。翡翠ちゃんもああ言っているし、知られてしまった以上、 あらゆる手を試してみた方がよろしいかと思いますよ」 「うん、じゃあ」  躊躇いつつも、志貴はさっきと同じような姿勢を取る。  この際、恥かしいなどと言っていられないほどせっぱつまっていた。  翡翠は志貴のお尻に顔を近づける。  しかし、いざ、この状況に置かれると翡翠はなかなか手が出せなかった。  何をどうするのかは琥珀から教わったが、あまりにも心理的抵抗が大きい。  志貴さまの……、に指を入れるのよね?  乳液をつけた指を見つめる。  今まで異性同性を問わず、いや自分自身のだって、そんな事をした事はない。 「参ります」  恐る恐る指先を志貴のソコに近づける。  今まで琥珀にさんざん弄られていた為か、かすかに開いてほぐれている。  震える指がちょんとくすんだ色のすぼまりをつつく。  ピクと反応され、慌てて指を引っ込める。  何度かそんな事を繰り返し、泣き顔になって姉の方を見る。 「ダメ、やっぱり出来ない」 「翡翠ちゃん、ここまで来てそれはないでしょう」 「頼むよ、翡翠」 「でも……」 「何も考えないで、入れるだけだから」 「でも、痛いんじゃ……」 「痛くない、大丈夫だから」  まだ泣きそうな顔ながら、翡翠は意を決して行為を続けた。  その瞬間、きゅっと目をつぶって力を込める。  指がズブリと入る。  形容しがたい感触が指を包む。 「んんっ」  さすがに志貴が声を洩らす。  その声に怯えたように翡翠は動きを止めるが、姉の「そのまま、しっかり」という 視線に頷いてそのまま続ける。  人差し指と薬指の第一関節、第二関節、そして根元まで埋まる。  そのまま手首ごと指を蠢かす。 「あっ」  爪の先に何かが触れる。 「志貴さま、何かあります」  その何かの引っかかりを求めて翡翠の指が動く。  腸壁をぐりぐりと抉る様に翡翠の指が蠢くと、大丈夫だと自分で言ったものの志貴 は歯を食いしばり悲鳴を上げない様にひっしに堪えていた。  そして、しばらく翡翠の努力は続いたが、結局琥珀と同じように、事態の解決を見 るまでには至らなかった。 「翡翠ちゃんもダメか。まあ、手の大きさも同じだし……。こうなれば多少手荒い方 法をとらなくちゃいけませんね」  溜息をついて琥珀が言う。  事を終え、ほっとするやら申し訳なさがつのるやらの翡翠が、その言葉に不安げな 顔をする。  志貴も露骨に怯えた顔で琥珀を見つめる。 「手荒い方法……」  自分で口にして改めてその不穏な言葉に顔をしかめる。 「お待ちなさい」 「え、秋葉さま。何ですか?」 「まだ私が残っています。次は私が行います」  今まで一言も発せず翡翠の行動を注視していた秋葉が決然として宣言した。 「嫌だ」  瞬時に志貴が叫ぶ。 「なんで私だけダメなんです」 「だって、そんな、当たり前だろう。秋葉にそんな事されたくない。絶対にそれだけ はご免だ」  驚いたような顔をする秋葉。  完全に拒絶を露わにする兄の表情に、顔を歪める。 「兄さん、酷いです。私だけ仲間外れだなんて……」 「何、訳の分からない事言ってるんだよ。ああ、何で泣きそうな顔するんだよ。  だって、妹にそんな事されたら、もう兄としての面子も何も無くなるだろう」 「そんなの元から無いからいいじゃありませんか。ずるいです、琥珀と翡翠ばかり」 「何がずるいんだ。二人共嫌々こんな事してくれているんだぞ」 「嫌々ですって?」 「あの、志貴さま。私達より秋葉さまの方がほっそりとした指をしておられますから、 試してみる価値はあるのでは?」  何か不穏な雲行きになりそうな兄妹の会話に琥珀はさりげなく割って入った。  微かに面白がっているように見える。 「そうです。私は兄さんの苦境を何とかして差し上げたいという想いだけで、何らや ましい事など考えていません」 「……わかった」  神妙な顔つきの秋葉に、背に腹は変えられない志貴は溜息をつく。そしてまた背を 向ける。  その為、秋葉の顔に浮かんだ、邪悪な会心の笑みは見えなかった。幸か不幸か。 「いきますよ、兄さん」  さっきの翡翠の行為を見ていた為か、躊躇い無く指を志貴の後ろのすぼまりに当て 、ゆっくりと挿入を開始する。 「きつい、もう少し楽になさってください」  みりみりと指が埋もれ、やがてすっぽりと志貴の中に消え去った。  感触を味わうようにしながら、秋葉は指での探索を開始する。  内周をなぞる様に、抉る様に、擦るように。  指を揃えて動かし、また精一杯広げてみる。  指の動きと共に志貴が声を洩らし、押し殺し、体を震わせ、嫌がる様に腰を動かす のに対し、言い様のない快美感を覚える。  指先に全神経を集中して兄の中を存分に味わう。 「ああっ、ちょっと秋葉、やめろ」 「秋葉さま」  志貴が悲鳴にも似た声をあげ、琥珀も切迫した調子で秋葉の名を呼ぶ。 「えっ、どうし……」  秋葉も気がつく。  そのまま、凍りついた様に動きを止める。  むやみやたらと細指で中を探られているうちに、それと密接に関係する箇所、前立 腺に刺激を与えられた為か。  琥珀と翡翠、そして秋葉に菊門に指を挿入され、弄ばれているかのような今の状態 にかなり脳直結の快感を受けた為か。  志貴の肉棒は激しく自己主張を始めていた。 「あは、志貴さん、凄いですねえ」  無邪気にすら聞こえる琥珀の声に、秋葉ははっと我に返る。  差し込んだままの指を抜き、ぱっと離れる。 「に、兄さん、何を考えているんです」  そう言いながらも視線は外さない。 「し、仕方ないだろう、自然現象だし」  一指も触れていないのにびくびくと志貴の肉棒は漲り震えていた。  刺激を待ち焦がれている。  あとは僅かな刺激、最後の一押しがあれば、堰は決壊する。  秋葉が離れた事で、肉体的な快感の波が途切れ、もどかしさのみがつのる。  右手が独りでに伸びかけて、さすがに三人に見守られてそんな真似をする訳にはい かず、全ての意志の力を総動員して押さえ込む。   「そんなになっているのに何も出来ないなんて、苦しいですよね。蛇の生殺しみたいで」  琥珀の声に、志貴は頷く。  琥珀を見る視線に声にならない懇願が込められる。 「仕方ないですね。……治療ですよ、これは」  志貴にとも、秋葉、あるいは翡翠にともつかぬ言い訳じみた言葉を洩らし、琥珀が 志貴のもとにしゃがみ込む。 「志貴さん、ちょっと上体を起こして、そうあぐらかくようにしていただいて」 「え、!!!」  志貴に見せつける様にほっそりとした手を伸ばし、直立した肉棒の根元を軽く握る。 そしてそのまま、すーっと上へと動かす。  力はほとんど入れていない。軽く触れているというだけに過ぎないのに、その撫ぜ ただけの動きで危うく志貴は達しそうになった。  先端まで指が移動し、指で作った輪でやや強めにきゅっと握り、合わさった指先で ちょんと鈴口に触れる。  そして、先ほどより軽く、羽毛が触れるような軽さで、また根元へと戻る。  ゆっくりと、その行って戻っての動きを繰り返す。  たんなる手での軽い愛撫に過ぎないのに志貴は翻弄され、ともすれば達しそうにな るのを必死で堪える。 「志貴さん、別に我慢なさらなくてよろしいのですけど」  面白そうに微笑みながら、琥珀がささやく。  そうだよな、出して貰う為に……。  でも秋葉と翡翠が見てる……。  その時、思いもかけぬ処から刺激が加わった。  しばらく止まっていた樹脂の珠がまた振動し体内を振るわせ始める。  琥珀もそれに気づき、手の動きを変える。  握る力を、手を動かす速さをほんの少しだけ増強。それに指の一本一本の強弱を変 えて微妙に動かす追加効果。  それだけで今までの何倍もの快楽が生み出される。  志貴の腰が自然に動き、琥珀の手で押さえられているのに弾き飛ばさんばかりに肉 棒がびくびくと身を振るわせる。 「あはっ、出しちゃえ」  限界だった。  琥珀のみならず秋葉と翡翠の視線を感じながら、志貴は放出した。    手でされただけだというのに、何ていう気持よさ。  こんなあさましい姿を晒しているというのに。  いつもより刹那の快楽が長く深く感じられる。  異常なシチュエーションでの高ぶり故に、魂まで抜かれたようだった。 「いっぱい出されましたねえ」  琥珀の言葉に志貴は我に返る。  手で受けた自分の白濁した排出物をにぱーっと指で弄ぶ琥珀の姿。  ゆっくりとテッシュで拭い取っている。  大量に放出しすぎて、何度も新しいティッシュが動員されている。  高揚から冷めると、急になんて事をしたのだろうと恥かしさでいっぱいになる。  秋葉に、翡翠にこんな、無様なところを……。  志貴は突然天国から地獄へ転落したような気分になった。  呆れているだろうな。  いや、軽蔑されただろうな。  お尻の穴を弄られて興奮して、挙句の果てに琥珀さんの手で処理して貰って射精……。  死にたくなるほど、惨めだ。  視線を感じる。  きっと薄汚いものでも見る目で……。 「えっ?」  志貴はとまどった声をあげた。    たしかに志貴を見る秋葉、翡翠、琥珀、三人の目の色が変わっている。  さっきまでと違った目で志貴を見つめていた。  しかしそれは唾棄すべき汚物を見る目や、志貴への非難の目では無く、熱を帯びた というか不思議な光を帯びた目。  どこか危険なものを本能的に志貴に感じさせる。  志貴は知らず、逃げ腰になる。  しかし、腰が抜けたようにうまく動けない。  その志貴に無言で三人は近づく。 「あ、あ、何を……」  蛇に睨まれた蛙の気持ちが志貴にはわかった。  喰われる。  恐怖すら感じた。  その時だった。 「何をなさるつもりです」  静かな声がした。  決して大きくは無いが、良く通る声。  そして、すっと黒い影が突如として現れる。  シエルであった。 「シエルさん?」  遠野家の群れより声が洩れる。  意外な出現。  何故、ここに。  それにいつもと違う見慣れぬ姿。  制服でも普通の私服でもない、あれはキリスト教の僧侶とかが着るカソック?  いつもの眼鏡をしていない。  光る瞳が鋭く視線を向けている。  何より、その冷たい雰囲気、殺気をまとった姿。 「何をするつもりです、秋葉さん。それに翡翠さんに、琥珀さん」  気押された様に秋葉達は動かない。   じっと対峙が続く。  しかし、そうしているうちに遠野家の面々は気恥ずかしげな表情に変わる。 「別に、その、兄さんが……」  もごもごと秋葉が言い訳がましく言う。  まさか、兄さんの痴態にリミットが外れて云々と言う訳にもいかない。  いつの間にか場を覆った熱病じみた空気が薄れている。 「そうですね、遠野くんが、何やら困ったことになっていますね」  今度はシエルは傍らの志貴に目を向ける。  志貴は半ば死んでいた。  とんでもない場面をシエルに見られていったいどうすればよいのか。  下半身丸出しのまま、琥珀の手で絶頂を迎えて……。  どう考えても説明のしようが無かった。  ただただガタガタと震えている事しか出来ずにいた。    その志貴の目を見て、シエルは「わかってますから」といった苦笑を浮かべる。  僅かに志貴はほっとした。  少なくともすぐのっぴきならない目に会う事はなさそうだと。  ……まあ、後できっちりお話しましょうね、遠野くん、と内心でシエルは呟いてい たのだが。 「とりあえず今の問題を解決しましょう。遠野くん、ちょとさっきみたいに、そうで す。じっとしててくださいね」  志貴は慌てて従う。    指をぽきぽきと鳴らせながら、シエルは腕をまくる。  片手で、志貴の体を押さえる。  すっと弓を引くように腕を構える。 「では行きますよ」  シエルに鬼気が漲る。  ぐっと周りの空気が撓んだ。  周りの面々もその気に当てられたように息を呑む。  音無き音が二度鳴った。  空気が焦げるような音というより揺らぎ。  秋葉と翡翠には何が起こったのかわからなかった。  かろうじて真正面にいた琥珀のみ、それを見て取った。  気合と共に、指先をそろえたシエルの手がそこへ潜り込むのを。  すぼりと指が、掌が、手首が、丸ごとそこに呑み込まれるのを。  僅かに、本当に僅かに動きが止まり、次の瞬間、握り拳となって再び現れたのを。  からんと音がする。  糸で繋がれた三つの鈴といった風情のソレが粘液をまとって転がる。  がたりと志貴の体が崩れ落ちた。  白目を剥いて気絶している。  シエルは丹念に指、掌、手首をタオルで拭く。  そして意識を失った志貴を軽々と片手で担ぎ上げた。 「すみませんが、遠野くんをお借りしますよ。ちょーっとお話したい事がありまして」  遠野の面々は毒気を抜かれたように頷くのみ。  さり気なく愛用のアナルビーズを懐にしまいシエルは一礼すると、志貴を引っ掴ん で飛ぶ様に去って行った。  ・  ・  ・  あーあ、取られちゃった。  呆然と琥珀は油揚げをさらって行った黒いトンビの後ろ姿を見送った。  あっという間には視界から消えてしまったけれども。  残念ですねえ。  いろいろ次のお楽しみを用意していたんですけどねえ。  ちらと、黒鞄に琥珀は目をやる。  中にはそのお楽しみの為の道具が入っている。浣腸用の注射器、クスコ、縄に、先 をビニールで覆われた爪のついたアルミ製の器具、筋肉弛緩剤、グリセリンにワセリ ン等々。  またの機会かなあ。  残念そうに溜息をついて琥珀は傍らの秋葉と翡翠に話し掛けようとして……、首を 捻った。  あれ、二人共どこに行っちゃったんだろう。  妙に静かだと思ったら。  既に秋葉も翡翠も姿が無かった。  急に恥かしくなって出て行っちゃったのかしら。  琥珀は散在した治療用具や布団を片付け始めた。  でも、面白くなりましたねえ。  秋葉さまも、翡翠ちゃんも火がついちゃったみたいだし。  これまでは戻られて志貴さんがさっさと恋人を作られたものだから、少々萎縮して いましたけど。  シエルさんには申し訳ないけど、どうせなら志貴さんは、この館の誰かが獲得すべ きですしねえ。  何しろ年季が違うんですから、そうそうパッと出の方に持っていかれる訳には参り ません。    それにしても、志貴さんの……を拭いたティッシュ何処にいったのかしら。  さっきまではここに転がっていたのに。  秋葉さまか翡翠ちゃんかどちらか知らないけど、変な事に使っちゃめーですよ。 《おしまい》 ―――あとがき  いや、あの、こんなのでいいのかな……?  ちょーっと「裏志貴祀」の傾向が予想できないので、すっごく浮いてないか不安なんですけど。中途半端にえろだし。  うーん、うーん。  機会を与えていただいた、しゅら様には感謝を。仇で返している様ですが、まあ、枯れ木も山の賑わいという言葉もありますし……。    よく考えるとあんまり志貴受になってないなあ。まあ、ちょっとは楽しんで貰えれば幸いであります。      by しにを (2002/1/27)

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